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7月2日。

それが何の日かというと、私がいつも仕えている琴吹家の、

どんなに尊敬していると言っても言い足りないくらいに立派なお人、

そして私にとってはお姉ちゃんのような人の、記念すべき日。

そう、紬お嬢様の誕生日なのです。

お嬢様は今年で、ええっと、12歳になります。

もうすぐ同じ小学校には通えなくなってしまうけれど、

御屋敷でいつでも会えるので、そんなに寂しくありません。

そんなことより、私は目前に迫った紬お嬢様の誕生日に向けて、

今年もプレゼントを用意しようと思っています。

去年は確か……何をプレゼントしたんだっけ。

ちょっと忘れちゃったけど、実は毎年、お父上と一緒に紬お嬢様へのプレゼントを選んでいるのです。


ああ、そう! 思い出しました。

去年はとっても綺麗な花束を買ったのでした。

でも正直なことを言うと、その花束はほとんどお父上が決めたもので、

私はただ紬お嬢様に手渡ししただけ。

紬お嬢様は喜んでくださったけれど、私はなんだか、それだけでは物足りないような気がしていたのです。

それに花束は他の来賓の方々も持ち寄っていましたし、お父上もお堅い人なので、

ちっとも面白味がありませんでした。


そこで今年は、お父上や紬お嬢様には秘密にして、

私なりの精一杯のお祝いの気持ちを込めた素敵なプレゼントをしたいと思っているのです。

毎月のお小遣いも、来るお祝いの日に備えてコツコツと貯めてきました。

お嬢様の誕生日は来週です。

さて、何を買おうかしら?

