澪「あ、あのさ、唯」
唯『んー?』
澪「わ、私も信じてるから言うけど、あの、私のアイデアがダメだったらちゃんと言ってほしいんだ。憂ちゃんが協力してくれてるから大丈夫だとは思うんだけど……」
唯『……自信ないの?』
澪「……うん。ちょっと」
唯『……澪ちゃん、秘密にしてる相手にそれは無いんじゃない? ここは「私を信じて待て!」くらい言って欲しかったよー』
澪「……ごめん」
唯『えへへ。いつものみおちゃんだ』
澪「ど、どういう意味だそれ」
唯『明日楽しみにしてるって意味ー。じゃあね澪ちゃん、おやすみ! チュッ』
澪「お、おやすみ……」
チュッ、までは言えなかった。
【未来の色は】
――そして、その時はやってきた。
昨日と同じように、平沢家のリビングに私達は集合した。
といっても、そこにいるのは私と唯と憂ちゃんと梓の4人だけ。
澪「ご両親は?」
唯「ちょっと用事があるって。また夕方くらいには戻るって言ってたけど」
澪「そっか。助かる……かな。まずは唯と梓の判断を仰がないといけないし」
現在時刻は正午少し前。
舞台を整えるのにやや時間がかかってしまった。
澪「えっと……そうだ、憂ちゃん、ちょっとこっちに来て。私の後ろにいて」
憂「あ、はい」
リビングの入り口を背に私が座っているので、そのやや後ろ、より階段に近い場所に憂ちゃんが座り。
そして、机を挟んで私達と向かい合う形で唯と梓が座る形になっている。
澪「……おほん。まず、私から二人に言っておかないといけないことがあります」
唯「………」
梓「………」
澪「えっと、まず、梓の考え。ひどい状況らしいご両親の居た星、これをどうにかしたい、という考えだけど。誰かのために何かをしたいと考えられる梓のことを私は尊敬するし、その考えを尊重したいって思ってる」
梓「……ありがとうございます」
澪「それを抜きにしても、自分の第二の故郷とも言える星を一度見たいという気持ちは尊重したいと思う。ここは憂ちゃんと一緒かな」
憂「はい」
澪「でも、梓と憂ちゃんがいなくなるというのは寂しい! ……これは唯と一緒の意見のはずだ」
唯「……うん」
付け加えるなら、梓も私達がそういう気持ちを抱いてくれていることは痛いほど知っている。だから引き止められれば止めるつもりだった。
そして唯や私も、そんな優しい梓が心から願ったことを単なる自分のワガママで妨げたくない。引き止めたくない。
……このあたりは、もう嫌というほど葛藤したところだ。誰もが。
澪「誰の気持ちもそれぞれわかるから、皆の希望が叶う選択肢を見つけようとしてた。でも……ごめん、それは見つけられなかった」
見つける前に、梓が身を引く選択をしてしまった。
時間切れだった。
もし梓が身を引かなくても、今度は唯が自分の気持ちを引っ込めただろう。
先輩なんだから、とか適当な理由をつけて、梓を見送る道を選んだだろう。
それも今と同じく時間切れ。どちらにせよ現状は変わらない。
唯「……澪ちゃんが謝る必要はないと思う。抱え込む必要はないと思うよ、私達みんなの問題なんだから。っていうかむしろ私達宇宙人が抱え込むべきだよね」
梓「いえ、というかそもそも私がこんなこと言い出したから……」
憂「……ううん、澪さんに頼ったのは私。澪さんを巻き込んだのは私」
澪「……というわけで! はい! 誰も私を責めないなら、ここでひとつ、私から解決法の提案があります!」
吹っ切れた、とでも言うのだろうか。
善人ぶるのはやめにして、いっそ責められるくらい極端な行動を起こしてみよう。そう思ったんだ。
澪「誰も傷つかない解決方法は思いつかなかった。だから逆に、全員それぞれ願いの一部を諦めてもらおうと思う」
唯「えっ、ええっ…?」
澪「じゃあまず唯。唯の願いに反して、梓はこの星を出ることになる。そこは諦めて欲しい」
唯「う、うん、そっか……そうなったら寂しくなるね……」
澪「次は梓。今言ったとおりこの星を出ることは可能だ。けど、今すぐに、というのは諦めてもらう」
梓「は、はぁ……」
澪「私自身は誰も傷つかない解決方法を諦めた。だから不満が出たら私が全部一人で受け止める義務がある。誰かが傷ついたならそれは私の責任だから遠慮なく責めてくれ」
憂「………」
澪「そして、流されることを望んだ憂ちゃん。梓は今すぐはこの星を出られないことになるので、その間何をするか、自分で考えて欲しい。そう昨日伝えたね」
