唯「憂~!」
憂「あ、お姉ちゃん!」
唯「和ちゃんが迷子になったって本当!?」
憂「うん……まだ家に帰ってないんだって……」
唯「そんな……」
律「いや、どこか寄り道してるだけかもしれないじゃん」
憂「はい、その場合誰かと一緒なら安心なんですけど……」
憂「駅前で和ちゃんを見たっていう最後の目撃情報によると一人で歩いてたらしくて……」
澪「なんだ、駅前ならすぐじゃないか」
憂「その後消息不明なんです……」
紬「消息不明って、さすがにすぐ見つかると思うんだけど」
憂「もうすでに国内にはいないかもしれません……」
梓「もしかして憂も和先輩の方向音痴がとんでもないってこと言ってるの?」
憂「うん、和ちゃんの方向音痴のおかげで
未だ知られていなかった遺跡や秘境がどれだけ発見されたことか」
律「それって探検って言わない?」
唯「和ちゃんの恐ろしいところはそれが無自覚ってことなんだよ」
澪「まぁ、憂ちゃんがそう言うってことは本当のことなんだろうな」
唯「私が言っても信じなかったのに!」
紬「きっと日頃の行いのせいね」
唯「なんて理論的!」
とみ「唯ちゃん!」
唯「あ、おばあちゃん」
律「誰だっけ?」
澪「ほら、マラソン大会で唯が転がり込んだ家のおばあちゃん」
紬「あと演芸大会のゆいあずの産みの親でもあるわ!」
梓「ご、ご無沙汰してます」
とみ「あら、あずにゃんさん。元気だったかい?」
梓「はい」
とみ「ところでおばあちゃん、あずにゃんさんにずっと伝えようと思ってたことがあってねぇ」
梓「なんですか?」
とみ「高校生にもなってあずにゃんだなんてあだ名は、おばあちゃんどうかと思ってねぇ」
梓「こ、このあだ名は唯先輩に無理矢理つけられたんです!」
とみ「さすが唯ちゃんだねぇ、偉いねぇ、お小遣い千円あげようねぇ」
唯「わ~い! おばあちゃんありがと~!」
梓(このおばあちゃんなんなの……)
律「ところで和のことはいいの?」
唯「あ、そうだった!」
唯「おばあちゃん、和ちゃんが迷子になったって」
とみ「そうなんだよ、きっとおばあちゃんのせいだねぇ……」
澪「どういうことなんですか?」
とみ「昨日のんちゃんと一緒にお茶してたんだけど
のんちゃんがおばあちゃんのいちご大福の苺だけを器用に食べちゃってねぇ」
とみ「そのときは仕方がないと思ってたんだけど
時間が経つにつれてなんだかだんだんと腹が立ってきてねぇ」
とみ「気がついたら夜中にのんちゃんの家のポストに
『いちご大福の苺食べたかったねぇ』
っていう気持ちを綴った手紙を100通ほど投函しててねぇ」
とみ「のんちゃん責任感が強い子だからきっと学校帰りにいちご大福を買いに行って
その途中で迷子になっちゃったんだろうねぇ」
律「なんだ、マジでばあちゃんのせいじゃん」
とみ「そうだねぇ……」
唯「りっちゃん! お年寄りに対してそんな言い方はよくないよ!」
律「そ、それもそうだな。ごめんねおばあちゃん」
とみ「ちょっと肩がこったねぇ」
律「あ、ああ。揉むよ。揉ませていただきます」
梓(このおばあちゃんに対しては同情の必要が無い気がする)
憂「とりあえず、まだ国内にいることを願って手分けして探しましょう!」
澪「う、うん」
紬「和ちゃんの携帯は?」
憂「さっきから繋がらないんです」
唯「私、駅前の方から探してくるよ!」ダッ!!
梓「あ、唯先輩!」
澪「私たちも探そう!」
律「よし!」
紬「わかった!」
唯「和ちゃんのバカ! すぐ迷子になるくせにっ!」
唯「どこにいるの!? 和ちゃん!」
ブーッ!! ブーッ!!
