純「はぁーあ、さすがにこの短期間で免許取るのは無理だったかー」

梓「……当たり前じゃん。どうしたの急に」

純「んー? いやぁ、あれだよあれ」


夕方、放課後になるであろう時間を見計らって、純と二人で桜が丘高校への道を歩く。
目的はもちろん、菫と直に会うため。
理由は——


純「憂の誕生日にさ、車で颯爽と現れて「ドライブ行こうぜ、お嬢ちゃん?」とか言えたらカッコいいじゃん?」


理由は、憂の誕生日についての相談。
そう、今日は2月21日。憂の誕生日の前日だ。


梓「……仮にカッコいいとしても、免許取りたての純のドライブなんて怖くて乗れたものじゃないよ」

純「私だけを名指しとは実に失礼な」

梓「まあ純じゃなくてもだけどさ。でも純もなの」

純「優しい憂はそんなこと言わずに乗ってくれるよ!」

梓「そんな優しい憂だからこそ乗せるわけにはいかないの」

純「まーどうせ免許取れなかったからどうでもいいんだけど。あーあ、あとちょっとだったんだけどなぁ」

梓「……いい性格してるよ、純は」

純「褒めてるのかね?」


適当にフイっと顔を逸らして答える。純はそれに溜息のようなものが混じった苦笑で応える。これが私達。
先程、私が「当たり前」と言ったことを純は「あとちょっとだった」と言った。これが私達の違い、そして私達の関係性を表していると思う。
もちろん、いい意味で。実際今までこれでずっと上手くやっていたんだから。
ただ、今まで上手くやってこれたことが私達二人だけの功績かと言われると、決してそんなことはない。言うまでもなくそんなことはない。
そんなこと言えるはずもないほど、私達は皆、ここにいない一人——憂の人間性に惚れ込んでいる。


純「おーっす、直、スミーレ!」ガラッ


私も純も、直も菫も、皆が等しく。
憂のことが、大切で大好きなんだ。


梓「——どう、直、菫。準備できそう?」

直「はい、なんとか」



もちろんそれは、誕生日に贈る物の話。
ただ、直の場合は厳密には『物』じゃないんだけど。


直「短い曲になりそうで申し訳ないんですけど……」

梓「ううん、それでもすごいよ。こんな短期間で一曲作ること自体が」


直は今まで軽音部でやってきたことをそのまま憂に贈る方向で決めたらしい。この部で学んだ成果を、この瞬間に活かす、と。
つまり、作詞作曲をする。憂のための曲を。
そう言いながら短い曲になってしまった、となると罪悪感を感じる気持ちもわかるけど、でも憂の誕生日についての相談を受けたのがそもそもそんなに前じゃないから仕方ないとも思う。
むしろ期間を考えるとこれはかなりすごいことだと思う。夏休みの間に10曲も作ってきた直の作曲スキルには更に磨きがかかっているみたいだ。
それは憂もわかってくれると思うし、それにあまり大きな声では言いたくないけど、曲という性質上……


梓「皆で合わせてみる時間とかも要るしね……」

直「ああ、それはそんなに時間かからないと思いますよ。学祭でやった曲から流用しているパートもありますし。もちろん個々として見れば、であって全体の雰囲気は変えるようにしてますけど。あと中野先輩のパートも先代の軽音部の時のパートを使わせてもらったりとかも」

梓「………」

直「……あ、菫を通じて先代の作曲者に許可はもらいましたよ?」

梓「あ、うん、それはいいんだけど。そうじゃなくて、凄いなぁって思って。ちゃんといろいろ考えてるんだなぁって」

直「そうでもないですよ。言ったじゃないですか、「今までやってきたことを憂先輩に」って。その結果です」


……サラッと言うけど、うん、すごいと思うよ、やっぱり。




梓「菫はお菓子作りだったよね。準備出来てる? 足りないものあれば一緒に買いに行こうか?」

菫「あっ、大丈夫です。家のほうでいろいろ取り寄せて、もう手元に揃ってますから。お気遣いありがとうございます」


菫は誕生日ケーキとか、そのあたりのお菓子全般を全て一人で作って贈りたい、と言っていた。
憂が今までしてくれたことを、この日くらいは逆にしてあげたい。ストレートな感謝の気持ちの現れ。
学祭の後のケーキにも泣いていた憂だから(私もウルッときたけど)、効果は抜群だと思う。


