電車を乗り継いで、おしゃれ街へ。
私は今、人生で初めて変装をしています。
帽子にサングラス。髪の毛は、ちょっとウェーブかけてみた。
ギターを背負っているから、今や有名人になっちゃったお姉ちゃんに間違われないように、ね。
緊張してる。
だって私、お姉ちゃんみたいなプロでもなんでもないのに……
これから人前で、演奏するんだよ?
着いた。
大通りからははずれた、ちょっと隠れ家的なところにあるカフェ。
ここで、私は……これから。
ギタリスト、
中野梓ちゃんと共演します。
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事の発端は、1ヶ月前。
梓ちゃんから、突然大きな封筒が送られてきた。
放課後ティータイムが有名になってから、あまり連絡をとれてなかった梓ちゃんからお便りが来たのは嬉しかったけど、
なんでも携帯で連絡できる時代にいきなり郵便物が来ると、いったい何事なんだろうと思っちゃうよ。
実際、その中身は結構な大事でした。
入っていたのは、梓ちゃんの手書きの楽譜。
そして、お手紙。
『一緒にギターデュオをやってほしい』という内容でした。
いろんなことがわからなすぎて、最初は混乱しちゃって、思わず梓ちゃんにその場で電話をかけてしまったっけ。
でも売れっ子で忙しい梓ちゃん、なかなか電話に出てくれなくて。
2日ぐらい、悶々としながら色々調べ物してた。
そもそも私、梓ちゃんがどんな活動をしているのか、詳しく知らなかったなぁ。
放課後ティータイムはいつも大きなホールとか、野外フェスとかで演奏していたイメージだったから、そんなところで素人の私が演奏するの? って思ったんだけど。
よくよく調べてみると、梓ちゃんは放課後ティータイムの一員としてだけでなく、ギタリストとして他の演奏家とよく共演しているみたいだった。
放課後ティータイムの中でも、とりわけ音楽に関する知識の多さとか、ギター歴の長さとかは抜き出ていた梓ちゃん。
そんな彼女のギター技術は結構業界でも評価されてるみたいで、一流の演奏家達と組んで、小さめの会場でよくミニライブをやってるんだって。一部のコアなファンの間では有名なことらしい……
と、ここまで調べたところでやっと電話に出てくれた梓ちゃん。
『突然ごめんね』とのことだけど、そんなことより色々疑問があって、ちょっと質問責めにしちゃった。ごめんね。
練習は、たったの2回。
曲は、梓ちゃんのオリジナル。
プロじゃない私が出演することは、向こうで何とかしてくれるとのこと。料金をちょっと減らすとかなんとか言ってたかな?
お姉ちゃん達には内緒。お姉ちゃん達が固まって移動するとすぐ見つかって、特に澪さんのファンが押しかけちゃうから。隠れ家的お店だから、困っちゃうんだって。
わかばガールズで出ないの?って聞いたら、ちょっと流石にアマが増えすぎるのは……だって。まぁ、それはそうだよね。
じゃあ……“何で私?”
という疑問に対しては、ちょっと濁された気がする。
『憂ならできそうだと思ったから』とか、言っちゃって。
そもそも、ギター弾くのが久しぶりな上に、梓ちゃんに渡された譜面はすっごく難しくて、練習は大変だった。そうだよね、プロだもんね……
よく譜面を見ると、本来はコード進行だけが書いてあるだけのところに、梓ちゃんが後から音符を書き加えたことが分かる。
いつもはアドリブなんだ……私のために、全部フレーズを決めてくれたんだね。
なんとか、2回の練習で出来上がった……気がするかな?
ほとんど、梓大先生の指導のおかげだけどね。
梓ちゃん、本当にすごく上手で……高校のときも頼りにしてたけど、今は見違えるぐらい、すごくなってた。
私、こんな人と共演していいのかなって思ったけど……
でもなんだか懐かしかったなぁ。
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いたいた、梓ちゃんだ。梓ちゃーん。
「おはよ、憂。ふふ、露骨すぎじゃない?変装」
しょうがないでしょ、お姉ちゃんに間違われたら大変なことになるんだから……
それにしても、こんなところにお店が……本当に隠れ家だね。
「うん。よくここで色んなプロがやってるよ。私もよく使う」
不思議だなぁ。そんなすごい人たちが、おっきなホールとかじゃくてこういうところをメインにして活動してるだなんて。
「演奏家は、歌手に比べたらあまり目立たないからね……知名度と実力は必ずしも比例しないよ。私なんてたまたま放課後ティータイムで有名になれたけど、この世界ではまだまだひよっこだし」
梓ちゃんみたいに上手でもまだまだ上がいるんだね……
やっぱり私、出てよかったのかな?
