【営業車内】
麻弥「いやぁ~、今日の練習は本当に楽しかったですよー」
バンドの練習を終えてからしばらく。
律の運転する車の中で、麻弥は今日の練習を振り返っていた。
律「ふふっ、みんな腕上がったよなぁ、麻弥ちゃんも千聖ちゃんも、リズム隊としてはもう一人前かもな」
麻弥「いえいえいえそんな! ジブンなんてまだまだですよっ」
律「うんうん、そうだそうだ、慢心するのはまだ早いっ! なーんてね」
麻弥「あはははっ、律さん今日はご機嫌ですねー」
律「……でも、本当に嬉しいよ、みんなが頑張ってくれたおかげで、パスパレがどんどん有名になっていってる」
反対車線に、パスパレの新曲告知が大きくプリントされたトラックが通り過ぎていくのを片目で追いつつ、律は微笑みながら言った。
麻弥「フヘヘ……でも、それも全部、律さん達事務所の方々のおかげですよ」
一瞬の照れ笑いの後、真剣な眼差しで麻弥は続けた。
麻弥「パスパレの皆さん、ジブンもですけど、特に律さんには凄く感謝してます」
律「麻弥ちゃん……」
麻弥「マネージャーとしてお仕事を取ってきてくれるのはもちろん、練習に付き合ってくれたり、こうして車で現場まで送ってくれたり、凄く助けて頂いてます」
部活でも裏方を専門とする一方、彩や日菜程目立つことはないが、それでもドラマーとしてパスパレを支える麻弥にとって、自分と同じように裏方仕事を担当とする律には、強い憧れがあった。
律自身もまた、かつての自分と同じくバンドでドラムを担当する麻弥に対しては、他のメンバーよりも親近感に似た感覚があった。
麻弥「律さんが練習曲に用意してくれた歌、あれのおかげで皆さん、アイドルとしても、バンドとしても大きく成長できたと思ってますよ」
律「まー、練習曲としちゃあれが一番だと思ったからねぇ」
アクセルを踏み込みながら、律は少し昔の事を思い出していた。
―――
――
―
――それはPastel*Palettesが結成されてしばらく、律が彼女達のマネージャーに任命されたばかりの頃である。
専門のコーチによるレッスンと彼女達自身の自主練の成果もあり、バンド初心者だった彼女達は着実に実力を身に付け、いくつかのライブも成功させる事ができた。
既に個々の技術面に関しては問題なしと判断した事務所は、今後は更に彼女達を売り込んでいくべきだと判断し、それと同時に、バンドとして活躍する彼女達のサポートが出来る人間が必要だと結論づけた。
今のパスパレに必要なもの、それは彼女達を監督しつつ各方面に売り込み、またバンドとしての適切なアドバイスができる、バンド経験のあるマネージャーだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、芸能事務所内で唯一、バンド経験のある律の存在だった――。
【回想】
律「…………うーーん……」
パスパレのメンバーとの初顔合わせを済ませ、自宅で彼女達の演奏動画を観ていた時、律が抱いたのは期待感よりも、むしろ危機感の方であった。
律(演奏技術とやる気はあるんだけど……やっぱり、バンドとしての経験がまだまだ足りてないよな……)
アイドルとしての彼女達の意気込みは十分だとしても、肝心のバンドとしてはまだまだ実力不足……むしろ、彼女達よりも腕の良いバンドは数え切れない程いる、それが律の正直な感想だった。
バンドとして、プロとして大勢のお客さんからお金を頂いている以上、今のままではまずい。
プロとして活躍する以上、彼女達の歌と演奏には当然、それ相応の金銭が発生する。そして観客は彼女達のライブに価値を見出し、決して少なくない料金と時間を消費してパスパレの歌を聴きに来てくれているのだ。
今はまだデビュー間もない新人アイドルグループだからこそ、観客も事務所のスタッフも甘い目で見てくれてはいるが、それも長くは続かないだろう。
今後も彼女達が生演奏を行うアイドルバンドとして活動をしていくのであれば、バンドとしてのレベルアップは必要不可欠である。
また、アイドルとバンド、この二足の草鞋を完璧に履きこなす事ができれば、彼女達は更に前へと進むことが出来ると……そんな期待も律の中に僅かながらあった。
焦りを感じた律は考えた。今の自分がマネージャーとしてパスパレの皆に何が出来るか、今のパスパレの実力を引き伸ばすために、何をすべきかを考えた。
