私たちは学校を離れ、帰宅の途についた。既に下校路には誰の姿も無く辺りは一面、夕闇の中で、私とムギ先輩だけが、無言で歩き続ける。

梓「ムギ先輩」

急に私に呼びかけられた彼女はびくっと震え、恐る恐る私に応える。

紬「な、なに?」

梓「手、繋いでくださいませんか?」

私は彼女にむけて、手を差し出す。ムギ先輩は少し顔を赤らめたものの私の手を取ってくれた。
一つになった影が私たちの背後に伸びる。心地よい時間。ムギ先輩と、今繋がっている実感がある。

ムギ先輩と、お別れするいつもの場所にたどり着く。ムギ先輩も、私も、帰る場所は別々なのに、なんだか手を離しがたい。
そうしてしばらく別れ道で立ち止まっていると、ムギ先輩が意を決したように私に話しかける。

紬「あ、あの。あずさちゃん?」

梓「はい」

私に尋ねたいことが、言いたいことが山のようにあるだろうに、彼女は喉に何かが詰まったように、何も言えないようだった。

紬「な、なんでもないわ」

梓「…そうですか」

紬「う、うん。それじゃあ、私、こっちだから」

梓「…はい」

彼女の手を離す。

紬「…じゃあ、また、学校でね」

何かを求めているような、それでいて怖がっているような複雑な表情で、ムギ先輩は私に背を向ける。
その背に向かって、私は言葉を投げかけた。

梓「あぁ…そうだ。ねぇ、『つむぎ』」

先ほどまでの行われていた情事の時の様な、挑発的で、淫乱で、嗜虐に満ちた彼女の支配者の私が彼女を呼ぶ。
彼女はその呼びかけにびくりと反応し、こちらに向かって恐る恐る振り向く。
彼女の目に、私はどう映っているのか。恐怖の対象?それとも愛しい所有者?

梓「明日から…とっても楽しみだね。学校でも、部活でも、いつだって、どこだって悪い悪いつむぎを、私が懲らしめてあげるからね」

紬「あ…あぁ…」

梓「だから一緒に歩いていこうね。これから、卒業したって、大学に入ったって。ううん、その先も、ずっとずっと」

梓「だって、つむぎは私の所有物だもの。そうでしょ?」

紬「あ…うぅ.…」

つむぎの目から光が消える。彼女は今、どう思ってるのかな?
これから先、ずっと私に蹂躙される事実に絶望してる?それとも歓喜に満ち溢れてる?

…どっちだっていいや、そんなのは。私がつむぎを所有してることに、なんら変わりは無いもんね。

梓「お返事は、つむぎ?」

紬「ぁ……はぃ…」

彼女に間違いなくあるのは服従で、隷従で、被虐で、快楽で、私はそれだけあれば、他は何もいらなかった。

梓「嬉しい!…じゃあ、今日からよろしくね!つむぎ」

つむぎを抱きしめ、彼女に口付ける。唇と唇を合わせるだけの、浅い、簡素なキス。
他人が見れば、女子高生同士の悪ふざけにしか見えないようなもの。
だけどそれは、結婚式で、新郎が新婦へと行う口づけなんかよりも重い、誓いなんて言葉ではおさまらない、契約の口付け。

私と彼女の所有契約。


いつもの時間。いつもの放課後。当たり前だと思いながら、ちょっとしたことで一瞬で消え去るかもしれない日々。
私はこれまでのように、唯ちゃんの天真爛漫さに、りっちゃんの一見ガサツだけど、実は一番周囲を気遣っている優しさに、
澪ちゃんの臆病だけど、誰よりもひたむきに音楽を求めている積極さに囲まれて、幸せな学生生活をすごしている。

ただ、毎日のように、場所を選ばず行われる、梓ちゃんとの情事を除いて。

律「それでさぁ!おじさんに奢ってもらった焼肉がすげーうまくてさぁ!」

澪「あぁ、確かにとっても美味しかったな。だけど、律、もうちょっと遠慮しろ。おじさん最後は涙目になってたぞ」

律「だぁってぇ。ホントに美味しかったんだも〜ん」

唯「いいなぁ〜焼肉。私なんか、この前の食事会、フレンチレストランで、
  こちら「前菜のナントカのナントカ和えです〜」みたいなとこでさ!緊張しちゃって、味なんて全然わかんなかったよぉ」

律「うぇ。それはヤだな〜」

唯「ムギちゃんなら、そんなの慣れてるんだろうけどさ。ね、ムギちゃん」

紬「……」

唯「ムギちゃん?」

トイレで、教室で、部室で、帰り道で、時と場所を選ばず行われる彼女との行為。
幾度と無く繰り返され、何度も何度も絶頂に導かれ続けた私は、もう、梓ちゃんを見ただけで欲情するようになっていた。
…今日は、どこで、どうやって。