憂「はい。間に合うなら進学したいです。ダメなら一年アルバイトでもして、来年また今年受けた大学を受けようかと。梓ちゃんが良ければ、ですけど」
澪「そうか。じゃあこれ、ギリギリ間に合う大学をリストアップしておいたから、目を通しておいて。もちろん梓が良ければ、だけど」
梓「……え、えっと、そう言われましても、結局どうなるんですか? 私はいつ頃この星を出ていいってことになるんですか?」
澪「そうだな……厳密に何年後、と言えるわけじゃないんだ。皆の頑張り次第、とでも言おうか」
梓「……よくわからないんですけど……」
唯「私も……」
梓と唯が頭を抱える中、憂ちゃんが私の肩を叩いた。
それが何を意味するかは知っているから、ただ頷く。そしてそれを受けて憂ちゃんが席を立った。
澪「憂ちゃんが戻ってきたら説明するよ」
なんて余裕っぽく振舞ってみたけど、内心ドキドキしている、なんてレベルじゃない。怖い。
今になって逃げ出したくなってきた。いつもの私が戻ってきた。
だって、ここが山場だから。梓と唯を傷つけてしまうか、二人に怒られるか、そうでないかの山場。
もう既に取り返しはつかない。怒られることになれば、きっとそのまま私達の友情も愛情も砕け散る。
怖い。どうしようもなく怖い。二人に審判を下される、その時から逃げ出したい。
でも……その足音は、既にすぐ後ろにまで迫っていた。
憂「お待たせしました」
梓「あ、憂――」
その足音は、ひとつじゃない。
律「よっ、梓」
紬「やっほー」
唯「りっちゃん、ムギちゃん!?」
梓「な、なんでここに!? って、あ、澪先輩が呼んだんですね……」
澪「……うん」
律「澪から電話もらってさ。元部長として決意表明してくれないか、って」
紬「もちろん私もお呼ばれ~」
昨夜のうちに大急ぎでこの二人には手を回しておいた。憂ちゃんや和と相談しながら。
律のやつはちゃんとレポート終わらせてから来たのかわからないけど、急な呼び出しに駆けつけてくれたことには感謝しかない。
律「というわけで決意表明だ、よく聞け梓」
梓「っ、は、はい」
律「我々HTTの目標は、プロデビューでも武道館ライブでもない! それらを超えて宇宙に進出することだ!!」
梓「………!」
『梓の望みを叶え、宇宙に行く。誰も寂しくないように、不安にならないように、皆で』
私の考えた解決法はこれだった。
勿論、容易い道ではないけれど。
律「……OK?」
梓「な……っ、え、と、あの……」
唯「………いいじゃん! いいじゃんそれ!! さっすが澪ちゃん!大好き!」
澪「わっぷ!」
紬「うふふ♪」
唯が飛びかかってきた。嬉しさのあまり。
そこを疑うつもりはない。唯はそこは素直だし、昨日も言ってある。ダメだったらちゃんと言ってくれ、と。
だからそのことにはホッとした。けれど、もちろんそれだけで済ませていいとは言えない。
澪「……梓、ごめん、勝手に言っちゃって」
梓「え、あ、いや、それはいいんですけど、どうせ明かすつもりでしたし」
憂ちゃんに相談済みとはいえ、そこも危惧していたからとりあえずはホッとする。
でも、梓の表情は晴れてはいない。
梓「……いいん、ですか? いや、やっぱりダメですよ、皆さんにはこの星での生活が……」
律「この星での生活って、みんなでバンド続けることだろ? 唯もおばあちゃんになっても一緒にバンドしてたいって言ってたし、歳取りすぎる前に宇宙くらい見ておかないとな」
梓「そんなこと言ってたんですか……唯先輩らしいというか」
紬「ちなみにおばあちゃんになってもユニフォームは制服らしいよ」
梓「それは嫌ですね」
唯「あずにゃん冷たい……」
梓「って、そうじゃないです、そういうことじゃないです! ダメですよ、私のワガママに皆さんを巻き込むのは!」
紬「でも私、せっかくバンド続けるんなら目標は大きいほうがいいと思うの!」
律「さすがムギ、話がわかる!」
梓「あーもー! っていうかそんな簡単に宇宙に行けるわけないでしょう!」
唯「ちっちっち、甘いねあずにゃん。「そんな簡単に行けるわけがない」場所に急に行くって言い出したのは誰だい?」
梓「ぐっ……」
唯「頑張れば行けるって、あずにゃんもわかってるんでしょ?」
……唯の言うような精神論ではなく現実的な話をすると、今の私達の文明では、宇宙飛行士になるには相当な訓練を積まなくちゃいけない。
