……ああ、寒っ。
暖房の効いたスーパーの店内に入った瞬間、小声で無意識にそう呟いていた。
決して店内の暖房が弱いわけじゃない。むしろ充分すぎるほど暖かい。
でもだからこそ、外がいかに寒かったかが身に染みてしまう。
例えるなら筋肉痛が三日後に襲ってくるような感じ。……全然違うか。
きっと、一人で歩くから風をモロに受けてしまって寒いんだろうな。
そう思う。
そう思ったところで隣に誰かが湧き出てくるわけでもないけど。
それに、そんなことを思いこそすれど別に私が寂しい存在というわけでもない。……ないはずだ。
この歳なら帰路はだいたい一人のはず。飲み会などの目的でもあれば別だけど、その場合は厳密には帰路とは言わないはずだし。
……ま、私も今から家でプチ飲み会なんだけどね。
と口に出してはみたけれど、家に帰ってとりあえず一杯やる、というのもこの歳では珍しくもないこと。
特に意味や理由があるわけでもない、帰宅したら手を洗ってうがいをする、そんな感じの日常の流れの一部。
でもそれが確かに心休まる時間なんだ。子供の頃にはわからなかったものだけど。
……飲まないと何も出来ない、というまでになってしまえばさすがにあの子が苦言を呈するだろうけど、何かをした後に飲む分には笑顔で眺めてくれるから。
そしてたまには一緒に飲んでくれるから。そして笑顔を見せてくれるから。だから頑張れる、って面も確かにある。
あの子。
冬になると特に、あの子の大切さが身に染みる。基本的に年中感謝しっぱなしなんだけど。
時々何故私の側にいてくれるのかたまにわからなくなるくらいの、いい子。
冬が似合う、あの子。
憂。
憂と私は、共に働きながらルームシェアをしている。
この事実だけで、私がどれだけあの子の存在に助けられているか、憂を知る人なら充分すぎるほどにわかるだろう。
冬ともなれば、なにかと抱きついてくる唯先輩のあたたかさも内心ありがたいものだったけど。でもあの人に冬が似合うかと言われればそうではないと思う。
だって季節問わず抱きついてくるしね。
じゃあなんで憂は似合うのか、と言われると……まあ、きっかけはあることはあるのだけど、あまり言いたくはない。
でも、憂から聞く唯先輩のエピソードに冬絡みのものが多かったり、そのせいか憂自身も冬が好きそうだったり、
バレンタイン、それに先輩達の卒業前後と、直接的・間接的に私は憂に助けられることが多く、どんどん憂の本領は冬にある気がしてきたんだ。
もちろん、年中憂に助けられてはいるんだけど。重ねて言うけど。
……さて、今日は何を飲もうかな。
仮にこのままお酒を買って帰宅した時点で憂がまだ帰宅してなくても、先にお酒を空けるなんてことは絶対にしない。
憂の前で飲むから、憂は私を笑顔で見ててくれる。そんな気がするから。
そこを曲げるつもりはない。けど、憂の前で飲むからこそ、たまーに憂が好きそうなお酒とかを買ってみたりしてみたくもなる。
味が好みのものを買うか、安いものを買うか、珍しいものを買うか、憂が好きそうなものを買うか。お酒の選択肢は案外多い。
そんな中、チラッと視界の隅に目に入ったお酒。それは
「今日は何を買うの?」
聞き慣れた、でも今ここで聞くのは珍しい声に、思わず勢いよく振り返……ろうとしたけど、背中にのしかかられる重みを感じるほうが早かった。
ついでに、そのあたたかさも。
「牛乳切らしちゃってたの思い出して。よかった、タイミングよく梓ちゃんに会えて」
……言ってくれれば買ってきたのに。……あ、もしかして私が買い出しの時に買い忘れた…?
「ううん、あの時はまだあったよ。今なら梓ちゃんに会えるかなーって思って帰りに寄っただけだから、気にしないで」
……そっか。……帰りは受ける風は半分になるかな。
「風? そんなに強かったっけ?」
……ううん、こっちの話。カゴ、持つよ。
「ん、ありがと。それで、今日のお酒は?」
……ウイスキー。
「……度数強いからだーめ」
誰もが一度は考えたであろうギャグ。
憂と一緒にお酒コーナーに来ると、結構な確率で私はこれを言う。
そして憂はそれを笑顔で却下する。これがいつものやり取り。
決して人の名前で遊ぶような意図、悪気はない。けど同時に、それ以上の意味を込めているとも明言しない。
憂も、そのどちらにも触れず、いつも笑顔で却下するだけ。
まあ、これでいいんじゃないかな。
そう思う。
そう思っても思わなくても隣に憂がいる事実は変わらないから。
だから、これでいい。私達は。
そう思う。
そう思うんだ。
ちなみに、憂に冬が似合うって思い始めたきっかけだけど……
冬って、さ、英語で言うと……
おわり
最終更新:2014年11月24日 19:58