アットウィキロゴ


「いやー、懐かしいなー、すっかり忘れてたけどさ」


言いながら、私は草むらに軽く寝転んだ。
陽が長くなって来ただけあって、意外と寒さは感じなかった。
少し背の高い雑草も上手く風除けになってくれてるみたいで、逆に温かいくらいだった。


「おいおい、服が汚れるぞ、律」


お小言を言いながらも、澪が私の隣に腰を下ろす。
手を伸ばせば届く澪の腰に腕を回せる距離――。
あっ、と思った。
これも今の今まですっかり忘れてた事だけど、これが子供の頃の私達の定位置だったよな。
私が緩やかな山道の草むらに寝転んで、澪が少しだけ不安そうに私の隣に座って――。
どうして澪は私のこんなすぐ近くに座るのか疑問だったけど、
今思うと私が山道から転げ落ちそうになった時に、掴んで止めてくれるためだったんだろうな。
大した傾斜じゃないんだし、そう転げ落ちやしない――はずだったけど、
そういや子供の頃、澪の前で派手にゴロゴロ転がり落ちちゃった事があったな……。
あれは痛かった……。

でも、痛いのより何より、その時に澪が大泣きしちゃったのが辛かった憶えがある。
あの時、澪は擦り傷だらけの私を私の家まで、自分の服が汚れるのも構わずに運んでくたんだよな。
大泣きしながら、綺麗な洋服を私の血や泥で汚しながらも気丈に――。
思い出してみれば、あの頃から私は澪に助けられてたのかもな。
照れ屋で怖がりな澪を助けているつもりで、逆に。
今日だってそうだし――。
思い出しながら澪の方を見ていると、澪は怪訝な表情を浮かべて言った。


「何だよ、律?
あ、今、思い出したけど、子供の頃みたいに転がり落ちるなよ?
あの時は大変だったんだからな?」


「何でもないって」って言いながら、私は澪に気付かれないように一人で笑う。
二人して同じ事を思い出してたんだ、って事が嬉しかったんだよな。
すっかり忘れてたはずが、ちゃんと私達の心の中には思い出として残ってる。
今もまだ、残ってるんだ。


「それならいいけどさ」


納得のいかない口振りではあったけど、すぐに澪の表情は柔らかい笑顔に変わった。
澪も懐かしく思ってるんだろう。
私達のこの秘密基地の事を。


まあ、秘密基地――って言っても、特に基地を作ってたわけじゃないけどな。
子供の足には辿り着くのが難しい小高い所だったから、勝手にそう呼んでただけだ。
でも、私達と同じく、この場所を秘密基地にしてる子供達は多いみたいだった。
ちょっと見回してみただけで、そこら中にボールやBB弾なんかが転がってる。
きっと私達みたいに秘密基地で遊び回ってるんだろう。
あ、エッチな本も発見。
澪に見せると顔を真っ赤にするだろうから、これは黙っておこう。


「ふふっ……」


急に澪が笑い声を出したけど、私は何も訊ねなかった。
何かを思い出してるんだろうけど、今はそれを訊かなくてもいいかって思えたんだ。
私達は二人で居るとよく喋る方だけど、たまにこうして無言になる。
別に話す話題が無くなったわけじゃない。
澪と話す話題が無くなる事なんて、一生無いと思う。
でも、私達はたまに何も話さなくなる時間がある。
それは今みたいに昔を懐かしんでいる時だったり、
外の空気を感じたくなった時だったり、今は言葉が必要無いって思えた時だったりする。
私らしくないちょっと気障な言い種だけど、でも、本当にたまにそう思うんだよな。
澪がただそこに居てくれる事が嬉しいなあ――、ってさ。

静かな時間が過ぎる。
二人して無言だけど楽しくて気持ちのいい時間が流れる。
何となく空を見上げると、夕陽は完全に落ちてしまって星が輝き始めていた。
完全な夜の時間の始まりだ。
でも、私は怖くない。
澪も夜を怖がってない。
私が傍に居るから――、ってわけじゃない。
空に大きな月が輝いていて、私達を照らしてくれていたからだ。
勿論、太陽ほどじゃないけど、見ていてちょっとだけ眩しいくらいだ。


「でっけー月……」


気が付けば私の方から無言の時間を壊してしまっていたけど、
澪は私を睨んだり、不満そうな雰囲気を見せたりはしなかった。
無言の時間を過ごすきっかけが気まぐれみたいに、
私達にとってはまた喋り出すきっかけも気まぐれで自然なんだ。
それが私達の関係なんだ。
ただ、澪は少しだけ呆れた視線を私に向けていた。