唯「ムーギーちゃん!」

唯ちゃんの私を呼ぶ声に私は現実へと引き戻される。

紬「ぁ、ご、ごめんなさい、唯ちゃん」

律「どしたムギ、調子悪いのか?」

りっちゃんの優しい声が今の私にはいたい。精一杯の笑みで、心配ないとアピールする。

紬「だいじょうぶ!ちょっとぼーっとしてただけだから」

澪「…なんだか、ムギ、最近そうなってること多いよな。…なんだか、恋、してるみたいだ」

唯・律「な、なにぃ!?」

澪ちゃんらしい。ロマンティックな推測に、りっちゃんと唯ちゃんが私に殺到して、詰問を始める。

律「ム、ムギ、いつの間に恋なんかしてるんだ。…確かに最近なんだか色っぽくなったなって思ってたけど…
  だけど、私たちのなかの誰にも!誰にも彼氏はいないはずなのにぃ」

唯「そ、そうだよ!私たちは仲間なんだよ?好きな人とか、恋人ができたなら言って!っていうか、どんな人?どんな人?」

律「ダメだダメだ!恋愛なんて許さん!お父さんはどこの馬の骨かわからんような奴に、大切なムギはやれんぞ!」

紬「わわわ…えっとね、そんなんじゃないの。違うから〜」

あたふたと弁明をする私に、唯ちゃんとりっちゃんは益々怪しがり、とうとう尋問の体をなしてきた。
いつもはとめに入ってくれる澪ちゃんもこの話題は気になるのか、助け舟をだしてくれない。

そのとき、がらりと扉が開き、小さな身体に不釣合いな程大きなギターケースを背負った梓ちゃんが現れる。
彼女を目の当たりにするだけで、私の体温が上昇する。

梓「…騒がしいですね。何かあったんですか」

唯「あ、あずにゃん!あのね」

律「ムギの恋愛疑惑が発覚したんだ!静かになんかしていられるか!」

唯「そうそう!ロマンティックがとまんないんだよ!あずにゃん!」

梓「……」

彼女の目が私を捕える。私だけに向けてくれる彼女の眼差し。
誰にも向けない、支配者の目。

その目を見るだけで、私は欲情し、頬に朱が散り、おなかの奥がきゅんとなる。
一瞬だけ、私を見た後、彼女は何時ものような口調で私を庇った。

梓「まぁ、ムギ先輩が違うって言ってるんだったら、違うんじゃないですか?」

唯「甘い。甘いよあずにゃん!恋は戦争なんだよ!?戦争は、情報が命なんだよ!?」

澪「…そういえば最近、梓もなんだか変わったよな。大人っぽくなったっていうか」

律「ま、まさか…」

唯「まさかあずにゃん…大人の階段を…」

澪ちゃんが我慢できなくなったのか、梓ちゃんに詰め寄る。

澪「あ、あずさ、もしかして、恋人、できたのか?」

梓ちゃんが、私以外誰も見たことの無いような蠱惑的な笑みを浮かべる。

梓「恋人なんか…。ただ、最近、とってもとっても、大切で、大事で、美しい物を手に入れただけです」

その笑みは誰もが惹きこまれそうになるもので、梓ちゃんのそんな顔を知らないみんなを困惑させる。

澪「あ、あずさ…」

律「やっぱり恋人いるんだ!後輩の癖に!このうらぎりものぉ」

唯「あずにゃんがおとなの階段をかけのぼっていっちゃったよ〜」

3人の興味は私から梓ちゃんに移り、矢継ぎ早に彼女に質問を浴びせかける。
いつもは「あずにゃん」の仮面を完璧に被っている彼女が、なんでこの時だけ、こんなミスをしたのかと思ったけれど、
彼女が、私から自分に興味を移すためにそうしてくれたんだと、3人をあしらっている彼女が私を優しく見てくれたときに気付く。

彼女が私に向けているのは、私が彼女に向けているのは、所有欲?独占欲?性欲?被虐心?加虐心?…それとも、愛?

今の私にそれは分からないし、これからも分からないような気がする。

ただ私の熱は、胸の奥の苦しさは、情欲は、確実にそこにあるもので、
梓ちゃんが私に向ける眼差しも、愛撫も…最初に囁いてくれた愛の言葉も確かなものだ。

私と梓ちゃんの間にあるものは愛情なんかで語れない、もっと複雑で、もっと醜悪で、もっと重い。絆がそこにあるのだと。

私は彼女と見つめあいながら、今日の、明日の、これからの日々を思って更に身体を燃やし続けるのだった。



                                                              完