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あずにゃん達がトンちゃんにごはんをあげて、
クラスの用事に戻ってから、私は『わたしの恋はホッチキス』を弾いていました。
あずにゃんが軽音部に入ったばかりで悩んでいた時、
私達の部に残ってくれる決心をしてくれた曲……かな?
あずにゃんに詳しく訊ねてみた事は無いけど、そうだったらいいな。
あずにゃんが入部してくれた時、私達はすっごく嬉しくて、ワクワクして、
でも、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃってたかも、って今は反省しています。
きっとあずにゃんがしようと思ってた部活と私達のしてた部活がちょっと違ってて、
だから、あずにゃんは悩んじゃって、泣いちゃったりもしたんだと思うんだよね。
それは私達が後輩との付き合い方をよく分かってなかったからだったんだけど……。

でも、あずにゃんは私達の軽音部に残ってくれました。
『わたしの恋はホッチキス』を聴いたからかどうかは分かんないけど、残ってくれました。
もうすぐ私達が卒業する今の季節になるまで、あずにゃんは軽音部で笑顔を見せてくれました。
顔を見たら抱き着きちゃいたくなるくらい、嬉しくてムズムズしちゃいます。
私達の後輩でいてくれてありがとう、あずにゃん。
これからも卒業するまで……、ううん、卒業しても大切にしてあげたいな。


「ちょっと失礼するわね」


「唯が一人で練習してるなんて珍しいな」


『わたしの恋はホッチキス』を演奏し終わった頃、
また軽音部の扉が開いて、和ちゃんと澪ちゃんが部室の中に入って来ました。
タイミングがいいのは、私の演奏が終わるのを待っててくれたからなのかな?
私が『私だって一人で練習する事くらいあるよー』と言おうと口を開いた時、
和ちゃん達の後ろにちょっと珍しい顔を見つけて、その言葉が止まってしまいました。
代わりに違う言葉が私の口から出て来ます。


「あれ、どうしたの、憂?」


和ちゃん達よりちょっと遅れて部室に入って来たのは憂でした。
今まで無かったって程じゃないけど、憂が部室に顔を見せるなんて珍しいなあ。
あずにゃん達と一緒に部室に来た事は何度かあるみたいだけど、
私達が部活をしてる時に憂が顔を見せる事はあんまり無いんだよね。
私の部活を邪魔しないように遠慮してるのかな……?
遠慮しなくてもいいのに……って、いつも思うけど、そんな憂の気持ちが嬉しいのもホントです。
傍に居なくても、憂はちょっと離れた所から私の事を見ててくれてるんだよね。
今日くらい、晩ごはんの後片付けを手伝ってあげちゃおうかな?
『それよりお姉ちゃんは受験勉強しなくちゃ』、なーんて言われそうだけどね。

そんな感じで私が一人で少し笑っちゃってると、憂もいつもの可愛い笑顔を見せてくれました。


「お疲れ様、お姉ちゃん。
さっきの演奏、すっごく素敵だったよ!」


「えへへ、ありがとー、憂。
お姉ちゃんは一人でも部室でちゃんと練習してるんやでー!
……って、そんな事より、折角来たんだから憂も和ちゃん達もゆっくりしていってよー」


「ありがとう、お姉ちゃん。
でも、ごめんね、今はちょっとゆっくり出来ないんだ。
今日はね、和さんのお手伝いをしてるの」


「和ちゃんの?」


呟いて私が視線を向けると、和ちゃんが少し申し訳なさそうに笑いました。
一度だけ澪ちゃんと顔を合わせてから、私に説明を始めてくれます。


「今日は生徒会の仕事の片付けを澪に手伝ってもらうって言ったでしょ?
それで澪と作業をしてる時にね、憂が生徒会に顔を出したのよ。
事情を説明したら憂も作業を手伝うって言ってくれてね。
そういうわけで、悪いけど憂にも作業を手伝ってもらってるって事なの」


