便座が冷たい。
何も考えずに勢いよく座り込んだから思わず変な声が出てしまった。
そっか……もう11月だから当たり前か……。
ママに暖房のスイッチ入れていいか後で訊いておかないと。
毎回こんな調子だとトイレにも集中できない……って、トイレトイレ。便座に出鼻を挫かれてしまった。

「はあ〜……」

それにしても、もうこんな季節かあ……。
三年生になってから時間の経過が早くなったような気がする。
いや、高校生になってからかな? とにかく早い。
学祭が終わったと思ったらあっという間に11月に突入してしまった。
軽音部としての活動が「一応」終わってからというものの、本格的な受験体制に突入している。今は部室でみんなと一緒に勉強の毎日だ。
勉強嫌いの律と唯も文句は言ってるけど、なんだかんだでがんばってめげずについてきている。
ムギのお菓子のおかげでがんばれる! ……みたいなこと言ってるけど実際は「みんなで同じ大学に行く!」という目標が大きな原動力だと思う。これは私とムギも同じ気持ちだ。
(私たちよりも一つ学年が下であるはずの)梓も唯と律に勉強を教えている。
本当に健気な後輩でいつも迷惑かけてばかりだ。今度何かお礼を言わないと。
私とムギもできる範囲はサポートするようにしている。教えられるってことは、自分が理解できているってことの証明にもなるし、復習にもなる。
これはこれで良い体制なんだと思う。

……密かに心配なのは私自身の受験だ。
自分で言うのもなんだけど、成績はまずまずだと思う。
さわ子先生にも今のまま勉強を続けていれば心配することはないって言われてる。けど、心配性の私は不安でしょうがない。だから家に帰ってからも机に向かっている。
ふと、寝る前に「自分だけ落ちてしまったらどうしよう」とか悪い方に考えてしまう。こんなこと律に言えば笑われるだろうけど、私にとっては大きな心配の種だ。
今みたいに一人になった時に考え込んでしまう。

……いけない、いけない!
こんな時は前向きに捉えないと!
だいじょうぶ、いつも通りにやればきっとだいじょうぶ。
がんばればきっと報われるはずだ。つらい時にこそ踏ん張らなくちゃいけないんだ。

「ほかほか……れっぐうぉーまー……!」

良い感じのタイトルが思い浮かんだ!
この調子なら歌詞もすらすら出てくるかも……今日の勉強はここまでにして、歌詞考えようかな。

ジャアアアアアアアッ

憂鬱な時は詩を書いて気分転換。
ついついのめり込んで夜更かししないように気をつけないと……。

数日後

「ふぅ……ん?」

べ、便座が暖かい!
あ〜……気持ちいい……ママ暖房入れてくれてたんだ……。
外が寒いだけあってお尻が暖かい……。学校の椅子もこんなのだったらいいのに……って、トイレトイレ……。
便座の温度にいちいち感動してるなんてことがバレたら恥ずかしい。

最近、律と唯が勉強している時にチラチラ楽器の方を見つめている。
多分演奏したがってるんだと思う。引退する前まではあんなに練習する機会があったのに今さら触りたがるなんて……。
けど、それは私も同じ気持ちだ。だからこそ今も毎日エリザベスを背負って学校に通っている。
ムギだってそのはず。今日だって、梓が一人で練習している姿を時々羨ましそうに見ていた。でも今はまだやらないといけないことがたくさんあるから……。
……特に律と唯は。
それに「勉強勉強」言ってる私が提案するのも変だから……やっぱり言えない。
もう少し勉強ペースが上がれば息抜きのためにもそういう時間を設けようかな。
そうでもしないと、いつか私までも破裂してしまいそうだ。
だから今は我慢の時だ……。

「ほんと、どうなるのかな……」

私の受験に対するただぼんやりとした不安は今でも胸の中で渦巻いている。
模試の判定も「A」と出ている。それでも油断はできない。本番、何が起こるかは誰にもわからない。

……何が起こるかわからないといえば、まさか全員同じ大学を目指すだなんてまったく想像もしていなかった。まさかこういう流れになるなんて。
大学は取りあえず自分のレベルに合った所にしようと思ってた。
たとえ律と離れ離れになっても、大学を卒業すれば社会人。大学は高校よりももっと時間が早く過ぎてしまうのかもしれない。結局、いつかは一人になる。
だからそうなってもしょうがないって思っていた。早く一人で……。
けど、ムギが進学先を女子大学にするって言って律と唯も「そこにしようかな」って言った時、私はこれまでの高校生活を思い返した。
一番先に思い浮かぶのは軽音部にいる私だ。
部活以外にも楽しいことはいっぱいあったけど、やっぱり……
律がいて、ムギがいて、唯がいて、梓がいて、私もその中にいて……そんな軽音部が私は大好きなんだと強く思った。

──もう少しだけ、みんなと一緒にいたい。

決意を固めると、そのあとはとんとん拍子だった。
私が志望校をみんなと同じにすると打ち明けると、みんな喜んでくれた。律は心配そうな顔をして「いいのか?」って訊いてきた。私が頷くと、いつもの調子で笑ってくれた。本当にわかりやすいなあ……。

──自分の進みたい道へ、まっすぐと!

「……ひとりぼっちの雪だるま!」

わっ! また良い感じのができそうだ。
トイレにこもっているとそういうインスピレーションが沸くのかも……?
とにかく、早くメモしなくっちゃ。

ジャアアアアアアッ

「よーし、がんばるぞーっ!」

部室

「ちょっとトイレに行ってくるよ」

「あ、わたしも〜!」

唯はお菓子食べ過ぎだと思う……。まあ勉強もしてるからいいけど。
……うう、廊下は寒い。隣を歩く唯は楽しそうな表情だ。
早く済ませて部室に戻ろう。

バタン ガチャッ

ふう……毎日勉強だからちょっと疲れる。
部室に戻ったらもう一杯紅茶もらおうかな……

「ひゃうっ!」

「ど、どうしたの、澪ちゃん?」

「へっ!? う、ううん、何でもないよ!」

まさかの不意打ちだった。
この恥ずかしさも冬のせいかなあ……。

「はあ……」

私たちの冬はこれから……それも、まだまだ長そうだ。もっと厳しい冬になるかもしれない。
でも、みんなで力を合わせればきっと乗り越えられるはず!
私はそう信じている。

いつかは暖かい春が訪れる。
そんな優しい季節の中を、私たち全員が笑って卒業できますように……。


〜完〜