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痛い所を突かれてしまったという感じに純が呻く。
その純の仕種は私の予想していた物と全然違っていた。
あれ?
純の様子を見る限りじゃ、私の誕生日を間違えて憶えてたってわけじゃないみたい。
そりゃゾロ目の誕生日だから、誕生月自体を間違える事はあっても、
誕生日を一日違いで憶えてるって事なんて、普通は無いよね……。
だったら、純は私の誕生日を分かってて、
それでも今日、私に誕生日プレゼントを渡したって事になる。
これはどういう事なんだろう?

純にそれを訊いていいのか、私は迷ってしまう。
私はもう純を困らせる軽口を言ってしまってるんだもん。
これ以上、純を困らせるような質問をしてしまってもいいのかな……。


「ねえ、梓」


私が言葉を失っていると、不意に純が私の方に視線を向け直して言った。
慌てて、私も純の瞳とまた視線を合わせる。
瞬間、純の瞳の雰囲気に呑まれそうになった。
純は頬を染めながらも、たまにだけ見せる強い意志を持った表情を見せていたから。
私が迷った時、もう一歩を踏み出せなくなった時、私を支えてくれた時の表情を。
「どうしたの、純?」とだけ私が喉の奥から絞り出して言うと、純はその言葉を続けた。


「梓の誕生日が昨日だって事、私、ちゃんと憶えてたんだよ?
憂に一緒に誕生日プレゼントを私に行かないかって誘われてたし、
後輩二人が梓に誕生日のお祝いのメールを送ろうとしてた事も知ってる。
でも、私は昨日、梓に誕生日プレゼントを渡しに行きたくなかったんだ。
用事があったわけじゃないんだけど、昨日は駄目だったんだよね……」


「どうして……?
ううん、別に純を責めてるわけじゃなくて、ただ気になっただけだけどね。
誕生日を祝ってくれるなんて、それが誕生日の当日じゃなくたって嬉しいよ。
すっごく嬉しいんだ、ホントだよ?
誕生日プレゼント、ありがとう、純」


上手く言えたかどうかは分からない。
でも、私は自分に出来る限りの笑顔を浮かべて、素直な気持ちを言えたはず。
感情表現が苦手な私だけど、今回だけは伝えられたはずだって思いたい。

純も私のその表情を見て、少しは安心してくれたみたいだった。
心を落ち着けさせてあげる事が出来たみたいだった。
表情こそそんなに変わらなかったけど、純は声色を優しくして続けた。


「昨日、誕生日プレゼントを梓に渡せなかったのはさ、嫌だったからなんだ」


「嫌だった……、って何が?」


「それはさ、梓の誕生日プレゼントの楽譜と、
後輩達に贈る方の楽譜を見比べてもらえると分かると思うんだけど……」


純はそう言って自分の頭を掻きながら、困ったように笑う。
私は純の言う通り手渡された二つの楽譜を見比べてみる事にした。

まずは後輩達に贈る方の楽譜に視線を落としてみる。
正直言って拙い歌詞ではあったけど、純らしい素敵な歌詞だと思った。
贈られる相手を元気にしてあげられるような明るい歌詞と曲調。
『未来』とか『皆』、『輝く明日』とかポジティブな歌詞が印象的だ。
少なくとも今の私には書けそうにない、いい曲だと思う。

次に誕生日プレゼントに貰った楽譜に視線を向けてみて、私は気付いた。
これは切なさがある曲だって。
若干の寂しさを感じさせる曲なんだって。


『遠い空の下で星空を見上げる君を思う』
『離れていても心だけは君の傍に居たい』


全体的にそういう離れ離れの二人が相手を思い合う歌詞が印象に残る。
決して悲しい歌じゃないけど、大切にし合う二人が別離する切なさは確かにあった。
二人……、つまり、私達が遠く離れる切なさも歌われてる曲だった。

私は自分の胸に言い様の無い不安が湧き上がるのを感じた。
どうしようもなく不安になってくる。
私は楽譜を長椅子の横に置き、純の手を両手で強く握ってから震える声で訊ねる。


「純……、ひょっとして引っ越しの予定でもあるの?
ううん、こんな時期に引っ越しなんて無いか……。
だったら、何処か私達と違う大学を受ける予定になったとか……」


純と同じ大学に進学する約束をしてるわけじゃない。
ただ候補として同じ大学を受験する予定はあったし、
そのまま二人で同じ大学に進学するものだと思ってた。
唯先輩達みたいに、私と純と憂は同じ大学で今までと同じ生活を出来るはずだって信じてた。
ううん、信じたかったんだと思う。
純と離れ離れになるなんて、急に言われても想像出来ない。