菫「もちろんお茶もいつも通り私が淹れますから。この日のために高級な茶葉を捜し歩いたんですから!」

梓(こういうところはムギ先輩に似てるなぁ)

菫「こんなことで憂先輩に受けた恩が返せるとは思ってませんが……それでも、ちゃんとやりますから」


……憂は恩とかそんなの気にするタイプじゃないと思うけど、そんなこと言うのは野暮だよね。気持ちは私もわかるし。
どっちでも結果は一緒。私から言えることはたった一つ。


梓「ちゃんと気持ちは通じるよ、絶対に」

菫「……はいっ!」



梓「純は……まぁ大丈夫だよね」

純「まーねー。中学からの付き合いだしねー」


純は純で軽音部ではなく親友として、変に気負わないプレゼントを用意する、とか言っていた。
とても純らしいと思う。言うまでもなく憂はそういうところを絶対に否定しないから、私も何も心配はしていない。
私と純の関係と同じく、憂と純の関係もそういう変に気負わないところにあるのは確かだ。
むしろ私が余計な口を挟むことのほうが野暮、余計なお世話ってもの。


純「それより問題は梓でしょ。何するか決めた?」

梓「うっ……」

純「……はぁ。やっぱりまだ悩んでたのか」


痛いところを突かれ、思わず声が出てしまう。
それを見逃すような純ではなかった。後輩二人からも心配そうな視線が注がれているのをひしひしと感じる。


純「いいんだってば、変に気負わなくても」

梓「べ、別に気負ってなんか……」

純「なんなら一緒に何か見に行こうか? これから」

梓「……ううん、やっぱり自分で考えたいんだ、こればかりは」

純「それを気負ってるって言うんじゃん」

梓「うっ……」

直「二回目」カタカタ


そんなに気負ってるつもりはないんだけど……とはいえ、悩んでいる自覚くらいはある。それを気負いと言われたなら返す言葉に詰まる。
立場的には私は純のほうに近いから、親友として憂に何かを贈ればいいんだと思う。それはわかってる。だけど……


梓「……皆が皆、自分らしいことでプレゼントを贈ろうとしてるのを見ると……やっぱり自分で考えたいんだ」

純「そんなものかねぇ」

菫「……とはいえ、焦って考えすぎてもいい結果は出ませんよ、梓先輩。はい、お茶です」コト

梓「あ……ありがと、菫」

菫「どういたしまして。自信作ですよ? 明日はもっとすごいのを淹れる予定ですけど」

梓「……美味しい……」

菫「ふふっ」

直「……中野先輩、飲み終わったら私の曲、一回合わせてみてくれませんか?」

梓「え……うん、いいけど……」

純「気分転換も大事、ってね。わかってるじゃん直!」

直「いえ、ちゃんと合わせられるかを中野先輩も気にしていたようですし。懸念事項が一つ減れば考えに集中しやすくなるかな、と……」

純「……でも気分転換も大事だよね?」

直「……そうですね」

梓「……あははっ。ありがとう、直も」


……温かい気持ちと温かいお茶に触れた後の演奏は、初めて合わせたとは思えないほどの成果だった。



——そして解散となった、その帰り道。


純「ま、私らに頼ることが梓の中でアウトだとしても、梓の周囲にいる人は私達だけじゃないでしょ?」

梓「……?」

純「プレゼントの話。私達は今回は梓にプレッシャー与えてるような、そんな立場になっちゃったけど」

梓「そ、そんなことない! 私は、皆は——」

純「あー、いやごめん、ものの例えだよ。上手い表現が思いつかなくて。……でも梓は今回は私達には頼れない。いろいろあって。そうでしょ?」

梓「………」


皆のせいで、とかそういうつもりはない。それは純もわかってくれてる。
実際、皆に頼ったっていいんだ。それでも憂は喜んでくれるはず。正解か間違いかで言えばそれだって正解なんだ。
それでも私は、皆に頼らずに自分だけで考えたい。上手く言えないけど、私の意地みたいな面が大きいんだと思う。