「それは大丈夫だって、私が保証するから!ほら憂、早く準備しようよ。昔みたいにリハの時間とかあまりないんだから」
そう、学生のころみたいに、前日からお泊まりで練習したり、当日もずっとだらだらと準備してたりはできない。
ささっと到着して、ささっとリハして、さらっと本番こなして帰る。
プロってすごいなぁ……
お店の中はホントに狭かった。
客席は30人ぶんぐらい。結構ぎゅうぎゅう詰めかな。
ステージも、最低限の設備しかない。あ、なんか高校のときの体育館を思い出した。
お店の人に挨拶して、音響をセッティングして、曲の細かいところを確認したら、もう開場10分前。
隣の小さな部屋に移動して、開演時間まで待機。
本当に不安だなぁ……全然準備できた気がしないよ、梓ちゃん。
「憂……あのさ……私がその、頑張るから、合わせてくれれば大丈夫だよ」
うん。頼りにしてます、梓部長。
そういえば、結局誰も呼んでない。
お姉ちゃんたちはもちろん、わかばガールズのみんなも。
そんなに内緒にしたかったのかな。
なんか、秘密のライブみたいだね。
「……そうだね……うん」
開場。
ど、どうやって入ればいいの、どんな顔してればいいの?
「普通にスタスタ歩いてれば大丈夫だから、行くよ?」
うーん、何もかもわかんないことだらけ……
いいや、梓ちゃんの後ろ、ついていこう。
満員のお客さんたちの拍手の中、ちょっとうつむきながら歩いていく。
客席から『唯』って単語が聞こえた気がする。ああ、やっぱりお姉ちゃんと間違われてるよね。でもごめんなさい、私素人です……
ステージについて、ちょっと客席を見渡して見ると……
ち、近い。お客さん近いよ。
客層は、結構バラバラに見える。音楽に詳しそうなおじさんとか、綺麗なお姉さんとか……いつもの放課後ティータイムのライブみたいな若い人があまりいないかも?
あ、一人いた。梓ちゃんのグッズ持ってる人。ふふ、きっとコアなファンなんだね。
「みなさん、お越しいただきありがとうございます。今日は私の親友をお招きして、ギターデュオをやらせていただきます。……
平沢憂」
梓ちゃんが私を丁寧に紹介してくれて、私はお辞儀。
拍手が……うう、余計に緊張するなぁ。
それにしても、『
平沢唯の妹』って紹介されるかと思ったのに……今のでちゃんと伝わったかな?
ま、いいか。次は私の番。
初めまして、平沢憂と申します。
私はアマチュアではありますが、今回お誘いいただいて共演させていただくことになりました。よろしくお願いします。
「もう……憂、謙遜しすぎだってば」
えへ。
自虐発言禁止って事前に言われてたけど、つい言っちゃった。ごめんね。
でも今のやりとりで客席から少し笑がこぼれて、緊張ほぐれたかも。
さて、さっそく一曲目。
うまくいくかな?
「いい、憂?」
……あ。梓ちゃんのスイッチが切り替わった。
さすがプロというか……いや、何というか……
いつも練習のとき、なんだかぎこちなかったんだけど、やっと、昔みたいな顔、してくれたね。
「いち、にい、さん……」
梓ちゃんのアイコンタクトを見ながら、しっかりと合わせていく。
懐かしいな。きっと、これなら大丈夫。
いつも通り、いける。
梓ちゃんのソロ。やっぱり、すごい。
今この場で考えてるだなんて、信じられないなあ。
それに負けじと、次は私のソロ。
アドリブ風のソロを、丸暗記しただけなんだけどね。
でも、梓ちゃんが笑顔でサポートしてくれてるから、大丈夫。
一曲目は、あっという間に終わっちゃった。
すごい拍手。うまくいったのかな?
「あらためまして、こんにちは。皆さん、聴きました?上手ですよね、憂」
え、ええっ?そんなことないよ、梓ちゃんのほうがずっと……
「いやいや、私は仕事ですから……」
……もう、ずるいよ。
「えっ、何がずるいの!?」
また、客席から笑いが起こった。
ふふ、この雰囲気、いいかも。アットホームで楽しいな。
「この子、なんでもできちゃうんですよ。昔から本当にすごくて。私、今回のライブの譜面1ヶ月前に渡したんですけど、一回目の練習でほとんど完璧にできちゃってて」
え、全然できてなかったと思うけど……
良かったなら言ってよ梓ちゃん、私不安だったんだよ?