「ううん、違うよ、梓。
引っ越しなんてする予定は無いし、大学は梓達と同じ大学を受験するつもりだよ。
まあ、合格するかどうかは別問題だけどね……」


私の切羽詰った素振りが予想通りだったのか、純は苦笑しながら静かに首を横に振った。
その純の表情に嘘は無かった。
純の言葉が本当なら、私達と同じ大学を受験するつもりなんだろう。
でも、だったら純はこんな切ない歌詞を?
私がそれを訊ねると、純は私の手から右手を脱け出させて、私の頭に手を置いた。
ゆっくりと私の頭を撫でながら、優しく口を開いてくれた。


「ねえ、梓、こんな言葉を知ってる?
『自分がその人の事をどれくらい大切なのか知りたい時は、
その人が自分の傍から居なくなってしまった時の事を考えなさい』ってやつ。

私ね、梓の誕生日プレゼントの曲を作る時、
確かいつか漫画で読んだその言葉を思い出したんだよね。
折角、梓にプレゼントする曲なんだから、梓の事をしっかり考えたかったんだ。
でさ、その言葉通りに考えてみたらさ、自分でも驚いちゃったんだ。
まさか私の中から『離れていても心だけは傍に居たい』なんて歌詞が出ちゃうなんてね……。
気障過ぎて鳥肌が立っちゃいそうだって思ったよ、自分でもさ。

大体、こんなのいつか離れ離れになる二人の曲じゃん?
まだ別々の道を歩く予定も無いのに、こんな歌詞の曲を梓に贈っていいのかって迷ったよ。
誕生日っていうおめでたい日に、こんな縁起でもない曲を贈ってもいいのかって。
でもね……」


「でも……?」


「この歌詞は私の本当の気持ちでもあったから、書き直したりは出来なかったんだ。
気障過ぎる曲だけど、いつか本当に梓と離れる事になったら、私はそう思うはずだもん。
離れてても梓には私の事を憶えててほしいし、私も梓の事を憶えてたいから。
いつまでも一緒……、なんて歌詞にしてもよかったんだけど、
絶対に約束出来ない事を歌詞にしちゃうのも嫌だったんだよね。
あははっ、これも気障な台詞なんだけど」


気障だ。
確かに気障な台詞だよね。
でも、純の言ってる事は間違ってなかった。
私だって、出来る事なら純といつまでも一緒に居たい。
傍で笑い合える親友のままで居たい。
それこそが私の幸せだし、そう思うと凄く安心出来る。
私は純をいつもフォローしているけど、純だって私もフォローしてくれてる。
ここぞという時、純は私を支えてくれる。
もしかしたら、私の方こそ純を必要としてるのかもしれない。
ずっとずっと一緒に居たいし、同じ時を生きていきたい。

だけど……、きっとそれは無理なんだと思う。
いつかは絶対に離れ離れになってしまう時が来る。
去年、先輩達が卒業した時に分かった。
どんなに傍に居たいと望んでも、そう出来ない事はあるんだって。
人には一人一人の人生がある以上、同じ道を歩けなくなる時はいつか絶対に来るんだって。
そこから目を背けて、いつまでも一緒に居たいとだけ思ってたって、きっと何にもならない。
そんなの前に進めず、成長も出来ず、その場に立ち止まり続けるって事だから。


「だからね、私は自分の想いを込めた曲をそのまま梓に渡したかったんだ。
それが私の本当の気持ちなんだもん。
嘘ばっかりの曲なんて、梓にプレゼント出来ないよ」


純が頬を染めて、想いを言葉に乗せてくれた。
純の本当の想いをそのままに私に伝えてくれた。


「でもさ、本当の気持ちだからって言っても、
誕生日にこの曲をプレゼントしちゃ駄目だとも思ったんだよね。
だって、誕生日っておめでたい日じゃん。
一年で一番おめでたくなきゃ駄目な日じゃん。
一年で一番幸せな日じゃなきゃ駄目なんだから!

そんな日に縁起でもない曲を梓にプレゼントしちゃ駄目だよ。
本当の気持ちだとしても、離れ離れになった時の事を考えた曲を渡すなんてさ。
いつか梓が十八歳の誕生日を思い出した時、
ちょっとでも寂しさとか切なさがあったら駄目でしょ。
そんなの、私だったら絶対やだもん!
折角の誕生日、幸せな思い出だけで居てほしいもん!

