唯「そのりくつはおかしい」

澪「まず顔が近い」

紬「じゃあ下心丸出しで生臭い匂いを発する思春期の男の子たちと、
  小奇麗でいい匂いのする女の子たち、どっちに囲まれて高校生活を送りたかったの?」

澪「いや、そういう言い方されたらさ」

紬「ムダ毛の生え散らかったごつくてむさ苦しい男どもと、
  華奢で無邪気ですべらかな柔肌の女の子、どっちと触れ合いたい?」

唯「ダメだよ、そういう差別の

紬「女の子でしょ!?」

唯「そうです」

澪「だけどな、これから社会に出ていくのにいつまでもそういう偏見を

紬「女の子のほうが好きなんでしょ!?」

澪「聞けよ人の話」

紬「じゃあどうして共学に行かなかったの?」

澪「そう言われてもなぁ」

唯「でもまあ、女の子だけのほうが気を使わなくて楽だったりするよね」

紬「男がいないほうが楽っていうことは女の子のほうが好きってことよね?
  だってそれ以外わざわざ女子校を選ぶ必要ないもの、そうなんでしょ?」

唯「私は家から近かったからだけど……」

澪「偏差値もそんなに高くなかったし」

紬「女の子のほうが接しやすいからこっち側にきたのよね?」

澪「こっち側とか言うな」

紬「じゃあなに? 男の子が好きなの? 男が欲しくてたまらないの?
  女子校を選んだのも男受けするのが目当てだったって言うの?」

澪「ゼロか100しかないのかお前は」

紬「バレンタインに下級生の子からチョコ貰ってまんざらでもない顔してたじゃない」

澪「私だって愛想笑いくらいするよ」

紬「女の子に興味がないなら 私そういうのじゃないんです!! とか言って
  受け取り拒否したっていいんじゃないの?」

澪「それもなんか感じ悪いだろ」

紬「仮に私が見ず知らずの男性から手作りのお菓子なんか貰ったら、
  心底気持ち悪くてとてもじゃないけど受け取れないと思うの」

澪「それはまた状況が違うだろ」

紬「じゃあ澪ちゃん的に女の子からの贈り物は憎悪の対象にならないわけね?」

澪「憎悪って」

紬「とりあえず女の子から好意を寄せられても悪い気はしないと」

澪「まあ嫌われるよりは」

紬「女の子から行為を求められても受け入れられると」

澪「好意と行為をすり替えるな」

紬「これ私の気持ちです! 受け取ってください! とか言われたら
  その子の大切なものをいただいちゃうってことでしょ?」

澪「頼むからいつものムギに戻ってくれ」

唯「むしろいつも通りだけどね」

紬「ガチ扱いされるのはいつも私と梓ちゃんばっかり」

唯「顔が近いってば」

紬「あっごめんね、あわよくばと思って……」 ジュルリ

唯「そういうことを大っぴらに言うからガチ扱いされるんだよ?」

紬「みんな何かっていうと私をアンタッチャブル的に扱うじゃない?」

唯「自分でそういう趣味の宣言をしたからじゃないかな」

澪「女の子同士っていいと思うとか何とか」

唯「突然あんなカミングアウトされたら誰だって扱いに困るよ」

紬「存在感が薄い気がしてたから、キャラをはっきりさせておこうと思って……」

澪「眉力と腕力の強いお嬢様ってだけで物凄く濃いキャラじゃないか」

紬「下の毛が濃そうなのは澪ちゃんだって同じじゃない!」

澪「誰が陰毛の話をしたんだよ!?」

紬「そういうみんなだって素質はあると思うの」

澪「そんな素質は見出さなくていいから」

紬「まあ唯ちゃんとりっちゃんはそっち関係の知識が乏しそうだけど」

唯「そっち関係って?」

紬「性的な関係の」

唯「………」

紬「特に澪ちゃんは相当だと思うの」

澪「なんで!?」

紬「澪ちゃん、自分の楽器をエリザベスと名付けたわよね?」

澪「名付けたのは私じゃないんだけど」

紬「唯ちゃんがギターを男性のこう……男の子に見立てている一方、
  澪ちゃんは愛器(ベース)を女性に見立てて指先でいじくり回してるわけでしょ?」

澪「お前は何を言っているんだ」

唯「ムギちゃんの瞳に軽音部はどう映っているの?」

紬「さわ子先生と唯ちゃんの絡みをどういう目線で見ていたか勘付いたのも澪ちゃんだったわ」

澪「だって凄い目つきで凝視してたから」

紬「心の奥底にそういうあれがあるからそんな発想が生まれるのよ」

澪「いや、お前が夜中に意味深なメールを送り付けてきたからだよ」

唯「なんて?」

澪「さわ子先生が顧問になってドキドキしてます☆ みたいなメール」

唯「なんて返事したの?」

澪「ふわふわ時間」

唯「そっか」


唯「……?」

紬「だけど唯ちゃんも唯ちゃんよ」

唯「へ?」

紬「実の妹や幼なじみだけでは飽き足らず、女の子を見れば片っ端からフラグを立てちゃって、
  ボーイッシュ枠、お嬢様枠、ムッツリ清純派、ツンデレ後輩、隣の席のヤンキーまで攻略して、
  特訓と称して女教師の家に上がり込むイベントまでこなして」

