【ずっと前のある雑誌の切り抜き】
――では次のシングルのタイトルは『Cat』がテーマなのですか?
Y:出すとすれば、その単語は絶対に入ってる。でも、いつ出せるかはわからない。
――年内には出せますか?
Y:さあ、どうだろうね。もしかしたら十年後とかになっちゃうかも(笑)
――冗談だとは思いますが十年後となると、
さすがに皆さんから忘れられるのではないかと不安にはなりませんか?
Y:正直言って、忘れられちゃうと思う。でもふと思い出してくれればそれでいいんだ。
――なにか今までとは違う気持ち、のようなものを感じます。
Y:うん、その感覚は間違いない。今まではきっと、わたしの過去を歌ってた。
だけどそれももう捨てなくちゃいけない、そう思ったんだよ。
――その契機となったものも教えてもらえますか。
Y:うーん、それは勘弁してほしいかなあ(笑)
――なにか込み入った事情があるのですね。
Y:うん。だからこそ、時間をかけたい。じっくり見てから、書いてみたい。
まあでも、これを今のわたしが書けるかどうか、それも不安なんだけどね。
――どういうことですか?
Y:少しだけ、疲れがたまっちゃってて。書くためにも休息が必要なんじゃないかなって。
【それより後のチャット履歴】
AZUCAT:唯先輩と別れた
ジューン:は?
:え、それマジで言ってんの?
AZUCAT:本当だよ
ジューン:どっちが原因?
AZUCAT:どっちも
ジューン:雑誌見たけど、唯先輩の次のシングルの名前さ
:Catだってさ
:しかも今までとなんか違うイメージにするみたい
:なにか関係ある?
AZUCAT:聞いてないから知らない
:でもあるんじゃない
:ていうかそれより唯先輩がどっか行った
ジューン:別れたんじゃないの?
AZUCAT:そりゃそうだけど荷物とか全部残ったまんまだし
:先輩たちや憂に聞いてもわかんなかった
:純は知らない?
ジューン:知らないよ
:雑誌にはじっくり見てからとか、休息とか書いてあるから
:一人で旅でも勝手に始めたんじゃない
AZUCAT:うん、そうなのかもだけど
:別れ話切り出したときから、ずっと落ち込み気味だったからさ
:なんかそのままどっか行っちゃうんじゃないかと思って
ジューン:おいおい不吉なことはやめてよ
:まさか先輩が
AZUCAT:それはないって思ってるけど
:どこにいるのか全然わからないのはもっとやだ
ジューン:別れたくせに
AZUCAT:だって
ジューン:なにが原因で別れたのか知らないけどさ
:どうせお互いのコミュニケーション不足でしょ
:唯先輩ってさスキンシップとかで大体伝わると思っちゃってるとこあるし
:高校まではそうだったんだろうけど
AZUCAT:純に先輩のなにがわかってるっていうのさ
ジューン:じゃあなにが原因なのか話せる?
:ほらね、既読ついてからもう10分だ
:見つけたら連絡するけど期待しないでね
AZUCAT:ごめん
:面倒かけちゃって
ジューン:昔からだよ
:唯先輩にも厳しく言わないと駄目だよ
:その結果が別れ話だなんて言わないで
AZUCAT:ありがと
ジューン:今度会ったらうんと叱ってあげるから、覚悟しな
AZUCAT:うーん
:あ、でも先輩に会ったら叱っといて
ジューン:二人ともだよ
AZUCAT:絶対嘘だ
ジューン:なにが?
AZUCAT:純の叱ってる顔、想像できないもん
:どうせわたしに会ったって一緒にご飯食べてくれるんだ
:純のそういうてきとーなとこ
ジューン:そんなことないし
AZUCAT:結構すきだよ
ジューン:あ前言撤回。そんなことおおあり、もうマジマジ
<AZUCATさんがログアウトしました>
ジューン:あ、こいつ!!