でも昨日のおじさんの話ではそのあたりは一切触れられず、私に「行ってみるかい?」とまで言ってのけた。
そこから推測するに、恐らくだがおじさん達が乗ってきた宇宙船は『誰でも乗れる』のだと思われる。
よって、その宇宙船を使うか、あるいはこの国の文明がそれに追いつきさえすれば……
澪「……行けるよ、私達でも。いつか皆で、一緒に」
梓「……澪先輩……」
紬「……あっ、もしかして梓ちゃん、憂ちゃんとの新婚旅行のつもりで言ってた?」
澪「あっ、しまった、二人きりがいいってことか。その可能性は考えてなかったな」
梓「違います!違いますから! 憂と行きたい場所はこの地球上にたくさんありますから!」
憂「……梓ちゃん///」
律「ひゅーひゅー」
……結果的にただの話の脱線だったけど、よかった。
その可能性を考えてなかったのは本当だったから。だから梓が拒むんだとしたらお手上げだった。
もっとも、この説では本当に何年後になるかわからない。宇宙船を使うなら国の許可がいる。文明の発達を待つなら同じように宇宙に行きたがる人達との競争に勝たなければいけない。
つまりどちらにせよ、何よりもまずは宇宙に行くことを許され、認められるレベルのバンドにならないといけない。きっと時間はかかる。
梓がそれをダメとするならこれまたお手上げだが……
梓「……本当に、いいんですか?」
紬「卒業してからの進路の目標も決まったようなものだし、私はいいけど?」
律「はあ、勉強頑張らないとなー、これから」
唯「でも、ずっと皆で一緒にいられるなら頑張れるよ!」
憂「梓ちゃん、私達はどこの大学にする?」
梓「大学……あっ! そ、そうだ、あの……」
澪「……何か問題が出てきた?」
梓「い、いえ、その、あの……」
なにやらすごく言いにくそうにしているが、私には皆目検討がつかない。
唯なんか「あずにゃんおしっこ?」とまで言い出す中、一人だけ察したようだった。
憂「あの……ひとつだけ、私のワガママを聞いてもらってもいいですか?」
梓「う、憂?」
憂「……純ちゃんと、スミーレちゃん、直ちゃん。私と梓ちゃんの事情を知ってるこの三人にも、今のこと、伝えていいですか?」
律「お、一緒に行く?」
唯「あ!じゃあじゃあ、和ちゃんもマネージャーあたりで乗せていい?」
澪「マネージャーって」
紬「でもそうよね、ここにいる人に限定しなくても、私達の事情を理解してくれる人ならウェルカムよね」
律「少なくとも10人以上にはなるのか。いいねぇ、大所帯だ。ワクワクしてくるな、澪!」
澪「……そう、だな」
不思議と私も、律の言うとおりワクワクしていた。妙に。
まだ目標を掲げたにすぎないのに、成し遂げられる気がしてしょうがなかった。
律「もしかしたら晶達と宇宙でバンド対決する日がくるかもしれないなー。今度こそ私達が勝つ!」ウオー
紬「宇宙事業に投資するように親に伝えておかないと……」ブツブツ
梓「憂……ありがと」
憂「ううん、私こそ。それに、もっとお礼を言うべき人はいるよ」
梓「そうだね。澪先輩、ありがとうございます」
澪「……お礼を言われるようなことじゃないよ。梓の望みは一部叶わなかったんだから」
梓「でも、望みが叶うことを約束してくれたようなものです。それも最高の形で」
唯「そうだよ、澪ちゃん。澪ちゃんは私達に最高の未来をくれたよ」
澪「それは気が早いんじゃないか。私達がそれぞれ頑張って自分の手で掴まなくちゃいけない未来だよ」
唯「でも、私は澪ちゃんがいれば頑張れるしー」
澪「ん、うん、まあ、それは私もだけど……///」
ってそうじゃない、そうじゃなくて、ほら唯、律や梓が白けた目で見てるぞ!
……って言おうとしたけど、なんか、ま、いいか。とりあえず今は、私の案が受け入れてもらえたことを喜ぼう。
受け入れてもらえたことと、それと、
唯「えへー」
それと、色々あったけど今も変わらずこの笑顔が隣にあることを喜ぼう。
そうすれば、きっと私達は明日も明後日も前を向ける。
目指す未来に向けて。きっと、ずっと……
唯「……宇宙で一番大好きだよ、澪ちゃんっ!」
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ヽ| l l│<owari
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最終更新:2015年05月12日 21:12