~~~~11月の初めぐらい~~~~

純「ねえ、憂ー」

憂「?」

純「もうすぐさ、梓の誕生日じゃん」

憂「そうだねー。今年はどんなことしよっか」

純「放課後に部室でサプライズパーティー!……とか?」

憂「あっ、それいい!」

純「……」

憂「どうかした、純ちゃん?」

純「はあ。憂よ……よよよ」

憂「?」

純「私はね、あれあんまりいいもんじゃないと思うんだー……」

憂「えっ……」

純「パーティーをやる放課後まで、もちろん梓にはそのこと秘密なわけじゃん」

憂「う、うん」

純「けいおん部みんなで、何としてでもサプライズを成功させたい、でも私たちってぶっちゃけ隠し事とか得意じゃないし。たぶん梓の前で、へんな態度とっちゃうと思うんだよね」

憂「ああ……そ、それはあるかも」

純「梓の前で、わざとらしいくらい誕生日につながりそうな話題を避けたり、私たち二人でパーティーについて内緒話したり……まあ、ちょっと怪しいなって思われるくらいならいいんだけどね、そうじゃなくて」

憂「そっか、ひょっとしたら梓ちゃん……」

純「うん。のけ者にされてる、って、寂しい、って思うかもしれない。そう感じちゃったら……放課後までは辛いだろうね」

憂「……梓ちゃん……」

純「ま、フツーでいいんじゃないかな」

憂「……」

純「朝会ったときにおめでとう。で、放課後にケーキとプレゼントが待ってるからね、ってさ。事前に言っとけば安心もワクワクもあっていいんじゃない」

憂「……」

純「きいてる、憂?」

憂「純ちゃん」

純「はい?」

憂「……私、決めた」

純「なに、プレゼント?」

憂「そんなに悲しい思いをしてしまうのなら……誕生日なんて」

純「へ?」



憂「――誕生日なんて!ないほうがいい!!」


純「な、なんですとっ?!」

純「いやいや憂、だからね、ふつうにやればそんなことには……」

憂「よし、じゃあそうと決まれば11月11日はぶっ飛ばしちゃおう」

純「え?ぶ、ぶっ飛ば?は……なに?」

憂「よいしょ」

純「え?なにバット担いでんの?」

憂「いっくよー」

純「どこに?!」



憂「かっきーん☆」ぶんっ



純「……」

憂「……ふう」


純「……はあ???」



