ローザを想う気持ちは、ずっと前からあった。そしてそれが友情とは異なるもので
あることも分かっていた。淡く幼い感情に始まり、成長を経て熱を帯びるまで、ささやかな
願望は常にひとつの根をおろしたまま、セシルの心に生き続けていた。
それでも、彼にはそれを表に出す勇気はなかった。それをすると、今の大事な三人の関係が
曲がってしまうような気がしたから。そしてなにより、鏡に映る己の姿がそれを押し留めた。
相応しくない。自分では、彼女と釣り合わないから、と。
しかしそんなことは全部おしのけて、ローザに誘われるということは単純に嬉しかった。
舞い上がるやら、動揺するやらで部屋を所在無さげにうろついている間にすっかり時間が
近づいてしまい、セシルは慌てて詰め所に向かった。
やってきたローザは、白い薄手のドレスをまとっていた。その姿に感嘆しながら、ふと
自分が間抜けにも鎧のままやってきたことに気づき、とって返そうとしたが、
「いいのよ、その格好好きよ」
そういわれては是非も無い。暗黒騎士の鎧姿を嫌っている自分を気遣ったのか、それとも
単にそれが本音なのか。そんなことを考えていると、ローザが腕を絡ます。
「で、どこにいこうかしら?」
そこで初めて、セシルは自分が何も考えないでのこのことやってきた不手際に気づいた。
急いで考えを巡らせるも、生まれてからほとんどの時間を城内で過ごした彼に、街での
そういった場所など思い当たるはずも無い。頭をかいていると、彼女はクスクスと笑った。
「そんなことだろうと思った」
見ればローザは小脇にバスケットを抱えていた。ふんわりとやわらかい匂いが漂う。
「今日、魔導士のみんなと作ったのよ」
ふたを開けて、ローザが一つだけ取り出したそれはパンだった。半分にわったそれを、
セシルの口に押し当てる。
「お味は?」
「・・固い」
途端にパンをセシルからひったくるローザに、慌てて謝る。それは今まで食べたどんなもの
よりもおいしかった。カインが自慢した料亭など、このパン一切れの足下にも及ばないだろう。
ふと、セシルは一つだけ思い当たり、ローザを左の塔の自室に連れて行った。
最終更新:2007年12月13日 04:39