それでね……、今日に誕生日プレゼントをずらしたんだよね。
それなら梓の誕生日が切ない誕生日になったりしないって思ったんだ。
考えてみたら、梓の誕生日の前に「その日は予定があるから、プレゼントは次の日に渡すね」。
とでも言っとけばよかったかもしれないけどね……。

でも、仕方無いじゃん!
この曲が出来上がったの三日前だし、私だって色々迷ってたんだもん……!」


純が左右に纏められた髪の毛を揺らして、複雑な表情を浮かべて頬を膨らませる。
自分の想いを全部私に伝えた後も、これでよかったのかって迷ってるんだろう。
自分の取った行動が正解だったのかどうか不安なんだろう。
それで複雑な表情を浮かべる事しか出来なかったんだと思う。

確かに純の考えと行動は間違っていた。
私の事を思ってくれての行動だったかもしれないけど、純は間違ってるよ……。


「馬鹿だなあ……」


私が小さく呟くと、純が私の頭から手を離して表情を不安そうなものに変えた。
今にも泣き出しそうな……、不安いっぱいの顔。
自分はやっぱり失敗してしまったのかって、辛そうな様子まで見受けられる顔だった。
私は純の手を握っていた手を離して、自分の腕を大きく広げる。
そうして、私は……。

座ったまま、
純の首に腕を手を回して、
力いっぱい抱き締めた。
私の小さな身体から溢れ出る、
力をいっぱいに込めて。


「もう……、馬鹿なんだから、純は……」


「馬鹿って何よー……」


私が耳元で囁くと、純が少し不機嫌そうにこぼした。
でも、完全に怒ってるわけでもない。
私の行動にちょっと戸惑ってるだけみたいだった。
私は軽く微笑んでから、また純の首に回した腕に力を込めて続ける。


「馬鹿な純はこのままでいてくれればいいの」


「理不尽だなあ……。
うーん……、まあ、今日くらいはいいか。
梓に好きにしちゃっていいよ。
これも今日嘘を吐いちゃったお詫びの一つって事で」


そう言った純の声色はとても優しかった。
戸惑いながらも、私の好きにさせる事に決めてくれたみたい。
それが私にはとても嬉しかった。

純の体温を全身で感じながら思う。
純はやっぱり間違ってるって。
私の事を思っての行動だって事は分かるけど、純は間違ってるんだ。
私の誕生日に切なさを残さないように、純は誕生日プレゼントを一日ずらしてくれた。
一年で一番幸せでなければいけない日に、私に幸せで居てもらうために。
でも、そんなの無意味に決まってるじゃない。
大体、普通に誕生日にプレゼントを渡すより、一日ずらして渡された方が印象に残るに決まってるでしょ。
私は生涯、この十八回目の誕生日と誕生日の翌日の事を忘れないと思う。
純の余計な気遣いのせいで、この日の事を忘れられるわけなんてない。
想い出に……、なるよ……。

それが嬉しかった。
純の言う通り、私の誕生日には切ない思い出が残る事になった。
十八回目の誕生日の日の事を思い出す度に、
誕生日の次の日の今日の事を思い出して切なくなるのは間違いないと思う。
切なさと寂しさが胸に残る。
だけど、そんな事は別にかまわなかった。
少しくらい切なくったって、私はいつもの誕生日の何倍も幸せだったから。
こんなにも純が私の事を考えてくれてるって事が分かって、嬉しかったから。
例え空回りでも、私の事を心の底から想っていてくれてる事が分かったから。
だから、今日は想い出になる。
とてもとても、とても大切な想い出に。


「梓……、ちょっと訊いてみてもいい?」


十分くらい抱き締めた頃、不意に純が遠慮がちに私に訊ねた。
私は腕から少しだけ力を抜き、静かに頷いて口を開く。


「いいよ、何?」


「抱き着かれるのは私も別に嫌じゃないんだけどさ……。
梓、くすぐったくないの?」


「くすぐったい……?」


「もーっ……、梓ったら私の口から言わせるつもりなの?
えっと……、髪……だよ、私の髪。
こんなに密着してたらさ……、癖っ毛でくすぐったいでしょ……?」


「うん、くすぐったいよ」


「ばっさりだー!」


私があっさり言うと、純が悲しそうな声で小さく叫んだ。
それから、少し不機嫌そうに頬を膨らませて呟き始める。


「こういう時は嘘でもくすぐったくないって言う所でしょ、梓……。
くすぐったいなら離れちゃいなよ……」


「どうして?」


「どうして……、って梓、私の髪がくすぐったいんでしょ?」


「くすぐったくてもいいじゃない。
私、そんなの気にしないよ、純」


「梓がいいんなら、まあ、いいけど……。
でも、梓もいつの間にかくっつき虫になっちゃったよね。
唯先輩の影響?
それとも「確保ーっ!」ってやつ?
そういうのが後世に伝える軽音部魂の一つとか?」


