憂と和は四人をリビングに招き、お茶を入れた。

律「教えてくれよ、なんで唯は私達と会おうとしないんだよ!」

澪「ずっと前から、唯も憂ちゃんも様子がおかしかったよな。その訳を、知ってるのか?和は」

和「…うん」

憂「姉の事を、本当に心配してくれてるんですね」

律「当たり前だ!だって、唯は私達の仲間なんだからな!」

紬「何かできることがあれば、力になりたいの」

憂「…残念ながら」

梓「どうにも、ならないの?」

憂「……皆さんは、姉が醜くなっても嫌いにはならないでしょうね?」

澪「み、醜く?」

紬「醜くなるって…唯ちゃんみたいな可愛い子が?いったいどういう事?憂ちゃん」

憂「答えてください!もしお姉ちゃんが醜くなっても、お姉ちゃんの友達でいてくれますか?」

律「…ああ。もちろんだ。唯がどんな姿になろうと、私は唯の友達だ!」

澪「わ、私もだ!」

紬「そうよ、唯ちゃんは唯ちゃんよ!」

梓「唯先輩を見捨てるなんて、できるわけないじゃない!」

和「みんな…」

憂「…」

憂「それでは話します。…平沢家の女は、18歳になると醜くなるのです」

四人は絶句した。

憂「はじめ額や手にホクロのようなものが出来て、それがだんだん全身に広がり、醜くなっていくんです。平沢家の女性は代々そうでした。…数日前に死んだ、私達の母も」

和「それでも、唯に優しくしてくれるわよね、みんな」

律「…ああ」

憂「よかった…」

澪「信じられないなそんな事…でも憂ちゃんが嘘を吐いてるとは思えないしな。信じるよ」

梓「憂、話してくれてありがとう」

律「しかし憂ちゃんは本当できた妹だなー。自分だって同じ運命なのに、こんなに姉に優しくできるんだもんな」

憂「…それは…」

和「憂?」

憂「私が、平沢家の娘じゃなかったからです!」

和律澪紬梓「!!??」

憂「母が遺言を残したんです。私は平沢家の血を引いていなくて、養子だったんです!だから、私は18歳になっても醜くならないんです」

和「憂あなた…」

憂「私はずっと、お姉ちゃんと運命共同体のつもりでした。それなのにお姉ちゃんだけが醜くなるんだって思うと…私はお姉ちゃんが可愛そうで、申し訳なくて…だから、ずっとお姉ちゃんの傍にいて、優しくするって決めたんです」

その時、扉の向こうから大きな音が聞こえた。何かを落としたような音。
和は嫌な予感がして扉を開けた。そこには案の定唯がいた…ものすごい形相をした唯が。
足元には、唯の愛用のギターが転がっていた。


唯「今の話、本当?」

憂「お姉ちゃん、あの」

唯「憂はもらわれた子だったんだ…だから憂は醜くならない、可愛いままで…私が、私だけが…」

梓「唯先輩、しっかりしてください!…あっ」

突然、唯は梓をドンと突き飛ばし、叫んだ。

唯「出て行って!みんな出て行ってよ!私はもうすぐ醜くなるんだから!そしたらみんな私を化けもの扱いするようになるんだから!」

唯「そして…そして私はお母さんの部屋に入って、一生ひとりで惨めに暮らすんだ!」

唯「あはっ、あはははははははははははははっはは!」

唯は徐にギターを拾い上げると、それを憂に向かって振りかぶった。

和「憂、よけて!」

憂はよけることなく、唯はギターで憂を殴りつけた。

憂「あっ!」

梓「憂!!」

唯「だから…だから憂は私に…!」

バシッ!バキッ!