「へー、そうなんだー。
生徒会のお仕事は終わりそうなの?」


「もう少しって所かしらね。
後は各部活動の書類を集めれば終わりって所よ。

そうそう。
それで今、色んな部室を回ってるわけなんだけど、
ねえ、唯、律達が何処に居るかは知らないかしら?
書類を書いてるはずの教室で姿が見当たらなかったのよ。
軽音部に顔を出してるのかとも思って来てみたけど、そういうわけでもなかったみたいね」


「あ、りっちゃん達ならさっき部室に来たよ。
りっちゃん達も和ちゃんの事を捜してたみたいだよ?」


「そうなの?
残念、入れ違いになっちゃったみたいね。
でも、ちょっと安心したわ。
律もちゃんと仕事をしてくれてはいるのね」


「まあ、律もたまにはな」


和ちゃんの言葉に澪ちゃんがちょっと嬉しそうに反応します。
澪ちゃんもりっちゃんがちゃんと仕事してるのが嬉しいのかも。
りっちゃんの幼馴染みの澪ちゃん。
りっちゃんと居ない時はクールでカッコいい雰囲気なのに、
りっちゃんと一緒に居る時の澪ちゃんはいつも賑やかで、それがとっても面白いです。
皆の前と幼馴染みの前で見せる顔じゃ、全然違うって事なのかもね。

私も和ちゃんの前だとちょっと違う顔を見せちゃってるのかな?
自分じゃ分からないけど、とにかく和ちゃんは私の大事な幼馴染みです。
幼稚園の頃からずっと一緒で、困った時には助けてくれて、そんな和ちゃんが私は大好きです。
卒業までに何か恩返しをしたいけど、私に何か出来るかなあ……?
うーん、前に和ちゃんに訊ねてみたら、
『唯が無事に大学に合格する事が一番の恩返し』とか言われたんだけどね……。
そんなのでいいのかなって思わなくもないけど、それが和ちゃんへの恩返しになるんなら頑張らなくちゃね。
でも……。


「和ちゃんも受験シーズンなのに大変だよねー。
私も何か手伝った方がいいかな?」


皆にしてもらってばかりなのが悪い気がして、私は和ちゃんに訊ねました。
今日は皆忙しそうだから、私も何かしなくちゃって思ったんだ。
でも、和ちゃんは笑顔で首を振ってくれました。


「いいのよ、唯。
仕事ももうすぐ終わるし、今日律達が忙しくしてるのも方便に近いもの。
色々他に準備する事があるのよ。
だって、今日は……」


「うわあっ!」


急に大声を出して、澪ちゃんが和ちゃんの口を左手で塞ぎます。
澪ちゃん、すっごく慌ててるみたい。
うーん……、何だろ?
私は首を傾げて、慌てる澪ちゃんの隣で苦笑いしている憂に訊ねてみます。


「何? どうしたの?
今日、何か準備する事があるの?
ひょっとして鍋パーティーとか?」


「え……、えっとね……。
今日の夕飯、お鍋がいいならお鍋にするけど、そうじゃなくてね……」


憂は私から視線を逸らして汗まで滲ませてるみたいでした。
皆で隠れて何をやってるんだろう……?
私がそれを訊こうと口を開いた瞬間、
澪ちゃんが憂と和ちゃんの腕を掴んでそそくさと部室の扉の方に向かっていきました。
一度だけ私の方を振り返って、ぎこちない笑顔で澪ちゃんが言いました。


「わ、私達、これから律達を捜しにいってくるよ!
律達の事だし、多分、教室に戻ったかその辺に居るだろうしな!
じゃっ、また後でな!」


その言葉だけ残して、三人は軽音部の部室から出て行きました。
私は一人部室の中に残されてしまいます。
何だか嵐みたいだったなあ……。
澪ちゃんは否定するだろうけど、こういう所がりっちゃんとそっくりだと思うなあ。


「幼馴染みかあ……」


呟きながら、私は何となく『冬の日』の演奏を始めます。
長い間封印されていた澪ちゃんの歌詞をムギちゃんが発掘して、採用された曲です。
私はよく知らないんだけど、何でかりっちゃんが封印してたみたいなんだ。
凄くいい歌詞なのにどうしてなんだろう?
りっちゃん的に何か気に入らない所があったのかな?
そう思いながら、私は憶えている歌詞を口ずさんでみます。