唯「もしもし?」
憂「お姉ちゃん、さっきね3丁目の公園の池にメガネが浮かんでるのが見つかって」
唯「!?」
憂「まだ和ちゃんの物って決まってないんだけど……」
唯「す、すぐ行くよ!」
とみ「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
唯「みんな!」
憂「おばあちゃん、お姉ちゃん来たよ」
とみ「!?」
唯「おばあちゃん!」
とみ「これ、これだよぉ」
┗┛┗┛
唯「はぁはぁはぁ」
とみ「……」
唯「はぁはぁ……」
とみ「……」
唯「……和ちゃんのじゃない」
とみ「はぁ~、よかったよぉ~。わたしゃてっきりのんちゃんのかと思ってぇ」
「なぁんだ、ばあちゃんの早とちりか」
「おーい! 間違いだってよ!」
律「どういう訳か私はこの光景に見覚えがある」
澪「奇遇だな、私もだ」
梓「子供のころに刷り込まれるくらい観ましたもんね」
とみ「のぉぉぉぉぉんちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!」
紬「おばあさんもノリノリだわっ!」
カンタ「やーい! クリスマスプレゼント、焼き海苔~」
とみ「かんたぁぁぁぁぁぁぁ!!」
澪「誰だよ、あいつ」
唯「和ちゃんのメガネじゃなくて本当によかったぁ」
律「でも、池にメガネがポツンと浮いている状態ってなんだか怖くね?」
紬「例え和ちゃんのじゃないとしても、後で詳しく調べてみる必要ありそうよね」
澪「う、うん」
梓「まぁ、それは警察に任せましょう」
律「ところでさぁ、さっきから気になってたんだけど
なんでばあちゃんは和のことのんちゃんって言ってんの?」
唯「のんちゃんっていうのは和ちゃんの昔のあだ名だよ」
律「だとしたら、のどちゃんでいいじゃん」
唯「なに? 『のどか』には『ん』が無いのになんで
『のんちゃん』なのさ、とでも言いたいの?」
唯「りっちゃんはあれかい? マックって略すと
『マクドナルドのどこに「ッ」が入ってんだよ』っていちゃもんつける系?
マクドフライドおいもさん?」
律「いや、別に違うけど……」
唯「じゃあ、いいじゃん」
律「……うん」
憂「たしか、おばあちゃんがのんちゃんって言い出したんだよね」
とみ「唯ちゃんや憂ちゃんは2文字だからまだいいけど
のんちゃんは『のどか』って3文字だったからねぇ
おばあちゃんもう歳だからどうしても3文字言うのが
面倒くさくなっちゃってねぇ」
とみ「一文字だけにねぇ」
唯「おwばwあwちゃwんwwwwwww」
憂「出たー! 往年のとみジョークwwwwww」
律「私が話振っといてなんだけど、聞かなきゃよかった」
紬(なんでのどちゃんじゃなくてのんちゃんなのかって疑問も残ってるけど
これも別に聞かなくてもよさそうね)
梓「あの、そんなことよりもっと真剣に和先輩を探しませんか?」
紬「うん、和ちゃんの方向音痴の話が本当なら海外へ行く前に捕まえないと」
憂「今までは何事も無く帰ってこれたからよかったものの
今回もそうとは限らないですもんね」
澪「暗くなる前に見つけないと」
唯「すまねぇな、みんな。ご苦労でも手分けしてたのむよ」
律「いたか!?」
澪「いや……」
梓「こっちにも見当たらなかったです……」
紬「私も、家の者も総動員で捜索に当たらせているんだけど」
とみ「あぁ……。のんちゃんにもしものことがあったら……」
憂「おばあちゃん……」
唯「大丈夫だよ、おばあちゃん。和ちゃん絶対無事に帰ってくるよ」
とみ「唯ちゃん……」
唯「ねぇ、思い出して。私と和ちゃんが小学校へ上がったくらいにあった出来事を」
唯「あのときも確かこんな夜の帳が下り不安が募る肌寒い晩秋のことだった」
とみ「……そういえば」
憂「私も、すごく覚えてるよ」
紬「いったい何があったのかしら……」
唯「……」
憂「……」
とみ「……」
梓「ごくり……」
唯「そんなこともあったよね~」
憂「あったあった」
とみ「そうだねぇ、懐かしいねぇ」
律「お前ら3人だけで思い出に浸って満足してもらっちゃ
一緒にいる私たちが困るんだけど」
唯「ご希望とあらば……」
ほわん ほわん ほわわ~~~~ん…
