律「あれれ〜?澪のくせに待ち合わせに来てなくて、しかも今さら『寝坊したから先に行っててくれ』だなんてメールが来ても、既にりっちゃんがどんなに飛ばしたとしても学校に遅刻しそうな時間だぞ〜?」

ケータイの時計の時間は待ち合わせの時間を20分オーバーしていた。

律儀に澪を待っていた、私も私だ。
「あいつなら、澪ならきっとくる......!!」だなんてメロスごっこしている場合じゃなかった。
正確に言うとセリヌンティウスごっこしている場合じゃなかった。
壁に寄りかかって、野良猫とたわむれながらセリヌってる場合じゃなかった。
ちなみになんで私がメロスの友人の名前をスラスラそらで言えるのかと言えば、ただ単に絶賛的に現国で習っているからに過ぎない。
澪にしてみれば、一般常識らしいけどな、メロス。
メロスの友人の名前とか知るかよ、って感じ。

澪『いいか、律。雑学っていう物も学がついている以上は覚えていて損するということはないんだよ。別にセリヌンティウスの名前を覚えているかどうかで人より優れているかどうかが決まるだなんて私だって思ってない。ただ、それだけで人生が豊かになるんだ。考えられる可能性の選択が増えて、選択肢が広がるんだ。ほんの少しだけ』

律「......澪の説教すらイメージ画像というか、妄想できるくらい、澪に怒られてるのか私は」

ポーズまで思い浮かべられる。
仁王立ちして腕組みしてる澪。
自分に少しだけガビーンとした。
悔しいから、澪に膝枕しながら説教されるという設定に変えて妄想することにしよう。









思ったよりもホンワカした。

律「まぁいいや。それにしても澪が寝坊だなんてな。あのママがいるんだし、ちょっとくらいの寝坊なんてリカバリーできそうなものを」

澪の家は、家庭としてはとても出来すぎている。
なんせ一人娘が部屋の一角を畳スタイルにしていたとしてもそれを許容している位だ。
意味がわからない。
ただ一つだけハッキリしていることは、あの畳の上はとても居心地がいいということだ。
かくいう私の家も家庭としては出来すぎている。
むしろ、出来すぎて完成度が高いがゆえに、放牧されていると言ってもいい。
私の部屋の壁に飾られている絵について何もツッコミを入れてこない母親と父親。
私が母親なら、娘があんな変な絵を壁に飾ったら中二病でも患ったのではと気に病むだろう。
でも私の母親はシャウエッセンとラッセル・クローを間違えて覚えていて私を不意に笑わせるくらいの逸材だからな。

律「この親にしてこの子供ありってやつなのかねぇ〜」

通学路を逆行して、澪の家に向かった。
時刻はすでに朝のホームルーム15分前だ。

律「仕方ない。さわちゃんに一報を入れておくか」

小・中学校の頃の私ですら、高校生の私が、教師にメールで自身の不在を知らせている、という事実を知ったらぶったまげるだろう。
私はついに教師をも支配下に置いたのか、と。
そんな私に私はこう言いたい。
「コスプレすれば案外なんでもオッケーな高校生活だよ」と。


律「『澪連れてから学校行くよ〜ん』っと」

それにしてもこんな友達に送るような内容だと知ったら驚きすぎてバク転か三重飛びくらいするかもしれない。
小学生の私の驚きパワーを使ったら跳び箱とか10段も目じゃなさそうだ。

律「よし。まるで澪が引きこもりの生徒で、私が澪の唯一仲のいいクラスメイトみたいな状況のメールになってしまったけど、まぁ、いいだろ」

そんなこんなしているうちに出来すぎている澪の家に着いた。
ピンポンを押す。正式名称は知らないけど、澪の家のは押すと中の方で『ピンポン』と鳴っているのが聴こえるから、澪の家のはピンポンでいい。