~~~~11月10日・夜~~~~

純「はあ。明日だ。梓の誕生日」

純「プレゼントは用意したし、部室の飾り付けは奥田さんに、ケーキとか食べ物飲み物はスミーレに頼んである」

純「気になるのは憂だよなあ……空振りバットのあれは何だったんだろ?次の日からはいつもどーりにニコニコしっぱなしだったけど……」

純「ひょっとして冗談だったのかな、あれ?」

純「うん。きっとそーだ。憂はたぶん言い慣れてないんだよね、冗談とか。まさかねえ、誕生日ぶっ飛ばすなんてふつうに考えたら」




純「……ない、よね?」



~~~~翌日~~~~

純「あーずさっ」

梓「純。おはよ」

純「おはよー」

梓「今日いつもよりはやくない?」

純「うへへ。英語の宿題やってなくて」

梓「……見せないからね?」

純「えー」

梓「大丈夫、あのプリントわりとすぐ終わるやつだよ?」

純「自分で考えるのがめんどくさいんだよー」

梓「あのねえ……」

純「あ、それはそうと梓」

梓「なに?」

純「今日は……」



純「今日、は……」

梓「……?」

純「……あれ」

梓「なに、今日、何かあるの?」

純「えーっと、なんかあったはずなんだけど、ちょっとごめん出てこなくて……」

梓「なにそれ」

純「なはは、ごめんごめん。思い出したら言うね」

梓「憂、おはよ」

憂「あ、梓ちゃんおはよー」

梓「寒いねー」

憂「ねー」

純「っはよー」

憂「純ちゃんおはよー」

純「……」じいっ

憂「どうかした、純ちゃん?」

純「ん?あー、いや……なんでも」

梓「あー。憂、純に宿題見せてって言われても見せちゃダメだからね」

純「あっ、梓てめえ」


純(そういう意味で憂を見てたけじゃないんだけど……あれ?じゃあどういう意味だ?)

純(なーんか忘れてる気がするんだよなあ……)

梓「純、どうかした?」

純「おおう、梓」

梓「なんか今日ぼーっとしてる」

憂「ひょっとして寝不足?」

純「い、いやあ、そんなことはないんだけど……」

梓「ふーん」

純「うーん……ね、ねえ憂」

憂「?」




純「私……何か、忘れてない?」

梓「……いや、そんなの憂知らないでしょ」

純「ゔ。い、いやまあそうなんだけどね……で、でも憂、ひょっとして何か知ってたり、しない?」

憂「……」

純「……」


憂「――さあ?ごめんね、分かんないなあ」


純「……」

梓「ほら。やっぱり」

純「そ、っか……そうだよね。ごめんごめん」

憂「ううん。何だったのか思い出したらきかせてね?」

純「うん……」



~~~~放課後~~~~

憂「梓ちゃん、純ちゃん、部室いこ?」

梓「うんー」

純「あ、ちょっと待って。プリントの整理するから」

梓「わ、なにそのプリントの束……」

純「梓ぁ、このプリントってまだ要るー?」

憂「それは前の中間の範囲だよ、純ちゃん」

純「おー、さすが憂。じゃ要らないね」

梓「もー、だらしないんだから」

純「ままま。別に急ぐ用があるわけでもなし」

梓「菫と直を待たせちゃうでしょ」

憂「梓ちゃん、先に行っててもいいよ?はやく会いたいもんね」

梓「なっ?!べ、べつにそういうわけじゃ……!」

純「おー、行っといで行っといで。私は憂とプリント整理するから」

梓「当たり前みたいに憂を巻き込むな……」

純「憂、これは?」

憂「あ、それは来週提出するやつだよ」

純「おっけー。よし、とりあえず要るのと要らないので分けられたからひとまず終わろう。サンキュ、憂」

憂「えへへ。それじゃ部室行こ?」

純「うん。じゃ、プリントしまって、と……?」





純「……なんだ、これ」

憂「どうかした、純ちゃん?」

純「!」


純(なんだろう、憂に見られたらいけない気がする……!)

