‐田井中家‐
澪「律、メリークリスマス」
律「クリスマスは昨日終わったぞ」
澪「良いじゃないか、今年も一人だったんだろう?」
律「だからどうした」
澪「今なら堂々と町中を歩けるぞ!」
律「別にクリスマスでも歩けるよ」
澪「はあ、お前それでも女子高生か?」
澪「クリスマスだぞ、外に一歩でも出てみろ。
溢れんばかりのカップルどもが町をバラ色に染めてくれているぞ、ちくしょう」
律「お前は嫉妬に溢れてるぞ」
澪「ちくしょう!」
律「壁を殴るな!」
聡「ここ俺の部屋なんだけど」
* * *
澪「唯や梓は、家族でクリスマスを楽しみ」
澪「ムギは家が家だから、盛大なパーティーが開かれるそうだ」
澪「ところが、私はなんだ? なにをした?」
律「なにをしたんだ?」
澪「家族とクリスマスパーティーをしたよ!」
律「唯たちと大差ねえじゃねえか!」
澪「いや、唯たちは家族があまり家にいないから、
あの時間は非常に価値のあるものだ」
澪「ところが私は違う! 親がいつでもいる!」
律「幸せそうでなによりだ」
澪「ありがとう、ママ、パパ」
律「それで、同じように家族でクリスマスを過ごした私になんの用だ?」
澪「今こそ私たちは町へ繰り出すべきなんだよ」
律「というのは?」
澪「今なら売れ残りのケーキが安い!」
律「ケーキならまだうちに残ってるけど?」
澪「いただきます!」
律「図々しいな!」
聡「弟の部屋に居座る姉ちゃんたちが一番図々しい」
* * *
律「ケーキ持ってきたぞ」
澪「これが今年のクリスマスケーキだったのか」
聡「あれ、俺のぶんは?」
律「あるわけがないだろう」
聡「もうさっさと部屋から出てけよ!」
澪「聡、ケーキ一つでキレていたら、男になれないぞ」
聡「それはもっともだけど、全然違うよ! そこじゃないよ!」
律「そういえば澪、体重の方は大丈夫なのか。
クリスマスも家族でケーキ食べたっていうし、危ないんじゃないか?」
澪「あっ」
律「……」
聡「……」
澪「……聡、女子のデリケートな話は聞いちゃいけないんだぞ!」
聡「だったら御託は良いからさっさと出てけよ!」
* * *
澪「追い出されたな」
律「聡も年頃なんだ、悪く思わないでくれ」
澪「そういえば何で聡の部屋なんだ?」
律「私の部屋が、お前を入れることが出来ないぐらい散らかってるからなあ」
澪「ほう」
律「なんで興味津々な顔してんの」
澪「ちょこっとだけ。な、ちょこーっとだけ」
律「嫌だよ、人に見せるもんじゃねえし」
澪「おい、私たちは隠し事のない間柄だったはずだろ」
律「初耳だよ」
澪「間違えた、律が隠し事の出来ない性格だった」
律「悪かったな!」
澪「さあさあ」
律「今の流れで見せてもらえるって本気で思ってんの?」
* * *
澪「結局リビングか。つまらないな」
律「お前は本当なにしに来たんだよ」
澪「ところで律、トイレに行きたくないか?」
律「絶対私の部屋には通さねえ」
澪「けち」
律「当然の選択だ」
澪「そうだ、私に部屋を見せてくれるなら、歌をプレゼントしてやってもいいぞ?」
律「甘いのはケーキだけで腹一杯だ」
澪「嫌だなあ、律は。そんなの上書きしてしまえるよ」
律「吐くぞ、本気で吐くぞ」
澪「それは困るな! トイレに行った方が良いぞ、律!」
律「いい加減諦めろ」
澪「ちえっ」
* * *
澪「クリスマスケーキは食べれない」
澪「わざわざ外出する理由もない」
澪「律は部屋を見せてくれない」
律「それは並列させる問題じゃない」
澪「私は一体なんのために生まれて来たんだ」