何度も何度も、愛したギターで妹を殴りつける唯。

律「おい、やめろ唯!」

軽音部メンバーは唯を押さえつけようとした。しかしそれを止めたのはほかでもない憂だった。

憂「やめてください!」

梓「憂っ」

憂「私が悪いんです!私がしゃべったのが悪いんです!だから構わないで、お姉ちゃんの好きなようにさせてあげてください!!」

唯「ほら、憂もこう言ってるよ!みんなは私が醜くなる前に出て行って!!」

紬「唯ちゃん!!」

皆は力ずくで唯を押さえつけた。

唯「ぐっ…!」

紬が唯の腹に一発入れ、唯は気絶してやっと静かになった。

憂「!お姉ちゃんに何するんですかっ!ほっといてください!私なら大丈夫だからっ」

梓「憂、目を覚まして!」バシッ

憂「あっ」

和「みんな、ありがとう。今日はこのまま帰って」

澪「大丈夫なのか?」

和「ええ。私一人の方が説得しやすいと思うから…」

梓「…先輩たち、行きましょう。これは二人の問題です」

律「梓…」

紬「和ちゃん…唯ちゃんたちをよろしくね」

和「ええ…それと、唯の誕生日は、祝ってあげて」

律「…ああ!」

憂「お姉ちゃあーーーん!!」

軽音部のメンバーは後ろ髪引かれつつも平沢家を去って行った。
後には気絶した唯にしがみつく憂のヒステリックな泣き声が残された。


それからも唯の暴挙は収まらなかった。
唯は一日中憂をいたぶり、酷い時には髪の毛を掴んで家じゅう引き摺り回した。

唯「いつもいつも、私と違って、憂は何でもできて…」バシッ

唯「憂はみんなに出来た子って褒められて、私はバカにされて…!」バキッ

唯「そのうえ、憂だけが可愛いままで、私だけ醜くなるなんて!!」

唯「こんなにこんなにそっくりな顔をしてるのにどうして憂だけ!」ドカッ

唯「どこまで私から奪って行ったら気が済むの!!」ゲシッ

バシッ!ビシッ!

和「唯!やめなさいと言ったでしょう!?」

憂「いいの和ちゃん!これで少しでもお姉ちゃんの気持ちが和らぐのなら!」

和「憂、貴女まだそんな…」

唯「ふん、和ちゃんも憂の方がいいんでしょ!全部全部憂のせいだ!!!」

憂「お姉ちゃん、ごめんね…」

和(あの無邪気で天然で妹思いだった唯が…地獄だわ…。こうまでされても憂は唯の傍を離れようとせず、献身的に尽くしている。すっかり共依存だわ)

憂も唯もあれから学校に行かなくなってしまった。和も平沢家に泊まり、特別許可をもらって学校を休んだが、出席日数の問題もある。
二人の父親を呼び出そうと連絡したこともあったが、海外出張中だと、出世に響くとすげなく断られた。
あまりの唯の暴力のひどさに警察に連絡したこともあったが、民事不介入だと言われ、日本の警察の怠慢に歯噛みした。
平沢家の電話機はその後、姉妹のどちらかによって壊されてしまった。少しでも外界への連絡を絶つために。
そして11月26日の夜。

唯「明日になるのが怖い…トラックに飛び込もうとしたこともあったけど、そんな勇気なかった」

唯「明日になったらこの顔にホクロができて、それから次第に…」

唯「そうなる前に…自分で醜くする…!」

そう言うと、唯は火をつけたライターを出し、自分の額に当てた。

ジュウウウウウウウウウ!

唯「ああああああういjzdphふぇあmfdd!!」

絶叫を聞きつけ、和と憂が駆け付けた時には、もう手遅れだった。唯の額は醜く焼けただれてしまった。

和「っ!」

憂「お姉ちゃん!!」


憂と和は大急ぎで火傷の処置を行った。唯は一晩中苦しんでいたが、朝になってからやっと、痛みが薄らいで眠った。

和(今日は唯の誕生日。本当なら、額にホクロがいっぱいできているはず…)