「……あれ?」


口ずさんでみて、私は一つの事に気付きました。
『前髪を下ろした君の姿も見てみたい』って歌詞。
今まで気付かなかったけど、これってりっちゃんの事っぽいよね?
いつもカチューシャで前髪を上げてるし、
それでひょっとしたらりっちゃんは自分の事を歌われてると思ったのかも。
澪ちゃんが何を考えて『冬の日』を作詞したのかは私には分かりません。
ただのりっちゃんの勘違いで、『冬の日』は別にりっちゃんの事を歌ってるわけじゃないのかもしれません。
でも、澪ちゃんが本当にりっちゃんの事を考えて作詞したんだったら、
それはとってもとっても、とっても素敵な事だと思うなあ……。
うん、とっても素敵な幼馴染みだよね。




気が付けばその子は部室の扉の前に立っていました。
『冬の日』を弾き終わった後、トイレに行こうと思って扉を開けるとそこに立っていたのです。
私、すっごく驚いちゃって、思わずちょっと漏らしちゃいそうだったくらい。
いやいや、漏らしてないよ?
ホントだよ?

その子は私が驚いた様子なんて気にせず、表情も変えないで静かな声で私に言いました。
クルクル可愛い髪型を揺らして、お姫様みたいでした。


「こんにちは」


「こ……、こんにちは?」


「律、居る?」


「い、今は居ないけど……」


「そう」


その子――いちごちゃん――がまた表情も変えずに呟きます。
りっちゃんが居ない事が残念なのか、そうじゃないのか、いちごちゃんの表情からは分かりません。
お姫様みたいに可愛いいちごちゃん。
私のクラスの中でも、澪ちゃんと肩を並べるくらいに人気のある子です。
でも、私はあんまりいちごちゃんとお話しした事が無いんだよね。
いちごちゃんは口数の少ない子だったし、
りっちゃんと仲が良いみたいだったから、邪魔しちゃいけない気がしたんだ。

いちごちゃんは不思議とりっちゃんと仲良しさんなんだよね。
二人は全然違うタイプに見えるのに不思議だなあ。
流石は渡り鳥のりっちゃんだよね。
コージー……なんだっけ?
コージー・パー……、パーマン?
まあ、いっか。
とにかく、りっちゃんはそのコージーさんみたいって澪ちゃんが前に言ってたけど、私もそう思うな。
りっちゃんは色んな子と仲良くしてるし、仲良く出来てる子だもん。
いちごちゃんみたいな正反対のタイプに見える子ともすっごく仲良くしてる。
だから、そんなりっちゃんの姿が見たくて、学祭のライブに来てくれた子も多かったんじゃないかな。
勿論、澪ちゃん目当ての子も多いんだろうけどね。

私はちょっと笑ってしまいました。
りっちゃんと澪ちゃんに人気がある事が面白かったんじゃなくて、
あずにゃんが前に教えてくれた話を何となく思い出しちゃったんだ。
りっちゃんんに似てるっていう渡り鳥のコージーさんだけど、
『オクトパス』っていう名前のアルバムを出した事があるんだって。
オクトパス……、タコさんです。
元気いっぱいにドラムを叩くりっちゃんの手の動きにぴったりで、何か面白い。
タコさんりっちゃん……、ぷくくっ。


「何?」


私が笑っちゃったのが気になったみたいで、いちごちゃんが私に訊ねます。
私は笑いたいのをどうにか我慢して、胸の前で手を振りました。


「ううん、何でもないよ、いちごちゃん。
それよりどうしたの?
りっちゃんに何か用なの?」


「借りてたノート、返しに来たんだけど」


「あ、そうなんだ。
って、りっちゃんのノート?
いちごちゃんが?」


「ううん、律のノートじゃないよ」


言ってから、いちごちゃんが手に持っていたノートを見せてくれました。
そのノートの文字には見覚えがあります。
りっちゃんの字じゃなくて、これは……。


「澪ちゃんのノート?」


「うん。律に貸してもらった」


「そうなんだー」


なるほど、と思いました。
りっちゃんのノートは落書きばっかりだから、
成績がいいいちごちゃんが借りるなんて変だって思ってたんだよね。
いちごちゃんが勉強で分からない所があって困ってたから、
りっちゃんが澪ちゃんのノートを借りて渡してあげたって事なんだね。
直接借りればいいのにって思いそうになったけど、
よく考えなくても澪ちゃんといちごちゃんが話してるのなんて想像出来ないよ……。


