威勢良くクラッカーが弾ける。
ムギちゃんも梓ちゃんも、今日だけはさわちゃんと呼んでくれる。
唯ちゃんたちが1年のときも、2年のときも誕生会なんてやってくれなかったけど、今年だけはやってくれた。
ううん。やって欲しかったわけじゃないのよ。
だってこの歳になって誕生会なんてねぇ・・・。
そのことを伝えると、りっちゃんと唯ちゃんにからかわれてしまった。
その歳になると嬉しいばかりじゃないもんね、って。
あなた達にもいつかわかる日がくる、と言ったら、ちょっと空気が悪くなってしまう。
これはマズイと澪ちゃんと梓ちゃんがフォローを入れてくれる。
間髪入れずムギちゃんが紅茶を配る。
それでなーなーな空気になってしまった。
この5人はバランスがとれてる。
私のいた頃の軽音部だって仲の良さではまけてなかった。
でも、こういう一体感はなかった。
メンバーが多かったからかなぁ・・・。
ところで今日のパーティーはお酒が用意されている。
もちろん飲むのは私だけ。
教師の目があるからというわけではないのだろう。
私達と違ってこの子たちは高校のうちからお酒を飲んだりはしない。
みんないい子なのだ。
あっ、でもギターのお金をちょろまかしたりしようとしたことがあったっけ・・・。
こんなことを思い出してしまうのは、私が酔ってきているからかもしれない。
ムギちゃんのお家の料理はとても美味し・・・あっ、そうだ。ここはムギちゃんのお家だった。
うん。とにかく美味しくて、お酒がどんどん進んでしまう。
もちろんお酒もおいしーし。
あぁ、なんて幸せなのかしら。
教師冥利ここに尽きるってこのことね。
などと感傷に浸っていると、みんながプレゼントを渡してくれた。
唯ちゃんは可愛くラッピングされたクッキーをくれた。
憂ちゃんと一緒に作ってくれたらしい。
形は不恰好だけどきっと美味しいんだろうな・・・。
りっちゃんは花束をくれた。
こういうとき無駄にイケメンっぷりを発揮してしまうのがりっちゃんだ。
・・・惚れちゃうじゃない。
澪ちゃんは手編みのセーターをくれた。
なんでも真鍋さんと一緒に編んでくれたらしい。
さっそく着替えるとあったかかった・・・。
ムギちゃんはリバーシブルの写真立てをくれた。
一枚は今日の写真をいれよう。
もう一枚は・・・みんなが卒業するときの写真かな。
梓ちゃんは歌をくれた。
澪ちゃんとムギちゃんに手伝ってもらって作った曲らしい。
それを梓ちゃん一人で語り弾きしてくれたのだ。
正直、梓ちゃんは歌が下手だ。
でも、だからこそ、私の心にひっかかってしまった。
あぁ、駄目だ。
生徒の前で泣くなんて。
駄目だけど、止められない。
もう感極まってしまって、私は泣いてしまった。
唯ちゃんが抱きついて私を慰めてくれた。
暖かい。
そして、優しい。
梓ちゃんはいつもこういうことを感じてるのかな。
こうやって誰かに抱きしめられるのは何年ぶりだろう・・・。
教え子の前で泣いてしまうのは三年ぶりかな・・・・。
続いてりっちゃんとムギちゃんも抱きついてくれる。
澪ちゃんと梓ちゃんも遠慮がちに抱きついてくれた。
あぁ、あぁ・・・。
・・・やがて私は眠りについた。
やわらかい。
むにむに。
うん。やわらかい。
「あら、お目覚めですか」
あれ、ムギちゃん?