つい最近、このピンポンについて澪と会話をしたことがあった。

律「この和テイストな家のピンポンがピンポン音なのは私的にどうも納得がいかないんだけど。中学校高学年辺りからの不満なんだけど」

澪「......私にどうしろと。中学校高学年っていつだよ」

律「ピンポンを押したら鐘の音がなり響くように取り図らってもらいたい」ゴ-ン

澪「私、そんな家住みたくないんだけど」

律「」ガ-ン

律「えぇー、絶対鐘の音のがいいってー。ピンポン押したらゴーン!って聴こえてくんの!!うは!!想像したらめっちゃ和む!!」

澪「鐘の音にしたらピンポンがピンポンじゃなくなっちゃうだろ」

律「...それは.....!!たしかにそうだ......それはダメだ!!澪の家のピンポンを私は押し続けたい!!」

澪「なんだよ、それは」

澪がクススと笑って、その話はおしまいになったっけ。

そんなことを思いながら、私は澪の家のピンポンを押した。

ゴーン!と家の内から扉の前まで鐘の音が響き渡って私は唐突に和を感じた。













とかなら面白いんだけどな。
ピンポン押してもいつも通りのピンポンが聴こえた。
やっぱり澪の家のピンポンはピンポンじゃないとな。

私はしばらく扉の前で待ち、澪のママさん、澪ママが扉を開けてくれるのを待った。
パタパタと音が次第に近づいて来て、一旦止んだかと思うとすぐさまガチャっと重々しく扉が開かれた。

律「おはよーござまーす。澪、起きてます?」

目の前には澪をちょっと大人にした感じの小綺麗な女性が立っていた。

昔からさほど年をとっている印象を受けない。
久々に会ったけど、それでも久々に会ったとは思えないくらい記憶のままの姿だ。
冷凍保存してさっき解凍してきた肉みたいな感じだ。
冷凍焼けはしていない。
どんな比喩だ。
エプロンをし、家の奥からは美味しそうな料理の匂いが漂ってくる。
朝からフルグラに牛乳(ミルクではない。牛乳だ)なうちとは大違いだ。
やっぱり澪の家は出来すぎている。

澪ママ「りっちゃん、おはよう。ごめんね、澪ちゃん、起きてはいるんだけどね。ちょっと問題が......」

律「澪の胸が萎んだ......!?」

澪マ「りっちゃん、私、そんなこと言ってないからね。あと、澪ちゃんみたいに華麗なツッコミ出来ないからごめんね」

澪ママは私をりっちゃんと呼ぶ。
それは澪ママが澪ちゃんのママである、という紛れもない事実が由来だ。
そして、澪ママは澪ちゃんのママであるという由来にふさわしく、口調と雰囲気が昔の澪みたいな人だった。

律「澪、どうしたんですか? 」

澪マ「えっと......その......なんて言えばいいのかしら......」

そう言って、澪ママは左腕を腰に回し、その腕の上に右腕を乗せ、右頬を右手でさわさわする、婦人特有のポーズをして困った感じを出してきた。
一体、こんな悩ませボディーが何に困っているんだろうか。

私は澪ママに「澪ちゃんね、風邪で寝ちゃってて今日は学校お休みすることにしたの。わざわざ来てもらってごめんね、りっちゃん。無駄足になっちゃったね。学校大丈夫?送って行こうか?」と言われることを期待していた。
いや、別に最後の「送って行こうか?」は完全に私の妄想だ。
そもそも澪ママは運転免許を持ってない。
前に「免許取らないの?」と澪が聞いたことがあるという。
返答はこうだったらしい。

澪ママ「運転はね、うーん。他人を轢き殺しちゃいそうだから、怖い」

私は「轢き殺す」という単語があの澪ママの口から発せられたということの方が怖かった。
それは澪も同じだったらしく、「そうなんだ」しか返せなかった、とボソっと言う澪の頭を私は撫でて、「それぐらいの心意気持ってないと、魚捌けないじゃん?」と慰めたものだ。

話を戻す。
「学校送って行こうか?」は妄想として
「朝ごはん食べてく?」ぐらい期待していた。
話戻ってないな。
もうちょっと話を戻す。

澪ママ「......りっちゃんになら、大丈夫かな。あの頃の澪ちゃん見慣れてるだろうし」

律「あの頃の澪ちゃん?」

澪ママ「とりあえず、りっちゃん、上がって?」

そう言って澪ママは私に私用のスリッパを差し出した。
私が澪の家に来すぎているため、澪ママが以前用意してくれたものだ。
私、厚かましすぎるぜ!!