「分かったよ、いちごちゃん。
そのノートは私がりっちゃん……、じゃなくて、澪ちゃんに返しておくよ。
私にどーんと任せて!」


「ありがとう」


そう言って私にノートを手渡した後、
いちごちゃんは私の後ろに何度か視線を向けました。
何か気になる事があるのかな?
もしかしたら軽音部の部室が気になるのかも。


「ねえ、いちごちゃん」


「何?」


「部室見てみる?」


「いいの?」


「勿論だよー、入って入って。
お一人様、ご案内ー!」


いちごちゃんの背中を押して、私は部室の中に戻ります。
いちごちゃんは相変わらず表情を変えませんでしたが、楽しそう……なのかな?
いつもと違った雰囲気で部室の中を静かに見回していました。
学祭の時、私達のライブの手伝いをしてくれたいちごちゃんです。
もしかしたら、軽音部にちょっとは関心があるのかも。


「ここが軽音部の部室だよー、どう?」


「うん」


いちごちゃんはそれしか言いませんでしたが、それでいいのかも、って私は思いました。
何に興味があるか分かりにくいいちごちゃんだけど、
ちょっとでも軽音部の事が気になってくれてるのは、すっごく嬉しい事だもん。
ここはいちごちゃんの好きにさせてあげる所だよね。

いちごちゃんはしばらく部室の中を見回してたんだけど、
十分に見終わったと思ったのか、静かに呟くみたいに言いました。


「軽音部、楽しい?」


「うん! すっごく楽しいよ!
りっちゃんは元気だ、澪ちゃんはカッコいいし、
ムギちゃんは楽しいし、あずにゃんは可愛いし、私、軽音部が大好き!」


「そう」


「いちごちゃんは部活が楽しくないの?」


「そういうわけじゃないけど」


「じゃあ、きっと好きなんだよね」


「そうかもね」


そう呟いたいちごちゃんの顔はちょっとだけ嬉しそうに見えました。
私の気のせいだったのかもしれないけど、そうだったらすっごくいいよね。
私といちごちゃんは選んだ部活は違うけど、
性格も結構違っちゃってるけど、部活が好きだって所は一緒だと思うもん。
色んな所が違ってても……。
もしかしたら、いちごちゃんはそれを確かめに今日軽音部に来たのかも、
卒業の前に色んな物を確かめておこうと思って……、なーんて、ちょっと自意識過剰かな?
私がそうやって笑顔でいると、「そういえば」といちごちゃんがまた呟きました。


「おめでとう」


「おめでとう……って?」


「ほら、今日は」


「憶えててくれたんだ!
ありがとう、いちごちゃん!」


「別に。お礼を言われるような事じゃないよ」


「でも、嬉しいからありがとうって言わせてよー!
ホントにありがとー、いちごちゃん!」


「どういたしまして」


呟いたいちごちゃんの手を取って、私はそのままいちごちゃんを長椅子に座らせます。
急な私の行動に、いちごちゃんはちょっと戸惑ったみたいに見えました。
戸惑った顔っていうのが残念だけど、いつもと違う顔か見れるのは何だかちょっと嬉しいな。
これから戸惑った顔じゃなくて、喜んだ顔にしてあげられればもっと嬉しい!
長椅子に座りながら、いちごちゃんは首を傾げてまた呟きました。


