アナログ時計の長針と短針が重なり合って、賑やかなメロディと共に小人たちが踊りだした。
絡み合う指を振り払い、わたしは駆け出す。
「待って!」
呼び止める声を構わず、音も立てずに階段を下っていく。
騒がしく追いかける音が後ろに響いていたけれど、わたしに追いつけるわけがない。
「せめて名前を教えて、おねがい!」
ずっととおくで声がした。
名前。
あなたはもう、知ってるよ。
ちりん。
片方の鈴だけを残して、振り向きもせず走り抜けた。
あのとき落とした鈴は、今わたしの視線の先にある鏡に映っている。
鈴はぴかぴかに磨かれて、窓から入る朝の光に照らされてきらきらと輝いている。
あたたかくやわらかい手のひらが、わたしに触れた。
やさしい手つき。
ふわっと身体が宙に浮き、抱きしめられる。
そうしてまた、おなじ手のひらがわたしを撫でた。
この人はいつも、遠い目をしてわたしを撫でる。
わたしはこうして撫でてもらうのが、はじめて会ったときから好きだった。
とてもしあわせな気持ちに包まれて、ずっとそのままでいたくさせた。
けれどその、遠い目だけが気になった。
この人はいったい、何をみているんだろう。
知りたかった。
もしたったいちどだけでも、この人の手を握ることができたら。
その手のぬくもりを、じぶんの手のひらを通して知ることができれば。
それがわかる気がした。
だからわたしは、あの夜。
ちりん。
鈴の音が鳴った。
「あれ?あずにゃんおなかすいた?ごはんにしようか。今日はシャケがあるよ」
ちりんちりん。
首をひねると二回、鈴が鳴った。
おわり。
最終更新:2015年04月23日 07:27