梓「いや、なんでよ」

憂「それはね、人が隣にいると優しくなれるからなんだよ」

梓「じゃあ憂は隣に人がいないと優しくないの?」

憂「そうだよー」

梓「え。そうなんだ」

憂「うん。隣に人がいないときのわたしは全然優しくないよ。なんでこんなこともできないんだろうとかほんと愚図だなあとかいっそ死んじゃえばいいのにとか思ったりするよ」

梓「こわい。みんなにそう思うわけ?」

憂「みんなっていうか、そのときは隣に人がいないわけだからわたしに対して思うの」

梓「自分に厳しい!」

梓「でも憂は一緒にいて楽しいしむしろなんでもできるしすごいと思うな」

憂「えへへ。そうかなあ。でもたしかに覚えは早い方だなって思う時もあるかも」

梓「あ、そっか。今はわたしが隣にいるから自分にも優しいんだ」

憂「うん。ひとりになると、ほんとこいつうざいしのろまだし生きてる意味ないから殺したいと思う」

梓「だめ、だめ、だめ!! 憂は本当にすごいし尊敬するんだから」

憂「そんなことないよー。でも、梓ちゃんが言うならちょっとはそうなのかも…。実際自分でも結構努力してるんだ。勉強とかも毎日ちゃんとやってるしギターもね一生懸命やって軽音部についていけてるし。わたしがんばってるかも。ふふ、今日の帰りに自分へのご褒美でコンビニちょっと高いプリンとか買っちゃおうかな」

梓「でもひとりになると?」

憂「何も食べるわけないよね。わたしに食べられる食べ物がかわいそうだもん」

梓「そんなことはないでしょ!」

憂「コンビニの高いプリンもわたしの口の中でいやだーいやだーっていつも泣いてるよ」

梓「なにそれこわい」

梓「え、なに? 憂っていつも一人の時そんな感じなの?」

憂「そうだよ。でも今まではあんまり一人の時がなかったの。だってほら、家に帰ってもお姉ちゃんがずっといたから…。だから、いつも誰かが隣にいたんだ」

梓「ああ、そっか。唯先輩がいなくて寂しいっていうのもあるのかな」

憂「お母さんもお父さんもあんまり家にいないしね。帰っても一人だと隣に誰もいないから優しくなれなくて、殺したいよ、わたしを」

梓「や、やめて!」

憂「でも最近は色々あるから大丈夫だよー。ラインとか、ほら梓ちゃんとかとも毎日夜にラインとかしてるでしょ。だから死にたいとかはあんまり思わないよ。距離は遠くても隣にいる人がいるんだよ。情報化社会でよかった」

梓「ふーん。え? じゃあわたしが憂に毎日ラインしてなかったら……」

憂「死んじゃってたよ」

梓「それはだめ!するする!毎日おやすみのLINEするから!」

憂「えーそんなの大丈夫だよ」

梓「でも、しないと?」

憂「殺したいね」

梓「自分を大切にして!」

憂「いや梓ちゃんをだよ!」

梓「なんで!?」

憂「今は情報化社会だよ? 優しくない気持ちも遠くで繋がる」

梓「こわいこわい。毎日ラインするから」

憂「いいよいいよー、そんなの」

梓「でもラインしないわたしを殺したくなっちゃうんでしょ?」

憂「うーーん……いや、もう殺しに行くと思う。包丁とかもって梓ちゃんち行く。あ、でも、実際梓ちゃんに会ったら人が隣にいるわけだから優しくなっちゃうなあ。その包丁で林檎とかむいて食べさせてあげちゃうよ」

梓「まったく憂は寂しがり屋なんだね」

憂「ちがうよ人が隣にいると優しくなるだけ!」

梓「だけ、じゃないでしょ」こつん

憂「あ、いて」

憂「でも梓ちゃんは木がないと辛くなっちゃうんだよね?」

梓「え、いや、ならないよ?」

憂「なんで?」

梓「なんでって……。別にそんななんか自然愛護家みたいなやつじゃないしわたし」

憂「いやそうじゃなくて梓ちゃんはどっちかって言うと虫だね」

梓「どうして。え、あれ、髪型とかそういう?」

憂「いや、ごきぶりはふつーに建物にもいるから木がなくても平気でしょ。だから梓ちゃんはあれだね」

梓「なに?」

憂「セミだ」

梓「蝉?」

憂「うん。ちっちゃいのにみんみんみんうるさいところとか」

梓「え、人の隣にいることで優しくなれるその優しさは?」

憂「でもほら、ちっちゃくてみんみんみんうるさいけど、短い命を精一杯生きてるんだな、って思うよ」

梓「短い命なの!?」

憂「短い命だよ」

梓「かなしいよ」

憂「かなしいね」

憂「あ、短い命で思い出したんだけど、この前聞いた話だと犬の寿命ってさ10歳で人間の50歳くらいなんだって」

梓「なんかわたしも聞いたことある」

憂「そうすると犬は人間の5倍の速度で歳を取るってことになるよね?」

梓「うん」

憂「もし、わたしたちが犬なら、残りの高校生活って2ヶ月しかないんだよ。もう1月だよ。受験が近づいて学校にもあんまり行かなくて会う機会もなんとなく減ってて久々に初詣とか一緒に行ってね久しぶり最近どう?とか言う時期。なんかさみしいよね」