そして考えた末の結論として、ある曲を練習曲として演奏してもらうことを思いついたのだった――。
―――
――
―
――それはPastel*Palettesが結成されてしばらく、律が彼女達のマネージャーに任命されたばかりの頃である。
専門のコーチによるレッスンと彼女達自身の自主練の成果もあり、バンド初心者だった彼女達は着実に実力を身に付け、いくつかのライブも成功させる事ができた。
既に個々の技術面に関しては問題なしと判断した事務所は、今後は更に彼女達を売り込んでいくべきだと判断し、それと同時に、バンドとして活躍する彼女達のサポートが出来る人間が必要だと結論づけた。
今のパスパレに必要なもの、それは彼女達を監督しつつ各方面に売り込み、またバンドとしての適切なアドバイスができる、バンド経験のあるマネージャーだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、芸能事務所内で唯一、バンド経験のある律の存在だった――。
【回想】
律「…………うーーん……」
パスパレのメンバーとの初顔合わせを済ませ、自宅で彼女達の演奏動画を観ていた時、律が抱いたのは期待感よりも、むしろ危機感の方であった。
律(演奏技術とやる気はあるんだけど……やっぱり、バンドとしての経験がまだまだ足りてないよな……)
アイドルとしての彼女達の意気込みは十分だとしても、肝心のバンドとしてはまだまだ実力不足……むしろ、彼女達よりも腕の良いバンドは数え切れない程いる、それが律の正直な感想だった。
バンドとして、プロとして大勢のお客さんからお金を頂いている以上、今のままではまずい。
プロとして活躍する以上、彼女達の歌と演奏には当然、それ相応の金銭が発生する。そして観客は彼女達のライブに価値を見出し、決して少なくない料金と時間を消費してパスパレの歌を聴きに来てくれているのだ。
今はまだデビュー間もない新人アイドルグループだからこそ、観客も事務所のスタッフも甘い目で見てくれてはいるが、それも長くは続かないだろう。
今後も彼女達が生演奏を行うアイドルバンドとして活動をしていくのであれば、バンドとしてのレベルアップは必要不可欠である。
また、アイドルとバンド、この二足の草鞋を完璧に履きこなす事ができれば、彼女達は更に前へと進むことが出来ると……そんな期待も律の中に僅かながらあった。
焦りを感じた律は考えた。今の自分がマネージャーとしてパスパレの皆に何が出来るか、今のパスパレの実力を引き伸ばすために、何をすべきかを考えた。
そして考えた末の結論として、ある曲を練習曲として演奏してもらうことを思いついたのだった――。
―――
――
―
【会議室】
彩「急にミーティングだなんて、田井中さんどうしたんだろうね?」
日菜「あ、もしかして、次のライブの話だったりして」
イヴ「前回のライブも好評だったみたいですし、そうかも知れませんねっ」
千聖「……どうかしら、田井中マネージャーのメールの感じからして、そんなに甘い話ではなさそうだけど……」
麻弥「あ、皆さん、田井中さんが来ましたよ」
会議室へと入って来た律に向け、5人は起立し、一礼と共に元気良く挨拶をする。
一同「田井中さん、お疲れ様ですっ!」
律「うん、お疲れ様ー……みんな揃ってるよね?」
千聖「はい、時間通り、全員揃ってます」
日菜「それでそれで、マネージャーさん、今日は何の話なの?」
彩「もしかして、次のライブのお話ですか?」
律「まぁまぁみんな落ち着きなって。えー、まずはみんな、先日のライブイベントお疲れ様でした、お客さんの受けも良かったし、十分パスパレのアピールにもなったと思います」
彩「よかったぁ……」
イヴ「はい、皆さん、ライブのためにすごく頑張ってました!」
日菜「うんうん、お客さん、結構盛り上がってたもんねー」
千聖「………………」
麻弥「………………」
律の言葉に千聖と麻弥以外の3名は安堵の表情を浮かべている。が、続く律の言葉が、その安堵の空気を打ち消していた。
律「けど……みんな自身は前回のライブ、正直どう思った?」
メンバー一人ひとりの顔を真顔で見ながら、律は問いかける。