「はい、ムギちゃんです」
私は・・・。
「先生は――」
い、いいわ。
思い出したから。私、泣いちゃったんだ。
「ええ、それから二時間ぐらい経ってます。
起きるまで待っていようってりっちゃんが言ったんですけど、
流石に夜遅くなってしまうので、家の者に送らせました」
私も帰らないと。
「さわ子先生はお酒も入ってますし、今日は泊まっていってください。
部屋も用意してありますから」
私はムギちゃんの言葉に甘えることにした。
お風呂に入ってさっぱりしてから、部屋に戻ってトランプをした。
ビールを飲みながら、生徒とやるポーカーの味は格別だった。
さっぱり勝てなかったけど、なんだか妙に楽しい。
ふわふわして、現実じゃないみたい。
またお酒がまわってきたころ、ムギちゃんが話し始めた。
「梓ちゃんの歌、どうでした?」
うん。下手だった。
だけど・・・。
「熱心に練習してましたから」
ええ、私、泣いちゃったもの。
「梓ちゃん、不安なんだと思います」
来年のこと?
「はい。私達4人は卒業してしまうから」
・・・私がいるわ。
「さわ子先生じゃ駄目です。
先生は先生だから」
・・・。
「どうしても距離があるんです」
・・・そうかもしれないわ。
「だから・・・ちょっとついてきてください」
ムギちゃんはいたずらっぽく笑って、私の手をひっぱった。
私は千鳥足でなんとかついていった。
たどり着いたのはとある部屋の前だった。
ムギちゃんはその部屋の扉を少しだけ開いて、私に見るように言った。
部屋の中には、ムギちゃんと同じ金髪の女の子がいた。
あれは・・・。
「菫って言います」
ムギちゃんのお姉ちゃん?
「・・・妹のようなものです」
そうなんだ。
随分背が高いのね。
「さわ子先生。ちょっと聞いてください。
菫ったら、軽音部のみんなに紹介しようとしたら、
私はいいよって言うんですよ」
・・・?
「憂ちゃんはあんなに社交的なのに」
・・・憂ちゃんと比べちゃかわいそうよ。
「そうですね。でも菫にも味わって欲しいんです。
仲間と過ごす楽しい日々を」
・・・?
「菫は今中学3年生です。
そして春には桜ヶ丘に入学します」
なるほどね・・・。わかったわ。
「お願い出来ますか?」
でも、どうすればいいのかしら?
「軽音部に来たら逃さないようにしてください。
あっ、菫は紅茶をいれるのがとっても上手なんです。
私より上かも」
・・・それは逃せないわね。
「はい。
きっと菫は梓ちゃんを助けてくれると思うから・・・」
梓ちゃんを?
「軽音部にとってティータイムはかかせないものだから
私たちは、あの時間を通して繋がっていたから」
・・・。
ムギちゃんは、梓ちゃんのために菫ちゃんを?
「それと菫のためです」
菫ちゃんのため?
「軽音部にはさわ子先生がいるから。
さわ子先生がいれば、絶対に楽しい3年間を過ごせるって信じてますから」
私、信頼されてるんだ。
「はい。とっても信頼してますよ」
・・・困ったわ。
「普段の凛々しいさわ子先生だけじゃなくて、
素のさわ子先生も、ご自身が思っている以上にいい先生です。
少なくとも、私はそう思ってます」
私、いい先生だったかな?
「はいっ!」
ムギちゃんは最高の笑顔で頷いてくれた。
その後のことはよく覚えていないけど、目が覚めると客室のベッドの上だった。
ベッドから起きて、唯ちゃんからもらったクッキーを齧った。
ちょっとしょっぱい味がした。
ムギちゃんからもらったリバーシブルの写真立てが目に入った。
表面には既に写真が入っていた。
ムギちゃんがやってくれたのだろう。
これは・・・昨日の写真だ。
唯ちゃん、りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃん、梓ちゃん。
五人に囲まれて、幸せそうにに笑う私の写真だ。
・・・裏側に卒業式の写真を入れようと思ったけど、やっぱり辞めようかな。
菫ちゃんの顔を思い出しながら、私は立ち上がった。
おしまいっ!
さわちゃん誕生日おめでとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
最終更新:2013年02月01日 00:57