静まり返った街路を、一人の少女が走り抜ける。いや、少女という呼称は相応しくないかも
しれない。長い髪が走り流れる横顔は、美しくも、どこか硝子のように儚く、それでいて人を惹き
つけてやまない、すっかり成熟を遂げた女性のそれであった。だが今、彼女の横顔は溢れ出る涙で
濡れていた。
涙の理由は彼女にも分からなかった。交錯する思いが胸の内でぶつかり合い、弾け、尖った
欠片となって不安定な心に突き刺さった。
いっとき、彼女は振り向き、もうとうに見えなくなった墓地の方向を見やる。それなのに、未だ
悲しそうな視線の名残がまとわりついているようで、それが彼女をまた夜道に追い立てる。
────お前とて、変わらねばならぬのだ────
遠く、どこかで犬が切なげに吠える声が轟いていた。
セシルが館を出てまもなくのこと。
「………長老」
「……ジェシーか」
ふっと現れた気配に、長老は振り返らずに言葉を返す。
「先ほどは………申し訳ありませんでした……」
「よい。わしも無理強いをしすぎたのだ。そなたには……まだ少し早かったようじゃな」
謝罪とも、失望ともつかぬ彼の嘆息に、ジェシーは唇を噛む。
そして、とうとう抱き続けていた疑問をぶつけた。
「……長老は、なぜあの暗黒騎士を信用されるのです」
どうして私をわざわざ引き止めたのか。
私がどれだけあの男を憎んでいるか知っていながら。
誰よりも悲しみに耽っていたこの人だからこそ、ジェシーにはそれが歯がゆかった。
最終更新:2007年12月13日 04:54