唯「ふ、ふらぐ? 攻略?」

澪「ムッツリ清純派って誰のことだ」

紬「もう本当にどこのエロゲの主人公なの?って感じ」

唯「みんなと仲良くしてただけなのにエロゲとか言われても」

澪「ムッツリ清純派って誰のことだ」

紬「天然だとしても計算だとしても相当な女たらしよ」

紬「それで本命は誰なの?」

唯「本命って?」

紬「私?」

唯「なにが?」

紬「鈍感を装って誰にも狙いを定めずハーレム狙いとは恐れ入ったわ」

唯「さっきから何の話をしてるの?」

紬「そうね、例えば憂ちゃんと澪ちゃんと私が崖から落ちそうになってるとするでしょ?」

唯「崖の上で何があったの」

紬「1人だけしか助けられないとしたら、どうする?」

澪「そういう今後の人間関係に支障をきたしそうな問答はやめてくれ」

唯「みんな助けるよ」

紬「それでも1人だけしか助けられないとしたら?」

唯「それでもみんなを助けるよ!」

澪「唯……」

唯「だってみんな私の大切な

紬「そういうのはいいから」

唯「えっ」

紬「じゃあもうはっきり言って誰とエッチしたいの?」

澪「質問が露骨すぎる」

唯「ムギちゃんって合唱部に入りたかったんだよね?」

紬「遠回しに私と距離を置こうとしたってそうはいかないわよ」

唯「そうじゃなくて (そうだけど) どういう経緯で軽音部に入ったのかなって思って」

紬「りっちゃん達にムリヤリ連れ込まれたの」

澪「私は連れ込んでない」

紬「嫌がる私をムリヤリ……」

澪「いや、むしろムギの意思を尊重しようとしてただろ」

紬「私の趣味を?」

澪「そういう意味じゃなくて」

紬「そういえばりっちゃんと二人きりの空間に部外者がやってきたものだから
  心底嫌そうな顔をされたんだったわ」

唯「私たちが入部したのって迷惑だった……?」

澪「してない!思ってない!」

紬「澪ちゃんとりっちゃんは実際どうなの?」

澪「どうって?」

唯「友達以上、恋人未満みたいな感じ?」

澪「ただの幼なじみだよ」

唯「本当は?」

澪「お前、矛先が変わった途端に生き生きして」

紬「まあ二人が変に開き直って、好きだけど何か?とか毎晩してるけど?とか
  私の澪にベタベタ触るな、とか律に気安く話しかけないで、とか言い出したら逆に引くけど」

澪「なんて答えればいいんだよ」

紬「たとえ事を済ませていたとしても恥じらいながら否定して欲しい」

澪「いや、何も済ませてないから」

紬「そうそう、そんな感じ」

澪「本当だよ!?」

紬「でも小学校の頃からずっと一緒だったんでしょ?」

澪「腐れ縁みたいなもんだよ」

唯「高校はたまたま一緒になったわけじゃないよね?」

澪「私が律の進路に合わせて……」

紬「りっちゃんが女子校を選んだのはどうしてだと思う?」

澪「だから偏差値が……」

紬「澪ちゃんを他の…特に男の子に取られたくなかったんじゃないのかな」

澪「家から近いからだろ」

紬「きっと澪ちゃんも」

澪「いや、そんな……」

唯「でもりっちゃんに彼氏ができたりしたら嫌なんでしょ?」

紬「りっちゃんの思わせぶりな言動に焦って発狂してたじゃない」

唯「澪ちゃんが和ちゃんと仲良くなった時のいざこざも大変だったし」

澪「幼なじみってだけでそういう関係を疑われても困るんだよ」

