少し寄り道していきませんか、と、そう言って誘った。二人きりで歩く。

「あずにゃん、今日はありがとうね」

 唯先輩が笑った。私はふ、と、微笑み返す。

「ところで、どこまで行くの?」

「それは着いてからのお楽しみです」

「そっかあ」

 駅まで行くのかな、と、独り言を浮かばせて唯先輩はふらりと歩く。軽い足取り。
 移り気に蛇行する足跡を追うのは簡単だ。ゆっくり歩いて横に並ぶ。

「すぐ年下になっちゃいましたね」

「うん?」

「昨日までは唯先輩と同い年だったんですよ、私」

「おおー。そいえばそだねえ」


 ……だからどうと言うわけでもない。数日同い年だったから、なにか変わったことがあるわけでもない。
 それは例えば、私と唯先輩が女であることだとか、日本人であることだとか、人間であることだとか。それらと同じくらい当たり前の共通点に過ぎなかった。

 なのに、そんな数日限りの些細な共通点を嬉しく思うのは何故だろう。幼稚な考え方なのは百も承知。普段は子供扱いされるのも、自分を子供だと思うことも嫌なのに。

 唯先輩と同じ。内容がどうであれその事実だけあれば、私は無条件で嬉しいらしかった。

「来年、また追いついてね?」

「……はい」

「こっちですよ、唯先輩」

 駅前に着いた。

「電車乗るの、あずにゃん?」

「いいえ、もう目的地には着きましたから」

 目の前には駅ビルが立っている。そう大きくはないその背丈を見上げる唯先輩は、私の目的なんかには多分……感づく余地もないんだろう。

 楽しそうにはしてくれているし、それでもいいか。私は唯先輩がするのと同じようにビルを見上げた。

「――そうだ唯先輩、ちょっと目をつぶっていてくれませんか?」

 そんなことしなくても、唯先輩はきっと私の目的には気付かないままだ。

 だからこれは口実。
 私が手を引いてあげますから、なんて、本当はその手に触れていたいだけ。

「……唯先輩、もう目を開けてもいいですよ」

 ビルに入ってエレベーターに乗って、最上階のボタンを押して十秒くらい。

 そこはちょっとした展望室だった。
 たかだか5階、やっぱりそんなに高いわけではない。

 それでもなかなかの見晴らしだった。

 眼下には街の灯りがきらきらと輝く。行き交う車のライトが尾を引いて交差する。そんな光景がずっと遠く先のほうまで続いている。
 私はここから見る夜景が好きだった。

「……わあ、すごい、すごいね、あずにゃん!」

 唯先輩がはしゃいでいる。
 よかった、喜んでくれた。

「ちょっと前に見つけたんです。綺麗ですよね」

 最初にこの展望室を見つけたとき、ひとしきりその景色に感動した後、「好きな人と一緒に見れたらな」と、そう思った。

 ……いや、「好きな人とじゃなきゃ見たくない」のほうが正しいかも?
 なんでもない人とは共有したくないな、と、そんなことを考えていた。

「これもあずにゃんからの誕生日プレゼントだね。ありがとう、あずにゃん」

「いえ、私が唯先輩と来たいなって思って、わがままで誘っただけですよ」

「それでも。ありがとう、あずにゃん」

「はい。改めて……誕生日、おめでとうございます、唯先輩」

 そうだ、贈り物のつもりじゃなかった。そもそもこの景色は私のものじゃない。
 ただ、二人で一緒に夜景を見た時間と、その事実を共有したかっただけ。

 それでも喜んでくれるに越したことはないか。きっと今日のことは私との思い出として、ずっと覚えていてくれるはずだ。

 唯先輩が携帯を取り出した。電子音が鳴る。

「写真、撮ったんですか」

「うん。でもだめだなあ、上手く写んないや」

 携帯の画面を見せてもらう。
 特別光がぼやけていたりするわけでもない。素人目には上手に撮れているように見えた。

 でも、なにかが足りない。そうも思った。

 携帯の画面に切り取られた夜景は、実物ほど感動を誘わなかった。

「えーと。撮影シーンは風景、でいいのかな。フラッシュはどうするんだろ……」

 唯先輩は設定を切り替えて、もう一度夜景を撮ろうとしている。


 ……私は――それでもいいと思った。上手に撮れないほうがいいと思った。


 そうすればまた二人でここに来られる。


 この景色を一緒に見た、その時間を二人だけのものにできる。だから、


「今日はもう帰りましょう、唯先輩」


 そう言って手を取った。


終わり





最終更新:2012年12月21日 00:15