純「う、ううんなんでもない!ちょっと……トイレ!トイレ寄ってから行くからさ、憂も先に部室行ってて?」

憂「?うん、わかったよー。じゃあ先に行ってるね?」

純「う、うん……」



純「ふう……」


純「なんで憂に見られちゃいけない、って思ったんだろ……。いや、っていうか」



純「この箱、なんだっけ……?」

純「開けてみるか。包装破かないように……慎重に」ぺりぺり

純「ていうか、そもそもなんでこんなしっかり包装されてんだろ。誰かにあげるものだったっけ?」ぺりぺり

純「うーん、わからん……お、開いた」



純「……肩たたき券」

純「……」

純「……わかった」





純「あっちゃんのイタズラか!ちきしょー肩こるほどのもんなんかついてねーっての!」

純「おまたせー」

菫「あ、先輩。お疲れ様です」

直「カタカタ」

憂「ちょうどお菓子とお茶の用意ができたところだよー」

梓「こういうのばっかりはタイミングいいんだから」

純「エッヘッヘ。あれ、梓いきなりギター触ってんの」

梓「うっ……こ、これは先にギター弾いてから勉強したほうが捗るから……」

純「ダメだぞー、ちゃんと勉強もしなきゃ?」

梓「どの口が言うの……」

菫「どうぞー」

純「わ、ケーキなんて珍しいじゃんスミーレ!なんかあったの?」

菫「いえ……私もよく分からないんですけど、今朝うちのテーブルのうえに置いてありまして」

直「……それ、持ってきてもいいやつだったの?」

菫「たぶん」

直「たぶん?」

菫「箱にね、私の字で『忘れずに学校に持っていく!』って書いてあったの。書いた覚えはないんだけど……」

憂「そうなんだ?でもこれ、フルーツもたくさん乗っててスポンジも生クリームもふわふわ……お店でもこんなのそうそうないよ」

純「おお、じゃあこれがけいおん部伝統の!」

梓「いや、これひょっとしたらムギ先輩のよりすごいかも……?」

純「あ、なんか梓のおっきくない?」

菫「部長ですから」

純「むー」

直「カタカタ」

菫「?どうしたの直ちゃん」

直「覚えがないといえば、私も今朝不思議な事がありまして」

梓「なになに?」

直「起きたら机の上に、折り紙で作るリースが山盛りになってて……」

純「リース、ってあの、飾り付けのアレ?」

直「はい。なにやら昨晩弟達にも手伝わせたらしいんですけど、私はそんなことした記憶はなくって……」

梓「へえー、おかしなこともあるんだね」

憂「……」

純「あ、そうそう!私も覚えがないっていえばさ、こんなのが鞄の中に入ってたんだけど」ごそごそ

梓「?」

純「これこれ。ご丁寧に包装までされててさー」

菫「……肩たたき券、ですか?」

純「そー。家族のイタズラっぽいんだけどねー」

憂「みんなしてそういうのあるって、珍しいね」

純「……」

純(あれ?最初はあっちゃんのイタズラだと思ったけど、これ……)

梓「――よし!」

純「!」

純「な、なに梓、どうしたの」

梓「こういうときは気分転換だよね!みんな、今日は久しぶりに全員で合わせてみない?」

菫「わあ、いいですね!」

直「じゃあ私は録音しておきます」

梓「お願いね、直」

純「憂、うい」ひそっ

憂「?」

純「あれ、梓がみんなと演奏したいだけだよねー?」ひそひそ

憂「ふふふ」

純(とりあえず肩たたき券のことは、また後でいいか。私も久しぶりに弾きたいし)



じゃーん

直「久しぶりにしてはなかなかですね」

梓「菫、上手になってるね!個人練習の成果が出てるよ!」

菫「あ、ありがとうございます!」

純「はー、けっこう忘れてるな……」

梓「私も。ちょっと鈍ってるかも」

純「おーし、じゃ明日もあさっても練習だね」

梓「学祭前は練習したがらなかったのに引退したらこれか……」

憂「えへへ。でも楽しかったね」

梓「そうだね。ちょっと肩こったけど」

純「そういえば梓、それこないだも言っ……」




純「……あれ?」

純「ねえ」

純「……今日、何日?」


憂「!」


菫「今日ですか?12日ですけど……」


梓「!」


純「――憂!!」




純「分かったよ、憂……こないだのあれは本当だったんだ、本当に、梓の誕生日をぶっ飛ばしたんだね!!」

菫「……え?」

憂「……」

純「みんな思い出してよ、昨日は何日だった?昨日まで、私たちは何を心待ちにしていた?」

直「……あ」

菫「直ちゃん?」

直「見て菫……カレンダー……!」

菫「!」


直「10日の翌日が……12日になってる」

菫「あれ、でも、11日って……」



梓「私の……誕生日だ……」


純「まさか本当にやるとはね、憂……!」


憂「……」

憂「ふふ。ばれちゃった」

菫「嘘、本当に憂先輩が……梓先輩の誕生日を、なくしちゃったの?」

梓「な、なんで……。どうして、どうして?!どうして憂、私の一年でたった一度だけの大切な日なんだよ?!それをどうして――!」


憂「ごめんね、梓ちゃん。隠してたのは謝るよ。……でも、考えてみてほしいな。そもそもなんで誕生日なんかを祝うのか」

梓「……??」

憂「純ちゃんはこう言ってたよ。サプライズパーティーは隠されてる間、当の本人は寂しいばっかりだって。
  私ね、じゃあサプライズパーティーは良くないなって思って、本当に梓ちゃんをお祝いするにはどうすればいいのか、ちょっと考えたの」

