ヒーロー。
いや、正確にはヒロイン?
どっちだっていい。私にとって、大きな存在に違いない。
でも、かっこよさを優先するならやっぱりヒーローかな。

澪「みんな、練習するぞ」

律「あつい~……」

紬「汗で髪が蒸れるわ……」

唯「のどかわいたー……」

私のヒーローは夏に弱い。
だらけた姿を見せられるとつい、少しくらいなら甘やかしてもいいかな、と思ってしまう。
でもそれだと後輩の梓に示しがつかない。
ここは心を鬼にして、

澪「私たちは夏期講習もあるんだぞ! できるうちに練習しないでいつするんだよ」

律「わかったから……あつくなるからこれ以上怒鳴るのは……」

唯「演奏すると汗かいちゃうよー……」

私のヒーローはぶつぶつと文句を言う。
普段はとてもしっかりしているとは言えない。いつもグータラばかりしている。
だけど、

律「1・2・3・4!」

演奏が始まればその表情が一変。
その変わり様には今でも驚かされるし、少しドキドキもする。
楽しさと真剣さを合わせた表情……見慣れているはずの私もつい魅入られてしまう。
その純粋な瞳に……

ジャーン!

律「はぁ〜……あつい……」

唯「冷たいもの飲みたい……」

紬「ちょっと待ってね〜」

梓「合わせるの一曲だけなんですか?」

律「水分補給も重要だぞー!」

唯「そうだよ、あずにゃん。水分補給はこまめにね!」

梓「そうですけど……」

私のヒーローはたまに先輩面する。
まあ言ってることは正しいけど、普段のグータラのせいで説得力に欠ける。
少し情けないヒーローだ。

梓「どうせまた、ダラダラおしゃべりするんでしょう!」

律「わー! 怒ったぞー!」

唯「こわーい!」

梓「何なんですかその芝居! ああもう……また暑くなってきた……」

唯「まあまあ、あずにゃんも一口飲んで飲んで!」

紬「そうよ、梓ちゃんも水分補給しないと! 熱を溜め込むと体にもよくないわ」

梓「うっ……まあ……いただきます……」

梓が言いくるめられた。
私もそうだけど結局、最後にはこっちが折れてしまうことが多い。
これもまた、ヒーローの持つ力?
わからない。天性の明るい気質なんだと思う。
うらやましい才能だなあ……。


律「どうしたんだよ、澪。学祭の緊張でもしてるのか?」

澪「うっ……」

少し憂鬱な帰り道。
言葉が詰まり、私は俯いた。
楽しい時間は流れ、あっという間に学祭一週間前。
軽音部としてのライブだけでなく、クラスの劇も控えている。
それも望んでいなかったロミオ役……

律「ま、ここまできたらやるしかないだろ! なっ? 元気出せって!」

ジュリエット役の律が私の肩をぽんぽんと叩いてから優しく笑いかけてくる。
そんな幼馴染の顔を見ると、ほっと一息、安心できる。
律も最初はイヤがってたのに切り替えが早い。
私も見習わないと。

律「じゃあな」

澪「うん、また」

律は私の小さな変化にもすぐに気づいてくれる。
長い付き合いだから、そんなものなのかもしれない。

私のヒーローは……?
……多分鈍感だ。


迎えた本番の時、講堂の舞台上。
幕が上がると、いよいよ始まってしまう。
緊張で全身が震え始めた。
ヒーローは楽しそうに今でも笑顔を浮かべている。
多少鈍感じゃないと、ヒーローは務まらないのかな?
ああ、それにしても不安な気持ちが……

唯「澪ちゃん緊張してるの?」

澪「えっ?」

唯「手冷たいよ」

澪「あ、うん……少し緊張して……」

『少し』じゃない。『かなり』、だ。
ここでそんな見栄張っても仕方ないのに……

そんな私の手をそっと握りしめてくれた。
やわらかい両手で、優しく。

唯「大丈夫だよ。うまくいかなかったとしても、私たちの全力をここで聞いてくれてる人たちに届けられればそれでいいんだよ」

澪「唯……」

ああ、またその笑顔に……
にっこりとしたその表情に、目が離せなくて……

作動音とともに、幕が上り始めた。
まだ完全に上がりきっていないのに、もう拍手が聞こえてくる。

私のヒーローはムギ、律、梓の方を振り返って親指を向けて「大丈夫だよ!」とグーサインしている。
そして、私にもグーサインをくれた。

それを見ただけで、私の心にあたたかい安堵感が広がっていく。
私が頷き返すと、にっと微笑んでくれた。
いつの間にか不安はどこかにいってしまった。
……また助けてもらった。一年の時みたいに。

この優しいヒーローとは高校に入ってからずっと一緒にいる。
でも、意識して人を励ましたりするタイプじゃなさそうだ。
多分、無意識……無自覚でいろんな人を元気にしてくれている。
学校で、教室で、軽音部で。
その優しさに私がどれだけ……

唯「みんな、いくよ!」

律紬「おーっ!!」

梓「はいっ!」

澪「……ああ!」

ヒーローはこういう時に輝くからからずるい。
そんな姿に私はいつも惹かれてしまう。
かっこわるいけど、かっこいい。


唯はいつでも、私の無自覚ヒーロー。


おわり



最終更新:2014年07月23日 07:44