【九ヶ月目あたり】
唯「……年明けちゃったね~……」
純「明けちゃいましたね~……」
唯「……」
純「……」
唯「お餅焼く?」
純「焼きます」
唯「いくつ?」
純「二個お願いします」
唯「はーい」
純「……」
唯「……純ちゃん」
純「はい?」
唯「新しい年度が始まったぐらいに、わたし、また行ってくるよ」
純「そうですか」
唯「寂しい?」
純「わたしは一年中唯先輩をどう追い出そうか考えてましたから」
唯「ふへへ、ひどいや」
純「勝手に居候しに来たのは、先輩のほうですよ」
唯「偶然倒れたのが純ちゃんの家の前だったんだよ」
純「それ考えるたびホント怖くなるんでやめてください」
唯「でも偶然だったのは本当なんだよねー……これって運命?」
純「あるいは神の悪戯か、ほんの遊び心か」
唯「純ちゃん詩人~」
純「ジュン鈴木の名で世界を駆けてみましょうかね。大人気間違いなしです」
唯「取らぬ狸の?」
純「皮算用……、ってなに言わせんですか!!」
【十ヶ月目のある日】
唯「珍しいね、こんなに積もっちゃうなんて」
純「ですね。大人になってから、雪は迷惑なものにしか見えなくなっちゃいました」
唯「えー、わたしは今でも食べたいと思ってるよ?」
純「その考えは中学上がる前にでも捨ててほしかった」
唯「そうだ、雪合戦しよう」
純「二人でですか?」
唯「じゃあ雪だるま?」
純「なるほど……じゃあ先輩が身体で、わたしが頭を作りましょう」
唯「いいよー」
・・・‥‥……――5分後――……‥‥・・・
唯「で」
純「で?」
唯「どうして純ちゃんのそれはそんなにちっちゃいのかな?」
純「唯先輩すごいですね、それ小さめのバランスボールぐらいはあるんじゃないですか?」
唯「純ちゃんのはまるでゴルフボールだね」
純「いやあ、寒くて寒くて……」
唯「……」
純「唯先輩?」
唯「よーし、今から雪合戦をしよう!」
純「え」
唯「いっくよー!」
純「ちょちょちょっと待ってください、まさかそれをそのまま投げるわけじゃ――ぎゃああああああ!!」
【十一ヶ月と二週間目】
純「荷物はまとまってきました?」
唯「うん。まあ持ってきたの、バイクとギターと、あと鞄に入るようなものだけだけどね」
純「よくそんな軽装で日本中を旅しようと思いましたよね」
唯「えへへ……まあまさか財布を落とすとは思ってなかったけど……」
純「わたしに感謝してくださいよ?」
唯「うん!」
純「……それと、これも忘れないでください」
唯「え、いまどきカセットテープ?」
純「はい。この前、梓の家にあったものをくすね……借りてきました」
唯「……」
純「……嘘ですダビングさせてもらいました」
唯「あずにゃんに会ったんだ」
純「はい。っていうか、元軽音部のみなさんや憂から何度か連絡きてましたよ」
唯「ほんと!?」
純「ぜーんぶ、わたしが対応しときました。どうせ先輩、まだ会いにくいんでしょう?」
唯「……ありがとう、純ちゃん」
純「というわけで、このカセットはその垣根を超えるアイテムなんです。
そう、みなさんの高校生活の結晶です」
唯「えっ」
純「梓から聞いたところによれば、
“聞き返したら恥ずかしくなること間違いなし”と言われた伝説の……」
唯「あ、あああ!! ぜったい三年のとき録ったやつだ!!」
純「聞いてみます?」
唯「いやー……絶対恥ずかしくなるしー……」
純「ほーら言わんこっちゃないですね」
唯「あの頃は若かったもんでね~」
純「いまも若いじゃないですか」
唯「そういう純ちゃんは、そうだねそういえば、あの髪型はいつやめたの?」
純「あー、あのモフモフですか? 大学入って、一年ぐらいでやめました。
……サークルの友達に触られまくりだったので」
唯「気持ちよさそうだったもんね」
純「こっちはセットした髪が崩されっぱなしですよ」
唯「そうだ、一日だけあの髪型復活させてよ!」
純「絶対さわってくるでしょ?」
唯「うん」
純「正直ですねえ……まあ一回だけ特別ですよ」
唯「わーい」
【十一ヶ月と三週間目】
純「どうですか?」
唯「ん~……いいさわり心地」
純「そういうことじゃなくて」
唯「かわいいよ、さわり心地よくてっ」
純「それは外せないんですか」
唯「それを外したらこの髪形にしてもらった意味がないもん」
純「なるほど……いやなるほどじゃない!」
唯「でもやっぱりこの髪形がかわいいのは、純ちゃんがかわいいからかな」
純「まあなんといっても、わたしですからね」
唯「調子に乗ってる純ちゃんもかわいい」
純「どんどん言ってください」
唯「でも、あんまり調子のいいこと言ってるとね」
純「はい?」
唯「そのお口を、こうしちゃうよ――」
純「ちょ、先輩なにを――」
唯「――」
純「――」
唯「――」
純「――あの、マジでなにをしようとしてんですか」
唯「ほら、手元にガムテープがあったから、そのお口にビーって」
純「わたしを監禁でもするつもりですか!?」
唯「梱包しようかなって」
純「拉致もだった」
唯「だって純ちゃんいないと寂しんだもーん!」
純「こりゃ憂も大変だったろうなあ……」
唯「憂は自分からついて行こうとしてくれたから……」
純「憂は憂だった……っていうか、そのときは先輩から断ったんですよね?
