ガタンゴトンと電車が揺れて、そのワンテンポ遅れて私の右肩には
人、一人分の頭の重さがのしかかっている。

田園が広がる田舎道を電車はまだ止まりそうにない。
少しして手持ち無沙汰になってしまった。
窓の外を見るのにも飽きてしまった。
リュックの中のDSを取ろうにも、動作が肩の位置をズラしてしまう。

それはとてもいけないことに思える。
いや、実際いけないことだ。
梓がきっと起きてしまう。
優しいだろ?私は。

こいつは、いささか生意気な後輩で、
起きている時は私の言動に噛み付いてばかりいて、かわいげのない、
まるで拾って2、3日経った頃の猫のようだ(怒るなよ?)

だから、こいつが大人しくしている時というのは、
つまり、その顔を眺めていても
「なんですか、律先輩。何も用事がないならこっち見ないでください」
とか
「いや、『あれ』って言ったら醤油じゃなくてポン酢でしょ!?」
とか。

なんていうかさ、本当にめんどくさくならなくて済む時っていうのは、
こういう風にうたた寝をしているか、ガチで寝ている時か、勉強している時か、
私が澪とか唯とか、ムギと話をしている時しかないんだ。

本当にそう。

ギターを弾いている時ですら、
そんな風によそ見をしているからテンポがズレてくるんでしょ!?
って怒られるんだ(身に覚えがありまくるだろ?)
お前は私のかあさんかっ!





...と、まぁ、私にとってこういう時にしか梓の寝顔っていうものは拝めない、
なかなかのプレミアものだっていうことだ。
ずっと眺めていたいもんなんだ。
だからこうして最小限で出来ることをしよう。


私にしては、頭を使った方だと思うんだけど、梓はやっぱり怒るかな?
こういうドッキリは澪やムギの方が得意かもしれないけど。
唯は...まぁ、憂ちゃんの助けがあればなんとかなるかな。
なんとかなりまくりか。
憂ちゃんが助っ人だしな。

さて、今ようやく田舎道を電車は抜けて、次第に窓の外にビルやら建物が増えてきたように思う。
ゆうやけが電車の窓から差し込んできて、梓は少し眩しそうに顔をしかめた。
猫っていうのは周りの環境の変化に敏感だ。
梓も例外ではない(田井中律調べ)
起きてしまうのか!?と私は少し慌てたけど、ちょうどいいところでビルが光を遮って梓にひかげを作ったから
歪めた顔を緩めて梓はまた眠りに浸かったようだ。


今日もなんだかんだで楽しかったな。
今日というか、まぁ、梓と居るときはいつだって楽しいんだけどさ。

今日で、この旅行も終わりだ。
行き当たりばったり過ぎて梓に私は怒鳴られてばっかりだったけど、楽しかったな。
怒鳴られて、さぁ、これからどうするって2人で回避策を考えてさ。
...結構なんとかなるもんだったな。
ゲームだとセーブしてタイムして説明書読んだりwikiっちゃったりとかして自分で考えてすることが、
なかなか少なくなったりしちゃったりしてるんだけど、
現実だとそういう風にはいかないから、自分で考えるしかないもんな。

でも私は、こういう行き当たりばったりの方が好きなんだけど、
梓は計画を最初からじっくり立てて、その通りに見て回る方が多分好きなんだろう?
そこはなんというか、悪かったと思う。
思ってるよ、ちゃんと。

だから、次に旅行に行く時は梓が旅行の計画立ててねッ☆
時刻調べたり、宿の予約取ったりとかめんどくさいって思ったりしてないんだからねッ☆
べっ、別に投げやりなんかじゃないんだからねッ☆キャハッ!

なんか虚しくなってきた...
こういうノリはやめとこう。
私はその、計画通りにとか好きじゃないんだけど、
リアルに呑み込まれて変わっていく私を遠くから見ていてとかそんなちょっとストーカーチックなノリだとか、
一夏の出会いにトキメキっを感じるようなそんな年頃でも
中二病だとか(たまに右腕は疼くけど)そんなんじゃなくて。

なんというか、ただ、梓といるだけでやっぱ楽しいんだ。

こんな風にバカやっても、真面目に受け止めてくれて、叱ってくれて、っていう相手ってなかなかいないって思うし。
一緒になってふざけてくれる唯みたいなのも(最近はムギもだけど)いるっちゃいるし、
左手に封印されし拳骨で私を強制的に黙らせる澪だっているし。

だけど、3人とはまた違った居心地というか、居場所を梓は私に提供してくれるからさ。
一緒にいると安心するんだよ、すごく。

あー、もうすぐ駅に着いちゃうな。
もうすぐ梓を起こさないとな。
てか、いつまで寝てんだよ。
寝顔を見られるのは嬉しいんだけど、
ツッコミ役が居ないとこれはこれでさみしいんだぞ!


肩を少し揺らしてやると、梓はうーん、とうなって覚醒し始めた。

ヤバッ。
思ったよりも早くに目覚めてしまいそうだ。
急いで保存する。
こんなものを今見られたらきっと怒られるにされるに違いない。
私としては怒られるなら怒られるで、もっと有意義に怒られようと思うんだ。

左手に持っていたスマホのカメラを起動させ、梓の顔の真ん前にレンズを持っていく。
きっと眩しかろう眩しかろう。
そして、私は起きた梓に怒られよう...怒られよう......。


家に帰ったら、プリントして渡してやろう。
ついでに寝顔もどっかのプリントできる店で写真にしてもらおう。
部屋に飾ろう。毎晩眺めよう。

あぁ、でもその前に旅行のバッグの中身とか、
旅行に出て行く前のドタバタで散らかった部屋を片付けなきゃな。
梓はきっと片付けに飽きて旅行の思い出を語り始める私に怒るだろうけど。

私の耳に最寄り駅の聴き慣れたアナウンスが入ってくる。
あぁ......もう、タイムアップだ。

旅の最後の1枚。
また、一緒に旅行行こうな。
これがこの旅行、私の最後のわがままだ。
フラッシュを起動させて、
ゆっくりと、シャッターボタンを押した。


おわり



最終更新:2013年02月08日 23:25