律「......何か澪に問題が起きてるなら仕方ない。学校行くのが遅くなってラッキーとかそんなことじゃないし」

私は通学靴を脱ぎ、端に揃えてからスリッパに足を入れた。

澪ママの後ろにピカチュウのようについていく形で私たちは澪の部屋に向かった。
別に澪ママの肩には乗っていない。
アニメではなくゲームの方を想像してもらいたい。
澪の部屋。
階段を登って2階の角部屋、かつ、南向きの部屋。

澪ママ「澪ちゃん、入るね?」

そう言ってドアをノックする。
思うに、ドアをノックした後に澪から「はーい」とか、返事もらってから言うセリフだと思うんだけどな。

澪ママ、昔からよくわからん人だけど、物心ついてもやっぱりよくわからん人だ。

「......どうぞ」と澪の声がする。
あれ?なんかいつもと違うんだけど、本当に風邪でもひいたのか?

そして、澪ママは澪に私が居ることを一切情報として出してなかったことを思い出す。


澪「ママ......うぉあああああああああああ!?りっつつつううううううう!?」

澪マ「あ!りっちゃん居るの忘れてた!!」

律「......あはははは」

絶叫の澪、忘却の澪ママ、呆然の律。
その部屋は一瞬でカオスと化した。

いや、私まだ部屋の中入って無いんだけどな。
部屋の一歩手前でこの状況って凄いな。
いや、二、三歩手前かもしれないけどさ。
そもそも手というか足だから、二、三歩足前なんだけどな。
前ですらないか。後ろか。ニ、三歩足後。
私が澪ママの後ろをピカチュウしてたのが悪いのか?
いや、澪ママが忘れっぽい特性の持ち主であることを忘れていた私が悪いのだろうな。
てか、ピカチュウは4足歩行でいいのか?4足歩行認定ならピカチュウは手も足も同値だからやっぱりニ、三歩手後ろでもいいような気がしてきた。
そんな反省を過去にも数回はしたはずなのに私はまた過ちを繰り返す。

絶叫の澪、忘却の澪ママ、呆然の律。
その部屋がこの三人の三つ巴により一瞬でカオスと化したことは数回では済まない。
そのほとんどは澪の着替え中というタイミングで、私は数回に渡り澪のママはわざと私に澪の着替えシーンを見せているのではないだろうか、と疑ったものだ。
上の着替えだったり、下の着替えだったり、水着の試着中だったり。

この文章で想像できるありとあらゆるパターンを私はおそらく網羅している。
澪のために描写を避けているだけであって、3パターンで済んでいるわけではない。

しかし、そんな幾千万のパターンを網羅している私でも出会っていないパターンがあったのだな、と私は澪の状況に目をやって思い知ることになった。

メロスを待っていたセリヌンティウスだって、まさかメロスが裸で戻ってくることを予期していたわけでは無いように、
澪を待ってセリヌっていた私は澪が小さくなっているだなんてことを予期などしていなかった。


そこにいた、ベッドの毛布に包まって、ブカブカの寝巻きに身体を包まれていた、のは澪だった。

まぎれもなく、澪だった。

私が話しかけ、それに怯え読んでいる本のタイトルを隠したがっては本を閉じてしまう、

あの頃の澪ちゃんだった。

セリヌンティウスは一体どんなリアクションをとってメロスと再会したんだろう。
授業でまだそこまでやってないことを私は少し後悔した。
参考にするお手本とするヴィジョンが頭の中に全くない。
ただ一つあるとすれば、あれだ、名探偵コナンだ。