澪「友達に対するやきもちとムギビジョン的なやきもちは別物だと思うんだ」

紬「本当にただの幼なじみとしか思ってないの?」

澪「なんでそんなグイグイくるんだ」

紬「りっちゃんも同じように問い詰めたことがあってね」

澪「お前は何がしたいんだ」

紬「その時、ようやく本音を話してくれて」

澪「本音?」

紬「私が思った通り……ううん、思ってた以上に悩んでたみたいなの」

澪「え……」

紬「澪ちゃんのことをどう思ってるか、自分でもわからないって」

紬「特別に思ってるのは自分だけで、澪ちゃんからは幼なじみとしか見られてないのかなって」

紬「女の子に対してこんな気持ちが芽生えてしまうのは、やっぱりおかしいのかなって」

澪「………」

紬「もしかして、恋ってこういう気持ちのことなのかなって」

紬「泣いてたの」

澪「律が……?」

紬「私は何も答えてあげられなかった」

紬「それは澪ちゃんが答えてあげなきゃいけない事だと思ったから」

澪「律が、そんな……」

紬「私は、澪ちゃんの返事がどっちでも構わないと思う」

紬「ただ、りっちゃんが自分の気持ちを打ち明ける勇気を出せる日がきたら、
  ふざけたりはぐらかしたりしないで、あの涙にちゃんと応えてあげて欲しいの」

澪「……わかってるよ」

紬「今の話、りっちゃんには内緒だからね?」

澪「うん……」

紬「全部ウソだから」

澪「お前がふざけるなよ!?」


唯「帰っちゃったね、澪ちゃん」

紬「あとで謝っておかなくちゃ」

唯「あんなウソつくから……」

紬「本当にウソだと思う?」

唯「……どこまで本当だったの?」

紬「ないしょ」

唯「っていうかどさくさに紛れて私の本命まで問い詰めてこないでよ」

紬「もしかしたらいい機会なのかも、って思って」

唯「それが言えたら、苦労しないよ……」

紬「澪ちゃんの反応、どう思った?」

唯「女の子相手に抵抗がないのはわかったけど」

紬「よかったじゃない」

唯「りっちゃんの話をしてる時の澪ちゃんの表情、見たでしょ?」

紬「……うん」

唯「告白する前にフラれちゃったみたい」

唯「やっぱり、澪ちゃんの中にはりっちゃんしかいない」

唯「私が入り込める隙間なんて、最初からなかったんだ」

紬「唯ちゃんは、本当にそれでいいの?」

唯「言葉にしちゃったら、もう元に戻れないと思うから」

紬「……そうね」

唯「やっぱり私は、みんなと今まで通りでいたいんだ」

唯「みんなで集まって、お茶飲んで、練習して、演奏して、ずっと笑っていたい」

紬「唯ちゃん……」

唯「澪ちゃんの顔を見るのもつらい時があると思うけどさ」

唯「澪ちゃんがそれに気づいたら、きっと私よりつらい思いをさせちゃうから」

紬「強いのね、唯ちゃん」

唯「難しいんだね、恋って」

紬「そうね」

唯「勉強よりも、ギターよりも、ずっと」

唯「答えが決まってるわけじゃないし、努力しても形にはならないし」

唯「簡単に忘れることもできないし……」

紬「それは違うわ、唯ちゃん」

紬「その痛みは、どんなにつらくても忘れちゃいけないことだと思う」

唯「うん……」

紬「それはきっと、新しい恋をするために必要な涙だから」

唯「うん……」

