ー田井中家ー


聡「ただいまー」

律母「お帰りなさい」

律祖母「お外寒かったでしょ?お汁粉あるわよ」

聡「やっりぃ!婆ちゃんのお汁粉うまいんだよな〜」

律母「こ〜ら、手洗いが先でしょ」

聡「へへ。わかってるって!俺お餅3個ね!」

律母「はいはい…。まったく…、慌ただしい子なんだから」

律父「いいじゃないか」

律祖母「子供は元気が一番ですもの」

律父「子供かぁ…」

律母「あなた?」

律父「あの聡が、わざわざ律を送って行くなんてね…。
いつも律の後を追いかけてばかりだったのに」

律母「ちゃんと男の子らしく育ってくれたのね」

律祖母「子供はすぐ大きくなるのよ。
私もいつの間にかお婆ちゃんになっちゃって…。
律ちゃんも結婚出来る歳になったものね」

律父「母さん。律に結婚はまだ早いから。まだ結婚しないから。絶対まだだめだから。認めないから」

律母「あらあら」

律祖母「澪ちゃんも苦労しそうね」

律父「うっ…。まぁ、どこぞの馬の骨みたいな男を連れて来られるより…いや…でも…」

聡「洗ってきた!お汁粉は?」

聡「って、父さん何考えこんでんの?」

律母「ふふ。澪ちゃんとの結婚についてよ」

律父「せめて社会に出て落ち着いてからじゃないと…。あ〜、でもなぁ…」

聡「あ〜、へ〜…」

聡(澪ねぇが姉ちゃんに気があるのは知ってたけど…)

聡(根回し早すぎるだろ澪ねぇ…)

律祖母「聡ちゃん。お汁粉頂きましょ」

聡「待ってました!」

律母「この子は…」

聡(完璧に外堀埋められてるけど……とりあえず頑張れ姉ちゃん!)


ー秋山家ー

律「疲れた…」

澪「着物って着慣れてないと疲れるもんな」

律「そっちじゃねぇ」

澪「?」

律「もういいです」

ぐで〜。
テーブルの上に突っ伏した。

澪「おい!せっかく綺麗にしてるのに、化粧とか髪とか崩れるだろ」

律「化粧?してないけど?」

澪「へ?でも口…」

律「あ、これ?お婆ちゃんが、若いから淡い紅だけで十分!って」

テーブルから顔をあげて、唇をちょんちょん、って指差してやった。

澪「そ、そうなんだ…」

澪は何故か目を反らした。

律「?何だよ澪。もしかしてこの色、気に入った?」

澪「うん…まあ…」

律「じゃあちょっと貸してやるよ!同じ色のやつお婆ちゃんが持たせてくれたんだ〜」

澪「い、いや、いいよ!」

律「遠慮するなって」

澪「遠慮とかじゃなくて…」

何か今日の澪すっげー変だ。
二人になった途端ソワソワしだしたし。

律「ふぅむ」

ま、澪にも色々あるんだろうな。
大人なりっちゃんはあえて追求しません。

と、思ったんだけど…。

目を反らしたかと思えば、お茶を飲む私の顔を頬杖ついてぼんやりと見てるし。

律「あのさ」

澪「ん〜?」

律「何かあった?」

澪「ん〜…」

律「…聞いてる?」

澪「ん〜…」

聞いてない!絶対聞いてない!
もしかして…、顔に何かついてる?

巾着の中から手鏡をそっと取り出して顔を見てみると……………………………口紅がちょっととれてました。
なるほどね。






それくらい言わんかい!

口紅を塗り直そうとしてふっ、と思った。

そういえば、私化粧なんてしたことないぞ。

巷でよく聞く「口紅がはみ出て大変だったんだよね」ってパターンになりそうな…。
いや、リップくらいなら塗った事あるんだけど…、やっぱりどうも勝手が分からない。

律「澪」

澪「ん?」

律「塗って下さい」

口紅を澪に差し出して深々と頭を下げる。
潔いぜ!りっちゃん!

澪「うん…え?」

律「いや〜、口紅なんてやった事あんまりないしさ、澪はたまに化粧するじゃん?だからさ」

澪「あ、ああ…。そういう事か…。ほら、貸して」

律「ほいほい。綺麗にしてねん♪」

澪「…いや、今でも十分…」

律「ん?」

澪「いいいいや、ななんでもない」

テンパってらっしゃる?!
何か不安になってきたぞ…。

澪「ほら、こっち向け!」

律「頼むから失敗するなよ」

澪「口紅くらいで失敗するか!」

口紅くらいって何だよ!人をぶきっちょみたいに!ちょっと大らかなだけだい!
と言う言葉は今日くらい飲み込んでやるか。

律「んじゃ、お願い」

澪「はいはい」

口紅を口元に持ってきた澪の手が、止まった。

律「?」

むちゃくちゃ目が泳いでる。

律「澪?」

澪「あの、見られると、やりにくいから、目を、閉じて…」

律「ふ〜ん、そんなもんか?」

澪「そんなもんだ」

律「ん」

目を閉じて、ちょっと不安になった。
まさか澪のやつ、無防備なりっちゃんおでこに落書きでもする気なんじゃ…!

とまぁ、澪がそんな事するわけないんだけど。






いやいや、遅くね?
ずっと目を閉じて待ってるんですけど。

目を開けてみると、テーブルの上に突っ伏してる澪。

澪「我慢しなきゃだめだ我慢しなきゃだめだ我慢しなきゃだめだ」

律「お〜い」

澪「今はまだ早いだろもう少し段階を踏んでからそもそもまだ伝えてすらないんだから我慢我慢我慢我慢我慢…」

わ〜、何かこわ〜い。

澪「……ちょっとくらいなら…」

律「何が?」

澪「うわぁぁああああ!」

ビビりすぎだろ。

澪「ご、こめん!」

律「ん、別にいいけど、もしかして嫌だったとか?」

澪「そんな事ないって!ただ、ちょっと、葛藤というか、こう、ね?」

なるほど。さっぱり分からん。

澪「もう大丈夫だから、もう一度目を閉じ…ちゃだめだ。こっちを向いて…出来れば目を見ないでくれると助かる」

律「何その無茶苦茶な要求?!」








結局、口紅を塗るのに更に10分を費やした。










律「いいって。そんなに遅い時間じゃないし」

澪「だ〜め〜だ!ちゃんと送らないと私が心配になるんだ」

律「子供じゃあるまいし」

澪「お前は無自覚すぎる。とにかく、ぜっったい送ってくからな!」

あ〜あ、ムキになっちゃって。
「途中で変な男にでも絡まれたらどうするんだ!」だってさ。
言い出したら聞かないんだから。

律「わ〜かったよ。ただし!帰りはちゃんと自転車に乗って帰る事!澪まで変なやつに絡まれたら意味ないからな」

澪「分かってるよ。律の心配性」

律「澪こそ」

お互い言い合って、くすくすと笑う。
日が沈み始めてほんのり薄暗い道を2人で歩く。
カラカラと自転車を押す音。

帰ればきっと、お婆ちゃん特製のお汁粉があるんだ。
そうだ。澪にも食べさせてあげよう。
きっと澪も美味しいって言うよ。
そしたら、お婆ちゃんがニコニコおかわりよそって、澪も誘惑に負けて食べちゃうんだ。
楽しみだな。




何だか今日はくすぐったい1日だった。

だけど着物もたまには悪くない。
なんて、らしくない事を考えてみた。



END



最終更新:2015年01月14日 21:33