桜高での戦いから数日が過ぎた、ある日。
澪とサイクロプスは海岸線の細い道をひた走っていた。
太陽は中天にさしかかり、静かな波間が陽の光に照らされて、キラキラと光っている。
その風景はややもすれば、これから待ち受ける嵐の到来をも忘れさせてくれそうな気がする。
澪は海原からサイクロプスのボディへ視線を移した。

澪「なあ、サイクロプス」

サイクロプス「ハイ、マスター」

澪「お前の名前って、あの一つ目の巨人が元になっているのか?」

サイクロプス「ハイ、ソウデス。開発者が私のヘッドライトからギリシャ神話の巨人サイクロプスを
     連想し、命名シマシタ」

澪「あのさ、改名しないか? 何だかイメージが良くないっていうかさ。いちいち言いづらいし」

サイクロプス「登録名の変更は可能デスガ、どのような名前に変更シマスカ?」

澪「えっ? あー……」

いざ問われると、すぐに良案は出てこないものである。
澪はハンドルから離した両腕を胸の前で組み、目を閉じて頭をひねった。
オートドライブモード様様だ。

澪「うーん、そうだな…… サイクロプス…… サイ、サイ…… サイクロ…… ん~……」

しばしの間、澪は首をかしげ続けていたが、やがて明るい表情でパチリと目を開けた。

澪「そうだ! 『サイクロン』はどうだ!? カッコいい響きだし、風を切って走るお前の
  イメージにぴったりだよ! 『サイクロン』にしよう!」

迷作とも言える様々な歌詞や詩を作り出してきた澪の言語センスにしては、上出来の部類に
入るのかもしれない。
確かに『サイクロプス』より呼びやすいし、語の持つイメージも良い。
嬉々とした声で告げられた新たな名前に、サイクロプスは無感動な応答を返す。

サイクロプス「了解シマシタ。ではマシン及びAIの登録名を、『サイクロン』及び『Cyclone』に
     変更シマス」

機械ならではの無感情に慣れたのか。それとも、嬉しさのあまりよく聞こえていなかったのか。
サイクロンの事務的な態度も気にせず、澪は満足げなホクホク顔である。

澪「フフッ、我ながら良いネーミングだぞ」

サイクロン「マスター。名前と言えば、私にはわからないことがアリマス」

澪「何だよ。サイクロン」

不意の質問を投げかけてきたサイクロンに、澪はわざわざ名前を呼んで答える。
余程、気に入っているのであろう。

サイクロン「私立桜が丘女子高等学校でのご学友とのお別れの際、ご自身を『零』と称してオラレ
    マシタガ、何故『零』という名称ナノデスカ?」

澪「何だ、聞いてたのか」

サイクロン「私には超指向性マイクロフォンが搭載サレテイマス」

『零』が持つ意味。
小さく溜息を吐き、目を伏せる澪。

澪「あれはな…… 私はもう涙を流さないし、流せない。だから、『澪』じゃなくて『零』
  なんだ」

サイクロン「回答の意味を理解出来マセン。何故、マスターが涙を流さないと、『零』になるの
    デショウ」

続けざまの、しかも即座の疑問に、澪は言葉を詰まらせた。
見る見るうちに顔が赤く染まっていく。

澪「えっ? いや、だから、それはさ、さんずいは水を表してるだろ? で、涙をさんずいに
  例えててさ、その、ええっと、漢字の『澪』からさんずいを……」

サイクロン「ドウゾ、続けてクダサイ」

しどろもどろの澪に対し、サイクロンはあくまで事務的だ。まるで念入りに装うかのように。

澪「……お前、ホントは意味わかってて聞いてるだろ」

サイクロン「バレてしまいマシタカ」

澪「やっぱり! 性格悪いなあ! もう!」

澪はそっぽを向いて頬を膨らませる。

サイクロン「申し訳アリマセン。学習した機能を応用したくナリマシタ」

澪「……プッ、フフフ」

膨らませた頬ではこらえ切れず、ついに吹き出してしまった。
楽しかった。意地の悪いサイクロンの受け答えも、澪には好ましく、気の利いたものに思えた。
誰かと話すことが、こんなにも心地良いものだったとは。