純「でも、梓が頼れないのはたぶん『私達』だけだよね、この場合」

梓「えっ……?」


ずっと『皆』とひとくくりにして考えていたから思わず声が出たけど、少し考えてみればそうかもしれない。
皆が頑張ってるから私も自分で頑張りたい。そんな気持ちにさせてくれた『皆』は、『今の軽音部の皆』だ。


純「梓の三年間はさ、もっと広いところにあるはずだよ。もちろん、憂のも」

梓「………」


言われなくても、うすうす感づいてはいた。
遠くにいるからこそ、相談できることもたまにはある。
その場の事情を知らないからこその視点で気楽にアドバイスしてくれる人がいることがある。
近くにいる人とどちらが大事か、とかいう話じゃない。両方大事で、両方を持っている私はすごく恵まれている、それだけの話。

そして純は、近くにいる人に意地を張りたいなら逆に遠くの人くらいは頼れ、と。そう言っているんだ。私の意地を否定ではなく、尊重するからこそ。
相手は……私だけじゃなくて憂の名前も出した時点で、聞くまでもない。
というか、以前にも私はその人を頼ったことがある。あの時はなんとなくだったし、遠くにいるあの人は具体的な案は出してくれなかったにしても、それでも私の心を軽くしてくれた。
今回もヒントの一つくらいはくれるかもしれない。あの人は憂とも距離は近いし。


梓「……そうだね。ありがとう純、今度何か食べに行こう」

純「その時は憂も連れて、ね」

梓「うん」


純にお礼を一つ言い、電話をするために自宅へと走った。



——遠くの人とは言ったけど、電話の相手との物理的な距離は、以前よりもずっと近い。
だって春休みだもんね、大学生は。


梓「……唯先輩、憂の誕生日プレゼントって何がいいと思います?」

唯『決まらないの? あずにゃんからのプレゼントなら何でも喜ぶと思うけどなぁ、憂は』

梓「憂は人の心を汲める優しい子ですからね」

唯『でへへ、自慢の妹ですよ』

梓「……でもだからこそ私は考え抜いて何かあげたいといいますか。そんな意地を張ってる最中なので、何かヒントとか貰えませんか?」

唯『あずにゃん意地っ張りさんだねぇ。でも、ん〜、ヒントかぁ……ホントにあずにゃんからのプレゼントだったら何でも喜びそうだからなぁ……』


唯先輩からのプレゼントでもきっと同じように何でも喜ぶと思いますよ、という言葉は飲み込んでおく。
今言ってもややこしくなるばかりだし。


梓「えっと、じゃあ唯先輩は何をあげるつもりですか? それこそヒントだけでも」

唯『んー、別に隠すほどのことじゃないから言うけど、とりあえずU&Iの弾き語りは絶対にやろうと思ってるよ』

梓「……いいですね、それ。いい誕生日プレゼントになると思います。憂本人にとっても、唯先輩の成長を憂に見せるという意味でも」


『U&I』と聞いた時、それ自体は十分予想できるものだったにも関わらず、これ以上のものはないとさえ思った。
あの歌は、憂のことを発端として唯先輩が書いた詩。あのうたに込められたありがとうの気持ちは唯先輩を取り巻く全てに向けられているけど、それでも発端は憂。
唯先輩はあの歌で私の背中を押してくれたりもしたけど、学祭でも憂を含めた皆の心に届いたんだろうけど、それでも誰よりも憂に向けるのが一番この歌『らしい』と私は思う。

