最終話「春風」
「…もういい?」
「あ、まだ!えーっと…。
よし、OK。もう大丈夫」
合図を受けて瞼を開く。
目の前に転がるふたつのたまご。
「…うーんとね」
「……うん」ドキドキ
「こっち」
たまごに触れないようにして、わたしは左側のたまごを指差した。
「…あたり」
「えへへ」
Vサインをするわたしに、不満そうな澪ちゃん。
「なんでわかるんだよ…」
「…さぁ?なんとなく、かな」
わたし指差したたまごがくるくると勢い良く回転している。
「澪ちゃんが外し過ぎなのよ」
「…呪いにでもかかっているのかな…」
「大げさねぇ…」
「でも36連敗だぞ、フツーそんなことありえるか?どれだけ外してるんだよわたし…」
「まぁまぁ」
気分転換に散歩に出かけることにした。
最近すっかりあたたかくなって、もうコートは必要無い。
花の蕾は膨らみを増して、
真昼の陽光はあたたかく、
桜の季節はもう、すぐそこまで来ている。
「お花見、たのしみだね」
「ああ」
「花見酒、飲みたいねぇ…」
「桜とお酒とどっちがたのしみなんだよ…」
「えへへ…両方!」
「やれやれ…」
公園前通りの横断歩道で赤信号に捕まった。
歩行者横断用の押しボタンを押そうとすると、
小さな女の子がふたり、手をつなぎながら駆けてくる。
「どうぞ、」と言ってわたしはボタンを譲った。
ショートヘアーの女の子と、
ロングヘアーの女の子。
ふたり仲良く、いっしょにボタンを押した。
信号が変わるまで、ふたりはずっと手をつないでいる。
ようやく信号が青に変わった。
ショートヘアーの子が真っ先に走り出そうとして、
ロングヘアーの子が引き止めて、
それからふたりでわたしの方を振り向いて言った。
「ありがとう」
「…どういたしまして」
お辞儀を済ますと、ショートカットの子が一目散に走り出す。
それを追いかけて、もうひとりの子も横断歩道の向こう側へ駆けていく。
太陽に照らされた栗色のショートヘアーがきらめき、
風に吹かれて長い黒髪が揺れる。
ふたりに続いて一歩を踏み出そうとすると、澪ちゃんがわたしの右手をつかんだ。
「こっちの道から行こう」
わたしは黙って頷いた。
そのまま特に会話を交わすこともないまま、
ふたりでのんびりと歩いた。
太陽が、ちょっと眩しい。
街路樹が光を遮ると、なんだかほっとする。
「さっきの子たち…」
「うん」
「幼馴染かしら?」
「…どうだろうな」
「仲がよさそうだったね」
「…そうだな」
彼女たちの姿はもうとっくにどこにもない。
わたしは澪ちゃんの左手をぎゅっと握った。
澪ちゃんがきゅっとわたしの右手を握り返した。
澪ちゃんの手はほんのりとあたたかい。
この手が、このままずっと、あったかいままでありますように、
気持ちを込めて手を握る。
澪ちゃんが痛くならないように、でも、
思いだけはいっぱいに。
「あの、さ。ちょっと寄りたいところがあるんだけど」
「いいよ、どこ?」
「前から行ってみたかったカフェがあってさ。最近あたらしくできたお店なんだけど」
「いいね。行こう行こう♪ティータイムしましょ♪
あ、わたしも寄りたいところがあって。カフェの帰りに、いいかな?」
電球を買うのを忘れないようにしなきゃ。
昨日切れちゃったんだった。思い出してよかった。
もう一度、信号に捕まって横断歩道で立ち止まった。
見上げた先の花の蕾はもう既に、ほころんでいるものまである。
真昼の陽光はあたたかく、街を行く人たちの装いは軽快だ。
モンシロチョウがひらひらと目の前を飛んでいった。
はちみつ色の午後が過ぎてく。
春は、すぐそこまで来ている。
瞳に映る全部が、輝いて見えた。
はちみつ色の午後が過ぎてく。
そっと、瞳を閉じる。
そこにあるのは、満開の桜。
月の明かりに照らされた真夜中の桜。
風に吹かれた花びらが、きらきらと夜空を舞う。
花咲く空の下、
わたしは瞼を閉じたまま、桜の木にもたれかかる。
ふたりで桜を見に行こう。
今年の桜も。
来年の桜も。
その次の年の桜も。
そのまた次の年の桜だって。
ずっと、ずっと。
必ず見に行こうね。
約束だよ。
ぜったいぜったい、約束よ。
そよ風がやさしく頬を撫でるように流れて、
春の匂いをつれてきた。
いちごを買って帰ろう。
晩ごはんの後に、ふたりで食べよう。
そうだ、帰ったらコタツをしまわなくっちゃ。
目を開いて信号が青になったことを確認すると、
わたしは一歩を踏み出した。
おしまい。
以上です。
フライングですけど澪誕記念のSSでした。(ムギちゃんの語りだけど)
ありがとうございました。
最終更新:2015年01月15日 07:42