澪「でもまあ、嫌いじゃないよ。そういうの。フフッ」

ここ数日のサイクロンの学習ぶりは目を見張るものがあった。思考も会話も人間に近づいて
いるのがよくわかる。
今、この場にいるのは、人間ではない身体を持つ“二人”。
しかし、澪は誰よりも人間らしさを欲し、求め続ける。自分にも、相棒にも。
それはこの世界に住むどんな人間にも負けていない。
その人間らしさこそが、“零”である為には不可欠だと、澪は強く信じていた。

サイクロン「マスター。SHOCKER ENTERPRISE本社ビルまで、あと2時間デス。心の準備は
    ヨロシイデスカ」

澪「……ああ、大丈夫だよ」

心の準備。にくい言葉を使う。
見上げれば、青い空の向こうに灰色の厚い雲があった。
中にあるのは雨か、それとも雷か。悪意が降り注ぐのか、絶望が降り注ぐのか。
雲は進路をこちらに向け、二人を覆い尽くそうと、手を伸ばしていた。
その様は黙示の日の到来を想像させる。
時が迫っているのだ。

澪「さあ、行くぞ! サイクロン!」

サイクロン「ハイ、マスター」





[完]





Take the time to make some sense
Of what you want to say
And cast your words away upon the waves

言いたいことがわかるまで時間をかけたら
感情の高まりに乗せて言葉を吐き出すんだ


And sail them home with acquiesce
On a ship of hope today
And as they land upon the shore
Tell them not to fear no more
Say it loud, and sing it proud today

そして今日、奴らを希望という船に乗せて
沈黙と共に家まで送り届けろ
奴らが岸に着いたなら
もう怖がらなくていい、と言ってやれ
そのことを今日は声高らかに、誇りを持って歌うんだ


And then dance if you wanna dance
Please brother take a chance
You know they're gonna go
Which way they wanna go
All we know is that we don't
Know how it's gonna be
Please brother let it be
Life on the other hand
Won't make us understand
Why we're all part of the masterplan

踊りたければ踊ればいい
頼むから、一か八かやってみろよ
連中がなるようにしかならないのはわかってるだろ
確かなことは、どうなるかわからないってことだけ
お願いだから、なすがままにまかせろよ
所詮、人生なんてわからせてくれない
俺達は皆、マスタープランの一部に過ぎないことを


Say it loud and sing it proud today

声を張り上げて、誇りを持って歌え


I'm not saying right is wrong
It's up to us to make
The best of all the things
That come our way

調子のいいことを言っている訳じゃない
何もかもを最高にするのは
俺達次第だっていうことさ


'cause everything that's been has passed
The answer's in the looking glass
There's four and twenty million doors
On life's endless corridor
Say it loud and sing it proud today

何故なら終わってしまったことはどうにも出来ない
答えは鏡の中にある
人生の終わりなき回廊には
2400万のドアがあるんだ
今日のうちに大声で言うんだ、そして誇らしく歌おう


Well, dance if you wanna dance
Please brother take a chance
You know they're gonna go
Which way they wanna go
All we know is that we don't
Know how it's gonna be
Please brother let it be
Life on the other hand
Won't make us understand
Why we're all part of the masterplan

踊りたければ踊ればいい
頼むから、一か八かやってみろよ
連中がなるようにしかならないのはわかってるだろ
確かなことは、どうなるかわからないってことだけ
お願いだから、なすがままにまかせろよ
所詮、人生なんてわからせてくれない
俺達は皆、マスタープランの一部に過ぎないことを



最終更新:2015年04月16日 08:14