紬「それで、二十年もの交際を経て同居に至ったきっかけは!?」

律「なんか芸能レポーターみたいだぞ、ムギ」

和「あれは…… レストランで食事をしていた時ね。その前の日がひどい大雨で唯の住んでる
  辺りの道路が冠水して、それで――

唯『和ちゃーん…… ウチ、床上浸水しちゃった……』ハァ

和『ええっ! あんたの部屋、一階でしょ!? 今、どうしてるのよ!?』

唯『とりあえず実家に避難してるけど……』

和『もしかして、家財全部水に浸かっちゃったの?』

唯『うん…… 家電も家具もほぼ全滅…… もう私、どうしたらいいか……』ズーン

和『……』

和『……』

和『……』

和『……ウ、ウチに来る?』

唯『え……? い、いいの……?』

和『い、いいわよ……』

唯『じゃ、じゃあ、行っちゃおうかな……』

  ――っていう感じだったわね」

澪「全然ロマンチックじゃない……」

律「まあ、二人にとっては背中を押してくれた大雨だな」

和「結婚っていう制度が無い日本のゲイやレズビアンにとって同居はひとつの区切りだから、
  あの時は一生分の勇気を振り絞ったわ……///」

紬「それって事実上のプロポーズよね!?」

唯「うん。あの時はビックリしたけど、ホントに嬉しかったなぁ」

紬「キャアアアアアアアアアア!!」

唯「ムギちゃん、うるさいw」

澪「和、無かったのはきっかけや必要性じゃなくて勇気だったんじゃないか?」ドヤァ

律「何、いいこと言ったみたいな顔してんだよ。馬鹿じゃないの」

澪「……」ズーン

和「以上。主だったことは話したでしょ? じゃあ私、山中先生のところへご挨拶に行くね」スタスタ

律「逃げたw 和が逃げたw」

紬「もう、和ちゃんったら照れ屋さんなんだから」

唯(でも、どうして急に……? なんか嬉しさよりも不安が……)





――その日の夜。自宅マンションにて。

和「はあ、やっと我が家に到着ね。唯もお疲れ様。お茶でもいれる?」

唯「うん……」

和「あら、どうしたの? 元気無いわね。疲れちゃった?」

唯「……あのね、どうして今日、みんなに私達の関係を話したの? 和ちゃんが一番嫌がってた
  ことなのに。あんなに大勢の人がいる前で。たぶん、軽音部のみんな以外にも聞いてた人が
  いるよ?」

和「ああ、それは――」

唯「和ちゃん、何かあったの? ううん、何かあったに決まってるよ。だって、風子ちゃんに
  口を滑らせただけであんなに怒ってた和ちゃんがだよ? 二人の関係をオープンにしちゃう
  なんて!」

和「ちょ、ちょっと唯、落ち着いて。あの時はすぐ後、私から姫子にも話したし、おかしくは
  ないでしょ?」

唯「それとこれとは話が別! 絶対おかしいよ! 近所でデートしたり、友達にカミングアウト
  したり! 何かあったんでしょ!? この前の検診で癌が見つかったとか! もう時間が
  無いからあんなことしたんでしょ!? ぐすっ…… 和ちゃん、死んじゃうんだ!
  うえええええええええん! 和ちゃんが死んじゃううううう!!」ポロポロ

和「ちょっ……! し、死なないわよ! 私は健康そのもの! ちゃんと話すから、とにかく
  落ち着いて。ね?」

唯「うぅ…… ひっく……」グスッグスッ

和「実はね、あのすごく忙しかった時の少し前、父に癌が見つかったのよ」

唯「えっ……!」

和「食道癌だったけど、幸いなことに転移はしてなくてね、念には念を入れて胃の全摘出手術を
  受けることになったの」

唯「そうだったんだ…… でも、どうして話してくれなかったの?」

和「今すぐ命がどうこうっていう状況じゃなかったし、それに私自身も仕事があって、経済的な
  援助は出来ても直接は頻繁に関われないってわかってたからよ。それで唯に話しても不安を
  煽るだけでしょ? 実際、すぐに手術になって、その後の経過も良かったしね」

唯「でも……」

和「わかってる。わかってるわ、唯の言いたいことは……」

唯「……」

和「もう、ずっと疎遠でね。こんな年まで独身で全然実家に寄りつかない私と違って、弟や
  妹は結婚して孫の顔まで見せてあげてる。それを思うとますます両親とは顔を合わせ
  づらくなって、『あの人達には親孝行な息子や娘がいる。かわいい孫もいる。私なんて
  いなくても大丈夫だ』なんて考えるようになったわ。それと、私が生まれながらの
  レズビアンだという事実。その事実を家族に隠し通してきたこれまで。それも私が
  あの家から心を離すようにしてた原因……」