「何?」


「憶えておいてくれたお礼だよ!
一曲、いちごちゃんにお礼の曲を弾いてあげたいんだ!
……駄目かな?」


「お礼の曲? 別にいいけど」


「よかったー!
じゃあ、聴いててね!
お送りする曲は私達の代表曲の『ふわふわ時間』!
……とその前に」


「どうしたの?」


「私、トイレ行きたいんだった!
急いで行って来るからちょっと待ってて!」


「いってらっしゃい」




「ゆうやけこやけでひがくれてー」


夕焼けの中、私は歌いながら部室から出ました。
勿論、ギー太も一緒です。
私達は一心同体の相棒なんだから、いつでも一緒なのは当たり前だよね。

お礼の『ふわふわ時間』を聴いてもらった後、教室に戻るいちごちゃんを見送りました。
気のせいかもしれないけど、いちごちゃん、ちょっとだけ笑ってくれたように見えた気がします。
気のせい……じゃないよね?
またチャンスがあったら、いちごちゃんに私達の曲を聴いてもらいたいです。
意外と『ごはんはおかず』が好きだって言ってたから、いつか絶対に演奏してあげたいな。

それにしても、今日は珍しく、最初から最後まで部室に一人っきりだったなあ。
ううん、珍しく、じゃなくて、これまで軽音部で活動して来て、初めての事だったかもしれません。
代わる代わる皆が訪ねてくれたけど、今日の私は部室でずっとひとりぼっちでした。
ひとりぼっちの部室……。
それは初めての経験だったけど、不思議と寂しくなかった気がします。
私は一人だったけど、一人じゃなかったと思うんだ。

勿論、皆が訪ねてくれたからでもあるよ。
だけど、それだけじゃないんだよね。
今日は私達の色んな曲を一人で演奏して、曲の事を色々思い出して、分かったんだ。
少しだけ前の事を考えてみても、最近の事を考えてみても、私は一人じゃなかったんだって。
大切な友達や幼馴染みや家族や仲間、それにクラスメイトに支えられてたんだって。
私が軽音部を大切に思えるのは私だけの力じゃなくて、みんなのおかげだったんだなあってね。

いつも私の手助けをしてくれる憂。
私の事を見守ってくれてる和ちゃん。
私にいっぱいの元気をくれるりっちゃん。
カッコよく見えるけど、可愛い所もいっぱい持ってる澪ちゃん。
何でも全力で楽しんで、いつも生き生きしてるムギちゃん。
小さくて可愛いけど、とっても頼りになるあずにゃん。
あずにゃんを見守ってくれてるモコモコ可愛い純ちゃん。
ちょっと不思議だけど、私達の曲を好きだと言ってくれるいちごちゃん。
勿論、さわちゃんや紀美さん、お父さんやお母さん、クラスメイトの皆……。
皆、私の事を支えてくれて、見守っててくれてたんだ……。

皆、大好きだよ。
私を支えてくれてありがとう。
私に大好きって気持ちを教えてくれてありがとう。
ホントにホントにありがとう。
お返しに私に何が出来るのか分からないし、
歌う事とギー太を弾く事しか出来そうにないけど……。
そのギー太の腕前もまだそんなに上手くないけど……。
でも、いつかは絶対、このありがとうって気持ちを皆に伝えたいな。

それにね……。
忘れないよ。
皆と一緒に過ごした楽しかった毎日の事。
いつか本当にひとりぼっちになる事があっても、皆の事は忘れないもんね。
和ちゃんとは別の大学に行く事になると思うし、
あずにゃんだって私の行く大学に来てくれるか分からない。
お父さんやお母さん、憂とも別れて暮らす日もいつか来るはずだしね。
でも、絶対に忘れないよ。
私に大好きって気持ちを教えてくれた大切な皆が居てくれた事を。

って、えへへ、ちょっとカッコ付け過ぎたかな?
でも、これは私の本当の気持ちだし、今日くらいはいいんじゃないかなって思うんだ。
今日は皆が私の事をお祝いしてくれる日。
私が生まれてきた事を喜んでくれる日。
今までは私もそれが嬉しかったんだけど、そうじゃなかったんだって、今日気付けたよ。
今日は皆に感謝する日でもあるんだよね。
今日は今まで皆が私と一緒に居てくれた事に感謝する日。
感謝の気持ちを伝えなきゃいけない日。
だから――

そうして、私が決心して靴箱で靴を履き替えた時、
玄関の陰から二つの人影が飛び出して来て大きな声で言いました。


平沢唯! お命頂戴!」


「覚悟しろー!」


聞き慣れた声。
聞きたかった声。
りっちゃんとムギちゃんの声だ……!
そう思って嬉しくなった瞬間、耳に痛い音が響いて火薬の臭いがしました。

ぱん!
ぱん!