……正直、一緒に演奏したいと思ったほどに。U&Iにのせて、一緒に憂に感謝の気持ちを伝えたいと思ったほどに。

でも、それは唯先輩がすべきこと。唯先輩が一番の適役。私が割って入っちゃいけないトコロ。
この歌らしく、唯先輩らしい、そのカタチ。

……じゃあ、私らしいやり方って何だろう? 結局問題がここに帰ってきてしまう。
たぶん唯先輩ならあの時と同じく「やりたいようにやればいい」と言ってくれるんだろうけど。
でも今回はあの時と違って、その「やりたいように」のビジョンが全く見えない。

梓「………」


一度、冷静に考えてみると。
私を悩ませている『私らしい』プレゼント、というのを抜きにして、私が『何をしたいか』で考えると。

……正直、したいことが多すぎる。

菫や直のように、軽音部の仲間として憂にありがとうを言いたい。
純のように、親友としてありがとうも言いたい。
唯先輩のように、憂を憂と見てありがとうも言いたい。

みんな、それは同じなんだと思う。だって相手は憂なんだから。常に私達の心の拠り所となってくれていた憂なんだから。
そんな中で、皆は『自分らしい』やり方を選んだ。選べた。
私は……選べない。

……ダメだなぁ、私。

この一年は、初めて後輩を持って、部長になって、慣れない事ばかりでダメダメだった一年だった。
あっちにフラフラ、こっちにフラフラとしてたばかりの一年だった。
最初で最後の学祭ライブでも失敗するくらい、どうしようもない一年だった。

けど、楽しかったって言える。
皆がいてくれたから、憂が支えてくれたから、言える。

なのに、私は憂に何をどう返せばいいのかわからない。
わからない、なら、もういっそのこと——


唯「あっ、そうだ、いいこと考えたよあずにゃん!」

梓「……何ですか?」

唯「あずにゃんが憂に明日一日中ご奉仕すればいいんだよ!」

梓「………」


ドキッとした。
わからないならいっそのこと全部やってしまおうか、とか思っていた矢先だったから。
でも、素直に表に出すのも少し悔しい。


梓「……律先輩は言いました、「唯の「いいこと」がいいことだった試しがない」、と」

唯「えぇ〜、そうかなぁ」

梓「………でもなんとなく乗せられてしまうことが多いんですよね、皆」


実際、これくらいしないと憂への日頃の感謝は伝えられない気はしていた。そしてこれでも全ての感謝を伝えきることは出来ないんじゃないかな、とも。
皆のように一点に特化した祝い方が出来ないのなら、たとえ広く浅くになってしまおうとも、全部をやるしかない。
私らしいかはわからないけど、私はそうしたいと思いつつあった。


唯「私も手伝うからさぁ、ちょ〜っとだけ」

梓「ちょ〜っとだけですか」

唯「だってあずにゃんの用意するプレゼントなんだからあまり手伝ってもダメでしょ?」

梓「その通りですね」

唯「というわけでやろう! はい決定!」


正直、アリな気はする。唯先輩が言ってくれたから、というのが大きいけど。
軽音部としての感謝を込めたプレゼントは菫と直がやってるし、親友としては純がやる。だったら私はまた別の角度からのアピールで、日頃の感謝を込めたプレゼントを贈ればいい。
そういう意味では理に適っている。と思いたい。


梓「……わかりました。では明日は朝からそちらに行けばいいんですね?」

唯「やったぁ! 朝からあずにゃんに会える!」


……それが狙いでしたか、唯先輩。



——そして、翌日朝。
平沢家の前に立ち、唯先輩に電話をかけるとしばらくして玄関の鍵が開く音がした。


唯「あずにゃーんおっはよぉー」

梓「……寝てましたね?」

唯「ぎくっ。ソンナコトナイヨー」

梓「寝癖すごいですよ。とはいえありがとうございます、開けてくれて」

唯「手伝うって言ったもんね!」フンス


とりあえず最初の手伝いとして唯先輩は「玄関の鍵は私が開けるよ!」と言ってくれた。
まだ寝ているであろう憂をチャイムで起こすわけにはいかないので、それはとても助かる申し出だった。