コナン曰く、真実はたった一つらしい。
でも、今この部屋にある真実は何処か嘘っぽくて、それでいてひどく懐かしかった。

澪「り、りつ......」

もう2度と聴くことはないと思っていた声色が私の名前を呼んだ。

あぁ、そうだった、澪の声ってこんなに高かったんだなぁ、
......高かったっけ?
こんな声だったっけ?
もうよくわかんないや。
うん、覚えてないや。

律「......あれか、アポトキシン4869でも手に入れちゃった感じか?」

澪「ごめん、律がこの状況でコナンを思い浮かべたのはよくわかるんだけど、コナン読んでないからその返しにどうツッコミすればいいのかわかんない」

律「私の頭の中なんて、全部全てスリッとまるっとお見通しか」

澪「それはトリックだろ」

あぁ、澪だ。
この目の前のちっこいのは澪だ。
紛れもない澪だ。

律「トリック、一緒に観たもんな......。嫌がる澪のリアクション見たさに、一緒に観たもんな」

澪「トリックあんなに一緒に観たがったのはそれが目的だったのかよ!?」

律「おおっと。ツルッとペロッと本心がお見通しされてしまった。
というか、一人称の文章かと思ってたらセリフの部分だった!」

澪ママ「りっちゃん。澪ちゃん、朝起きたら身体が小さくなっていたの」

再び悩殺婦人ポーズで澪ママはさらりと現場の説明をした。
梅酒じゃないんだから、もう少しクドクドと説明してくれるとこっちも嬉しいんだけどな。

律「な、なんだって......!?」

澪「今さらそんな驚いたリアクションするな、白々しい」

あぁ、ツッコミが居るって安心する。
そしてそれが小さい澪の可愛い声とか、マジ癒される。
というか、私は澪が小さくなったことに驚いたのではない。
澪ママとの最初の会話で私が既に、澪の胸が萎んだことを予言していたことに慄いたのだ。

律「私、澪の胸と一心同体なのかも」

澪「それならこの姿になった時に律は消滅してるだろ」

律「あははウケるー!澪の胸となら心中も吝かではないっての!」

澪「ウケるな!? 胸と心中!? 私の立場はその時どうなってるんだ!?」

私は文句を言っている澪の姿をマジマジと見た。
本気と書いてマジ。
本気本気と見た。
澪の胸と心中とか、たとえこの身が滅ぶとしても本望に決まってるだろ。

律「ちょっといいか」

澪「お、おう......?」

私はそう断って澪の身体に触りまくった。

澪「はっ!?ち、ょっと、律!?いきなり何してんだよ!!」

いきなり触り出したから澪が暴れる暴れる。
借りてきた猫かってくらい澪は暴れて私の手から逃れようとした。

私に触られることを嫌がって暴れる澪をなだめるために澪に触ってさらに澪が暴れて......

というクールを2クールほど繰り返して私は澪の身体をこの掌でスキャンした。

平らな胸、色気の無い腰、安産型でない尻。

それらは全て昨日までの澪とはかけ離れていた。
一掃されていた。
いや、一喪されていた。

見た感じでは確信が持てなかったが、スキャンしたことで確信に変わった。

澪の胸は小学生の頃のそれだった。
澪の身体は小学生の頃のそれだった。
澪、ビバ2クール目の小学生!!

律「本気なんだな......。着ぐるみ着てるとかじゃなくて」

澪「着ぐるみって、そもそも身体のサイズまで変えられるわけないだろ......って、いつまで触ってんだよ!?!?」

顔を赤らめた澪が私を自分の身体から引き離そうとするが、所詮小学生の頃の澪の力だ。

高校生の私を引き離すには借りてきた猫の手を借りても全然足りなかった。

律「いや、なんかこう、クるものが......」

澪「来るもの!? この状況で一体なにが律に来てるんだ!?」

律「2クールだけに、澪萌えは2度とクるのかとシミジミしている」

澪「律の言ってる意味がまるでわからない......」

「澪に萌えること」を私は心の中で澪萌えという単語で呼んでいた。
「身思うこそ、澪に萌える」という意味も兼ね揃えている単語だ。
母親譲りのその身体、その声、その性格。
小学生の頃から割と放牧されていた私にはキュンキュンとクるものがあったのだ。
まさか、澪に人生で2回もクるなんて......。

