それから。

わたしがそれを発見したのは、そろそろ引越しの準備をしようと片付けをしていたときのことだった。


年が明けるのを前に、わたしたちは少し広めの2LDKのマンションに引っ越すことにした。

ここのところずっと律先輩の家に入り浸りになって、ほとんど同棲状態になってしまっていたから、自宅には着替えを取りに帰る程度にしか帰ってきていない。

片付け中に発見されたその小箱は丁寧に包装されて、リボンがつけられている。
なんだろ、これ。全く見覚えのないものだった。

小箱を開けると、中には可愛らしい指輪が入っている。どうやら外国製のものらしかった。

あ、これ、たぶん唯先輩のだ。

きっとわたしの誕生日にこれを渡すつもりだったんだ。

胸がきゅっと苦しくなった。

わたしは指輪を箱にしまい、もう一度丁寧に包装しなおすと、リボンをつけて元通りに戻した。



……
………


やがて、引越しの日がやってきた。

唯先輩との思い出が詰まった部屋を、今日、わたしは出る。

すっかり荷物が出払って、何一つなくなった殺風景な部屋の真ん中に、わたしはひとつの小箱を置いた。


可愛らしく包装されて、リボンのついた小箱。


これは、今のわたしへの贈り物じゃない。あの頃のわたしへの贈り物だから。
だから、ここに置いていく。唯先輩との思い出が詰まったこの部屋に。


玄関を出る前にもう一度振り返って、部屋の真ん中に置かれた小箱を見返す。
窓から降り注ぐ光に照らされて、それはまるで秘密の宝物みたいにキラキラと輝いて見えた。

一度深呼吸して部屋の空気を吸い込んで、吐く。そうして扉を開いて部屋の外に出た。

古い扉が閉まる音がする。毎日毎日、聞いた音だ。聞き飽きた音だ。

そして、もう聞くことのない音。わたしが、この扉を開くことは二度とない。
唯先輩が開くことも。


最期に扉をコンコンコン、と三回ノックした。
ノックの音に喜んで、扉の方に駆けてくる足音が聞こえたような気がした。
それはきっと、ずっと昔の、思い出の中から聞こえてくる音なんだろう。

もう終わったんだ。全部終わったことなんだ。
わたしはアパートを後にした。

冬の日差しをうける坂道を下って、わたしは駅までの道を歩く。

季節はすっかり冬本番で、北風が吹くたびに枯葉が舞って寒さに震える。
けれど、わたしの両手には、誕生日に律先輩が編んでくれた手袋があるから、
ちっとも冷たくなんか、ない。

どんなに可愛らしくっても、指輪は北風からわたしを守ってくれやしない。

途中、路線バスがわたしを追い越して走って行った。
その瞬間、わたしはとまっていた時間がうごきだしたことに、
もう二度と時間が戻りはしないのだということに気がついて、

少し泣いた。

おわり。



最終更新:2014年11月11日 08:09