私のお誕生日サプライズプレゼント計画、どれだけ私が紬お嬢様を好きかを伝えるチャンスでもあります。

それに、ちゃんと紬お嬢様が喜んでくださるようなものを選ばないといけません。

私は、普段あまり熱心に使わない頭をフル回転させて考えるのでした。

…………。

…………。

――そして翌週。

私は今にも泣きそうな思いで、前日の夜を迎えていました。

私はあろうことか、紬お嬢様に手渡せるようなものは何一つ用意できていなかったのです。

最初に考えたのは、どこかの王国のお姫様が着るような、真っ白な綺麗なドレスでした。

けれど、そんなものがどこで買えるかも分からないし、

お父上や他の人には秘密にしなければならないので、誰の力も借りず高級なドレスを用意することなんて

私には到底無理だと悟るには、私はちょっと時間を掛けすぎてしまったようでした。

というよりも、紬お嬢様に似合うようなドレスを勝手に想像して、

それで落書き帳に色々なドレスのスケッチを書いているうちに、なんだかそれがとても楽しくなってしまって、

目的と手段がごちゃまぜになってしまったのも、時間がかかった原因かもしれません。

紬お嬢様と素敵なドレスを描いた渾身の絵が出来上がってから、一体それをどうすれば手に入れられるかしばらく悩んで、

オーダーメイドなんて私の少ないお小遣いじゃ出来ないし、そもそもそういうのをどこで頼むのかも分からないことに気付いて、

そのドレス案はボツとなってしまったのでした。


次に私は、何か紬お嬢様が喜びそうな本を買おうと思いました。

小説くらいなら私のお小遣いでも足りますし、なにより紬お嬢様は読書なさるのが大変お好きでしたから、

私は学校が終わって近くの本屋さんに寄って、さてどんな本ならお嬢様のお気に召すかしらと

よく読めない漢字の難しそうなものまで手に取ってはうんうんと悩んでいたのです。

お嬢様はファンタジー小説をよく読んでいたような覚えがあったので、本屋さんのコーナーで一通りタイトルを眺めていたのですが、

なんだかどれも御屋敷にすでに置いてあるような気がして、それに中身を読んでみても、それがお嬢様の好きそうな内容かどうか、

私はまったく自信が持てませんでした。

他にも、歴史小説や推理小説、SF小説にいたるまで、本棚にあるものを片っ端から見て回ったのですが、

難しすぎたり、あるいは幼稚すぎたりして、どれも紬お嬢様にふさわしくないような思いがして、

本を買うという選択肢は諦めることにしたのです。

実はちらっとだけ、漫画をプレゼントしてみようかな、と考えたりもしたのですが、

それこそ紬お嬢様にはふさわしくないし、第一、私が読みたいだけなんじゃないかと我に返ったりして、

でもお小遣いは沢山あるし、ちょうど目の前に欲しかった漫画の新刊が売っていたというのもあったので、

私はつい自分の分を買ってしまったのです。

今にして思えば、私は紬お嬢様のプレゼントもそっちのけで何をしているんだろうと、激しい自己嫌悪に陥ったりするのでした。

上の案以外にも、たとえばお嬢様はピアノを習っておいでだったので、

今あるものよりもっと素敵なピアノはどうか、などと一瞬でも考えた後、

さすがに私も馬鹿ではないので、それがどれだけ高価で私の手に余るものかすぐに思いなおして、1人で呆れていたりしました。

また、音楽というのであれば、クラシックやピアノのCDなどを買うことも考えましたが、

これも私は本を選んだ時と同じように、何をプレゼントすれば紬お嬢様のお気に召すかさっぱり分からず、

そんな調子だったものだから、CDショップへ足を運んでも、

アイドルの新曲だの流行りのバンドグループのアルバムだのといった、

紬お嬢様が嗜むにはあまりに品が無いような、そして私が欲しいと思っているようなものばかりに目がいってしまい、

落胆しながらまた次のプレゼント候補を考えたりするのでした。

そんなこんなで、とうとう明日は紬お嬢様のお誕生日パーティが開かれるというのに、

私はなんのサプライズプレゼントも用意できないまま、ベッドの中で震えていました。

お父上と選んだ紬お嬢様の誕生日プレゼントはちゃんと用意してありますが、

私は、一度やると決めた事がこうも上手くいかずにいることが悔しくて、

それにお父上と一緒に選んだプレゼントだけでも十分だろうと心のどこかで妥協してしまっている事への怒りで、

やり場の無い感情になんだか涙が出てくるのでした。

…………。

…………。


◇ ◇ ◇

「紬お嬢様、お誕生日おめでとうございます」

「あら菫、ありがとう! 斉藤もね」

当日、色々な大人たちや、紬お嬢様のご学友が集まって開かれた誕生日パーティで、

私は決まりきった台詞と、決まりきったプレゼントを、努めて明るい笑顔をしながらお嬢様に手渡しました。

もちろん、私たち斉藤家以外からもお嬢様はたくさんのプレゼントを貰っていました。

次々に立派なプレゼントが渡されるのを、私がいつもより遠くの方からそれらを眺めていると、

不意になんだか切なくなって、まるで機嫌を損ねたわがままな子どもみたいに(実際にまだ子どもだけれど)

ぷいっと外を向いて、泣きたくなる気持ちを抑えるのでした。

そして紬お嬢様は、あのお方は私のそんな様子のおかしいのをすぐに察知して、

会場でお嬢様の周りに人がいなくなった瞬間を見計らって、独りで壁に寄っかかっている私のところへ歩いてくるのです。

「どうしたの? 菫、元気が無いみたい」

私は、そう言って私のふてくされた顔を覗き込む紬お嬢様の、

優しくて柔らかな表情を目の前にして、ついに堪えきれなくなってしまうと、

涙をぽろぽろと流しながら、けれどもそんな情け無い姿をお嬢様には見せまいと懸命に顔を背けて、

そして走って会場を飛び出してしまいました。

私は情け無いやら切ないやらで声を上げて泣きながら、自分の部屋へ逃げました。

お嬢様に何とお詫びしたらいいか、私はお嬢様のお誕生日パーティを台無しにしてしまったような気がして、

一体自分はどうすればいいのか考えても分からないような事ばかり考えて、

そんな後悔と悲しみに自室のベッドにしばらく突っ伏していました。

どれくらいそうしていたでしょうか。

ろくに食事も取っていないせいでお腹も空きはじめ、何もやる気が起きないまま、

もう寝てしまおうかなどと考えていると、不意に部屋のドアを小さくコンコンと叩く音がしました。

慌てて寝たふりをしてやり過ごそうと思っていると、そのドアの向こうから紬お嬢様の声が聞こえました。

「菫? 入ってもいい?」

私はどう答えたらいいか分からず、半ばやけくそになってだんまりを決め込もうとしていると、

そういえば鍵なんか掛けていなかった事に気付いて、そう思った次にはもう紬お嬢様が部屋に入って来ていました。

「泣いてるの?」

紬お嬢様の優しい声は、今の私にはとても辛く響きました。

私はまたベソをかいて、布団にくるまったままぐすぐすと鼻をすすっていました。

お嬢様はベッドの空いている所にちょっと腰かけて、布団越しに私を撫でてくれました。

「よしよし、良い子」

「お姉ちゃん……」

私はつい、そんな昔の呼び方をして、お嬢様に甘えてしまうのです。

もそもそと布団から這い出ると、紬お嬢様……いえ、お姉ちゃんは、泣きはらして顔を真っ赤にした私の顔を見て、

ちょっと驚いたような表情をしてから、そっと私を抱きしめてくれました。

抱きしめるだけでそこに言葉はなかったけれど、私はようやく安心して、

「私ね、お姉ちゃんにお誕生日プレゼントしてあげようと思ったの。でも全然良いのが思いつかなくて、結局何もしてあげられなかった」

そんな風なことを、声を上ずらせながらお姉ちゃんの胸の中で言ったのです。

「ありがとう、菫……。でもそんなに気を使わなくてもいいのよ?」

「私がやりたいと思ったの! 私がどれだけお姉ちゃんの事が好きか、お姉ちゃんに伝えたかった……」

そう言うと、お姉ちゃんはもっとぎゅーっと私を抱きしめてくれた。

私はお姉ちゃんの温もりに包まれて、しばらくそうやって猫みたいに抱かれていました。

「……あら? 菫、この絵……」

お姉ちゃんは急に何かに気付いたように私の机の上に手を伸ばしました。

それは私が描いた、ドレスを着たお姉ちゃんの絵でした。

「これ、私……?」

「…………うん」

お姉ちゃんはそれをまじまじと見つめると、

「この絵、もらってもいいかしら?」

とても嬉しそうにそう言ったのです。

私はちょっとだけ恥ずかしくなって、お姉ちゃんの胸に顔を埋めながら、

「あげる」と、拗ねたように言うのでした。

そして、

「お姉ちゃん、お誕生日おめでとう」


おわり





最終更新:2017年07月03日 19:46