【職員室】

教師「じゃ、先に上がりまーす」

さわ子「お疲れ様でした~」ニコニコ

バタン

さわ子「はぁ…バタバタしてたせいで全然今日の仕事片付いてないわ」ゲッソリ

さわ子「あとは家に持って帰ろうかしら…」


コンコン

唯「失礼しま~す」

さわ子「あら…まだ帰ってなかったの」

唯「えへへぇ、ごめんなさい。実は提出物出すの忘れちゃってて」

さわ子「提出物?」

唯「はい、進路調査票です!」

さわ子「へぇ、あなたらしくないわね…期限前に提出物を出しに来るなんて」

唯「今日のわたしはひと味違うのです」フンス

さわ子「いつもこうだったら助かるんだけど。どれどれ?」

さわ子「第一志望…名探偵?」

唯「えへへへ」

さわ子「ふふふふふ」

唯「どうですか!?」キラキラ


さわ子「やり直し!」

唯「ええ~!」

さわ子「まじめに考えなさい」

唯「わたし本気なのにぃ」

さわ子「まったくあなたって子は…」

唯「だってわたし、今日の事件解決したんだよ?」

さわ子「…なんですって?」


唯「密室のトリックが解けたんだよ!」ピース!

さわ子「はは、まさか…」

唯「あ~っ疑ってる!ほんとだよ~」

さわ子「何かトリックの仕掛けでもあったの?」

唯「仕掛け?いいや、なかったよ」

さわ子「だったら」

唯「むしろ何かがあったってことよりもなくなってた、ってことが重要なんだよ」フンスッ

さわ子「どういうことよ」


唯「さっきね、ピカ泉くんがずぶ濡れになっちゃったんだ~」

唯「渡り廊下から外見てたら、いきなり雨どいから雨水が溢れてきちゃったんだってさ。おマヌケさんだよねぇ」

さわ子「それがどうしたの」

唯「まぁまぁ焦んないでよ~。それでね、ムギちゃんとあずにゃん寺くんが着替えを探してあげたんだ」

さわ子「それで?」

唯「ムギちゃんは制服みたいな衣装があったって言って探してたんだけど、結局見つからなくてね」

唯「とうとうピカ泉くん、メイド服を着て帰ることになっちゃったんだよ~」

さわ子「衣装作った私が言うのもなんだけど、さすがにあれを着て帰るのはどうかと思うわね…」

唯「だよねぇ。でも大事なのはそこじゃないんだぁ」


唯「問題はね、なんでその制服みたいな衣装がなかったのかなぁ、ってとこなんだよね」

さわ子「ムギちゃんの勘違いだったんじゃないの?」

唯「そんなことないと思うよ。だってわたしも一昨日、いろいろ着替えを選んでるときにその衣装見たんだもん」

唯「さわちゃんが作ったんでしょ?ほんとに制服そっくりだったね~、ちょっとスカートが短かったけど…」

さわ子「そりゃどうも」

唯「ムギちゃんは昨日もその衣装を見てるんだって。つまりね、その衣装は今日のうちになくなっちゃったってことなんだよ」

唯「不思議だと思わない?さわちゃん」

さわ子「そうね。でもそれが密室とどう関係があるのかしら?」

唯「むっふっふ~、知りたい?」

唯「どうしてもって言うなら教えてあげないでもないけど~…」

さわ子「…まぁ別にいいわ」

唯「あぁん、さわちゃんのいけず~」


さわ子「で、なんなのよ?早く言ってみなさい」

唯「衣装はねぇ、犯人が着て行っちゃったんだよ」

さわ子「へぇ…なんのために?」

唯「ムギちゃんが部室の前にいたとき、ラジカセの音に驚いた合唱部の子たちが音楽室から飛び出してきたって言ってたでしょ?」

唯「そのとき、犯人も倉庫から出てきて、合唱部の子たちと一緒に飛び出してきたんだよ!」

唯「倉庫にあった衣装を着てね!」


唯「着てた服を置いていくわけにはいかないし、きっと上から衣装を着たんじゃないかなぁ」

唯「そうなると犯人はすっごく着太りしてたはずなんだ。身だしなみに気を遣う人なら恥ずかしかっただろうね~」

さわ子「ふふ…おもしろいじゃない」

さわ子「でも、それを私がやったっていう証拠はあるのかしら?」

唯「ええっ?ちょっと待ってよ、わたしさわちゃんがやったなんて一言も…」

