目の前には先の見えない道がある。
 鼠色の道にはたくさんの足跡がついていて、わたしはその足跡を踏むようにして、足を進めていく。
 そのうちゴールは見えるだろうとか思いながら、適当な鼻歌を歌いながら、ずっと歩いていくと、
 やっぱりゴールは見えてこないで、でも、それとなく足元を見てみると、あれ、足跡がどっかにいったね。
 わたしは周りを見渡してみた。
 道なんてなかった。

 うっそうとした森の中にわたしは佇んでいた。
 さながらそこに昔からあって、歴史があって、文化があって、文明とともに寂れたみたいな、
 そんな石像みたいなようなわたしの上には鳥がとまっていた。
 ぴーちくぱーちくうるさい。
 うるさい雑音のような歌声の鳥の、鳴き声の運んでくる風に耳を澄ましてみて、やっぱりどうでもいいなんて思いながら、
 あれちょっと待って、これっていいんじゃない、そうなんじゃないと思うものを咄嗟に刻み込んでる。
 刻み込むものは石みたいに固くて、とっても固くて、わたしの爪がぽろぽろ剥がれちゃいそう、
 こんな固いものの前じゃまるでこんにゃくみたいなもんなんだろうなとか、
 こんにゃくといえば角にぶつかって死んじゃうと聞くけれど、こんな石っころも削れないじゃないか、みたいな。
 でもこんにゃくで石を削る技術なんて開発しちゃえば簡単に有名人かな。偉人かな。
 変人だよ。

 とりあえずこんなところにいたってどうしようない、わたしは、石のようなわたしを、
 刻み込んだ言葉を頼りに足をひきずって、右も左も上も下も何年何月何日何時何分何秒わからずに、
 何万光年先の先に、ちょっとだけ溜め息を吐いてみた。
 足元に落ちていた木の枝を拾う。
 えい、っと向こうの草陰に潜んでる何者かに投げ込んでみる。
 石ころがいっぱい飛んできた、でも大丈夫、わたしの身体は石だから。
 だめだやっぱり痛い。
 ちょっと痛む部分を触ってみると、そこからぺりぺりと剥がれて、中のやわらかいわたしが姿を見せて、
 あ、わたしだ、こんにちはって、思わず挨拶してみたんだけれど、
 向こうから飛んでくる石に対抗できるのかなって心配になってくる。

 でもまあ石なんてものはありふれていて、そこらじゅうに散らばっていて、
 もう数えるのも馬鹿らしいぐらいで、結局はそんなものが飛んできたところで痛いっていうのは嘘、
 嘘じゃないんだけど、そう、やわやわのわたしで歩き続けていると、そんなことどうでもよくなってくる。
 上手くなってくる。
 あと投げてきた石ってわたしの周りに落ちているんだ、だからわたし、これをちょいと拾って、
 向こうに投げることだって出来ちゃうんだ。
 だけどそのまんま返すんじゃ芸がないから、わたしはその場で一つの石を選んで、
 磨いて、鋭利なナイフみたいになったら、それを向こうに一直線で投げ込んでみる。
 あとは知らない。

 そうしているうちに、いつの間にかさっきとは違う場所にいて、
 あれもしかして出口に近づいたのかもと思うけど、根拠はどこにもないんだけど、そう思っちゃってる。
 こういう根拠のない自信なんてもの否定しようがないんだから肯定するしかなくて、
 だからわたしはわたしなんであって、良かった、少し休息。
 でも休息していると止まっているはずなのに後退しているような気がしちゃうから、すぐ立ち上がる。
 また進む、進む、まだ進む、おかしいな、進んでいるかどうかわからないのに、進む。
 あ、見つけた。

 手ごろな大木を見つけて蹴飛ばしてみる。
 大木はわたしの足なんかじゃびくともしないけど、
 足の骨を伝って響いてくる振動とか音とかがふるふるさせて、
 絶対気のせいなんだけど、不思議と悪くない心地がしている。
 何度かそれを繰り返して夢中になって一心不乱になってふるふるさせていると、
 ぴしゃり、と空が鳴って、雷が一つ落っこちてきた、大木はひとたまりもない。
 炎は大木から隣の木々にうつって、そのうち大木には手も届かなかった地べたの雑草にまで広がって、
 ついさっきわたしがいたかもしれないところまで届いて、ほとんどがなくなっちゃった。

 燃えつきた草木の中からうさぎが顔を出す。


「こんにちは澪ちゃん」

「こんにちは」

「よく燃えちゃったね」

「燃えちゃったね」

「でも、よく見えるね」


 うさぎがぴょんと跳ねると、風が吹いた。
 見ればわたしの歩いて来た足跡が、どういうわけなのかよくわからないけれど、
 くねっとなっていて、うまく倒れた木の間を通るようにできていて、
 あながち無駄でもなかったのだなあと思ったりした。
 うさぎは足跡の上をぴょんぴょん跳ねながら進んでいった。
 わたしも進んでいった。
 今度は間違いなくどこもかしこも出口で、わたしが進んでいる先も出口だった。