「いいよ、そんなの後世に伝えなくて……。
でも、確かにくっつき癖はいつの間にか付いちゃったかもね。
もしかして、純は嫌?
嫌なら離れるけど……」


「別に嫌じゃないよ、梓。
私もくっつかれるのは嫌いじゃないしね。
私の髪がくすぐったくても気にしないんだったら、いくらでもくっついてていいんじゃない?」


自分の髪がくすぐったいと言われた事を根に持ったのかな……。
純のその言葉は少しだけ悔しさが混じっているみたいに聞こえた。
フォローしようかと思ったけど、それはやめておいた。
多分、それを伝えても、純は喜ばないだろうしね。

でも、心の中だけで思う。
純の癖っ毛は純自身を表してるんじゃないかって。
纏めるのが大変なくらいあっちこっちに向いちゃってる純の癖っ毛。
でも、その分強い意志を秘めてて、奔放だけど思った事は曲げない純みたい。
そんな純の癖っ毛も、純自身も私は嫌いじゃない。
ううん、大好きだと思う。

純は奔放だけど、そういう自分の意志で歩いて行ける強さも持ってるんだよね。
私への誕生日プレゼントの曲の歌詞からもそれが分かる気がする。
純は私達が離れ離れになった時の事を歌詞にしてはいたけど、
『離れたくない』とか、『傍に居たいのに』とかいった後ろ向きな歌詞は一つも無かった。
離れ離れになったって、純は私達の想い出を胸に生きていく強さを持ってるんだ。

私も、そんな純に負けたくないと思う。
先輩達が卒業する時、私は不安で仕方が無かった。
一人ぼっち残されて、この部でやっていける自信が無くて潰されそうだった。
どうにか部長を務めてる今だって、不安に押し潰されそうになる事がある。
でも、私の中には先輩達との想い出があったし、私を支えてくれる純達も居てくれた。
だったら、私は強さを持たなきゃいけないよね。
また先輩達に心配掛けたような事を繰り返さないように。
私の後に続く後輩達に別れは怖くないものだって伝えられるために。

誰かと離れ離れになる事は来る。
違う道を歩かなきゃいけない時はいつか必ず来る。
その日が来る事から目を逸らさず、それを自覚して一日一日を大切に生きたい。
いつかまた誕生日を迎えて、何度も何度も歳を重ねて、
誰かとの別れの時が来ても、その人の未来を信じて笑顔で見送れるために。
そうやって、私はこれからも頑張ろうと思う。
皆との大切な想い出と一緒に。

これが私の十八回目の誕生日。
……とその翌日の出来事。
私の親友から貰えたプレゼントは、私に宛てた曲。
そして……、




未来に進む勇気と想い出。






♪おまけ♪





「ねえ、ところで純?」


「どしたの?」


「こういう誕生日プレゼントの曲って、
普通は相手に聴いてもらった後に楽譜を渡すものなんじゃないの?」


「何言ってるの、梓。
私はベーシストだよ?
ベースだけ弾きながら曲を歌われてもよく分かんないでしょ?」


「それはそうかもしれないけど……、ってこれギターの楽譜じゃない。
ひょっとしてベースの楽譜も作ってるの?」


「おっ、察しがいいじゃん、梓。
実はギターベースのセッションで演奏する曲なんだよね、これ。
折角だし、早速二人でセッションしちゃおうよ。
あ、勿論、ボーカルは梓ね」


「ボーカル、私っ?」


「そりゃそうでしょ、我が軽音部の誇るボーカルの梓先輩」


「いや、でも、普通、自分に贈られた曲を自分で歌う?
しかも、何の手本も無く……」


「大丈夫、梓なら出来るって!
学祭ライブを乗り越えた自分に自信を持って、梓!
だって、私、こんな気障で恥ずかしい歌詞、自分じゃ歌えないし!」


「えーっ……。
それでいいの作詞者、えーっ……」


「あははっ、いいじゃんいいじゃん。
意外と作詞者ってそういうものらしいよ?
自分で作詞した歌詞を歌うのなんて、絶対嫌って人も多いらしいし」


「まあ、そういう人も居るのかもしれないけど……」


「あっ、そう言えば、一つ言い忘れてた事があった!」


「えっ、何?」


「誕生日おめでとう、梓。
……一日遅れだけどね!」


「一日遅れだけどね。
でも……、最高のプレゼントをありがとう、純!」



これにて終了です。


最終更新:2012年12月17日 01:05