唯『学園祭のライブも慣れてきたよね』
律『ああ、初めての時はすごく緊張したっけ』
澪『思い出したくない……』
唯『あの時は声枯らしちゃってすいません……』
律『あれはほら、さわちゃんが悪いし』
さわ子『えっ』
律『でもホラ、前回は梓も一緒に』
唯『私は熱出してギター忘れて……』
唯『大事な時にいつもいつもご迷惑をかけて申し訳ございません……』
紬『………』
澪『………』
律『………』
梓「あの、でも2度あることは3度あるって言いますし」
さわ子『それ励ましになってないから』
和『……さあ、それでは皆さんお待ちかね』
和『桜高の目玉イベント、軽音楽部によるライブです!』
律『ハードル上げるなよ……』
唯『それじゃあ行くよ!1曲目!』
唯『……ってなんだっけ?』
律『だからどっかにメモ貼っとけって言ったろ!』
唯『失くしちゃったみたいで……』
澪『落としたのか?』
唯『ポケットに入れたと思ったんだけど』
紬『さっき着替えたから……』
唯『あっそっか、え~と……』
のんびりしていて、とぼけている先輩たちは、
いつだって全力で音を楽しんで、一生懸命で。
その明るさに何度も助けられて、
そばにいるだけで、いつも勇気をもらっていた。
ギターに込めた私の気持ちを伝えたら、
笑わないで聴いてくれますか?
今はまだ、自信がないけれど……
唯『大成功、だったよね……』
澪『なんか、あっという間だったな』
紬『ちゃんと演奏できてたか、ぜんぜん覚えてないわ……』
唯『でも、すっごく楽しかったよね!』
澪『今までで最高のライブだったな!』
律『みんなの演奏もばっちり合ってたし』
唯『合ってた合ってた!』
律『なあ、梓』
律『これからのこと、なんだけどさ……』
梓「次は……クリスマスパーティーですね」
梓「年が明けたら、初詣に行きましょう」
律『梓?』
梓「それから、次の新歓ライブですね」
紬『梓ちゃん』
梓「また徹夜で学校に泊まったりして」
梓「今度はさわ子先生も誘って……」
澪『おい、梓』
梓「夏になってもクーラーありますし、合宿もあるしっ……」
律『梓っ!』
梓「その次は……」
梓「えっと、その次は……」
律『次は、ないんだ』
梓「イヤです」
律『私たち、もうすぐ卒業するだろ?』
梓「卒業しないでください」
律『子供みたいなこと言うなよ……』
梓「子供ですっ!」
紬『あのね、梓ちゃん』
紬『一緒にできるライブは、もうないの』
紬『卒業式のイベントが終わると、私たちは……』
梓「でも……でも、先輩たちはそこにいるんですよね?」
梓「一度リセットすれば、最初からイベントを始めれば、また……」
澪『梓もゲームの説明書を読まないタイプなんだな』
澪『私たちは、オートセーブで進むゲームの中のキャラクターに過ぎない』
紬『なにかのバグで、自我を持ってしまったの』
澪『時間の流れ方は違うけど、梓のいる世界とコミュニケーションが取れてしまってる』
澪『プログラムされていない行動を取れてしまっている』
澪『だけど、全てのイベントが終わればエンディングを迎えてしまうんだ』
紬『あらかじめプログラムされてる、決められた終わりがあるの』
律『リセットしても、データをコピーできたとしても、同じバグが発生するとは限らない』
澪『次に会う私たちは……きっと、梓のことを知らない』
梓「………」
引きこもりがちになったのは、中二の春だった。
特に理由もなく、何もかもが退屈に思えた。
これといった原因も思い出せないのは、きっと大した理由もなかったんだろう。
小さな世界に逃げ込む他に、何をすればいいのかわからなかった。
だから、退屈しのぎのゲームなんて何でも良かった。
聞いたこともないメーカーの、よくわからないジャンルのゲーム。
曲がりなりにも軽音楽部を扱っている以上、きっと音楽関係のゲームなんだろう。
始まりは、そんな軽いノリだった。
女子高の新入部員という設定で始まるオープニング。
ディスプレイの向こう側から話しかけてくるのは、ただの演出だと思っていた。
どういう仕組みなのか、自分の挙動や独り言に対して反応が返ってくる。