 ふとすると目の前に分かれ道があった。
 片方には見覚えのある鼠色があって、
 もう片方にはもこもこのヒツジみたいなものが両端にずらっと並んでいる、
 薄ピンク色のカーペットが敷いてある。
 こんなもの迷うまでもないじゃないかとカーペットを土足のまま踏みつける、
 元より土足で歩くもののようだけど、ちょっとそれが憚られてしまうかわいいそれは、
 わたしが足を進めるとそのぶんだけ先っぽが伸びているようで、端っこが全く見えてこない。
 だから聞いてみた。


「もしもし、あなたはどれぐらい長いの?」

「ぼくの上に乗った人はみんなそう聞いてきたさ」

「わたし以外に誰かが乗ったの?」

「キミで全員さ」


 そのあとで地球を三十回周っても余裕があるぐらいって教えてもらった。
 地球の大きさを思い浮かべてみるけど、なんかぼわぼわするもので、途中でやめた、
 わたしの想像できないほどの長さなんだろうなって、
 そう思うので精一杯と思うことにした。
 いつの間にかカーペットは空に浮かんでいて、わたしも当然のように浮かんでいた。
 その場で足踏みをしてみるとぶわっとへこんで、すぐに元の形に戻って、
 なんとか浮き続けることができてるみたい、だからわたしはもっと勢いよく踏んでみた。
 案の定落ちた。

 落ちながら空をのぼるカーペットを見ると、多分あれは宇宙まで続いていて、
 ここで落ちておいて正解だったんだなあ。
 お帰り。


「こんにちは、澪ちゃん」

「また会ったね、うさぎさん」

「ちょうどよかった、一緒に来てよ」


 ちょうどよく落っこちることができたから、ちょうどよくうさぎさんの用事に付き添うことができたのか、
 あらかじめ両方が一緒になっていたのかはわからないけれど、
 もしかしたら空の上から出来たんじゃないかって、
 いやでもきっとちょうどよかったんだろうと。
 おかげでよくここらへんを見れたし、よく地べたを歩けている。

 うさぎさんと並んで腰を下ろす、この小高い丘からはそこそこの景色が見えていて、
 少なくともわたしの足跡がついてる場所ぐらいは見渡せていた、
 足跡までは見えないけど、軌跡を追うことはできた。
 さっそく手元のノートに記そう。
 しまった、書くものがない。


「これをお使い」


 といって羽を差し出してくれたハトさんにお礼を言って引っこ抜くと、
 先からはインクがぽたぽたと垂れていたので、これはいい、ノートを文字で埋める。
 点と線がするりと繋がって、立体的になる。
 立体的になったそれは絶妙なバランスを保って、でも不安定そうに、わたしの前で積み上がっていって、
 最後になるとエッフェル塔の上にさかさまのピラミッドでも乗ってるかみたいな、
 へんてこりんな形をした世界で一つだけの立派な建物が出来ていた。
 指でちょいとつつけば倒れそうなそれは、しかし扉を開けて階段を昇っていっても、
 案外崩れてはくれそうになかった。

 頂上に着くと、羊みたいな雲が元気に青空を駆けていて、
 視界を遮るものもなく、さっき見えていた景色よりはまだ色々多くのことが見えていそうだった。
 それでも宇宙に昇ったらまた違っただろうな、と考えてみる。


「でも帰れなくなったら困るよね」

「そうだねうさぎさん」


 後ろからついて来ていたうさぎさんは、
 これを見てごらん、と言って、わたしの前で一つ跳ねた。
 ぼこっと一ヶ所だけ出ている手のひらサイズの床のそれは、
 きっと上から押したらなにかが起こるんだろうなと直感した。


「知っての通りここはぐらぐらだ」

「うん」

「これを押せば全部が無くなるんだ」

「なくなるんだ」

「軽く押し込むだけだよ」


 わたしは迷わなかった。
 迷わず手を滑らせて、その隆起した床をへし折った、もう誰にも押し込むことはできない。
 結局わたしたちの選択っていうのは、この程度のものなんじゃないかな。


「これでもうぐらぐらしない」

「そうかもね」

「うさぎさん、今日はありがとう」

「どういたしまして」


 お礼を言ったうさぎさんは七色に輝きだして、
 眩しいから、わたしは目を瞑った。
 暗転。

 身体が震える。
 くしゅん。
 気づけばわたしは、自分の部屋の机に突っ伏していた。
 ばっと起きてみる。
 それから、自分でもびっくりするぐらい、でも全然意外じゃないぐらいのペースで、
 枕にしていたけどなっていなかった紙に言葉を並べていく。

 ほらもうできた、すごくいい。

 一度手で遠くにもってやって、眺めるように出来上がったものを確認していく。
 そうして満足したわたしは、うたた寝が祟ったのか、
 またもや身体を震わせ、くしゃみを一つしてしまう。
 誰も見てないのに恥ずかしくなったわたしは、頭を掻いた。



 おわり。



最終更新:2015年01月26日 08:11