律「受験で追い詰められてたけど、人生まだ捨てたもんじゃなかったな」

澪「?」

受験、がんばろっ。

律「......中身が今の澪で外見が昔の澪だとこれは、なんというか、あれだな」

澪「?」

律「すぐに友達できるって!」

澪「嫌だー!? 小学校に今さら戻るのは嫌だー!?」

澪ママ「澪ちゃん、身体が小さくなった心当たりとか、ない?」

澪「心当たりとか、そんなこと言われても......」

律「私もアポトキシン4869ぐらいしか記憶のストックに心当たりが......」

せめてセリヌンティウスが裸のメロスにどんなリアクションをしたのか知っていればどうにかなっているのに。

律「くそっ......現国の進行スピードめ......」

私はそう言いながら悔しそうなそぶりをした。
澪はそんな私を見て、はてなマークを頭の上に浮かべた。

ちなみにどうして私がメロスが裸になるのを知っているのかと言えば、
教科書のメロスの最終ページに裸のメロスが恥ずかしそうに顔を赤らめて、民衆の1人の上に吹き出しでマントの絵が書かれているという挿絵が書いてあったからだ。
なぁに、予習をしていたわけでない。
むしろ落書きという名のメイクアップをしていたのだ。
メロス、セーラームーンの服着せといた。

澪ママ「そう......。なら、仕方ないわね」

律「また小学校からやり直しか、ドンマイ澪! 私ら先に大人になるから!」

澪「嫌だー!?ま、まだ、身体が戻らないって決まったわけじゃないだろ!?」

律「澪なら今度の人生、東大目指せちゃうぞ☆」

澪「......い、嫌だー。だー...」

律「ちょっと説得されてんじゃねーよっ!」

澪ママ「とりあえず、今日はおとなしくして様子を看ましょう」

そう言って澪ママは「確か小さい頃の澪ちゃんの洋服がまだあったはず......」とつぶやきながら部屋を出て行ってしまった。

澪も暴れるのをやめて大人しく私に抱っこされていた。

小さい子をだっこするという体験がここ数年の私の生活圏からは圏外だったから、腕の中に自分よりも小さい生き物が居るというのはなんだか不思議だった。

たまに興味本位で唯と梓にギターを持たせてもらったり、ムギにピアノ弾かせてもらったりするけど、その時の感覚に似ていた。

どう扱ったらいいのかわからない、どれくらいの力加減で接すればいいのかわからない。
壊しそう。脆そう。
楽器対人間でそんな感覚に陥るんだ。
小学生対高校生ならなおさらそんな感覚に陥っても仕方ない。

自分よりも圧倒的に弱いものに出会ったら、力関係が一目瞭然で自分よりも弱いものに出会ったら。
普段の感覚なんて当てにならないんだろう。
それくらい今の澪は私にとって、壊しそうで、脆そうな感覚だった。


澪がぶかぶかのパジャマに着られているのが後ろからでもよくわかる。

ベッドの上にあぐらをかき、足の隙間に澪を座らせ、私は改めて後ろから澪をだっこして、澪の頭の上に自分の顎を乗っけた。

澪「重い......。てか、律、学校は?」

律「澪がこんなにおもろい......脆そうなことになってるのに学校なんて行けるわけないじゃん」

澪「......おもろい?」

律「あ、澪知らないの?『脆い』は丁寧語にするとき、頭に『お』をつけるの流行ってるんだよ、今」

澪「私、別に過去から来たわけじゃないから、そんなのが流行ってないことは知ってるんだけど」

律「あははは......あぁあ痛っ!?痛い!?」

澪の身体に回している右腕をシレッとツネられた。

律「む、昔の澪はこんなこと、家庭内暴力に走るだなんてことしなかったぞ!?」

澪「その前に律が精神的暴力ふるってるから無効だ」

律「なにその違う方向向いてる同じ長さのベクトルの大きさは同じみたいな帳消し理論」

澪「......もうまた変なこと言ってくる!!律が悪い......!!」

この場面、傍から見たら小学生と言い合ってる高校生なんだけど。
私、道徳的に大丈夫かな?
まぁ、別にこの部屋には第三者が存在しないから別にいいんだけどさ。

律が悪い!と宣言した澪は身体の向きを180度回転させ、何をするのかと思えば、私の無い胸と腹の間あたりに顔をうずめてきた。
「無い胸と腹の間あたりに」だなんて自分で自分が悲しすぎる。
澪は私の冷静と情熱の狭間に顔をうずめてきた。