その時インターホンが鳴った。

和「はーい」ガチャ

律「ハッピーバースデー唯!」

澪「和、約束通り唯を祝いに来たよ」

紬「特製のケーキを持ってきたのよ」

梓「憂は、憂は無事ですか?」

和「…」

唯「みんな、来てくれたの?」

額に包帯を巻いた唯と、殴られたあざでボロボロの憂が現れた。

梓「憂…!唯先輩、あなたやっぱり!」

唯を本気で睨みつける梓。唯はそんな後輩を一瞥すると、おもむろに包帯を剥いだ。

律「っ!!」

紬「ゆ、唯ちゃん貴女…!」

梓「こ、こんな…どうして…」

四人は驚きを隠せず、紬はケーキを取り落した。

唯「どうしてって?決まってるじゃん。醜くなるのが怖かったから、自分で醜くしたんだよ」

澪「ひいいっ…」ペタリ

唯「あはは、澪ちゃん怖がってる!」

唯「澪ちゃんだけじゃない。りっちゃんもムギちゃんもあずにゃんも、みんな私の顔を見て怖がってる!」

唯「どんなに醜くなってもずっと私の友達でいるなんて、嘘だったんだ!!」

紬「狂ってるわ…」

憂「お姉ちゃん!」

唯「うるさい!憂にはわかんないよっ!」バシッ

律「やめろ!憂ちゃんに乱暴なことするな!」

唯「そうだよね…私なんていらないよね、私がいなくてもみんな、私と違って醜くならなくて、ギターも私よりうまい憂がいればいいもんね!!」

唯「前から、憂ちゃんくれって言ってたもんね、りっちゃん。学園祭ライブの時なんか、このまま風邪ひいててくれた方が良かったって、言ってたみたいだしね」

律「唯、お前には憂ちゃんのけなげさが分からないのか!?」

唯「憂、憂、憂、いつも憂ばっかり!!」

唯「わあああああああああああああああああああ!!」

唯は絶叫しながら、すっかり壊れたギターを投げつけた。
へたり込んで逃げられない澪に向かって、それは飛んだ。

律「澪、危ないっ」

澪を庇おうと躍り出た律の額にギターが直撃した。

律「ぐっ…」

澪「り、りつぅっ!」

額から血を流し蹲った律を見て、さすがの唯も固まっていた。澪と紬、梓は唯を化け物を見るような目で見た。

梓「ひとまずここから退散しましょう。律先輩の手当てをしなくちゃ」

紬「え、でも…」

戸惑う紬に梓は首を振って見せ、そして憂を振り返った。

梓「憂、ここから出よう。こんなとこにいちゃ駄目だよ。唯先輩は私達で押さえつけておくから」

唯「逃がさないよ、憂。あんただけ幸せになるなんて許さないから」

憂「…」

憂「私はここから逃げないよ、お姉ちゃん。ずっとそばにいるから」

梓「憂、目を覚まして!」

和「憂!」

和はたまらず唯を押さえつけた。

唯「何するのさ和ちゃん!」

和「憂、早く逃げて!」

バキッ!

和は吹っ飛ばされた。頬の痛みをこらえ殴られた方向を見ると、冷たい目で見下ろす憂が。

憂「お姉ちゃんに手を出したら、許さないから」

和「…」

憂「和ちゃんはもう、出て行って」

敵意に満ちた憂の目を見て、和は絶望を悟った。そんな和の肩に手が置かれた。

梓「行きましょう、和先輩も。もうこんなところにいちゃ駄目です」

和のほとんど寝ていない疲れ切った表情を、梓も他の皆も見抜いていた。
和は力なくうなずくと、梓の手を取って立ち上がった。

憂「お姉ちゃんを怖がり、お姉ちゃんを傷つけた軽音部の皆さんの事も私は許さない。早く出て行って!今のお姉ちゃんをわかってあげられるのは私だけ。お姉ちゃんは私が守るんだから!」

和「二人とも…ちゃんと病院に行くのよ」

ヒステリックに叫ぶ憂にそう言い残して。
後には、悲しげにつぶれたケーキだけが残された。


平沢家を出て暫くすると、紬に背負われていた律が目を覚ました。

律「…ここは…」

澪「りつぅ」

紬「りっちゃん、気が付いた?」

律「唯は?憂ちゃんは?」

梓「唯先輩たちは…駄目です。もう…」

律「何で…なんでなんだよっ。唯も憂ちゃんも、仲間だったじゃないかっ」

澪「おい律っ」

紬「りっちゃん、暴れちゃ…」

律「下ろせ!二人を取り戻しに行くんだっ」

梓「もう駄目ですよ。唯先輩は、かつての面影もないほど醜くなってしまいました。顔ではなく、心が」

そう語る梓の顔は失望に満ちていた。表面上煙たがりながらも内心では強く慕っていた唯への、そして親友だった憂への失望。
ほかの皆も同じ気持であった。
明るく天然で、皆を和ませた唯。
優しく万能で、いつも笑顔だった憂。
残酷な運命は二人をあんなにも醜く変えてしまった。