梓「さみしい。わたしたちは犬じゃないけどね」

憂「梓ちゃんは蝉だもんね」

梓「蝉じゃないよ」

梓「犬って言えばさ」

憂「うん」

梓「唯先輩って犬っぽくない?」

憂「えー。お姉ちゃんは一番人間だよ! だってわたしお姉ちゃんといる時が一番優しくなれるもん」

梓「いや、まさにそれでさ、わたしは唯先輩のこと、お前はほんっとにてきとーでふざけてるなーうう…でも一緒にいて楽しいよう……って思うんだよね」

憂「へー。あ、でもわたしはそれむしろ梓ちゃんに感じるなあ」

梓「え、わたし? 堅苦しいくせにでしゃばりすぎるけど……みたいな?」

憂「いや、みんみんうるさいけど、精一杯生きてるよう……って」

梓「蝉じゃん」

憂「梓ちゃんは蝉だった」

梓「蝉じゃないよ」

梓「そういえば澪先輩の名前も珍しいよね」

憂「たしかに」

梓「なんかさほんのちょっとだけ中国語っぽくない?」

憂「えーそう? みおって中国人とか聞いたことないけど」

梓「じゃなくてじゃなくて別に中国人の名前とか単語とかじゃなくてなんかこう中国語の発音の途中の一部っぽい感じ」

憂「全然わかんない」

梓「まじで? この、みお、って感じが、そうじゃない? みお、みーお、みーお、ほら」

憂「あはは。わかんないよー」

梓「みーおみーおみーおみーお」

憂「え、梓ちゃんは猫なの?」

梓「猫じゃないよ」

憂「あ、じゃあ、みんみんみんって言ってみて」

梓「いやもう蝉はいいから!」

憂「いいからお願い!」

梓「みーんみんみーん」

憂「すごく低い所の話だけど、こっちの方が中国語っぽくない?」

梓「たしかに」

梓「律先輩はけっこう苗字が特殊」

憂「ああ、田井中ってあんまり聞かないよねえ」

梓「田井中ってなんなんだろうね。田中でいいじゃん、って思う」

憂「ちょっと違いを出そうとしてるよね」

梓「そう、そう。我を出してるよね」

憂「ああ、出てるねー我」

梓「なんか、むっとくるよね。あえて井を入れてくる感じがね。田中に一工夫加えてくる感じね。ポップスやりつつプログレ取り入れてます、みたいな感じがこう、あれだよ、本当は俺たちやろうと思えば最先端やれますけどあえて大衆で理解できるとこでやってます感がさ。明るくてみんなに好かれちゃうけど、人間の暗い部分も知ってるんです、みたいな。腹たつよねなんか」

憂「梓ちゃん、律さんのこといっぱいディスるね」

梓「いや、律先輩のことじゃないから!ご先祖様だから!」

憂「さいてー」

梓「ごめんね律先輩」

憂「でも田井中ってたしかに着眼点がなかなかすごいよね」

梓「うん、うん」

憂「たぶん田んぼの中に住んでてそこに井戸かなんかあったからそういう名字をつけようと思ったわけでしょ?」

梓「うん」

憂「でもたぶん田中さんちにも同じのあるよね?」

梓「同じのあるね」

憂「でも苗字をつける時に井戸をわざわざ気にしちゃったんだよ。うち田んぼの中にあるから田中だなー、あ、でも井戸もあるぞって。それってなんかさ」

梓「うん」

憂「着眼点が変態だよね」

梓「変態だ」

憂「探偵とか刑事になってほしいよね。田井中さんのご先祖には」

梓「律先輩にはね、ぜひなってもらいたいよ」

憂「ムギさんの琴吹も珍しい名字だよね」

梓「琴に笛を吹くだからね、めっちゃ音楽好きじゃん。ご先祖様」

憂「それにムギさんの紬ってすっごくいい名前だよねー。つむぐ、って素敵な意味だよ。人と人の関係を紡いだり、新しいものを紡ぎ出したり、わかりやすくてそれでいて個性のある名前だ」

