朝の8時前。
潮風を浴びながら前方のセントマーチン島を二人で眺めていた。
船首から見ていた島はだんだん大きくなってきて港も確認できる。
そこにはいくつかの豪華客船が停泊しているけど私達が乗っている船が一番大きいんだよね。
見比べなくてもわかるのはこの船が現在世界最大の大きさを誇る豪華客船だから。
大きいという事は乗客も沢山乗せられるという事で、加えて諸々のコストダウンのおかげで私達でもこうしてクルーズを楽しめるようになっている。

唯「よし! 今日はまず最初に泳ごう。一日中泳いでてもいいね」

梓「一日中だと日焼けが……」

唯「まだ気にしてたの? もう真っ黒だよ」

梓「うっ……」

唯「ていうか一昨日から真っ黒だったじゃん」

梓「……そ、それより! ここのマホビーチは唯先輩絶対びっくりしますよ」

唯「びっくり?」



私達は早速マホビーチへ向かった。
ぱっと見は普通のビーチと変わらないだろう。

唯「ねえあずにゃんどの辺がびっくりするの?」

梓「後で分かると思うのでとりあえず遊びましょう」

唯「んー、そう?」

それほど混んでもいないし海も綺麗だしいい所だな。

唯「あーずにゃーん!」

それに唯先輩もいるし。



しばらく唯先輩と海辺でキャッキャしているとどこからともなく放送が流れてくる。

唯「……? 何だか人が増えてきたね」

梓「そうですね」

唯「それに何か聞こえるような……?」

微かにゴオオオという音が聞こえる。

唯「これがあずにゃんの言ってたびっくりする事なの?」

梓「はい」

唯「んん……? あっジェット機が着陸するのか! 浜辺の隣が滑走路だもんね」

唯「そっかーみんな飛行機を見に来たのかー。間近で見れるからかな?」

唯「おおー……」

唯「……」

唯「……あ、れ?」

梓「気付きました?」

唯「あ、あずにゃん……飛行機がまっすぐこっちに向かってきてるような気がするのですが……?」

梓「それがここの名物みたいなものなんですよ」

海からやってくるジャンボジェット機が私達のいる砂浜スレスレを飛んで隣の滑走路に着陸する。
本当に目と鼻の先を巨大な物体が飛ぶという体験ができるのだ。
もちろん私も初体験なんだけど知ってる分心構えが出来てるし唯先輩のびっくりするところを見てやろうと思って。
そんな事を思っているうちにジェット機がどんどん近付いて来て轟音が――

唯「うっひゃーー!!」

梓「う……うわあーーー!?」

私達のほぼ真上、ボールを投げたら当たりそうな場所を通って着陸していった。
思わず叫んじゃった。

唯「すっごーい! これはびっくりだよ!」

梓「そ、そうでしょう……カチカチ」





唯「また飛行機こないかなー」

梓「そ、そろそろ街の方にいきません?」

唯「やだなぁさっき来たばっかりだよあずにゃん」

梓「そうでしたっけ……いやでも」

唯「あっまた放送が流れた! これって空港の放送だったんだねー」

唯「あっちの人が集まってる所に行ってみようよ」

梓「ええっ、ちょっ」

仕方なく唯先輩の後をついていく途中で看板が見えた。
大きな文字でDANGERと書かれていてその下に飛行機に飛ばされる人間の絵が……。
注意書きと思われる文にはジェットブラストがどうとか書いてあって、最後にdeathという文字が……death!?

梓「ちょ、待って唯先輩っ!」

唯「今度は飛行機が離陸するみたいだよ!」

見ると滑走路で飛行機がゆっくりと動いている。
そして丁度私達がいる場所に背を向けて今まさに飛び立とうとしている。
周りの人はフェンスにしがみ付いたりして何かの準備をして……。

梓「待って唯先輩! なんか看板にdeathって書いてあるんですけど……」

唯「平気平気! お、なんかみんな構えてるね。よーし私もやってやるdeath!」

梓「何言ってるんですか離れましょう!」

唯「だめだよもったいない!」

梓「ここにいたら命がもったいないですよ!」

唯「だぁいじょうぶだよー。こんなに人が集まってるんだから」

梓「でも……」

そんな事を言っているうちに離陸寸前のジェット機から爆音が。
動くジェット機に比例して砂浜にはジェット機から発生した爆風が――

唯「ふおおーーー!!」

梓「ぎゃああああ!?」

砂もタオルも人も吹き飛ばす勢いでジェットブラストが襲い掛かる。
周りにいる人がみんな叫んでる。
何でそんなに楽しそうなんですか唯先輩は。

梓「痛っ!? 砂が痛い!」

吹き飛ばされない様に必死に耐えているところにぷつぷつと砂がぶつかるほんとに痛い。
ていうかほんとに風つよ……!