とみ「のんちゃん、唯ちゃん、憂ちゃん、もう暗くなってきたから帰るよ~」
幼和「唯ちゃん、帰ろ」
幼唯「うん! 憂~帰るよ~」
幼憂「待って、お姉ちゃん」
とみ「じゃあ、みんなで手を繋いで帰ろうねぇ」
唯憂和「は~い」
とみ「あいてて……」
憂「おばあちゃん!? どうしたの?」
とみ「ちょっと最近膝が痛くてねぇ……」
唯「死んじゃう?」
和「唯ちゃん、もうちょっと傷めつけないと死なないから大丈夫だよ」
唯「そっか!」
とみ「おばあちゃん、のんちゃんをうっかり車道へ突き倒して
この世からすらも迷子にしちゃうかもしれないねぇ」
和「決めた! 私、将来お医者さんになって
おばあちゃんの悪いところ全部治してあげるね」
とみ「おやおや、まさかおばあちゃんに対して良心の呵責攻撃をするとは
精神的に責めてくるあたり、のんちゃんはなかなか見所があるねぇ」
とみ「でも、のんちゃんがお医者さんになるころには
おばあちゃんもう生きてないかもしれないねぇ」
和「そんなこと言わないで! おばあちゃん」
唯「おばあちゃん、いつ死ぬの!? 今日? 明日?」
とみ「唯ちゃんたちが年金を収めるようになってからも
しぶとく生き続けられるよう頑張るから心配いらないよ」
唯「まだ、死なないの!?」
とみ「唯ちゃんはおばあちゃんに早く死んでほしいのかい?」
憂「この前親戚の人が亡くなってお葬式に行った時、色々とご馳走が出たから
お姉ちゃんったら人が死んだらそうなるもんだって思ってるの」
とみ「唯ちゃんは親戚でもなんでもないから、おばあちゃんが死んでも
そういうご馳走が出る場にはきっと呼ばれないだろうねぇ」
唯「じゃあ、別に死ななくてもいいや!
おばあちゃん、長生きしてね!」
とみ「嬉しいねぇ」
和「お医者さんになったら私がおばあちゃんの主治医になって臨終宣告をするんだから
それまで死んじゃ駄目だよ」
唯「じゃあ、私は『大変です! 患者の容態が急変しました!』ってドクター和に伝える
看護婦さんになる!」
憂「私はそんな和ちゃんと癒着して
家族が死んでお葬式をする顧客の情報をいち早く掴み
他の葬儀社を出し抜いて一儲けを企む葬儀屋さんになろっかな~」
とみ「将来の夢を語る子供はとても輝いているねぇ」
唯「そうと決まれば、和ちゃんが将来ちょっとでも良いお医者さんになれるように
明日からはより濃密なお医者さんごっこをしよう!」
とみ「あんまり大人の階段を上りすぎないように気をつけるんだよぉ」
ほわん ほわん ほわわ~~~~ん…
唯「本当に懐かしいよ」
澪「お前らなんなんだよ、本当に」
律「そして何故それを今この状況で思い出す必要があるんだ」
憂「お姉ちゃん、私が思い出していたのはそれじゃなかったよ……」
紬「まさかの思い出共有ミス」
とみ「おばあちゃんはもう歳で、物忘れも激しいから
そもそもなんにも思い出せなかったねぇ」
梓(もはや、何も言うまい……)
和「あら? みんなで集まって何してるの?」
澪「おっと、あっさりと見つけてしまった」
紬「どっちかって言うと見つけられちゃったって感じだけど」
律「おい、結局和のとんでも方向音痴は嘘だったってことか?」
和「まさかこんな隣町まで来てみんなが勢揃いしてるとは思ってもみなかったわ」
梓「どうやら立派に迷ってらっしゃるみたいですね」
唯「和ちゃ~~~ん!!!!」
和「ど、どうしたのよ、唯」
憂「私たち和ちゃんが迷子になったと思って探してたんだよ」
和「そうだったの、心配かけちゃったわね」
唯「ちなみにここは桜が丘で、和ちゃんの家の眼と鼻の先だよ」
和「大丈夫、心の片隅ではもしかしたらそうじゃないかと思ってたから」
律「その程度の認識だとは」
とみ「のんちゃん……」
和「おばあちゃん……」
とみ「あんまり年寄りを心配させるもんじゃないよ」
和「ごめんなさい」
和「でも、私どうしてもおばあちゃんに昨日のお詫びがしたくて」
和「それに方向音痴の件もなんとかしたかったから」
和「だから、一人で昨日の和菓子屋さんまで行ってきたの」
とみ「そうだったのかい。それでいちご大福は買えたのかい?」
和「ごめんなさい。ちょっと健康のために歩こうと思って遠回りしてたら