「わあっ! 何っ? ピストルっ?」


私はびっくりして変な事を言ってしまいます。
でも、勿論、そんなわけがありません。
突然現れたりっちゃんとムギちゃんが持っていたのは、
ピストルじゃなくてパーティーグッズのクラッカーでした。
火薬の臭いと大きな音を出してるのはこのクラッカーみたいです。


「おいおい、やり過ぎだぞ、律」


「そうですよ、ムギ先輩まで」


りっちゃん達に続いて、澪ちゃんとあずにゃんが玄関の陰から出てきます。
ううん、二人だけじゃなくて、和ちゃんや憂、純ちゃんにさわちゃんまで……。
皆、私の部活が終わるのを待ってたんだ……。


「お姉ちゃん」


私の大好きな笑顔で憂が皆より一歩踏み出して、大きな箱を私の目の前に差し出します。
憂の小さな手のひらじゃ抱えきれない大きな箱。
「じゃじゃーん!」って言いながら、りっちゃんが憂の持ってるその箱の蓋を取りました。
中に入っていたのは一人じゃ食べ切れないくらい大きなショートケーキ。
そのショートケーキの上に載せてあるチョコレートには、
『お誕生日おめでとう!』ってデコレーションで書いてあって……。


「誕生日おめでとう、唯!」


「おめでとう、唯」


「唯先輩、おめでとうございます」


「もうすぐ大人の仲間入りね、唯ちゃん」


「これから唯ちゃんのおうちでパーティーよー!」


そうして、皆が拍手して私をお祝いしてくれました。
そっか……。
今日、皆が部室に来なかったのは、
生徒会やクラスの用事もあったんだろうけど、
裏で私の誕生日のサプライズパーティーの用意をしてたからなんだね……。
嬉しいな……。
すっごく嬉しい……。
私は声が詰まってしまって、何も言えなくなってしまいます。


「ど、どうしたんだ、唯?
ひょっとして自分の誕生日が忘れられてるのかも、とか思ってたのか?
違うって! サプライズパーティーがしたかっただけなんだって!」


「り、律が悪いんだぞ!
律が唯をびっくりさせようとか言い出すから!」


「私のせいかよ!」


何も言わない私の様子を不安に思ったみたいで、りっちゃん達から慌てた声が聞こえてきます。
でも、ううん、そうじゃないんだよ、皆。
嬉しいから、すっごくすっごく嬉しいから、
胸がいっぱいになっちゃって声が出せないだけなんだ……。

でも、そんなの駄目だよね。
私は皆に感謝の気持ちを伝えたいって考えてたんだもん。
いつもは照れ臭いけど、今日はそれが出来る日なんだもんね。
だから、私は勇気を出して、元気いっぱいに伝えなくちゃ。
それが私のしなくちゃいけない事なんだから。
それにこれが終わったら今日はパーティーなんだもんね。
皆でパーティーをして、皆で笑顔になっちゃおう!

私は大きく息を吸い込んでから、皆の不安そうな顔を見回します。
一回深呼吸して、私の出来る最高の笑顔になって、私は大きな声で言ったんだ。
パーティーの始まりを告げるみたいに景気よく、
大きな大きな声で言って、まずはりっちゃんに抱き着いたんだ。


「ううん、すっごく嬉しいよ、皆!
私の誕生日のお祝いをしてくれてありがとう!
パーティーの用意をしてくれてありがとう!
今まで私と一緒に居てくれてホントにありがとう!
私にこんな気持ちを教えてくれて、
こんな大切な気持ちを教えてくれて、ホントにありがとう!
私の胸の中にいっぱいなこの気持ち――」









――大好きをありがとう!



おしまい。




最終更新:2012年12月21日 00:18