律「あいにく聖誕祭なら昨日終わったぞ」
澪「正直な話、昨日誰が生まれたとか、それはどうでも良い」
律「熱心なクリスチャンでもないからなあ」
澪「問題は私だ!」
律「ああ、私にとっても大問題だ」
澪「私はどうして生まれたのか、ここが今日の論点だな」
律「生命倫理に詳しい方々に聞いてください」
澪「ははっ、私がそんな人たちと友達なわけがないだろう?」
律「お前は私を怒らせるために生まれてきたのか?」
* * *
澪「さっきから喋り通しで、疲れてきたな」
律「ああ私も疲れたよ」
律「なにか、飲み物取ってくる。なんでも良いよな?」
澪「うん」
律「そこを動くなよ?」
澪「……」
律「黙るなよ」
澪「チャンスはいつやってくるかわからない」
律「こちらのピンチも仲間に加えてくれ」
* * *
律「ほら、クリスマスで飲みきれなかったものだ」
澪「……酒臭くないか?」
律「ワインだからな」
澪「律は私に一体なにをしようというんだ……!」
律「黙らせようと思って」
澪「そうか、酒に酔わせて、眠らせて、なにかするっていうんだな!」
律「一個余計な手順が増えてるな」
澪「酒に酔わせた女の子に、なにかするってことか」
律「シャレにならないタイムリーなネタだな」
* * *
澪「うへへ~、りつ~」
律「何故私がなにかされそうになってるんだ」
澪「りつがわるいんだぞー、そうだそうだー」
律「酔ったら寝込むタイプだと思ったのに、悪酔いするタイプだわこいつ」
澪「ひとまず、りつのへやを拝見~」
律「止めろ!」
「prrr...!」
律「ん、メールだ」
澪「……りつが相手してくれない……」
律「へえ、和が。あいつ、なんでなにも言わないんだよな~」
澪「り~つ~」
律「喜べ、澪。クリスマス翌日の今日に、予定が出来たぞ」
澪「えー?」
律「今日は和の誕生日らしい。これから唯の家で誕生日パーティーだとよ」
澪「おー」
律「プレゼントは唯や憂ちゃんが用意してるから、
手ぶらで来て良いってよ。乗り込もうぜ!」
澪「おー……」
律「……澪?」
澪「すぴー……」
律「……あらら、寝ちゃったか」
* * *
律「というわけで、頼むわ」
澪「すー……」
聡「はっ?」
律「澪が起きたら、唯の……
平沢唯さんの家に集合って、
伝えておいてくれ。じゃっ」
聡「いや待てよ」
律「ああ、そうだ」
律「澪が寝てるからって、なにかしでかすなよ?」
聡「するわけないだろ!」
律「あと、私の部屋には入れないでくれ。絶対に死守だ。
以上、それじゃあとは頼んだぞ」
聡「えー……」
* * *
聡「本当に置いていきやがった、あの馬鹿姉ちゃん……」
澪「……律は行ったか、聡?」
聡「うわっ!?」
澪「行ったみたいだな」
聡「ね、寝てたんじゃないの?」
澪「寝たフリなら小学校の遠足で山登りをすると聞いたときから、習得済みだ」
聡「どうでも良いけど、クマ相手に寝たフリは危険だよ……」
澪「さてと、聡」
澪「私はこれから律の部屋を見学してから、唯の家に行く」
澪「もしお前が姉である律の依頼を、真摯に遂行するというのなら」
澪「しかるべき手段を取ってでも、お前を……」
聡「どうぞ」
澪「話がわかる子になったな、聡。偉いぞ」
聡「どれぐらい見学するつもり?」
澪「フリータイムで予約しておこう」
聡「……頼むからさっさと出てってくれよ!!」
その日から、俺は思った。
ひとりのクリスマスだっていいじゃないか。
人間だもの。 さとし
‐完‐
最終更新:2012年12月26日 21:12