「月の大きさが変わるわけないだろ、律……」


「いやいや、マジででっかいんだって。
よく見てみろってば」


「そんなわけ……、あれ? ある……。
おかしいな……、満月だからかな?
律の言う通り、何だか今日の月は大きい気がするな……」


「だろー?」


私がニヤリと笑ってみせると、澪がちょっと悔しそうに俯いた。
だけど、大きな月が気になったのか、すぐにまた視線を月に向けた。
私も澪の視線を辿って月に視線を向ける。


今日は満月……なのかな?
とにかく、円に近い形の月だった。
気のせいなんだろうけど、何故だか今日の月は凄くでかく見える。
山に登ってるって言っても、そう高い山じゃないし、何でだろう……?
月を注意して見る事なんてあんまり無いから、大きいと錯覚してるだけとか……?
そうやって色々と理屈を考える事は出来るけど――、私はそれ以上考えるのをやめた。
分からない事は分からないままでいいと思うし、
理に適った答えなんて、私も澪も今は求めてなかった。
今日、月が大きく見える理由は、そうだな……。
澪が私の不安を振り払おうとしてくれたから――、そういう事にしておこう。
なーんて、かなり恥ずかしい答えだけどな。

でも、結構本気でそう思う。
月を見上げて、月の光に照らされる澪を見てると思うんだ。






澪って月みたいだな――ってさ。






澪は自分から目立とうとしない。
美人ではあるけど、一人だけだと子供の頃みたいに本ばかり読んでそうだ。
ひょっとしたら、あんまり目立つタイプにもならなかったかもしれない。
だけど、今の澪はファンクラブも出来るくらいに輝いているし、すっごく綺麗だと女の私から見ても思う。
それは澪が陰ながらに、皆を支えてくれてるから。
太陽みたいに元気な唯やムギの光を浴びて、輝きを放ってくれてるんだ。
皆の輝きを浴びて、月みたいに優しい輝きを見せてるんだよな、澪は。


私は――。
私は澪にとっての何になれるんだろう――?
太陽って皆は言ってくれるけど、何となく違う気がするんだよな。
明るい性格のつもりではあるけど、
唯やムギみたいな天然モノの明るさとは違う気もするし――。


月の光に照らされる澪の綺麗な横顔を見てると思う。
澪は美人で綺麗な子だ。
小学生の頃から可愛い子だったけど、高校を卒業する今になって更に美人になって来た。
ついでに胸もどんどん大きくなってる。
皆の輝きを集めて、これからもどんどん魅力的になっていくだろう。
私も澪に負けないくらい何かで輝けるだろうか?
出来る事なら輝けるようになりたいよな。


「どうしたんだ、律?」


じっと横顔を見ていた私の視線に気付いたんだろう。
澪が静かに顔を向けて私に訊ねた。
まさか澪の横顔に見惚れてたなんて言えない。
私は少しだけ話を逸らして、でも、ほんの少しだけ核心を残して応じる。


「いや、唯達っていつも元気だなー、って何となく思ってたんだよ」


「何だよ、急に」


「今日の事を思い出してたんだよ。
唯もムギも梓に贈る曲の事で緊張してるはずなのに、凄く元気そうだったじゃん?
勿論、私だってもっと練習して、元気に梓に歌を贈るつもりだぜ?
でもさ、全然緊張を感じさせない唯達ってやっぱ凄いよ。
心の底から、梓の事を大切に考えてるんだろうな。
うん、二人とも太陽みたいに明るいな、って思ったんだ」


「確かにな……。
二人の明るさには引っ張られてる所があるって思う。
確かに太陽だよな、二人とも。
私ももうちょっと見習えたらって思うんだけど……」


「何言ってんだよ、澪。
澪だってさっき私を励ましてくれたじゃん?
唯達みたいに太陽とまではいかないけど、そうだな……。
気障っぽいけど月みたいだと思うよ、澪は」


「月……か……。
うん……、そうだといいな……。
二人くらいまでにはなれなくても、少しは二人みたいに輝けてたらいいな……」


「ああ」


「だったら、律は――」


瞬間、澪は私の事を太陽と言おうとしてるんだと思った。
皆によく言われるし、澪も私の事を同じ様に考えててもおかしくなかった。
ちょっと寂しいけれど、澪が私の事を太陽だと思ってくれているんなら、それも悪くないと思う。
まだ全然実力が伴ってないけど、いつかは太陽みたいに輝けるように頑張らないと――。
私はそう思っていた。
でも、澪は私の考えても無かった言葉を口にしてくれた。