唯「……」

和「でも、今回の父の病気があって思ったの。自分は先のことを考える年になって、
  親はもう先が見える年になって…… いい加減キチンと向き合わなきゃ、って。
  両親ともそうだけど、唯とも、自分とも。だから……」

唯「そうだったんだ……」

和「それでね、唯にお願いがあるの」

唯「なに?」

和「今度、私の両親に会ってほしいの」

唯「何回も会ってるよ? 子供の頃から遊びに行ってるんだもん」

和「あんたね…… そうじゃなくて、私の恋人として両親に会ってほしいってことよ」

唯「ええっ!? そ、それってよくある、あの、ご挨拶みたいな……?」

和「そうなるわね。唯を私の一生の人として紹介したいの」

唯「え…… ええええええええええ!!」





――数週間後。和の実家にて。

唯「の、和ちゃん! 私、変じゃないかな!?」ビシッ

和「変じゃないけど変ね。何だかビシッと決め過ぎてて」

唯「はぁあああああ、緊張するよぅ……」ビクビク

和「そんなに緊張してもしようがないでしょ」ピンポーン

和母「はいはい。和、いらっしゃい。あら、唯ちゃん。しばらくだったわね。さあ、入って」

唯「お、お、お久しぶりですっ! こ、これっ、つゅまらないものですがっ!」バッ

和(大丈夫かしら…… 不安が増してきたわ……)

唯(か、噛んだー……)

和母「あらあら、そんな気を遣わなくてもいいのに。どうもありがとうございます」

和「色々な種類が入ってるエクレアよ。唯のオススメなの」

和母「じゃあ、お茶をいれましょうね。お父さん、リビングよ」

和「うん」

唯(あああああ、心臓が口から飛び出しそう……)ドキドキ

スタスタスタスタ

和「お父さん、こんにちは」

和父「おお、来たか。唯ちゃんもしばらく。まあ、座んなさい」

唯「しししし失礼します!」ギシッ

和父「……? 唯ちゃんはどこか具合でも悪いのか?」

和「元々おかしいでしょ。いつも通りよ(これはあまり引っ張ると唯が大変なことになるわね……
  予定変更しなきゃ……)」

和父「ああ、和。この前はすまなかったな。退院後のハイヤー代なんかも考えると年金生活には
   厳しくてなあ。助かったよ」

和「ううん、こっちこそお金を送るだけになってごめんなさい。病院にも全然行けなくて……」

和父「お前は忙しい仕事だから仕方無いさ。入院中は母さんやあいつらがよくやってくれたから、
   特に問題も無かったよ」

唯「あいつら?」

和「弟のお嫁さんと妹よ。どっちも専業主婦だから」

和父「今日はゆっくりしていくんだろう? 夕食はトンカツにしなさいと母さんに言いつけて
   あるからな。唯ちゃん好きだったろう、トンカツ」

唯「あはは、ありがとうございます……」

和母「お茶がはいったわよ、お父さん。和と唯ちゃんが買ってきてくれたエクレア、美味しそうよ」コトッ

和父「おお、これはいいな」

和「……お父さん、お母さん。今日は話したいことがあって来たの」

唯(キター! え、でもなんか予定より早くない!?)ドキドキ

和父「何だね、そんなに改まって。真剣な話か?」

和「うん、すごく真剣な話」

和父「よし。聞こうじゃないか」

和母「何だか緊張するわね」

和「率直に言うわ。 ……私は同性愛者です。物心ついた時からの。女性しか愛せません。
  唯もそう。唯とは恋人同士、いいえ、一生のパートナーだと思ってます。お父さんと
  お母さんの関係のような」

唯(率直過ぎるよぅ……)ドキドキ

和父「……」

和母「ええっ!? でも、そんな…… お父さん……?」オロオロ

和父「……」

和「……」

唯(空気が重たい…… 帰りたい……)ドキドキ

和父「……唯ちゃん、それは本当かい?」

唯「は、はいっ! ホントです! あの、実は四年くらい前から一緒に住んでるんです……
  そういう関係として……」

和父「そうか……」

和「今まで黙っていて、ごめんなさい……」

和父「……」

和母「そんな、どうしてウチの子が……」

和「……」

唯「……」

和父「……和」

和「はい」

和父「お前は…… お前は昔からどこか思い詰めたような、考え込んでいることが多い、
   あまり胸の内を話してくれない子だったな」

和「はい……」

和父「勉強はよく出来て、素行も良い、しっかりした子でもあった。けど、それだけにお前の
   ことはいつも心配だった。不安や悩みを親子で話し合うこともあまり無かっただけにな」

