"ちょっと高いお店に行くから上等な服を着ておいて"

今日は私の誕生日
"一応"恋人である律先輩からメイルが来た

全く失礼なメールだな、と思いながらも私は一張羅に着替えていた
一張羅と言ってもこざっぱりとした、控えめなスタイルにした

やがてまたメイルが届く
"もう着いてるから"

同性として私の身支度にかかる時間を考えて欲しいものです
慌てて必要なものをポシェットに詰めると火の元と鍵の確認だけして家を飛び出す

アパートを出ると律先輩の自動車が待っていた
律先輩曰くフランスの古い大衆車というその自動車はフランス製だと言われれば誰もが想像するような、
流麗なデザイン、というよりやや剽軽なデザインの黄色がかったクリーム色の自動車だ

「よっ、あーずさっ。」

「何がよっ、ですか。もう少し時間が欲しかったで。」

「別にそんなに慌てなくても良かったのに」

「あのですね、恋人が近くに着いたってメイルが来て慌てない人がいますか?」

「うーん……」

「あ、もういいです」

「えー、まあいいや、どうかお乗りください、お姫様」

律先輩はうやうやしい言葉遣いで助手席、日本では運転席側だが、の扉を開ける

「あの、いつもどおり後部座席がいいんですけど」

「あー、ごめん、今日はちょっと荷物が」

見るとよくわからない荷物が乗っているようで毛布をかぶせてある

「それなら、わかりました」

———

信号待ち
律先輩はまだ免許を取って日が浅いのでこのときぐらいしか喋られない

「梓はどうして助手席が苦手なんだ」

「なんか道路が吸い込まれていく様子がちょっと怖くて」

「ふうん。まあ教習所行ったら慣れるさ」

律先輩が運転席横にあるよくわからないレバーを操作する

「前から気になってたんですけどなんですかそれ」

「え、これはえーっと」

走り始めて律先輩が言葉に詰まる

「これはだなー…… シフトレバーってやつ」

「次の信号待ちのときで大丈夫ですよ」

「う、うん」

———

「これはシフトレバーって言って変速するレバー、って言ったらわかるかな」

「うーん、わからないです」

「自転車の変速と同じでこのレバーを操作するとエンジンの回転数に対してタイヤの回転数が変わる、でどう?」

「じゃあそれとペダルでスピードを調整するんですね」

「あと走る力もこれで変わるんだ。教習所に行けば習うさ」

律先輩、案外ちゃんと自動車のことを勉強してるんだなと感心する

「さ、あそこだぞ」

———

律先輩に連れられてきたのは小さなフランス料理店
店内に入るとバターの香ばしい香りが漂い心地の良い音楽が流れている

「へへ、フランスの車でフランス料理店。憧れのシチュエーションじゃない?」

「でも大衆車ですよね」

「む、可愛いからいいの!」

律先輩、自動車選びに関しては唯先輩に似たものがあります

あっという間に律先輩は注文を済ませる
「食前酒なんて洒落てるなあ」

「そんな風に言うと洒落ている人に見えませんよ」

「うるさいのう……」

———

入店してから約2時間
やっとデザートに入る
暖かいデザートのクレープ・シュゼットだ

「フランベするところすごかったですね」

「あれぐらい家でやりたいなあ」

「律先輩ならできますよ」

「うーん、本気を出してまたやってみるかあ」

「ところで」

「なんですか、律先輩」

「あの、これを受け取ってください、梓さん」

あまりにも不器用すぎるプレゼントの渡し方
渡されたのは小さな箱

「開けても良いですか」

「はい、開けてください」

こんな律先輩を見たことなくてつい笑みが溢れる

開けると綺麗な指輪が入っていた

「ダイヤモンドです」

「……せ、先輩?」

「一緒になってください」

「えっと」

「一緒になってください!」

律先輩は少し語勢を強めてくりかえす

「あの…… はい」

驚きで声がなかなか出なかった
けれどなんとか声を絞り出して答えた

「よ、よかった!」

律先輩はまるで私がいいえと言うと予測していたような感じであった

「あ、あともう一つプレゼントがあるんだ!」

律先輩はそう言うと私の手を引いて店を足早に出て行く
自動車に戻って後部座席のドアを開け、毛布をどける

「あの…… これです」

律先輩がまたおかしな口調になる
手の指す方向には、カバーにくるまれた真白なドレスがあった

「いわゆる、ウエディングドレスです…… 梓に着て欲しくて」

「律先輩…… ありがとうございます」

「どう言えばいいのかわからないですが、ありがとうございます」

「いつかは梓に綺麗なドレスと、あと白無垢を着せてあげたい、そう思ってた」

「私のエゴかもしれないけれど、そう思っていた」

どこがエゴなのですか
綺麗なドレスや着物に憧れない女子はいないというのに

「律先輩、大丈夫です。エゴじゃないです。」

「だから、早く挙式しましょうよ。どこでも、誰もいなくてもいいです。早く挙げましょう」

そういうと少し恥ずかしそうに律先輩は言った

「あの、ごめん。それはちょっと待ってください」

「え?」

「もうしばらくもやし生活は嫌だ」

「はい?」

律先輩によると車のローンも支払わなければならないしその上指輪とこのドレスでしばらくもやしばかりのジリ貧生活を送っていた、ということだった。

「全く、ペアリングが買えないうちは揃えなくて大丈夫です」

「だって早く着て欲しかったから」

「しばらく律先輩と一緒になるのはお預けです」

「えー……」

「私ももやし生活に巻き込まれるのは嫌なので」

「条件があります。まず式のときに律先輩が着る服を買ってください。もちろんもやし生活をせずにすむぐらい出世してからです」

律先輩は少しションボリしたふうになる

「律先輩。心配しないでください。私はもう律先輩のものですから」

ヲハリ





最終更新:2014年11月12日 07:56