梓「でも後はなるべく自分でやりますから先輩は寝てていいですよ」

唯「あずにゃんが冷たい……」

梓「元々そういう話だったじゃないですか……唯先輩が言ったんじゃないですか……」


ちなみに菫達が放課後になるまで待って音楽室で憂の誕生会をやる予定になっているから、唯先輩の弾き語りはその後になる。
極端な話、唯先輩はその時まで特にすることはない、ということになる。
憂にとっては、大好きなお姉ちゃんと一緒にいられるだけで充分プレゼントになるはずでもあるけどね。


梓「……うーん、でもいろいろ聞くことは出てくると思うので、見ててくれる人がいるのはありがたいんですよね。お願いできますか?」

唯「了解です! んふふ、人間素直が一番だよ? あずにゃんっ」

梓「怖い」



梓「——とりあえず憂が寝ている間に朝食を作りたいんですけど」

憂「起きたよ?」

梓「何言ってるんですか唯先輩。あ、冷蔵庫の中で朝食に使ってもいい食材を教えてくれませんkって憂いいぃ!?」

憂「わあっ!?、びっくりしたぁ……」

梓「こ、こっちのセリフだよ……なんで起きてるの」

憂「え、だ、だって梓ちゃんとお姉ちゃんの話し声が聞こえてきたから……」

梓「……そう……」


……どうしよう、最初からいきなり計画が頓挫してしまった……
い、いや、でもまだ大丈夫。憂にはなにもせず見ていて貰えばいいんだ。唯先輩も手伝ってくれるって言ってたし、憂の手を煩わせるようなことにさえならなければ——


唯「……zzZ……」


寝とる。



憂「うーん、お昼のことも考えると使えそうな食材があんまり無いから、パンと目玉焼きとサラダくらいにしようか。野菜切るね?」

梓「うん……パン焼くよ……」

憂「? う、うん、お願いね?」


……はあぁ。
今回はちょっとした計算違いとはいえ、ここまでやる事成す事上手くいかないなんて。
この一年の私は何かに憑かれてるんじゃないか、とさえ思ってしまいそうだ。

でも、落ち込んでばかりもいられない。
だって落ち込んでばかりいると……


憂「……どうしたの? 梓ちゃん。大丈夫?」


こうやって、心優しい憂に心配をかけてしまうから。
笑っていてくれないといけない今日の主役に、心配をかけてしまうから。

「なんでもないよ」

そう言おうとしたけど、それで誤魔化せる相手じゃないよね。
誤魔化されてはくれるかもしれないけど、それじゃダメだよね。


梓「……憂の、誕生日プレゼント。思いつかなくて」

憂「えっ……?」

梓「唯先輩にも相談して、手伝ってもらって、今日一日は憂に楽してもらおう、って。そう決めたんだけど」

憂「梓ちゃん……」

梓「……上手くいかないね。なかなか」

憂「……ごめんね、余計なことしちゃったね」

梓「ううん、いいんだよ。元々どこかで無理が出てたかもしれないし。そもそも……」

憂「……そもそも?」

梓「……そもそも、唯先輩に手伝ってもらわないと出来ないことなんて、私のプレゼントだって胸を張れないよ」

憂「そんなこと…ないよ。梓ちゃんがしたいって思ってくれたんだから、それは梓ちゃんのプレゼントだよ!」


……やっぱり、この姉妹はそっくりだ。『私がしたいこと』という面を、何よりも尊重してくれるから。
今回のはどう考えても失敗ではあるはずなんだけど、それでもその選択だけは正しかったんじゃないかなって、そんな気分にしてくれる。