日菜「確かに、完璧とは言えなかったかも知れないねー、彩ちゃんまた音外してたし」
彩「うぅっ……確かに、そうだったね……」
日菜「まぁ、それも彩ちゃんの持ち味みたいなところでもあるし、お客さんも笑ってくれてたから大丈夫だったと思うけど」
イヴ「皆さん、とてもよく頑張っていたと思います! 私は、皆さんの練習の成果がよく出てたライブだったと思います!」
彩「イヴちゃん……」
千聖「ごめんなさい、イヴちゃんには悪いんだけど……私としては正直、『何とかなった』という印象の方が強かったですね……」
麻弥「ジブンも千聖さんに同意です……実際、ジブンが走りすぎたせいで、音の乱れた所がいくつかありましたし……」
日菜「あれ、そうだったっけ? あたし全然気付かなかったよ?」
千聖「ああ、あの時ね……日菜ちゃんは瞬時に対応できていたけど、私は少し危なかったわ……」
律「みんなの言う通り、前回のライブは確かに問題はなかった……でも、満点だったかと言われれば、決してそうじゃなかったと思うんだ」
律の言葉に全員が息を呑む。皆……少なからず思い当たる節があるようだった。
千聖「いつまでも及第点のままでは、来てくれたお客さんに申し訳ないわね……」
彩「そうだね……私も次のライブまでに、もっと練習しておかなきゃ……」
イヴ「日々精進!……ですね」
律「確かにみんな……日菜ちゃんなんかは特にそうだけど、難しいコードもどんどん覚えていってるし、リハではやらなかったアレンジを入れられるだけの余裕を持って演奏してる」
律「麻弥ちゃんも元々スタジオミュージシャンをやってただけあって、演奏の技術は安心できるし、彩ちゃんもよく声が通ってるから難しい高音だってしっかり歌えてるし、正直歌唱力は前に比べたら桁違いに向上してると思う」
律「千聖ちゃんのベースはブレる事なく終始安定してるし、イヴちゃんのキーボードも外れずにこなせていて、二人ともソロパートだって問題なくこなしてる」
律「正直、みんな技術に関しては問題ないと思う……でもそれだけで、“バンド”としてはまだまだじゃないかと私は思うんだ」
個々の演奏を分析し、良い点についてはきちんと評価した上で、それでもバンドとしてはまだ足りないと、律は結論づける。
その分析に異論は無いのか、特に5人から不満の声が上がることはなかった。
イヴ「タイナカさん、私達のこと、ちゃんと見てくれてたんですね……私、すごく嬉しいですっ♪」
千聖「そうね……そんな人にマネージャーになって貰えて、私達はとても幸せだと思うわ」
日菜「んんん……でもさー、それじゃ私達がバンドとして成長するためには、一体どうすればいいんだろうね?」
彩「やっぱり、もっと自主練をやるしかないのかな……?」
律「もちろんそれは大事……だけど、それは今まで十分やってきたでしょ」
麻弥「個々の演奏技術に問題がないのなら、あとはどんどん音合わせを重ねていくしかないと思いますが……」
律「なーのーでー、今日はそんなみんなに、練習にうってつけの曲を持ってきましたっ!」
ふふふと含み笑いを浮かべつつ律は、1枚のカセットテープを高々に取り出した。
日菜「えっと……何それ?」
彩「何かで見たことはあるけど……何だったっけ?」
律「なっ……まさか……みんなコレを知らない世代か??」
初めて見るカセットテープの存在に疑問符を浮かべるメンバーに対し、麻弥だけが違うリアクションを取っていた。
麻弥「それ、カセットテープじゃないですか! ジブン久々に見ましたよ!」
律「お、さすが麻弥ちゃん、詳しいねー」
麻弥「フヘヘ……昔はよく、ジブンの声とか録音して遊んでましたよ、懐かしいなぁ」
日菜「ってことは、それには何か曲が入ってるの?」
律「うん、まぁみんな、一度聴いてみてよ」
言いながら律はカセットデッキをカバンから取り出し、セットし、再生ボタンを押す。
程なく、サーっとした僅かなノイズの後に聴こえてくる、懐かしい前奏……。
律自身、この曲を聴くのは何年ぶりだろうかと思い返していると、聴き馴染みのある歌声がスピーカーから流れて来た。
~~♪ ~~♪
歌声「――キミを見てると、いつもハートDOKI☆DOKI……」
律(懐かしいな……)
真剣に曲を聴く皆に気付かれぬよう、小刻みにリズムを取りつつ、律は学生時代を共に過ごした仲間達の事を思い出していた。
