月へ4

「あんた達は怒ってないのかよ!」
沈黙が支配する会議室に再びエッジの怒りの声が飛び交う。
しかし、それに反応する声が一つもない。
カインに最後のクリスタルを奪われた一同の顔は怒りではなく放心といった感じであった。
もはや打つ手がなくなったのだ。無理もないだろう。
「なあジオットさん。どうなんだよ」
「だがのう……」
名指しされジオット王が静かに口を開く。
「もうどうしていいのか私にはわからんのだよ。出来ることといえば最悪の状況を想定して軍の増強と整備くらいでは。
しかし、兵達の士気も低下しているしのう」
「…………」
反論する余地がなく黙り込んでしまうエッジ。
時間だけが過ぎていった――時々事務的なやり取りが交わされるがそれ以外は何も誰もしゃべることのない静かな時間が。
「あのミシディアの伝説が本当ならな……」
ふとジオットがつぶやいた。本人からしてみればそれは現実逃避する為に呟いた夢みたいな事であった。
「今なんて……!」
セシルはその言葉を見逃さなかった。
「え……いや、ミシディアに伝わる魔導船の伝説がある。あの噂が本当なら……」
「ミシディアだって!」
会議室から驚きの声が次々と上がる。
ここにはセシル達と同じく地上から来た者も少なくない。その名前に聞き覚えのある者は沢山いた。
「まさか……ミシディアは……」
周囲のただならぬ反応から希望の光を見だすジオット。
「実在したのか!」
力強く断定を言葉にする。
「ええ」
地上の者を代表してセシルが返答する。誰も否定しない。
「ミシディアに一体何があるというんです?」
はやる気持ちを抑えつつ、今度はセシルが質問する。
「魔導船の伝説……」
「魔導船?」
「遥か昔、ミシディアという場所に存在したという巨大な船の事だ」
ジオットの言葉は少しばかりセシルを落胆させた。
ミシディアという場所を知っている者にとって、その噂はすぐには信じれないものであったからだ。
(確かにミシディアは魔法大国。しかし飛空艇を越える程の大きな船が存在するなんて話は聞いたことがない)
「こんな伝説がある。竜の口より生まれしもの――」
「!」
しかし、すぐにそのような一時的な疑惑は打ち消された。
「それはミシディアの!」
忘れもしない。パラディンとしての資質として与えられた剣に刻まれた言葉。同時に古くよりミシディアに伝えられた伝説。
地上のミシディアに地底の王国。この二つに何故共通した言い伝えが残っているのかは分からない。しかしセシルには一つの考えが浮かんでいた。
「長老は……ミシディアの長老は今は祈りの神殿に入り、ずっと祈り続けています」
ポロムとパロムの事を報告しようとした時も長老は自分に会いはしなかった。テラがその身を犠牲にした事も
知っているはずだ。だが彼は一行に姿を現そうとしなかった。
不信感すら抱くほどの長老の行動には何か意味があったのだろう。今ならそう解釈する事が出来る。
「もしや、そのお方は……」
どうやら長老もセシルと似た考えに行きついている。そしておそらくはここにいる多くの者たちが――
「魔導船を復活させるつもりか! いやそう信じるしか道はない!」
深く考えている時間がないという事にはセシルも同意であった。
「僕達はすぐにでもミシディアに向かいます!」
仲間達の顔を見る。皆反対する理由はないといった感じだ。
「頼む。全てはお主らにかかっとる」
「分かりました!」
既にセシルの中では全ての考えがまとまりつつあった。
長老、カイン、ゴルベーザ、そしてローザ。自分の周りをとりまく者達にどう向かい合えばいいのか。
(ありがとう。みんな……今なら僕は迷う事なくその道を進めそうだ)
道なき迷路は終わりをつげて到着点が見えたような気がした。やるべきことと自分のやりたいことが迷いなく一致したのだ。
今度こそ自分は本当の意味でパラディンになれた。そう思った。
(行こう……)
自分の中の暗黒騎士に――パラディンに心でもう一回言葉を告げた。

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最終更新:2011年06月13日 20:29
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