「だって……予想はしてたとはいえ、ちょっとプロとして悔しかったし……はい、では次の曲!」
ごまかされた。
よーし、次の曲!
そんなこんなで、ライブはもう残すところ最後の曲だけ。
早かったなぁ。
梓ちゃんとおしゃべりしながらだから、結構気軽にできたかも。
「次で、最後の曲です」
楽しかったけど、うーん……
何か重要なことを忘れているような。
「今回、憂と一緒にやろうと思ったのは……」
あ、そうそれ! 梓ちゃん、それ聞いてなかったよ!
「ご、ごめん……えっと、ですね」
わくわく。
「前から私、素晴らしい演奏家たちのことをもっとみなさんに知ってほしいって言ってきたんですけど」
あ、それはさっき言ってたね。演奏家は歌手に比べたら知名度が上がりにくくて……って話。
「そう。私なんかが有名になっちゃって、でももっと素晴らしい演奏家がたくさんいる。だからその方々を紹介したい、ちょっとでも興味を持ってくれたら……と思って、こうやって活動を続けています、おこがましいですけど」
でも私、素晴らしくないよ?
「ほら憂、そうやってまた謙遜する……まぁ憂はちょっと異常なぐらい出来ちゃうところがあるけど、一応アマチュアです。どうしてそのアマチュアの方を呼ぼうと思ったかと言うと」
……うん。
「こう……いい音楽って、上手い演奏であるとは限らないというか……あ、憂が下手って意味じゃなくてね」
ふふ、大丈夫だから続けて、梓ちゃん。
「……こういう親しい仲だからこそ生まれる音楽の良さを、聴いてほしかったんです」
……うん。
「昔、こんな感じで憂と二人でギターをやったことがあるんです。そのとき、掴んだ感覚があります。憂は何でも応えてくれる。私がリードしていけば、絶対についてきてくれて……いい音楽が作れるって実感があったんです。だから、あの時の続きがやりたくて」
そっか。懐かしいな。
懐かしいね、あの時も二人でやったよね。って、何度も言ったのに話を逸らされたのは、今ここで言いたかったからなの、梓ちゃん?
「う、うるさいって!ちょっと恥ずかしかっただけ!」
ふふ、お客さんたちも微笑ましそうに見てる。
ありがとう、梓ちゃん。じゃあ、最後の曲行こう!
「仕切られた……私がリードなのに……」
“頑張れあずにゃん”と、客席から聞こえてきた。
梓ちゃん、顔真っ赤。
「で、では!最後の曲です! 行くよ」
あ、切り替わった。さすがプロ。
うん、準備OKだよ。
「……さん、し!」
最後の曲は、梓ちゃんと私の掛け合いが多い。
まさにさっきの話題に出た、そして昔やったことの延長線上。
梓ちゃんがこうやったら、私はこう。
次はこう。
その次は、こうだよね?
梓ちゃんのやりたいこと、わかるよ。
あの時、たくさん教えてくれたもんね。今でも、変わってない。
変わってないけど、レベルアップしてる。
難しくて間違えそうになるけど、でもついていけるよ!
「はあーーーっ、終わった~……なんかいつもの公演より疲れたよ」
お疲れ様、梓ちゃん。
私みたいな素人のカバーしなきゃいけないから、大変だったよね……
「いやいや違うから! てか、ホントに良かった!ありがとうね、憂!!」
あわわ、そんなに強く手を掴まれたら痛いよ、梓ちゃん……
「あ、ごめん。……ねえ、この後暇?」
うん。梓ちゃんは忙しくないの?
「私たまたま明日も休みなんだ。だから……ちょっと飲み行こうよ」
いいよ。えへへ、楽しみ。
久しぶりだね、梓ちゃんとゆっくり喋れるの。練習のときも、忙しそうだったし。
「うん、ごめんね。この近くで美味しいとこ知ってるから、そこ案内するね」
はーい。なんだか梓ちゃん頼もしい。もしかして、リードしてくれてる?
「えっ、まぁ、そりゃ私がリードギターだし……その、憂にプロになれとは言わないけど、私がリードしていけば、きっといい音楽がというか、音楽に限らなくても、さ……」
ふふふ、そっか。
これからどんなところに連れて行ってくれるのかな?
楽しみにしてるね、梓ちゃん。
「行こう、憂!」
うん!
それじゃ、行ってきます。
お姉ちゃんにも、みんなにも内緒。
おわり
最終更新:2015年06月08日 07:52