梓「たしかに、つむぎ、って発音もかわいいしね」

憂「でもみんなムギって『つ』を言わないで呼ぶよね」

梓「きっとムギ先輩の『つ』は省略可能な『つ』なんだよ」

憂「省略可能な『つ』?」

梓「英語のTHEみたいな感じ」

憂「え。英語のTHEは省略できないよ」

梓「テストとかではそうだけど、でもなくても伝わるじゃん。ウィーアーザワールド、ウィーアーワールドでもいいじゃん」

憂「いや、だめだよ?」

梓「あれとおんなじだよ。パセリ。乗ってると見栄えがいいけどなくても味変わんないじゃん」

憂「ちがうよ?」

梓「そうなの?」

憂「そうだよ」

梓「じゃあムギ先輩の『つ』も省略できない『つ』なんだね」

憂「うん。ムギさんの親がつけてくれた大切な『つ』なんだもん」

梓「英語のTHEも英語の親がつけてくれた大切なTHEなんだね」

憂「英語の親って?」

梓「いや、うーん…アメリカ?」

憂「え?」

梓「あ、いや!イギリス!イギリス!」

憂「梓ちゃん…」

梓「うん」

憂「もっと勉強した方がいいよ。お姉ちゃんとおんなじ大学行けないよ」

梓「うん、ちゃんと勉強します」

憂「そうだね!」

梓「THE 勉強だね」

憂「あ、おちたな」

梓「えっ、なに?」

憂「梓ちゃんがあんまりばかっぽいこと言うからもうお姉ちゃんと同じ大学いけないなと思ったの」

梓「縁起でもないこと言わないで!」

憂「しょうがないよ。梓ちゃんがあんまりにばかっぽいこと言うから運命が決まっちゃったんだよ」

梓「ど、どうすればいいかな?」

憂「うーん……勉強あるのみだよ」

憂「……THE 勉強」

梓「やめてよ!」

憂「THE やめてよ?」

梓「うう……わたしはそういうの繰り返しやられるとほんとに泣くよ」

憂「ごめんね」

梓「うん」

憂「純ちゃんはわかりやすく純粋だから純ちゃんだよねー」

梓「えー。純ってそんな純粋かなあ」

憂「そうだよー。純ちゃんはめちゃくちゃピュアピュアハートだよ」

梓「あはは。純に限ってそれはないでしょー」

憂「だってね純ちゃんってね、11歳までサンタクロース信じてたんだよ?」

梓「へー、そう。 え? 11歳?」

憂「うん。11歳になるまで毎年クリスマスツリーの下にサンタさん宛のお手紙書いてお返事待ってたんだって。すっごくかわいいよね」

梓「え、いや……まあ、かわいいかもしんないけど、え、でも11歳でしょ。たしかにそのくらいになるともうサンタとかあんま信じないけど、でも小学生だし別に信じててもそんな驚きないっていうか。これが中学生だとかってなるともうそれは純粋だね、かわいい笑、みたいな感じなんだけど、11歳はなー」

憂「ね、純ちゃんってピュアだよね」

梓「うーーーん……」

梓「微妙~」

憂「あ、じゃあ、じゃあ、これ純ちゃんにはわたしから聞いたって言って欲しくないんだけどね」

梓「うん」

憂「純ちゃんってね」

梓「うん」

憂「14歳までちゅーで子供ができると思ってたんだよ」

梓「14歳?」

憂「うん、そうだよ?」

梓「うーーん……」

梓「あーー?」

梓「微妙~~~~!」

梓「いや、たしかにちょっとは遅いかもしれないよ。少なからず純粋だよ? でもちょっとなんだよねーーー。これが手を繋ぐとかだったらまだピュアピュアだけど、ちゅーだし、中二だし、なんていうかさ、”純”っていうのは濁りないってことで、そこまでは達してないような、わりとふつーで、まあ、だから、じゅんじゅんって感じかな?」

憂「じゅんじゅん?」

梓「準純」

憂「じゅんじゅん?」

梓「あ、だから、準じる純粋って訳で」

憂「え、じゅんじゅん?」

梓「うん」

憂「じゅんじゅん?」

梓「ごめんね!」

憂「許してあげる!」

梓「てか、そろそろ帰ろっか」

憂「そうだね。わたしたち別れ道にそのまま座り込んで何時間も話してるんだもんね」

梓「そう。ヤンキーじゃんもう」

憂「ヤンキーではないけどね?」

梓「ヤンキーではないかもけど、でもそろそろ帰らないとだよ」

憂「そうだねー。そろそろ梓ちゃん死んじゃうし」

梓「え、なんで。蝉だから?」

憂「うん。蝉だから」

梓「蝉じゃないよ。てか、わたし死んだら憂の隣にいてくれる人減っちゃって憂の優しさも減っちゃうよ」

憂「たしかに。優しくなれなくて梓ちゃんを殺しに行くと思う」

梓「だから死んでるんだってば」

憂「じゃあわたしも死んじゃうなー」

梓「うん。死ぬよ」

憂「まあいっか。ばいばいまた明日」

梓「うん明日、じゃあね」

すたすた

憂「あーあ死にたいな」

梓「一人の有効範囲早くない!?」

憂「ふつうだよ。他人と1メートル離れたらそれはひとりだもん」

梓「まったく憂は寂しがり屋なんだから」

憂「ちがうよ人が隣にいると優しくなるだけ!」

梓「だけ、じゃないでしょ」こつん

憂「あ、痛い」


おわり



最終更新:2019年04月08日 07:49