こんにちは。
琴吹紬です。
実は、重大な役目を任されてしまいました。
その役目とは……なんと、澪ちゃんのエスコートです!
今日は澪ちゃんの誕生日。
りっちゃんが中心になってサプライズパーティーを企画しました。
会場は澪ちゃんのお家。
寄り道して時間をかせぐのが私のお仕事です。
だから、少し遠回りして散歩しようと思ったんだけど……。
「なぁムギ。寒くないか」
ちょっと空回りしてしまったみたいです。
「ごめんなさい澪ちゃん。私が遠回りしてみたいなんて言ったばっかりに」
「いや、いいんだ。たまには雪の中を歩くのも」
「でも、寒いでしょ」
「ううん。私はそんなに寒くないぞ。ほら、な」
そう言って澪ちゃんは両手を挙げてみせた。
どこら辺が「ほら、な」なのか分からなかったけど、私は頷いておきました。
「私のことよりムギが寒いんじゃないかと思ってさ」
「ううん。これくらい全然大丈夫だから」
そう言って私も両手を挙げてみせた。
……きっと澪ちゃんは、私がサプライズパーティーのための時間稼ぎをやってるってわかってる。
でも、それを口にするような無粋なことはしません。
澪ちゃんは気遣いだってばっちりできてしまうんです。
「それにさ、こういう雪の中を二人で歩くって言うのも風流だと思わないか」
「風流?」
「ムギには難しかったかな? 侘び寂び……でわかるかな?」
「ごめんなさい、澪ちゃん。よくわからないかも」
「そっか」
「ごめんね」
「謝る必要はないよ」
……
少しずつだけど靴の中に雪が入ってくる。
くつしたが濡れて足が冷たい。
きっと澪ちゃんも同じだ。
申し訳ないきもちで一杯になる。
今日は澪ちゃんの誕生日なのに……。
「あの煙はなんだろう?」
「煙?」
澪ちゃんの目線の先を見ると、煙があがっていた。
その下にあるのは……神社。
「左義長じゃないかしら」
「あぁ、そうだったな」
「寄っていかない?」
「なにかあるの?」
「お守りが、ひとつ」
神社の境内には注連飾りなどのお飾りで山ができていて、その上に火が立っていました。
「暖かいなぁ」
「ええ……」
「それでお守りって」
「これなの……」
恋愛祈願と書かれたお守りを見せました。
澪ちゃんはちょっと照れくさそうな顔をしてくれました。
そうです。
……このお守りは本当に役に立ってくれました。
そして今日も。
こうして炎の傍で体を温める口実をくれたんです。
火の中にそっとお守りを投げ入れました。
袋が燃えていく様子がよく見えました。
すっかり灰になってしまった後、私たちは本殿の方へ歩き出しました。
お賽銭を入れて、お願いごとをします。
初詣のときに「みんな一緒にいたい」とお願いしてしまったので、今回は私事を。
澪ちゃんに何をお願いしたのか聞いたけど、教えてくれませんでした。
だから私も教えませんでした。
無理に聞き出さなくても、きっと叶うから。
「律には……これかな」
「合格祈願? でも初詣のときみんな一緒に買ったじゃない」
「もう一つぐらい必要だろうと思って」
「そう……そうね……」
「唯にはこれかな」
「交通安全?」
「あぁ、ちょっとあぶなっかしいところがあるから」
「そうかしら?」
「違ったら杞憂ですむよ」
「そうね。じゃあ梓ちゃんには……」
「何がいいかな?」
「縁結びなんてどうかしら?」
「縁結び?」
「私達が卒業した後、素敵な子達が軽音部に入ってくれますようにって」
そう言うと、澪ちゃんは優しい顔で頷いてくれました。
最近澪ちゃんはちょっと大人っぽいところがあります。
梓ちゃんという後輩と一緒に活動してきたからでしょうか。
一年生の頃とはひと味ちがいます。
それが良い変化なのか悪い変化なのかはわかりません。
ただ、あの優しい顔を見せられると、心臓が激しく動いてしまうのです。
「なぁムギ。寒くないか?」
「寒――」
「手を繋いでいこうよ」
「……うん」
「私さ、左義長ってあんまり好きじゃなかったんだ」
「そうなの?」
「うん。さぎって入ってるのがちょっと……」
「詐欺?」
「うん。自分の誕生日と同じ日だからかな。あまり好きになれなかったんだ……」
「そうなんだ……」
「でも、今日ちょっと変わった」
「それは……」
「うん。今日ムギと左義長にいけたから」
「……澪ちゃん、かっこよすぎるよ」
「えっ」
私は真っ赤になった顔を隠すため俯いて、
そのまま澪ちゃんの腕をとった。
澪ちゃんはそんな私を受け入れてくれた。
「ムギと私、昔は逆だった気がする」
「……そんなことない」
「どうして?」
「最初から澪ちゃんは綺麗で優しかったから……」
「あの頃はよく、ムギに泣きついてた気がする」
「それはきっと、澪ちゃんが優しかったから」
「そうか……なぁ、ムギ」
「なぁに?」
「私達って鷺みたいじゃないか?」
「詐欺?」
「鳥のほう」
「鷺のことかしら?」
「うん」
澪ちゃんはたまーに突拍子のないことを言い始めます。
たぶん、今回もそうなのでしょう。
「私達は二人とも黒鷺なんだ」
「私の髪は、澪ちゃんみたいに綺麗な黒じゃないよ」
「黒鷺には白い個体もいるんだ」
「でも、私の髪は綺麗な白でもないよ」
「でも今は……」
「あっ……」
澪ちゃんが自分の頭の上を指さした。
フードの上には、軽く雪が積もっていました。
きっと私のフードの上も白くなっているのでしょう。
「それじゃあ詐欺よ」
「詐欺は金銭を騙し取ることだよ」
「それは知ってるけど……」
「……詩になりそう」
「えっ」
そう言うと澪ちゃんは詩を口ずさみはじめた。
詐欺と、鷺と、左義長でつむぐ詩。
いつもみたいに独創的で、
だけど、いつもみたいに楽しくて、少しだけ優しい恋の詩。
やっぱり澪ちゃんはかっこ良すぎる。
「ねぇ、ムギ」
「うん?」
「風流ってさ、歌にしたいって意味なんだ」
「ふぅん」
「歌にするにはリズムがいるんだ」
「そう……」
口ずさむ澪ちゃんを横目に、私は違うことを考えていました。
詩に夢中な澪ちゃん。
もしかしたら、サプライズパーティーのことなど、頭から消えてしまっているかもしれません。
ならば、それをアシストするのが私の役目です!
大胆に腕を取り、私は澪ちゃんを引っ張って歩き出しました。
あたってる、と抗議する澪ちゃんは、少しずつ赤くなっていきました。
やがて二人は立ち止まり……
誕生日おめでとう、と伝えるのはもう少し先の話になりそうです。
おしまいっ!
最終更新:2013年01月16日 04:17