紬「私たち、まだ高校生でしょ?」

紬「唯ちゃんらしく思いっきり泣いて、思いっきり笑って、
  もっといろんなことを知って、いろんな恋をして、楽しまなくちゃ」

唯「……うまくいくといいね、あの二人」

紬「唯ちゃんがそう思うなら、きっとうまくいくわ」

唯「うん……」

紬「唯ちゃん、こんな話を知ってる?」

紬「あるところに、とても臆病な女の子がいたの」

紬「その子は小さな頃から習い事ばかりで、友達を作る時間もなくてね」

唯「それってムギちゃんのこと?」

紬「何事にも厳しい父親の影響で、その子は男性が怖くなっていったの」

紬「小学校でも中学校でも、男の子に怯えながら過ごしていたわ」

唯「………」

紬「女子校に入ってから仲の良い友達ができて、ようやく笑顔を見せるようになって」

紬「少し遅めの初恋の相手は、女の子だった」

紬「でも、自分の気持ちを伝えようとは考えなかったみたい」

紬「ただ仲の良い友達として、その子の近くにいられるだけでよかったの」

唯「………」

紬「だけどその子の父親がそんな歪んだ恋愛を容認するわけがなかった」

紬「転校を強制されて、お見合い話まで持ち掛けられて」

唯「え……?」

紬「その子は生まれて初めて父親に反抗して、言い争って、家を飛び出したの」

紬「でも、資産家でいろんな方面に顔の利く父親からはきっと逃げ切れない」

紬「連れ戻されてしまう前に、自分の気持ちだけは伝えたいと思ったの」

紬「片思いの子の家に辿りつくと、一面が炎に包まれていた」

唯「!?」

紬「父の仕業だと直感した少女は、逃げ遅れた女の子の名を叫びながら
  炎の中に飛び込んで、全てを呪いながら焼け死んだわ」

唯「えっ、ちょっ……」

紬「それで、この話を聞いてしまうと夢の中にその少女が出てきて、焼けただれた手で

唯「ちょっと待って、何の話!?」

紬「だけど、24時間以内に他の人に話せばセーフなんだって」

唯「ムギちゃんの話じゃなかったの!?」

紬「なにが?」

唯「私の恋バナはどこにいっちゃったの?」

紬「えっ、もう終わったから……」

紬「二つの意味で」

唯「………」


紬「というわけで、私のことを叩いて欲しいの作戦はすべて失敗に終わりました」

律「というわけでじゃねーよ、何やってんだお前!?」

紬「二人とも顔を真っ赤にして出ていっちゃった」

律「唯の失恋話は人に言いふらしちゃダメなやつだし、
  澪は顔を合わせるのも気まずくなったし、どうすんだよもう……」

紬「だって……」

律「だってじゃない」

紬「抱いて……」

律「抱かねーよ!?」

紬「私たちならきっと大丈夫よ」

律「他人ごとみたいに言うな」

紬「だって全部ウソだから」

律「なんなんだよ!?」


ガチャッ


梓「話は聞かせてもらいましたよ!」

律「いたのかよ!」

紬「梓ちゃんの発案で」

梓「えっ!?」


怒り狂った律先輩に 『 ドッキリ大成功 』 のプラカードを奪い取られ、

ムギ先輩はいろんな意味で叩かれることに成功しました

とばっちりで私まで一緒にぶん殴られましたが、ムギ先輩は満足そうでした


律先輩は三日くらい口をきいてくれませんでした





おわれ



最終更新:2016年03月07日 07:53