梓「……そうかな。ありがと、憂。あと唯先輩も」

唯「zzZ」

憂「…うん」

梓「………」

憂「……ねぇ、梓ちゃん」

梓「…うん?」

憂「もし梓ちゃんが私の代わりにいろいろ全部やってくれるなら、それは確かに『楽』で、嬉しいけど。でもこうやって一緒にやるのも『楽しく』て、私は大好きだよ?」

梓「……そう?」

憂「うん。梓ちゃんは、私が欲しい『楽しい時間』をくれたよ。だからこれは、とっても素敵なプレゼントだよ」ギュッ

梓「っ……」


急に手を掴まれて、正面から視線を合わせられる。
ちょっと照れる、けど、憂の顔はこの上なく真剣に……笑っている。

たぶん、私の返事が話半分のものに聞こえたんだろう。ううん、実際話半分で返事していたんだ、私は。
だって、誕生日なのにその誕生日の本人に慰められているって、どうにも格好がつかないし。
でも、そうやって目を逸らしていちゃダメなんだ。だって今の会話の中で、憂がせっかく言ってくれているんだから。

何をあげればいいかずっと悩んでいた私に『だけ』に、自分が何が欲しいかを、ちゃんと言ってくれているんだから。

誕生日を祝ってあげたいと思っているのなら、私はそれに応えなくちゃいけない。


梓「憂っ」ガシッ

憂「?」


いつかのバレンタインの時のように、憂の肩を両手で掴む。


……そのまま手を下に滑らせ、脇をくすぐった。


梓「こちょこちょ」

憂「ひゃあっ!? あははっ、ちょっ、あ、梓ちゃんっ、やめてぇ! あははっ!」

梓「あはははっ」

憂「も、もー! 何するの梓ちゃん!」

梓「ごめんごめん。とりあえず憂を笑わせようって考えたら出てきたのがこれだっtうひゃぁっ!?」

唯「こちょこちょ〜」

梓「あはっ、ひゃっ、ゆ、唯先輩やめっ、ちょっ、あははははっ!!」

唯「ずいぶん楽しそうなことやってるじゃん二人でー」

梓「あははっ! ちょ、唯先輩すと、ストップ! ひゃぁっはははぁっ!」

憂「お姉ちゃん、そろそろストップ! ストップ!」

唯「しょーがないな〜。……憂、どうかした? 嬉しそうだね?」

憂「……ふふっ、梓ちゃんが今日一日一緒にいてくれるらしいから、嬉しくて。お姉ちゃんもでしょ?」

唯「そうだねぇー。あずにゃん可愛いもんねー」ギュッ

梓「……ああもうっ! 離れてください! もう朝ご飯できますから!」

唯「わーい。あずにゃんと憂の手作り〜」

憂「えへへ」


……はぁ。こんなんで今日一日、私の体力は持つのかな……
でも、うん、憂が楽しそうだから、私の今日の目的としては、それだけで充分なのかな。


梓「……そういえば唯先輩、私と憂は後で音楽室に行かないといけないのでお留守番お願いしますね」

唯「えぇ〜? 私もあずにゃん部長の軽音部の皆と仲良くしたーい」

梓「えぇー……いや確かに唯先輩ならすぐに馴染んでしまうんでしょうけど」

唯「あ! じゃあさ、音楽室でのお祝いが終わったらみんなでうちに来なよ! それならいいでしょ?」

憂「あ、それいいかも!」

梓「まぁ……一応声はかけてみます、そういうことなら」

唯「えへへー。実はみんなにも声かけてあるからねー、夜は大所帯になりそうだね!」

憂「わあっ、嬉しい!」

梓「え、ええっ!?」

憂「梓ちゃんは今日一日一緒にいてくれるんだもんね?」

梓「う、うん……」


それが私の誕生日プレゼントだって言っちゃったしね……
にしても、そうなると今日はなんて大変そうな一日になることやら。

……ううん、そうじゃないか。
これも憂という私の親友が、周囲の人に愛されている証拠。
だったら……


今日は、なんて楽しそうな一日になることやら。


おわり


憂誕生日おめでとうぅ!!!




最終更新:2013年02月23日 20:49