純「だから私は、ふつうにお祝いしてあげればいいじゃんって――」

憂「ううん。それもなんか違うなって思ったよ。そもそも誕生日なんて……お別れのカウントダウンみたいなものじゃないかなって、思うの」


梓「お別れの、カウントダウン……?」

憂「そう。これから先、例えばみんなで同じ大学に入ったり、ひょっとしたらお仕事まで一緒になったり、そうやって一緒に居続けることはできるかもしれないよ。
  でもね、それでもやっぱり……お別れはやってきちゃうんだよ。それこそ、死ぬ時まで一緒には……きっとなれない」

憂「だからね、誕生日を消しちゃえば、梓ちゃんはこのままずっと17歳のまま。ちっちゃくてかわいい、私たちけいおん部の部長のまま。
  そうだ、みんなの誕生日も消さないとね。そうすれば、みんなでこのままずうっと一緒」

純「な、う、憂あんた……!」

梓「それで、私の誕生日を……?」

梓「……そんなのだめ、だめだよ、憂」

憂「……梓ちゃん?」

梓「私だってできるならこのままみんなでずっといっしょにいたいよ……でも、ちゃんと誕生日を迎えて、18歳になって、みんなで大人になりたい!
  お別れは悲しいけど、大人になるってことはその悲しさに勝るくらい嬉しいことだって、信じたい!」

憂「そ、そんなこと……」

梓「憂の気持ちは……嬉しいよ。ずっと一緒がいいって、私だけじゃなくて、みんなもそう思っててくれればいいなって、ずっと私も思ってた。
  だから憂の気持ちは嬉しい。……ちょっと、ちょっとだけ、やり方を間違えちゃっただけなんだよね?」

憂「梓ちゃん……」

梓「うい」ぎゅ



梓「――ありがとう。でもごめんね。……だから返して、私の誕生日」



憂「う……うああああああああああああああんっ!ごめん、ごめんね梓ちゃん……!」

梓「よしよし。大丈夫だよ」ぽんぽん

憂「ずび、ひっく」

梓「ほらほら、そんなに泣かないで、もう」


純「はあ……これで一件落着かあ。ま、言われてみりゃ憂の気持ちもわからんでもないけどね……」

直「でも、憂先輩の力でなかったことにしちゃった11日はちゃんと戻ってくるんですか?」

憂「あ、それなら大丈夫」ずびっ

純「あ、バット……」


憂「えーい星」ぶんっ


憂「ふう。これで大丈夫だよ」

菫「……??」

純「あ、ああっ!カレンダーに11日が戻ってきてる!」

直「パソコンの日付も11日になってます」


梓「はあー……よかった」

純「よっし、それじゃ気を取り直して梓の誕生日、お祝いしよっか!」

菫「そうですね。ケーキもお茶もまだありますし」

純「ほうれほれ、プレゼントだぞー」

梓「あ、ありがとう……」

梓(純の肩たたきってなんかコワイ)


憂「あ、あのね、梓ちゃん……!」

梓「どしたの、憂」

憂「じ、実は私もプレゼント、用意してきてるんだ……」ごそ

梓「えっ、そうなの?」

憂「はい!こんなことになっちゃって本当にごめんなさい!でも……誕生日おめでとう、梓ちゃん!」

梓「憂……ありがとう」

梓「わあ、かわいいマグカップ!」

憂「これで乾杯……してくれるかな?」

梓「もちろん!」


純「ようし、それじゃ梓の誕生日を祝って――」




さわ子「ちょっと待ったあああああー!!!」


梓「さわ子先生?!」

さわ子「はあ……はあ……私を置いてパーティーなんて、いい度胸してるじゃないあなたたち」

純「あはは、すいません」

さわ子「それはそうと――憂ちゃん!」

憂「は、はいっ!」


さわ子「……私の誕生日ぶっ飛ばしてくれない?」

憂「え、えーっと……」

おわり






最終更新:2012年11月11日 19:21