梓「あっ……!?」

唯「あずにゃん!?」

よろけた途端ものすごい力で海へと押し出される。

梓「ゆ、いせんぱ……!」

唯「あずにゃあああぁぁぁぁ…………」

先輩の声が遠ざかって、私はどこを向いてるのかもわからなかった。
多分砂浜をごろごろと転がって海に突っ込んだ。
口の中がじゃりじゃりしてしょっぱい。



唯「あずにゃん大丈夫!?」

梓「ぺっ、ぺっ。はい何とか……」

唯「いやー……びっくりだね!」

梓「だから言ったじゃないですか危ないって。もう行きま――」

唯「すっごく楽しいよここ!」

梓「え」

唯「私もあずにゃんみたいに飛びたいなー」

梓「危ないですから! っていうか飛んでたんですか私!?」



結局滞在時間の殆どをこのビーチで過ごした。
疲れたけど後半は私も楽しんじゃってたな、ジェットブラスト。
船に戻って一息つく頃、次の目的地へ向けて再び出港した。
この長い航路も半分を過ぎた頃だろう。

唯「はーっ、今日も遊んだねー」

梓「そうですね」

唯「よし、お腹空いた」

梓「今日はちゃんとドレス着て行きますよ」

唯「わかってるよー」



唯先輩がイブニングドレスで着飾り、それに負けないよう私もおめかししてレストランへと向かう。
それにしても先輩の正装なんてかなりレアだ。
この旅行では南国という事もあってラフな格好が多かっただけに一段と新鮮で目を奪われてしまう。
膝丈程のショートドレスやこんな時くらいしか使い道のなさそうなイヤリングとネックレスも様になっている。
可愛いんだけど素敵とか美しいって言葉がピンとくる感じ。
口を開かなければみんなコロっと騙されるだろうな……。

唯「ほぁぁ……ドレス姿のあずにゃんもかわいーよ!」

梓「そ、そうですかね」

唯「私は? 変じゃないかな?」

梓「十分似合ってますよ」

唯「へへー」


唯「それじゃあまいりましょ、あずにゃんさん」

梓「……なんです、それ」

唯「せっかくだから今晩はお上品な感じでいきましょう」

梓「唯先輩は黙ってた方が上品な感じしますよ」

唯「ええー……ひどくない?」

梓「さ、行きますよ」

上品なレストランで上品な味付けの料理を頂きました。



食後に部屋へ戻ろうとすると、

唯「この後遂にアクアシアターが見れるね!」

梓「はい! じゃあ一旦着替えてから」

唯「えーこのままで大丈夫だよ」

梓「いやでも外ですし風も吹いて……」

唯「早くしないと席埋まっちゃうよ。ほらほらー」

梓「ああもうちゃんと予約してますってば……」

とっくに上品という言葉を忘れている普段の唯先輩が私を引っ張って行く。





アクアシアター。
船尾にあるプール付きの野外ステージで最新の技術が使われているとか。
600程の客席がそれを取り囲んでいる。
周りにはアクアシアターが見下ろせるスイートルームのバルコニーや6階分のロッククライミングスペースがありそこにもお客さんが沢山。
そしていよいよショーが開始される。
海の上で行われる光と水のショーに周りのお客さんも大盛り上がり。
当然私も唯先輩も――。

梓「すごいですね!」

唯「うん! でもちょっと肩が寒いかも……」

梓「だから着替えようって言ったじゃないですか!」

唯「忘れてたけどここ海の上なんだよね」

梓「もう……」

本当にこの人は。
私は羽織っていたボレロを脱いで先輩に渡した。
薄手のボレロじゃ大して変わらないかもしれないけど、肩を震わせてるしほっとけないんだもん。

梓「これで我慢して下さい」

唯「えっでも」

梓「私は平気ですから早く着てください。ショーが終わっちゃいますよ」

唯「……ごめんね、ありがと」

先輩がボレロに袖を通したのを確認して視線を戻した。
再びショーを見ていると不意に右腕に感触が……。

梓「えっ?」

唯「こうしたらあったかくなるかなーと思いまして」

隣を見ると唯先輩が腕を絡めて私にくっついていた。



梓「っ……ちょ、私は大丈夫ですってば」

唯「まあまあ、こうすれば二人ともあったかいんだし」

梓「こんなところで恥ずかしいですよ! 他の人に見られるじゃないですか」

唯「大丈夫だよーみんなショーに夢中だって」

梓「そうかもしれませんけど……」

心臓がバクバク言ってる。
本当はそりゃあ肌寒いけど……。
それがばれているのかいないのかぴったりと寄り添ってくる。
さっきまで震えていた割にはあったかい……やっぱり体温高いな先輩。

唯「あっ、やっぱりあずにゃんあったかいや……えへ」

梓「……っ!」

間近で唯先輩の顔を見た途端、頭が真っ白になりかけた。
無邪気な笑顔と大人びたイヤリング。
アンバランスなようでいて胸が締め付けられる程の何かを醸し出していて、思わず抱きしめそうになってしまった。

