今となっては、何であんなことしたのか覚えてないけど
あの日、夏休みのある日、私は部室に一人たたずんでました
ちょうどそのときだけ偶然、みんな用があっていなかったみたいです
暑いし、とりあえずみなさんが来るまで待ってようと思って席に座ってぼーっとしてました
直ちゃんのパソコンがつけっぱなしでした
グーグルの検索画面……そう、さわ子先生が夏休み中だけインターネットにつなげるようにしてくれてたんです、もちろん学校には内緒で
なんとなく、パソコンの前に座り
なんとなく、キーボードに手を置き
なんとなく、何かを検索してみようと思いました
きっと暑くて頭がぼーっとしていたせいかな、きっと
何を血迷ったのか、私は
『菫直』
と入力しました
……直ちゃんと私がどうとか、直ちゃんのことをどう思ってるとか、全然そんなこと考えてなかったのに
ほんとに、なんとなく、無意識のうちに
エンターキーを押したころにやっと自分のしたことに気づいて、恥ずかしさがこみ上げてきました
こんな言葉で検索しても、私たちのことが出てくるはずもありません
やめよう、やめよう、と思って戻るボタンを押そうとした瞬間、検索結果が表示されて……
何番目かに、気になる項目が出てきました
菫「……菫青石直閃石岩?」
なんて読むのかすらいまいちわからない、鉱石のようなものが表示されていました
興味がわいて、そのページを見てみると
菫「菫青石直閃石岩。菫青石と直閃石からなる鉱石。なんか……私と直ちゃんみたい」
直「何?」
菫「ふゃぇぃっ!?」
全然気づきませんでした、多分パソコンに夢中になってたんだと思います
直ちゃんがすぐ隣にまで来ていました
菫「あ、わ、ごめん! 勝手に使っちゃって……」
直「別にいいけど、何見てたの?」
菫「はっ! それは……」
『菫直』と検索したことを見られたくなかったので、とっさに画面を閉じようとしたけど……もう直ちゃんは画面を覗き込んでいました
でも、もう鉱石のページが開かれているのでセーフです
直「……すみれ青せき……? きんせいせきちょくせんせきがん? 菫青石と直閃石からなる。何か私たちみたいな名前だね」
菫「!」
そう言われてドキッとしたのを覚えています
直ちゃんも、同じことを考えてくれた……それが嬉しかった
きっとこのときの直ちゃんは何も考えずに言ったんだろうけど、私はさっきあんな言葉で検索しちゃったこともあり意識せざるを得ませんでした
直「菫青石は……英語だとコーディアライトで、青から黄色などの鉱石……ふむふむ」
直ちゃんと一緒に菫青石のページを見ていくと、黄色っぽい原石の写真や、鉱石の説明が載っていました
直「宝石しての名前はアイオライト」
菫「あ、それなら知ってる! そっか、アイオライトの原石だったんだ……」
アイオライトなら、琴吹家のアクセサリーを整理してるときに覚えたので知っていました
アイオライトで検索すると、きれいな青い宝石の画像がたくさん出てきました
直「きれいだね。それで、直閃石は……閃って字からして光ってそう」
直ちゃんは期待して直閃石のページを開きましたが、黒っぽい鉱石で宝石ではありませんでした
直「うう……全然光ってない……しかもアスベストに含まれるなんて……。菫、ずるい」
菫「ご、ごめん!?」
と、こんな感じでちょっと拗ねちゃった直ちゃんにお茶を出して、しばらくこの石の話題で盛り上がっていました
二人の名前みたいな石があって、しかもその二つが組み合わさった鉱石があるってことがなんか嬉しくて、いつもより仲良く話せたような気がします
……それで、すっかり忘れていたんです
そもそも何でこの石の話題になったかということを
話が終わり、直ちゃんがブラウザの戻るボタンを押しました
……『菫直』と書かれた検索画面が表示されました
菫「あっ!?」
直「……菫直?」
菫「あぅ……えっと、えっと、ね?」
直「???」
直ちゃんは何のことかよくわかってないみたいでした
菫直っていう熟語があるのかと聞かれたり、単に私たちの名前で検索して何か引っ掛からないかと思ったのか、と聞かれたりしました
私としては助かったのですが、でもすごく恥ずかしかった……
この一件以来、私は直ちゃんのことが気になるようになりました
直ちゃんと話したり、近づいたり、触れたり……ほほえみかけられたり……
そのたびに、ドキドキするようになりました
この一件がなかったら、どうなってたんだろう
直ちゃんにこんな気持ちを抱くことなく、ずっと過ごしてきたのかな
そして、あっと言うまに10年が過ぎて、今日――
直「菫、これを」
菫「……え……これは、指輪?」
直「うん。開けてみて」
菫「わ、きれい……これ、アイオライト? 直ちゃん、もしかしてあの時のこと」
直「覚えてるよ。あのときの検索の意味がわかったのはずいぶん後だけど……」
菫「は、恥ずかしいからそれは言わないで!」
直「……菫。これからも、ずっと一緒にいてほしいな」
菫「……はい。不束者ですが、よろしくお願いします、直ちゃん」
ありがとう、直ちゃん。覚えてくれてたんだ
指輪のお返しに……うーん、直閃石は無理かな
ふふ、嬉しいな
あのとき、変な検索をしちゃったことは、今となってはよかったと思います
そして、私たち二人の名前みたいな鉱石があったことに感謝しています
これからもよろしくね、直ちゃん!
おわりです
最終更新:2012年11月09日 00:01