なぜか会話が成立してしまっていることを受け入れるのは、一苦労だった。
両親が留守がちで、本当によかった。
画面に向かって普通に話しかけ、ギターを弾いて見せる姿は、
端から見たらどう見ても異常だ。
『澪先輩』 は、イベントの進行にもバグの影響が出始めていると言っていた。
いつだったか、『律先輩』 や 『唯先輩』 が体調を崩したのも、その影響らしい。
このままイベントを続けていけば、ストーリー自体が進行不能になってしまう可能性もある。
その前に、私と話をしておきたかったのだと 『ムギ先輩』 が言っていた。
先輩たちがバグだと言うのなら、
学校にも行かずに引きこもっている私だってバグみたいなものですよ。
そう言って笑ってみせたつもりだった。
笑顔を見せるつもりだったのに、涙を止めることができなかった。
言葉がつまって、何も言えなくなってしまった。
どうやら私は、本格的におかしくなってしまったらしい。
律『ごめんな、梓』
律『イベントを進めていけば、いつかこんな日が来るってわかってたのに』
律『薄暗い部屋で、寂しそうな目で私たちを眺めてる梓を見て、つい声をかけてしまった』
澪『この子の笑った顔が見たいって思ってしまったんだ』
律『余計つらい思いをさせてしまって、ごめんな……』
梓「私、私は……」
梓「このゲームを、先輩たちを恨みます……」
紬『梓ちゃん?』
どうして私に話しかけたりしたんですか。
どうして決められてるプログラムを守らなかったんですか。
こんな気持ちにさせるなら、ずっとゲームのキャラだけを演じて欲しかった。
ゲームの中のシナリオだなんて、気づかせないで欲しかった。
いつか終わってしまうなら、
何も言わずにいつの間にかいなくなって欲しかった。
梓「だけど、大好きです……」
律『梓……』
梓「だから、バグだなんて言わないでください」
梓「お願いだから、先輩たちの存在が間違いだったみたいに言わないでください」
梓「私、先輩たちのこと、忘れませんから」
梓「絶対絶対、忘れませんから……」
紬『ダメよ』
梓「え……」
紬『そんな約束、しなくていいの』
紬『忘れてしまっていいの、私たちのことなんて』
梓「ムギ先輩……」
紬『……梓ちゃんが、私たちのことを忘れるくらい楽しい毎日を送ってくれるなら、
それは私たちがほんの少し、あなたを変えてあげられたっていう事だから』
紬『私たちがあなたの中に生きてるって証だから』
梓「ムギ先輩……」
澪『梓、いつか言ってたよな』
澪『人生はゲームみたいなものだって』
澪『確かに、そんな感じのゲームもあるかもしれない』
澪『でも、梓の世界はゲームなんかじゃない』
澪『選択肢なんかいくらでもあるし、終わりなんて決まってない』
澪『私たちの物語はこの中で終わってしまうけど、梓の未来はどこまでも続いていくんだ』
律『私たちとずっと一緒にいたいなんて思っちゃダメだぞ』
澪『そろそろゲームは卒業する年頃だからな』
唯『……こんなゲームばっかやってると、そのうち画面の中に引きずりこまれちゃうんだから』
唯『みんなそうやってここに閉じ込められちゃったんだから』
澪『本気にするなよ?』
梓「……ウソつくの、あんまり上手くないですね」
唯『ヘタだもん……』
梓「唯先輩?」
唯『ウソなんか、つけないもん……』
律『唯、よせ』
唯『ごめんね、みんな』
唯『やっぱり私、笑ってお別れなんてできないや……』
梓「………」
唯『私たちのこと、忘れてほしくない……』
唯『忘れたくないよ、あずにゃんのこと』
律『やめろって』
唯『離れたくない』
紬『ダメよ、唯ちゃん』
唯『ずっと一緒にいたい!』
澪『これ以上、梓を困らせるな!』
唯『あずにゃんのこと、抱きしめてあげたいよ……』
唯『こんな……こんなにそばにいるのに……』
梓「唯先輩……」
律『バカだな、梓は』
律『ゲームのイベントなんかで、泣くなよ……』
梓「律先輩だって……」
律『これは汗だ』
梓「私のも汗です」
澪『ほら、唯も』
紬『顔を上げて?』
唯『うん……』
梓「私……皆さんと演奏できて、幸せでした」