律「澪?」

と声をかける。
返事の代わりに聞こえてきたのは、制服に吸い込まれた後聞こえるほどの泣き声の残りカスだった。

そうだ、澪は泣きっぽいんだった。
すっかり忘れていた。
昔の私はそんな澪の側で、かってがわからずただウロウロとする子供だった。
「みおちゃん、だいじょうぶ?どうしたの?元気だして?」とか言って早く澪を慰めて涙を止めようとしていた。

澪は大丈夫じゃないし、何かあったから、元気が無いときに最終手段として泣く子供だった。

精神的にメルヘンチックな子供には私とのやんちゃな、サバイバルのような小学校生活は大変だっただろうな。
白馬に乗った王子様を待ち焦がれていたら、パンを踏んだ少女との大冒険が始まったようなもんだ。
地獄だっただろうな......。
私は楽しかったけど。

あぁ、罪を罪と自覚していないって罪だ。

まぁ、今はそんなパンを踏んだ少女の集めたバンドでガチな沢庵お嬢様がピアノ弾いてるんだけどな。

ちなみにそのバンドには長靴を履いて身長詐称している黒猫のギター弾きと、
田舎から都会へ行こうとして「軽音部って軽い音楽なんでしょ?」と言いながらギターを弾き始めたヘアピン鼠がいるからこれにはメロスも驚きだ。

パンを踏んで若干人よりも高いところで物事を見ていた私は、やっぱりパンを踏んだ分、盲点も多角になっていたのだろうな。

澪は「みおちゃん、だいじょうぶ?どうしたの?元気だして?」とか言って早く澪を慰めて涙を止めようとしてウロウロしていた私に、
いつも泣くのを少し堪えながら「ごめんね、いつもないちゃって」と謝っていた。

私はそんな風に泣いて謝る澪に「謝るくらいなら泣かなければいいんだよ!」と言うクソな餓鬼だった。

思い出しても自分で過去の自分を自害に導きたくなるほどの悪行だ。
目の前にいる澪は、泣くとさらに脆くて壊れそうに見えた。
私はこんな存在を振り回して遊んでいたのか、と自分の業に驚き呆れた。
でも、高校生の私には小学生の私にはなかった余裕と包容力があった。
今回それをふんだんに使ったとして、業が減ることはあってもバチが当たることはあっても、罰が当たることはないだろう。

律「澪、大丈夫だよ」

そう言って私は澪をぎゅーと抱きしめた。

澪「律は......他人事だからそんなことが言えるんだ......」

律「他人事ねぇ......。私と澪の場合、どっからどこまでが他人事なんだろう」

澪「私が小さくなってるのに律は小さくなってない。それで既に他人事だよ」

律「でも澪の胸と私は一心同体だからなぁ......」

澪「......もう、なんなんだよその設定!!ふざけるのやめてよ!!」

ドンっと胸に衝撃。
澪が私の無い胸を左手で叩いた音と衝撃だった。
壁ドンならぬ胸ドン。
なんてな、小学生の澪の力で衝撃がそんなに強いわけがない。

律「ふざけてないっての」

澪「えっ」

私の身体はそこで限界だったらしく、ゆっくりと分子化した身体の物質が空中に分散し、透明になっていく。

澪「えっ、どうして、律が透けてる......?」

律「言ったろ?澪の胸と一心同体なんだ。
ある程度は私の中に予備の胸データが埋め込まれていたから存在を保ち続けられたけど、澪の胸との同期が一定時間経ち続け、んで、予備の胸データでも私の存在を騙しきれなくなったみたい」