さわ子「わかるわよ」

さわ子「でもね、密室のトリックが仮にそうだったとして、私がやったって証拠はないでしょう?」

さわ子「その方法ならりっちゃんや梓ちゃん、それにあなたにだって…」


唯「さわちゃーん、それだと消えた衣装の説明がつかないじゃん」

唯「ピカ泉くんやあずにゃん寺くんだと、わざわざ着替える必要がないよ」

唯「だからね、制服を着る必要があって、それに制服姿にあまり違和感がない人ってなると、この学校の中だともう一人しか思いつかないんだよねぇ」

さわ子「…それが私ってわけね」

唯「えへへ~」

唯「着太りして体型をごまかして、しかも眼鏡を外せば、出てくる合唱部の子たちに紛れ込んでもさわちゃんだって気づかれないと思うんだよねぇ」

さわ子「…まぁ制服姿に違和感がないってところは褒め言葉として受け取っておくわ」

唯「全然ないわけじゃないよ」

さわ子「うるさいわね」


さわ子「確かにこの学校の関係者で、さらに生徒以外で制服姿が似合うのは私だけかもしれない」

さわ子「けど、さっきも言ったとおり証拠よ。それがないわ」

さわ子「まさかとは思うけど、制服姿に違和感がないってだけで私を犯人だって決めつけてるんじゃ…」

唯「ねぇ、わたし気になってたんだけどさぁ。どうして弦が張ってないこと知ってたの?」

さわ子「は?」

唯「ほらさわちゃん、わたしに『探偵ごっこはやめなさい!』って怒ったときにさ、言ってたじゃん」

唯「澪ちゃんもベースもあんなだし、天気も悪いから早く帰りなさいって」

さわ子「…私がエリザベスの弦が張ってなかったことを知ってたのが証拠って言うわけ?」

唯「えっ?あー、いやぁ~…あはは」

さわ子「甘いわよ」


さわ子「私がさっき部室に入ったとき、エリザベスの弦は張ってなかったわ。確かに見たもの」

唯「あれ~、そうだったっけ…」

さわ子「あなたまさか、そんなくだらないことで私を犯人にしようって言うんじゃないでしょうね?」

唯「……」

さわ子「ほら、なにか言ってみなさい?(勝った…!)」

唯「…えへへ」

さわ子「…なにがおかしいの?」


唯「さわちゃん。エリザベスって名前、なかなかいいと思わない?」

さわ子「なによいきなり…」

唯「あれってね、昨日わたしが付けた名前なんだよ」

さわ子「へぇ…そうだったの。あれはてっきり澪ちゃんが」

唯「さわちゃん。どうして澪ちゃんのベースの名前がエリザベスだってこと知ってるの?」

さわ子「…え?」

唯「どうして?」

さわ子「それは、その…」

唯「さっき怒られたとき、私がほんとに気になってたのはそこなんだよ」

唯「澪ちゃんが自分で教えるはずないから、きっと澪ちゃんの書いた詩を見たんでしょ?」

さわ子「……」

唯「えっと…どこやったっけ…あぁ、あったあった」ゴソゴソ

唯「この詩だよね」ペラッ

唯「今週さわちゃんは部室に来てなかったから、昨日わたしが『エリザベス』って名前を付けたことは知らないはずだし」

唯「澪ちゃんが見つかったあとはムギちゃんがこの詩をずっと持ってたから、さわちゃんがこの詩を見る機会はないよ」

唯「だから、さわちゃんがエリザベスって名前を知ることができたのは、今日の放課後、澪ちゃんが一人で部室にいたときしかなかったと思うんだけど」

唯「どうかなぁ?」

さわ子「…っ」

唯「あ、ちゃんと証人もいるよ。わたしだけじゃなくてあずにゃん寺くんも聞いてたからね」


さわ子「…ムギちゃんかりっちゃんからエリザベスって名前を聞いたのかも」

唯「むっふっふ、それはありえないよ~」

唯「わたしたち、今朝澪ちゃんに凄く怖い顔で『エリザベスって呼んでたことは誰にも言うなよ』って言われたんだもん」

唯「もしさわちゃんにでも言ったなんてばれちゃったらどうなるか…」

唯「むっふっふ、以上です」

唯「どう!?さわちゃん!」

さわ子(…言い訳が、なにか…!)