和「……」

和父「そのお前がこうやって話してくれたんだ。よほど悩んでいたのだろうし、よくよく考えての
   ことなんだろう」

和「はい……」

和母「周りには変な目で見られてないの? お仕事にも影響するんじゃ……」

和「人生の道のりに障害があったり、100%祝福されなかったりは異性愛者でも同じよ。
  独身でいることもそう」

唯「今ではずっと隠してきたけど、これからは何があっても二人で乗り越えていきます!
  絶対に! 昨日今日の関係じゃないもん!」

和「唯……」

唯「あ、もちろんTPOはわきまえますけど……」

和父「……」

和「お父さん……」

和父「驚いていないと言えば嘘になる。腹が立たないと言っても嘘になる。実の娘がある日
   突然『私は同性愛者です』と言ってきて、平静でいられる訳が無いだろう。いくら良い
   言葉を並べ立てられてもな」

和「……」

唯「……」

和父「……唯ちゃん」

唯「は、はい!」

和父「今、幸せかね?」

唯「は、はい。幸せです。若い頃からずっと大好きな和ちゃんと一緒に暮らしたかったから、
  私今すごく幸せです。これからもずっと死ぬまで一緒にいたい、です」

和父「そうか……」

和「……」

和父「義理の息子の顔も孫の顔も見せてくれない親不孝者だが…… それでも一人の人間を
   こうやって幸せにしているのだから、上出来な娘なのかもな」

和「お父さん……!」ハッ

和父「たまには帰ってこい。唯ちゃんも一緒に」

和「うん……」ジワッ

唯「ありがとう、おじさん……」

和父「母さん、夕飯の仕度は? トンカツは時間がかかるからな」

和母「え、ええ」スッ

和父「和、母さんの台所を手伝いなさい。お前の手料理なんてもう何年も食べてない」

和「わかったわ。待っててね」スッ

和父「その間、唯ちゃんには和のことを聞かせてもらおうかな。何せ滅多に帰ってこないし、
   自分のことを話してくれない子だからな」

唯「うん! いいよ!」

〈今日の晩ご飯〉
 ・米飯
 ・トンカツ
 ・切り干し大根の煮物
 ・スパゲティサラダ
 ・ほうれん草と油揚げの味噌汁





――その夜。帰り道にて。

唯「の、和ちゃん…… 胸焼けが……」ゲフー

和「わ、私もよ…… 普段あんな大量の肉と油なんて食べつけてないからね……」ゲフッ

唯「でも、久しぶりに若者向けっぽいガッツリ系なメニューを食べられて、ちょっとだけ
  懐かしかったかも」

和「私に関しては基本的に二十年前くらいで時間が止まってるのよ、あの人達」

唯「それよりも私、夢みたいだよ」ニコニコ

和「何が?」

唯「だってね、和ちゃんの実家には数えきれないほど遊びに行ってるけど、恋人としてご挨拶
  出来る日なんて永久に来ないと思ってたもん。ホント、嬉しくて嬉しくてたまらないの。
  もう私、ここで死んでもいい!」ニコニコ

和「大袈裟なんだから」クスクス

唯「ホントにね、ぐすっ…… 死んでもいいくらい、嬉しかったの…… ううっ……」ポロッ

和「唯……」

唯「ぐすっ……」ポロポロ

和「……馬鹿ね。死んでもいい、なんて言うものじゃないわよ」ギュッ

唯「和ちゃん、愛してるよ……!」ギュウウウ

和「うん。私も愛してるわ……」

ギャル1「ちょ、アレ見て!」

ギャル2「うわキモッ! マジ? うわキモいキモいキモいキモい」

ギャル1「オバサンが抱き合ってんじゃねっつーの」

ギャル2「ダメ、アタシ。生理的にダメ。レズってマジ死んでほしーんですけど! 死んで!
     てゆーか死ね!」 スタスタスタスタ

ギャル1「ギャハハハハ!」 スタスタスタスタ

唯「……な」プルプル

和「ゆ、唯?」

唯「なにをー! このー!」クワーッ

和「ちょっと唯! 落ち着きなさい! あんなのほっとけばいいでしょ!」ガシッ

唯「……」ゼエゼエ

和「唯? だ、大丈夫?」

唯「私、死なないもん! 生きてずっと和ちゃんと一緒にいるんだから! 前言撤回!」クルッ

和「そ、そうね。死んじゃダメよ」

唯「……あ、そうだ」

和「どうしたの?」

唯「あのね、手繋いで帰ろっか」

和「え? で、でも、わざわざ周りにジロジロ見られるのも……」

唯「そんなのほっとけばいいよ。ね?」スッ

和「……フフッ、そうね」キュッ



唯「ねえ、和ちゃん」

和「ん? なに?」

唯「いい夜だね」ニコニコ

和「そうね。本当にいい夜」ニコッ





おしまい



最終更新:2014年08月03日 17:37