それならできますって、ここから出ていくことぐらい」
唯「そうだろうねえ」
純「一瞬でけろっとしてくれますねえ」
唯「でも別れ際はみんな、こう思っちゃうもんだよ」
純「……だからって梱包はないと思います」
唯「そのモフモフだけでも持って行っちゃだめ?」
純「髪は女の命です!!」
【一年目になった】
純「それでは」
唯「いってらっしゃい」
純「違う!」
唯「だってー!」
純「いいですか、まず元の家に戻る。そのあと、心配してくれた色んな人の元を訪ねる。
ユイ・ヒラサワじゃないにしても、なんかをする。約束ですよ?」
唯「ぶー……」
純「……大体先輩ともっと関わり深い人だってわんさかいるでしょうに、
わざわざわたしが面倒を見るような理由もないんですよ?」
唯「んー、それはどうかなあ」
純「え?」
唯「前も言ったけどね、やっぱり運命だったんだよ、純ちゃんの家の前で倒れてたのは」
純「はた迷惑な運命を持ってますね、先輩は」
唯「これからもね!」
純「で、運命だったとして、神様はどうしてこんな運命を定めたんですか?」
唯「わたしに、ここで休憩していいよ、ってことだったんだよ!」
純「都合のいい神様だことで」
唯「純ちゃんがいてくれると落ち着くんだー……庶民的、っていうのかな」
純「それ全然褒められてる気がしないんですけど!」
唯「えへへ、とにかく純ちゃんはすごいっ! いつどこでも純ちゃんなんだからっ!」
純「んんん……びみょう……」
唯「えーと、だからさ……いつかまた、純ちゃんに会いにきてもいいよね?
この家じゃなくてもさ、どっかで、のんびりしたりとかさ」
純「えー……」
唯「露骨に嫌な顔だっ」
純「いや、いいんですけど……どうせなら家でゴロゴロしましょうよ」
唯「えっ?」
純「それがわたしは一番好きです」
唯「えっとー……それでいいなら、それでいいんだけどー……」
純「……ただしその日のご飯は全部自分で作ってください。わたしのぶんもですよ」
唯「あ、これ便利屋扱いだ」
純「ああほら、もう時間です。早く行かないとバスに置いてかれますよ?」
唯「え、もうこんな時間!?」
純「別れの言葉とかどーでもいいんで、早いとこ行ってください!
それでわたしの目的は達成されます!」
唯「わたしを追い出すっていう?」
純「もちろん」
唯「ロマンもくそもあったもんじゃないよ!」
純「ほーら早くっ」
唯「むむー……いつか! いつか、後悔させてあげるから!
わたしを追い出さなきゃよかったなーってね!」
純「そう思わせたいなら、足を止めない」
唯「あわわわ……、じゃ、じゃあね! 今までありがとうね!」
純「はいはい」
唯「今までほんとーにありがとうね! ありがとーねっ!!」
【四年目の来訪者】
(ぴんぽーん)
純「あー……誰だー……?」
「おーい純ちゃーん!」
純「この声は……しばらく寝てても大丈夫……」
「今すぐ開けないと合鍵使うぞー!」
純「……しまった、あの人それ持ってたんだ……鍵変えよう……」
「さーん、にぃー、いーち」
純「だー、待ってください待ってくださいって! いま開けますから!」
(がちゃっ)
唯「誕生日おめでとー!」
純「……」
唯「あれ、反応が薄いぞー?」
純「ちょっと先輩の回収業者に連絡を……」
唯「わたし粗大ごみ扱い!?」
純「ケーキは置いていって結構です」
唯「ケーキ以下だ!」
純「……あー、もしもし梓?」
唯「あ、回収業者ってあずにゃんだったのか~」
純「え、はぁ!? なにそれ嫉妬? 嘘、ごめんごめん、だから切らな……」
唯「おや」
純「……先輩、やっぱあんまりうちに来ない方がいいと思います。
あの子猫ちゃん、かなーり嫉妬深いですよ」
唯「大丈夫、埋め合わせはするから!」
純「またあんなことになっても助けませんからねー」
唯「あ、それはちょっと困るかも……」
純「埋め合わせできてないじゃないですか……」
(ぴんぽーん)
純「む、また来訪者が」
唯「誰だろうね?」
純「……もしかして」
(がちゃっ)
梓「先輩、帰りますよ!」
唯「ひえええあずにゃんだー!!」
梓「なんですかその絶叫は! ホラー映画ですか!」
唯「や、でもこれは浮気とかじゃないんだよ?
だって長い間ここに住んでたから、もはやもう一つの自宅というか、なんというか……」
梓「問答無用ですっ」
唯「ひいいいい……!」
純「おーおー、嫉妬の炎が燃え盛ってるねえ」
梓「純も! 先輩を歓迎してないで!」
純「そりゃ合鍵を持たれてる手前、難しい注文じゃないかねえ……。
いやしかし、梓も想像以上の拘束系だ」
梓「なに?」
純「いや……まあ先輩なら勝手に持って行っていいよ、ケーキは貰ったし」
唯「純ちゃんの薄情者ぉー!」
純「今度はアポとってから遊びに来てくださいねー」
梓「そうですよ、隠れて行くからこんなことになるんです。
ちゃんと連絡してくれれば、純の家にだって行ってもいいんですよ」
唯「ごめんなさい……」
純「……先輩」
唯「純ちゃん……!」
純「わたしはケーキかドーナツがあれば、いつでも歓迎ですからね」
唯「うわあああどっち向いてもアウェイだあああ!!」
純「……ああでも、本当よかったです。
こうして二人がぶつかり合ってて、それでも先輩が音楽を続けていて」
唯「どゆこと?」
純「うーん、なんといいますか」
唯「なんといいますか?」
純「……今ここにやってきてるのは唯先輩だ、ってことですよ!」
‐おしまい‐
最終更新:2015年04月08日 08:05