電車に揺られて、景色を眼前に滑らせる。緑、緑のなかに、ばらり、ばらりと人工物の灰色。なにを注視するでもなくぼんやり眺めるばかりでは、その色々が何であったのかを認識するよりもずっとはやく、つぎの灰色が視界の左端から流れては、右端に消えていく。
久方ぶりの帰郷だが、これといって地元の景色に懐かしさを覚えたりはしない。移動の疲れがそうさせるのか、それとも本当に懐かしくなんてないのか……。
考えがまとまるよりも、やはりすばやく、景色は流れる。
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それでも私は見逃さなかった。時間にして数秒、眼前を滑っていくひとつの景色が、この目を釘づけた。
視界がとらえたその白色。
私立桜ヶ丘女子高等学校。私の母校。
目線でその姿を追い数秒、しかし実際には、その姿は他の色々と同じく、あっという間に車窓から姿を消した。踏み鳴らされる線路の音が、だんだんと意識に舞い戻ってくる。
電車はほどなくして停まり、ホームへ数人の乗客を吐き出した。
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ちょうど一年前の今日、私はあの場所にいた。
そのことを、今でも鮮明に覚えている。覚えているということを、覚えている。
いいことがあった。みんなで喜びあった。
――ささやかだけど、とても幸せな時間のなかにいたんだ。
だから私はあの校舎を見た。あのときを思い出して、あのときの私がいた場所を見た。
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ホームに降りて間もなく、背後の電車が走りだした。ほかの乗客は足早に改札へ向かい、私はひとり、ホームに残される。
改札へ向かうその前に、踵を返してちらり、とまわりを流し見る。ここから見える風景も、やはり記憶にあるそれと変わりない。
ここからでは校舎は見えなかった。そういえばそうだったようにも思えるし、そんなこと、気にしたことなかったようにも思う。私、知っていたんだっけ、それとも、きょう初めて知ったんだっけ。
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ふ、と、笑う。
見えないなら、それでいい。見えるならそれはそれで――どっちだって、いい。そこに、確かにあった私の居場所は、まだそこに、変わらずあるんだから。
歩き出す。前へ、前へ。戻るためじゃなく、進むために、歩き出す。
里帰りなのに、どこかへ、なにかへ戻るための歩みじゃないんだな。そう思って、また笑った。
以上
最終更新:2015年05月18日 08:03