―――
――
―
そして曲が終わりを告げ、停止ボタンを押してカセットを取り出し、皆の反応を見る。
律「とまぁ、こんな感じなんだけど、どうだった?」
彩「可愛い曲だね……歌ってる人の声もすごく綺麗で、ふふふっ……私は好きです! この曲!」
日菜「へぇ~~………あ、うんうん! なんていうか……ルンッ♪って来たっ!」
千聖「凄く可愛らしい歌詞だけど、それとは逆に曲調は……ロック風っていうのかしら? 聴いてるだけで気分が上がってくる曲ですね」
イヴ「はい、聴けば聴くほど、元気になれる曲だと思います!」
皆が皆、曲に対する好評を口にする……その中でも、麻弥の眼は他のメンバーの誰よりも輝いており、流れていた曲への関心を露わにしていた。
麻弥「それだけじゃないですよ皆さん……この曲、凄く作り込まれてますよ!」
麻弥「まず、ギター、ドラム、ベース、キーボード……各パートがそこまで複雑な作りでなく、シンプルに仕上がってます! それに音がきっちり別れてますから耳コピもしやすい作りになってますし……」
麻弥「それでいてマイナーコードもありませんので演奏しやすく……というかこの曲、完全にバンド演奏の基本テクニックだけで構成されてますっ!」
彩「凄い、麻弥ちゃんが燃えてる……」
律「初めて見たな……麻弥ちゃん、テンション上がるとこんなに喋るのか……」
麻弥の熱意に呆気にとられる5人だった。が、それからも麻弥の解説は止まることなく続けられた。
麻弥「曲調はシンプルですけど、でも、いやだからこそと言いますか、シンプルだからこそテクニックのある人なら遊びやすい、つまり、アレンジがしやすくなってるんですよね」
麻弥「曲の出だしも各パートが順々に入る構成になってますからリズムが狂うことなく入れますし、演奏してる人達の腕が良い事もあり、曲そのものの安定感が違います!」
千聖「ええと……麻弥ちゃん、つまり、どういう事なの?」
麻弥「はっ……! フヘヘ……すみません、つい熱くなっちゃいました……」
麻弥「こほんっ……ええと、一言で言えばこの曲、プロアマ問わずバンドの練習曲に相応しい一曲って事ですね!」
日菜「うんうん、麻弥ちゃんの言うこと、なんとなく分かるなー。ギターもそんなに難しくないし、演奏しやすそうだなって思ってたんだ~」
麻弥「でもこの曲、一体どこのバンドの曲なんですか? ジブン、こんなバンド演奏のお手本みたいな曲、今まで聴いたことありませんでしたけど」
律「あー……まぁ、それは今はいいじゃん!」
なまじ音楽に対する知識がある麻弥に自分の曲が絶賛されたということもあり、照れ隠しに徹する律だった。
律「とにかく、今日から2週間、みんなはこの曲だけを演奏して自主練してみて」
千聖「この曲だけを……ですか?」
律「うん、みんな演奏技術は問題ないし……ならあとは、バンドとしての一体感が強まればいいんじゃないかって思ったんだよ」
彩「譜面や歌詞カードはあるんですか?」
律「無い。っても、今のみんなの腕なら譜面は無くても問題ないと思うよ」
麻弥「そうですね……何度か聴けば、自然と感覚で覚えてしまうと思います。耳コピもしやすいので、譜面に起こすとしてもそんなに時間はかからないと思いますよ」
律「この曲を、今日からパスパレのみんなで、パスパレの曲にしてみてちょうだい、私も可能な限り付き合うからさ」
一同「はいっ!」
この曲を彼女達なりのやり方で演奏出来れば、恐らくは今までの及第点を満点にすることが出来るだろうと律は考えていた。
そして、翌日より行われたパスパレの自主練には律も可能な限り参加し、バンド経験者として各メンバーに的確なアドバイスを行っていた。
律「日菜ちゃんはもう少し周りを置いてかないように合わせてみて……彩ちゃんはどうかな?」
彩「ん~、この歌詞、書いた人はどういう気持ちで書いたんでしょう……それが分かれば、もっと上手に歌えると思うんですけど……」
律「あーーー、それは考えなくていいよ、アイツの感性はきっと誰にもわからないし」
彩「…………?」
律「まぁ、彩ちゃんなりに歌ってみればいいよ、作った奴の事は深く考えずにさ」
彩「はい……??」
彩(この曲作った人、田井中さんの知り合いなのかな?)