唯「あずにゃん……?」

梓「へっ!? いやっ何でもないです! それよりショーを見ましょう!」

その後のショーは頭に入らなかった。



そんなこんなで楽しいショーも終わりお客さんが寝ずに次の娯楽へ向かう中、私達は席を離れずにいた。
鮮やかなショーの光は落ちて、私達のいるフロアは淡い紺青の明かりに照らされる。
夜風が少し寒いのに動く気が起きなくて先輩とぽつぽつと言葉を交わしていた。
唯先輩の温かみから離れたくないのかもしれない。

唯「すごかったねー。プールがいつの間にか無くなってたりしたもんね」

唯「ここでライブやりたいな」

梓「プールでライブですか……」

唯「プールは無くしてもらえば普通に演奏できるよ」

ステージのギミックでプールの底が上がってきて気が付いたら水がはけているのだ。
高台から飛び込める深さのプールがあると思っていたら床が出来ていてそこで役者が踊ったりしていた。

唯「やるなら絶対ここだね!」

梓「どんどん夢が大きくなってますね……」

唯「夢は大きい方がいいと思わないかい」

梓「それっぽい事言ってるだけでしょう」

唯「ばれた?」

梓「先輩の事は大体分かります。でも……夢かぁ」

唯先輩と豪華客船で旅が出来て、プールと海で泳いだしレストランにも行けた。
私が見た夢の内容は何をしたかというのを少し覚えているだけでもう情景は思い出せない。
それでも殆ど達成出来たんじゃないかな。

梓「唯先輩のおかげで夢が現実になりました。ありがとうございます」

梓「おかげで今までで一番素敵な誕生日になりました」

唯「いやいや……ん? ……ああっ!?」

唯「ああぁあずにゃん! 誕生日おめでとう!!」



唯「ごっごめん忘れてたわけじゃなくて、船の上にいると日にちの間隔がなくなっちゃってその……あっ誕プレ用意してない!」

梓「別にそんな事気にしなくても」

唯「気にするよぉ! ええっとどうしよ……あ! わ、私がプレゼントだよっ!」

梓「……」

落ち着け私。
これはジョークのあれだから。
でも謎のセクシーポーズをするくらいならさっきのまま腕を絡めてくれていた方がよっぽどプレゼントに……いやいや。

梓「……まあ、ある意味そうかもしれませんね」

唯「へ?」

梓「唯先輩がここまでついて来てくれた事が私にとって既にプレゼントです。という訳で誕プレはもう貰ってます」



唯「あずにゃん……でもそんな事でいいの?」

梓「十分過ぎるくらいですよ」

唯「そっか……じゃあ私もあずにゃんとこうしていられる事が今年の誕生日プレゼントかなー」

梓「え?」

唯「こんなすごい豪華客船に乗ってるのだってあずにゃんの夢がきっかけだし」

夢……。



唯「あずにゃんのおかげでまた私の夢が叶ったよ」

梓「豪華客船で旅行するのが夢だったんですか? それにまたって?」

唯「夢だったよ。それとあずにゃんには今も夢を叶えてもらってる最中だったりします」

梓「どういう事ですか?」

唯「放課後ティータイムでずうっとバンド続けていくのが私の夢なの」

唯「それにあずにゃんといるとどんどん夢が増えていくんだ。今回の旅行でも新しい夢を見つける事が出来たしね」

唯「それから少しずつだけど夢が叶っていくの」

梓「バンドは私だけじゃなくて先輩達も一緒に叶えてるじゃないですか」

唯「それはそうだけどさー」

気恥ずかしくて口を挟んでしまった。
唯先輩はそんな事思ってたんだ……。



言われてみれば私も一緒かもしれない。
唯先輩といるとどんどん夢が増えていって、少しずつだけどその夢が叶っていく。
今回の事だってそうだ。
先輩がいなかったら夢のまま、そもそも夢にすらならなかった。

唯先輩がいるから私には夢がある。
そして今まで叶えてきたものは私が、私達が習練して精励して苦心した路の先にあった。
何もしないで叶った訳じゃない。
動かなければそこで潰えてしまう。

……やっぱり嫌だ。
何もしないで諦めて終わりだなんて。
これ以上抑えたくない。
我慢したくない。
今私はどうしたいの。

私の夢は……。



梓「あの……」

唯「なぁに?」

梓「この旅行でまだ叶えていない夢がありました」

唯「そうなの?」

梓「ええ、むずかしいやつが残ってるんです」



唯「……なになに? せっかくの誕生日だし協力するよ?」

先輩の唇に目がいく。
その前に言う事言わないと。

唯「これも誕生日プレゼントってことで」

梓「プレゼントですか……でも私が本当に欲しい物ってプレゼントには出来ないんですよ」




唯「ふぅん……そうなんだ」

梓「もちろんこの旅で先輩から貰ったものも嬉しいんですけど、こればっかりはその……」

唯「……」

梓「私の夢は自分で掴み取らないとダメなタイプっぽいので」

唯「……そっか。それは頑張らないとだね」

梓「はい。だから」

梓「唯先輩、聞いてもらえますか――」



素敵な夢を見ても辛くならないように。
素敵な夢を見たら分かち合える様に。

あなたと一緒にいられるように。



END






最終更新:2012年12月20日 23:53