その和菓子屋さんすでに閉店時間過ぎちゃってて……」
和「あと、色々とすることもあったから……」
とみ「いいんだよ、たとえ健康のためだなんて苦しい言い訳をしたって
おばあちゃんはのんちゃんが無事に帰って来てくれたのが一番だよ」
とみ「それにのんちゃんには家のポストに大量に入れた手紙のことも
謝らないといけないねぇ」
梓「まぁ、そのせいで和先輩は責任を感じていちご大福買いに行った訳ですしね」
和「何のこと?」
澪「このおばあちゃんが昨日和に苺食べられた怨みつらみを書いた手紙だよ」
和「……あ~、確かに今朝新聞取りに行った時なんかやたらとポストに詰まってたから
たまたま通りかかったちり紙交換に速攻全部引き取ってもらったんだけど」
和「あれっておばあちゃんの仕業だったのね」
とみ「ちっ」
律「舌打ちしやがった」
和「私は自分の意志でいちご大福を買いに行ったのよ」
和「それともう一つの大きな目的がコレよ!」
紬「なに? この模造紙は」
律「ま、まさかこれはっ!」
和「ええ、私お手製の桜が丘の地図!」
梓「イラストが随所に散りばめられた
まるで小学生の夏休みの自由研究みたいですね」
唯「ビックリしようよ、あららのら」
憂「調べて納得」
とみ「うん! そうか!」
澪「そんなおもしろ地図を作ってたのか……」
和「探検して発見してきたのよ」
律「悪いが私にはどこに何があるのか全然把握できない」
和「私にはこの地図に桜が丘の全てが詰まってるように見えるわ」
梓「市販の地図じゃ駄目なんですか……」
和「私はそんな他人が作ったものをすぐ信じれるほどお人好しじゃないの」
和「自分の目で見て、自分の肌で感じ、自分の足で歩いてこそなのよ」
和「私はチョーさんからそれを学んだわ」
和「自分の歩く道は自分で切り拓く」
紬「彼女こそ現代の伊能忠敬」
澪「そんな大層な」
唯「じゃあ、もう桜が丘では迷子になることはないってこと?」
和「当然じゃない、こうやって一人で帰ってくることが出来たのがその証よ」
梓「え? でもさっきまだ隣町にいるって勘違いして……」
律「もう面倒くさいから掘り返すな」
憂「よかったね! よかったね、和ちゃん!」
和「ありがとう憂」
とみ「よくがんばったね、のんちゃん」
和「おばあちゃん」
とみ「でもこれでのんちゃんが一人で学校から帰れるとなると
のんちゃんを迎えに行く楽しみがなくなっちゃうねぇ……」
和「これからは受験とかで忙しくなるけど
出来るだけ時間を作っておばあちゃんの茶飲み友達をさせてもらうわ」
とみ「そうかい、嬉しいねぇ」
和「でね、いちご大福は買えなかったんだけど」
和「帰る途中でたこ焼き屋さん見つけて、たこ焼きを買ってきたの」
和「もし良ければ、おばあちゃんと一緒に食べたいな、って」
とみ「のんちゃんが初めて一人でおつかいして買ってきたのを食べるなんて
なんだかもったいないねぇ」
和「もう、そんなこと言わないで、冷めない内に食べよ」
とみ「そうだねぇ。美味しそうだねぇ」
誇らしげな顔の和ちゃんと
少し寂しそうだけど嬉しそうなおばあちゃん
私も一緒にそのたこ焼きを食べたかったけど
憂の二人っきりにしてあげようという提案に賛成しました
だって、本当のおばあちゃんと孫みたいだったから
りっちゃん達は私が気づいたときにはもう既に帰っていました
平沢家
唯「和ちゃんが無事で一安心だよ」
憂「そうだね」
唯「あ~今日は走りまわったからもうお腹ペコペコだよぉ」
憂「ご飯すぐ用意するね」
プルルルルルルルル!!
憂「お姉ちゃん、ごめんだけど、出てくれる?」
唯「あいよ~」
唯「はい、平沢で……」
とみ『唯ちゃんかい!?』
唯「だ、誰!?」
とみ『一文字ですけども~』
唯「なんだ、おばあちゃんか」
とみ『あのねぇ、のんちゃんがたこ焼きのタコだけを
どういう訳か器用に食べちゃってねぇ』
和『だって、おばあちゃんが半分に分けようって言うから』
和『たこ焼きの価値的にはこれで丁度半分くらいになるはずだけど』
とみ『8個あるんだら、4個ずつに分けるのが普通だけどねぇ』
和『その発想はなかった』
おしまい
最終更新:2014年09月08日 07:53