「――律は、地球だな」






地球だ、と澪はそう言ってくれた。
私の事を。


「地球――?」


「あれ? 意外だった?
私、実は結構前からそう思ってたんだけどな。
地球の周囲には太陽や月が集まって廻ってるだろ?
それだと天動説になっちゃうから、地学的には違う事になっちゃうんだけどさ。

それでも、そういう細かい事は置いておいて、律は地球だな、って思うんだよ。
軽音部を作ったのは律だし、部員を集めたのも律だし、
私に音楽の良さを教えてくれたのも、他の誰でもない律だろ?
律が皆を集めたんだよ。
ううん、皆が律の周りに集まった――のかな?
とにかく、だから、律は地球だと思うんだ――」


地球――か。
実感は湧かないけど、太陽よりは私に合ってる気がした。
何より澪が私の事をそう考えてくれてたって事が嬉しかった。
ただ私が明るく楽しんでる所だけじゃなくて、
結構ヘタレで失敗ばっかりしちゃう所もしっかり見てくれてたって事が。
流石は幼馴染み――、
いや、そんな言葉で誤魔化すのもずるいか。
幼馴染みだからじゃなくて、澪は澪だから、私をちゃんと見ていてくれてたんだよな――。






月みたいな澪が――、


地球みたいな私を――。






澪といつまで一緒に居られるんだろう。
そう考えた事は一度や二度じゃない。
特に高校受験の時だ。
澪とは仲が良かったし一緒に居たかったけど、
桜高は結構難しい高校だったから、同じ高校に通えるとは思ってなかった。
だからこそ、桜高に合格出来た時は本当に嬉しかった。
それでも、いつかは別れる時が来るんじゃないかって、内心はずっと不安だった。
でも――。

澪はしっかりと私を見てくれてる。
ずっと見てくれてた。
分かっていたはずなのに、いつの間にか忘れてしまっていた。
歳を取る内にいつの間にかそんな当たり前の事まで忘れてしまってたんだ。
だけど、私は思い出せた。
偶然か、必然か、それは分からないけど、
たまたまこの場所の事を思い出せて、大切な気持ちも思い出せた。
それが私は凄く嬉しいんだ――。


「なーに、恥ずかしい事言ってんだよ、澪ー!」


照れ笑いを浮かべながら、私は澪の肩に腕を回して頭を重ねる。
ちょっと驚いたみたいだったけど、澪は私の腕から逃げなかった。
澪の温かさと鼓動と優しさを胸の奥から感じる。


「おいおい。
急に飛び掛かって来たら危ないだろ、律?」


「細かい事、言うなって。
私は澪にくっ付きたくなったから、くっ付いただけなのだ!」


「やれやれ……」


澪が苦笑して、私も釣られて苦笑した。
嬉しくて温かい苦笑を二人で浮かべる。
そうして、月明りに照らされる澪の横顔を見ながら、私は思った。


好きだよ、澪。
大好きだ。
それは友達に向けた好きじゃなかったけど、恋愛対象に向けた好きでもなかった。
家族に向けた好きでもないし、どんな好きなのかは私にも分からない。
でも、好きなんだ。
ただ、好きなんだ。
心の底から大好きなんだ――!

出来る事ならずっと一緒に居たい。
ううん、ずっと一緒に居たいと考えて、不安になるのはもうやめるよ、澪。
例えいつか一緒に居られなくなったって、私はただ澪の事を好きで居たいから。
それまでは一緒に傍で笑っていよう。
月と、地球みたいに傍で――。
澪もきっと私の事を月みたいに見ててくれるだろうから――。


「さってと、そろそろ遅くなったし帰らなきゃな」


「そうだな、結構肌寒くなって来たし……」


私と澪は二人で立ち上がり、月明りに照らされて歩いて行く。
月に見られながら、二人で歩く。
いつの間にか私の心からほとんどの不安は消え去っていた。
後は精一杯、梓に贈る歌を練習するだけだ。

ふと、卒業式の前日、皆で部室に集まろうと私は思った。
卒業式前、皆で集まれる最後の学校で皆と笑い合いたいと思う。
太陽みたいな唯やムギだけど、私達と同じ様に緊張してるに違いないから。
それが『地球』の私に出来る事だと思うから――。

家の前で澪と別れる直前、
私と澪はまたどちらともなく大きな月を見上げた。
山の上と変わらず月は同じ場所にあって、私達を照らしていてくれた。
月はずっと――、






私達を見ていてくれたんだ。






これで完結です。



最終更新:2013年02月11日 22:38