澪「う.......そ、、、、、、」

律「さっき触りまくったの気持ちよかった......じゃなくてスキャンして『澪の胸は小学生の頃の大きさ』だって確信しちゃったのがマズかったかな?」

説明している間にもどんどん私の身体から分子が空間に待っていく。

映画版のぶりぶりざえもんみたいだ、私。
めっちゃかっこいい。

澪「やだ、そんな、律とさよならなんて、やだ!!いやだよ!!」

澪はポロポロとさっきは私の制服に吸わせていた涙を惜しげもなくひけらかした。

律「さよならじゃないよ、大丈夫。ちょっと消えるだけだから」

澪「そんな、そんな律、嫌だよ、律、あ、あっ、あ......!!」

澪のほっぺたに流れる涙を拭おうと手を伸ばした。
でも、もう透明化がひどいらしい。
私の手は澪を通過した。
澪という物体と接点をもてなかった。

律「のれんに水ってこんな感じかな?」

澪「それを言うなら、のれんに腕押しだ、ばか律」

律「小さい頃の澪の声で『ばか律』、もう一度聴けて......よか......った.........」

分子が空間に放出されるスピードが早くなり、私という人間の存在は散り散りにバラバラになっていく。

大丈夫、要らないものを捨てているだけだから。

ゆっくりと淡い光が次第に強くなる。




ーーーそして














その光が止んだ瞬間私はーーー


















律「よし、再構成終了!」

澪「あぁ!?」

律「ほら、私もちっちゃくなったぞ!!」

澪「あえぇえっ!?はぁ!?」

律「えぇーっと」

キョロキョロと私は自分の身体をチェックした。
何分ダブダブになった高校生の制服を着ているから動きは鈍いけど。
目を見開いて口をパクパクしている澪は置いといてチェックが先!

律「うん!よし!!再構成完璧!!どっからどう見ても小学生時代の私だ!小学生の田井中律だ!!」

澪「はっ? ...えっ、、、はっ?」

律「ほら、これで他人事じゃなくなったぞ? 全く澪は昔から細かいことにうるさいんだから」

澪「いやいや、おかしいだろ、......えっ、律?」

律「なんだよ、このおでこを見て澪は田井中律を見間違うのかよ」

澪「う、うーん?......うーーーーん?

澪は考え混んだまま気絶した。

律「えっ、ちょっと?澪!?このタイミングで気絶!?」

その時澪の部屋のドアが開き澪ママが澪の洋服を持ってきた。

澪ママ「澪ちゃん、洋服あった......よ......り、りっちゃんまで小さく!?うーーーーん」

澪ママも気絶した。

律「澪ママも気絶体質なの!?知らなかったよ!?」

私は澪と澪ママが気絶した出来すぎな家に1人残されてしまった。


律「えー。うーん。どうしよう。とりあえず......」

そこでお腹がぎゅーぎゅーぎゅんと鳴った。空腹の合図だ。

律「ごはん食べよう!」

私は一階に降り、澪ママの作ったご飯を食べることにした。

完!

ーーー

紬「っていう脚本書いてきたんだけど、文化祭の劇でどうかな?」

律「......」

澪「......」

唯「りっちゃ......くふっ」

律「はい、平沢さん。笑わなーい。笑うなら盛大に笑え。惨めだ」

唯「あははははは!!あははははははは!!」

澪「盛大に笑われるとスカッとするな」

梓「ゆ、唯先輩!......いくらなんでも笑いすぎでふよ...くひゃッ」

律「梓、お前も大概ひどいぞ?」

澪「と言うか、歌詞をみんなで書いてこようって話だったのになんでムギだけ脚本書いてきてるんだよ」

紬「夜中に1人で盛り上がっちゃって♪」

梓「ちなみにメロスとセリヌンティウスは再開時に殴り合いしますよ、律先輩」

律「なんで私にメロスの結末言うんだよ」

梓「知ってました?」

律「......知らなかった」

唯「りっちゃんの情熱と冷静の狭間ってここらへーん?」

律「あぁもう! うざっ!!唯うざっ!!」

紬「それで、どうかな?りっちゃん、澪ちゃん。この劇で文化祭しない?」

律「......」スゥゥ

澪「......」スゥゥ

律澪「きゃっか!」

紬「ちぇっ」

おわり。



最終更新:2014年09月12日 13:41