唯『あずにゃん、もっと近くにおいで』
梓「………」
唯『私たちのために泣いてくれて、ありがとう』
紬『梓ちゃんとたくさん話せて、楽しかったわ』
澪『先輩って呼んでくれて、嬉しかったよ』
律『みんな、梓が大好きだよ』
唯『あずにゃんに出会えて、本当によかったよ』
画面の中の先輩が、優しく手を伸ばしてくれる。
私がふれることのできない向こう側に、そっと手を重ねる。
ディスプレイ越しに感じた暖かさは、きっとあなたの温もりなんですね。
梓「私、最後に先輩たちの演奏が聴きたいです」
唯『えっ、いま学園祭のライブ終わったばっか……』
梓「私にウソつこうとした罰です」
律『荷重労働だ』
唯『オーバーワークだよ……』
律『梓、私たちに負荷をかけすぎるとフリーズするから……』
梓「そういう自虐ネタはやめてください」
澪『お前らなぁ……』
紬『やっぱり、そういう顔のほうが梓ちゃんらしいわ』
唯『さっきまで泣いてたのに、もう怒ってる……』
梓「泣いてませんっ」
梓「私に忘れられたくないんだったら、忘れられなくなるような曲を聴かせてください」
唯『言ったね!?』
紬『とっておきのがあるんだから!』
律『後悔すんなよ!?』
澪『……ちょっと順番が変わってしまったけど、聴いてくれ』
紬『梓ちゃんのために作った曲なの』
聴き馴染んだスティックのカウントを合図に、
先輩たちのエンディングが始まった。
相変わらずバラバラな4人のメロディ。
力強いドラムが、ベースのラインに支えられて。
頼りないギターに、綺麗なキーボードの音色が溶け込んで。
ときめいた日々が、宝物みたいな思い出のひとつひとつが、
音符の羽根になって私の心に降り積もる。
卒業は終わりじゃない
これからも仲間だから
画面の中で切り替わる背景を眺めているだけだった。
こちら側の世界では、たった数か月程度の出来事だった。
夏の浜辺。 星空に上がった花火。
二人で真夜中に弾いたギター。 ステージの上の景色。
くだらない話ばかりしていた、オレンジ色に染まる部室。
無駄な時間なんて、きっと何ひとつ無かった。
大好きって言うなら、大大好きって返すよ
私を真っすぐに見つめる、天使みたいな4つの笑顔。
薄暗い部屋を照らすように、ユニゾンが響く。
でこぼこな4人が助けあって、引き出しあって奏でるバンドミュージックは、
私が心ひかれたあの時のまま、いつまでも心の中で輝いていた。
忘れ物、もうないよね?
ずっと永遠に一緒だよ
画面にそっと残された 『おしまい』 という文字が、涙の色で揺れていた。
新しい制服に袖を通し、髪をふたつに束ねる。
カーテンを開けて、朝の空気を大きく吸い込んだ。
あれから再び学校に行くようになり、少しずつ新しい友達もできた。
近場の高校に受かり、無事に中学校を卒業できた。
あのゲームのディスクもパッケージも、どこかに消えてしまっていた。
タイトルを検索してみても、あの先輩たちの物語はどこにも見つからなかった。
入学式を終えてクラブ紹介めぐりをしていると、
どこかで懐かしい歌声が聴こえた気がした。
桜色の風が、振り返った私の髪をなびかせる。
足元に落ちた花びらが4つ、私を誘うように舞い踊っていた。
廊下にこぼれる音色に引き寄せられて、私は階段を登っていた。
部室らしい扉の前で立ち止まって、心の奥で大きく息をする。
ほんの少し勇気をふるって話せたら、
何かが変わるのかな。
ディスプレイ越しに感じた温もりが、そっと手を引いてくれる。
薄暗い部屋に閉じこもっていたあの頃の私が、背中を押してくれる。
あの時みたいに高鳴る気持ちと一緒に、私は小さく扉を開けた。
「入部希望、なんですけど……」
新しい私の明日が、きっとこの先に広がっている。
そんな予感がした。
PCゲーム?とか入力デバイス?とか
細かいところは自分でも深く考えないことにしました
元ネタは「微熱ディスプレイの世界」というWEB漫画です
堀さんと宮村くんで有名なHEROさんの短編です
伏線の張り方とかもっと上手くなりたい……
最終更新:2018年12月28日 22:37