律「…くそっ。和ぁ!お前一体何やってたんだよ!大口叩きやがって!お前ならと思って任せたのに!」

和「」ビクッ

澪「よせ律、和の所為じゃない」

和「…」

和はもう限界であった。憂ほどひどくはないが、唯を止めに入った時付いた傷が服の下に隠れている。

和「…私、弁護士になるために遠くの大学に行こうと思うの。そして海外留学するのが夢なの」

和「もう、ずっと勉強する暇もなかった」

和「幼馴染より自分の夢を優先するだなんて、ひどいわよね。でも、でも私は…」

澪「和。お前はよく頑張ったよ」ギュッ

和「えぐっ、う、うわぁあああっ…」


それからも唯と憂はずっと学校に来なかった。
翌年。和は見事第一志望に受かり、海外留学を果たした。ただし幼馴染の事がやはり気がかりで、二人の安否を確認してほしいと隣の老婆、一文字とみに頼んだ。
澪、律、紬は唯と一緒に行くはずだったN女子大に無事合格。梓と純はそれからも度々憂を助けようとしたが、ことごとく失敗し遂に諦めた。
その間も唯は家に閉じこもり、憂をいじめ続けた。

唯「憂、軽音部に新入生が入ったんだってね。あずにゃんも純ちゃんも楽しそうだね」

唯「でも私はここから出さないよ。私はここで朽ち果てるのに、憂だけが輝かしい青春を送るなんて許さないんだから!」ドカッドカッ

憂「出て行かないよ!ぶって!私をぶつことでお姉ちゃんの気持ちが和らぐのならもっとぶって!」


そしてその翌年、2月21日も終わりに近づく夜中、唯は鏡の前でつぶやく。

唯「酷い顔だね…はは、日付が変われば憂の誕生日か…。憂はずっと可愛いままなのに!」

もはや見る影もないありさまのギターを鏡に叩きつけ壊す。泣き叫ぶ唯の後ろから不穏な笑い声が響いた。

唯「憂っ?」

憂「お姉ちゃん、いいこと教えてあげる」

憂「ごめんねお姉ちゃん、私、一つ嘘を吐いてたんだ。お母さんの遺言はね、平沢家の娘じゃないのは私じゃなくて……本当はお姉ちゃんだったの」

唯「えっ!?」

憂「平沢家の血を受け継いでいるのは私の方だったの」

言いながら憂は前髪を書き上げる。額には不穏なホクロが…。

憂「ほら、指先にも」

唯「ひえっ!じゃ、じゃあ私は…!?」

——自分で醜くなった
その自分で付けた醜いやけどを、一生背負っていく。
その恐ろしい事実に唯は震えた。

憂の額のホクロが増えていく。


憂「お姉ちゃん、聞いて。私、小さい頃からずっとこの日が楽しみで仕方なかった」

憂「だって、醜くなったお姉ちゃんと私、ずっと二人きりでいられるんだよ。お姉ちゃんに合わせて、怖い振りをしてたけど」

憂「だけど、お姉ちゃんが醜くならないって知って、すごくショックだった。お姉ちゃんもきっと、お父さんと同じように醜くなった私を見捨ててしまう…そう思ったから」

ホクロが憂の顔全身に広がる。その恐ろしい光景に唯は後ずさった。憂はなおも近づく。

唯「い、嫌ぁっ…来ないで…」

憂「だからこうなることを見越して嘘を吐いたの。もう安心だね。お姉ちゃんは醜くなった」

憂「おまけにみんなにはこう思われてる。『けなげな妹に暴力をふるう酷い姉だ』って

憂「もう、誰もお姉ちゃんを助けてくれないんだよ」

唯「助けて…和ちゃん…りっちゃん…みおちゃん…ムギちゃん…あずにゃん……」

壁の隅に追い詰められ、逃げられなくなった唯は泣きながらかつての友人を呼ぶ。

憂「大丈夫、私はどんなに醜いお姉ちゃんでも愛してあげられるよ。だから、お姉ちゃんも私を愛してね」

無数のホクロに覆われた悍ましい憂の顔が痛々しい火傷の唯の顔に重なり、意識の遠くなる唯の唇を貪った。


ねえお姉ちゃん。

私、この家に生まれてよかったよ。

だって、この先誰にも邪魔されず、ずーっとお姉ちゃんといられるんだもん。

ありがとう。

最高の誕生日プレゼントだよ。


数日後。
いつもは罵声や打撃音の響く平沢家が妙に静まったのを、隣の家の老婆、一文字とみが怪しんで中の様子を窺い、そして腰を抜かしたという。

そこには、狂い死にした姉と

「ン…チュパ、チュウッ…お姉ちゃん…」

死体を舐め回す、得体のしれない醜い女が一人いた。