麻弥「田井中さんの指導、凄く的確で理にかなってますね……さすが元バンドマンの人って感じがします」
千聖「ええ……丁寧だけど決して固くないように教えて下さって……何ていうか、歳の近い先輩に教えてもらってるって感じがするわね」
イヴ「はい! リツさんのおかげで私、バンドの何たるかがより分かったような気がしますっ♪」
観客として、また元演奏者としての律の助言を彼女達は聞き入れ、自分達の演奏に活かしていった。
そしてメンバー全員が律の親身な指導を受け、バンドとしての成長を徐々に実感していき、律の存在を認めていく。
それから数日、気付いた時にはもう誰も律のことを苗字や役職で呼ぶことはせず、親しみを込め、名前で呼んでいた――。
彩「あーあーかーみさーまおねーがい……うーん、もっと柔らかい感じで行った方がいいのかな?」
日菜「う~ん、私的に今のはムムっ? て感じだったなぁ」
麻弥「彩さん! ジブンは今の感じでいいと思います!」
彩「う~ん、どっちで行こう……」
千聖「イヴちゃん、ラス前のパート部分だけど少しだけ音が浮いてたわ、もっと入ってきても良いと思うわよ」
イヴ「はい! チサトさん、ありがとうございますっ」
律(あー……すっげー懐かしいな……この感じ)
――音楽に、バンドにひたむきに、真剣に向き合うボーカルの彩。
――独特な雰囲気でバンド内の空気を和ませるギターの日菜に、キーボードのイヴ。
――彼女達を後ろで見守り、絶えず支え続けるドラムの麻弥。
――そんな彼女達を優しく、しっかりと取りまとめるベースの千聖。
それぞれがそれぞれの夢を目指し、輝いていた。
そんな彼女達の姿が、かつてと自分達の姿と重なって映る。
夢に向かい、ひたすらに練習に打ち込む5人の姿に、今はもう戻れない遠い日の情景を瞼の裏に描きながら、律は彼女達と向き合う。
最初は仕事だけの関係だと思っていたが、今は違う……。
一人の元バンド経験者として、かつての自分達に似た輝きを持つ彼女達を応援したいと……心の底から律は思っていた。
――そして2週間後、律の前で彼女達は見事やりきった。
その結果、バンドとしての一体感は律の想像以上に向上し、それは他の曲でも確実に発揮され、律が抱えていた危機感は、既に期待感へと移り変わっていた。
……それは決して公の場で歌われることのない、パスパレの練習でのみ歌われる曲。
律とPastel*Palettesを繋ぐ、世界で一つだけの歌――。
―――
――
―
【営業車内】
律の顔を見つつ、麻弥は口を開く。
麻弥「あの曲を律さんが教えてくれなかったら、きっと、今のパスパレは全然違うパスパレになってたんじゃないかって思うんです」
律「褒め過ぎだって……あれは私の思い付きみたいなもんだから、そんなに大それた事じゃないよ」
麻弥「……もしかしてあの曲、実は律さんが昔組んでたバンドの曲だったり……」
律「ははは、そうかも知れないし、そうじゃないかも知れないなぁ」
照れくささを堪えつつ、律は麻弥の問いかけを受け流す。
麻弥「フヘヘ……そうだ、律さん……律さんは今、バンドはやられてないんですか?」
律「ああ……昔のメンバーもみんな仕事が忙しいみたいだし、みんなで集まるってコト自体があんまり無いからねぇ」
律「……でも、今日は夕方から同窓会でさ、久々にみんなと会うことになってるんだ」
麻弥「わぁ、それは良かったじゃないですか!」
律「だからこの後、凄く楽しみなんだ、あははっ」
麻弥「……ジブン、いつか律さんの演奏も聴いてみたいです」
律「うん、まぁ……いつか機会があれば……ね」
麻弥の言う通り、いつかそんな日が来ればいいなと思いながら、律は車を飛ばす。
そして出版社での打ち合わせを終えた後、事務所に戻り、麻弥と解散してから、今日の報告を済ませる。
律「じゃあ、私はこれで……」
スタッフ「あれ、田井中さん今日は上がり早いんですね?」
律「うん、今日はこれから予定があってね」
スタッフ「そうだったんですね、お疲れ様です」
律「うん、お疲れ様~」
事務所を後にし、夕暮れに染まる街を歩く。
その時、律の携帯が着信を告げる。電話の主は、律のよく知る幼馴染からだった。
律「ああ……うん、わかってる、もう向かってるよ……はーい、それじゃまた後でな~」
律(……あいつも、待ちきれないのかな?)
携帯を仕舞い、微笑みながら軽い足取りで律は向かう。
かつて高校時代を共に過ごした、仲間達の集う場所へ――。
最終更新:2019年12月14日 17:57