さわ子「……」

唯「……」ジー

さわ子(…思いつかない)

さわ子「…お手上げよ、まさかあなたに追い詰められるなんてね」

唯「えっへん!」フンスッ

さわ子「恥を忍んで学生時代の黒歴史を流して…制服のコスプレまでしたって言うのに」

さわ子「澪ちゃんの記憶がないって聞いた時は逃げ切れると思ったんだけど」

唯「残念でした~」


さわ子「…どこから私に目を付けてたの?」

唯「ええ?うーん…」

さわ子「結構早いうちから私のこと疑ってたでしょ」

唯「そうだなぁ…なんとなく、かなぁ?」

さわ子「は?」

唯「いや~、掃除中にみんなの役はどんなのか考えてたんだけどさぁ」

唯「そのときさわちゃんは犯人役っぽいなぁって思ってたんだよねぇ」

さわ子「あなたねぇ…」

唯「えへへ、じょうだんだよぉさわちゃん」


唯「ほんとはちゃんとした理由があるんだぁ」

さわ子「もったいぶらずに言いなさいよ」

唯「あのね、教えてくれたのはトンちゃんなんだよ」

さわ子「トンちゃん…?」

唯「あずにゃん寺くんがエサをあげたときにね、いつものトンちゃんなら五粒全部食べちゃうのに、今日は二粒だけしか食べなかったんだよね」

唯「だからわたしたちが来る前に、誰かがトンちゃんにエサをあげたのかなって思って」

さわ子「けどそれなら、澪ちゃんがあげたのかもしれないじゃない」

唯「それはないよ」

唯「澪ちゃんね、まだトンちゃんのこと怖がってるから、一人でエサあげられないんだ~」

唯「だからね、あの時間帯にトンちゃんにエサをあげることを覚えてるのは、わたしたちの他にさわちゃんしかいないんだよ」

さわ子「…じゃあ私は会う前から疑われてたってわけか」


さわ子「慣れないことするもんじゃないわね」

唯「そうだよ~、もうおしとやかキャラなんて慣れないことはやめようよ」

さわ子「それは関係ないわよ!」

唯「えへ、ごめんごめん」

唯「それじゃ、行こうか」

さわ子「…ええ」

さわ子「って、どこへ?」

唯「どこへって、謝らないと。澪ちゃんに」

さわ子「ああ…そうね」

唯「じゃ、行こ!」

唯「ふーふーふふーふーふふーふーふふ~ん♪」

さわ子「なによその鼻歌」

唯「エンディングだよ!」

唯「ふーふーふふーふーふふーふーふふ~ん♪」

END


【後日談・部室】

梓「すごいですね唯先輩、まさかほんとに事件を解決しちゃうなんて!」

唯「むっふっふ、わたしはやればできるのです!」フンスッ

梓「その『やれば』をいつもの練習でもやってくれればさらに見直すんですけどね」

唯「えへへぇ、もっと褒めてぇ」

梓「今のは褒めるニュアンスで言ってませんよ…」

唯「みゅあんす?」

梓「『みゅ』じゃありません、ニュアンスです」

唯「あー、『にゅあんしゅ』かぁ」

唯「で、どんな意味なの?」

梓「もういいです…」

唯「えぇ~」


紬「ほんとに名探偵だね、唯ちゃん」

唯「いやぁ、それほどでも~」デレデレ

紬「次は断崖絶壁の上で犯人を追い詰めようね!」

唯「え~、それは怖いよぉ」

律「まぁあたしは最初っからさわちゃんが怪しいと思ってたけどな!」

ペチン!

律「いてっ!」

唯「あれだけ事故事故言ってたくせにぃ」

律「デコを叩くなデコを!」

紬「まぁまぁまぁ」


梓「まったく…唯先輩に振り回されるこっちの身にもなってくださいよ」

唯「ごめんねぇ、あずにゃん」

唯「でもさ~、なんだかんだ言いながら、あずにゃんは最後までわたしのことを『平畑さん』って呼んでくれたよね~」

梓「えっ?そ、そうでしたっけ…」

紬「助手として一緒に動いてたし、倉庫でトリックの仕掛けを探すのも手伝ってたし」

律「梓も案外ノリノリだったんだよな~」

梓「…///」

唯「それでこそちっちゃくて優秀なわが部下、あずにゃん寺くんだよ!」

梓「や、やめてくださいよっ!もういいじゃないですか、事件は解決したんだし///」


梓「そんなことより…」チラッ

律「ああ…」

澪「……」チーン

紬「澪ちゃんは恥ずかし~い詩がみんなにバレちゃったし」

澪「…ははは」

さわ子「……」チーン

律「さわちゃんは罰として一週間ケーキ抜きだし…」

さわ子「…ふふふ」

律「解決しても誰も幸せにならない事件だったな…」

唯「知らない方がいい真実って言うのもあるんだね…勉強になったよ」

唯「やっぱりわたし、名探偵はいいや~」

律「じゃ、進路どうするんだよ」

唯「う~ん…そうだなぁ…」

唯「まぁ、のんびり考えるよ~」

律「おいおい…ってあたしも人のこと言えないけどさ」

紬「ゆっくり考えればいいと思うよ」

梓「けっきょく進路調査票、白紙に戻っちゃいましたね」

END


あとがき



最終更新:2015年03月19日 07:44