132 名前:出会いの数だけ繋がる物語 1/5 投稿日:2006/11/02(木) 16:29:27
出合ったとき、兄の部下であったその男は狂っていた。
「『桂陽デ待ツ 猫耳 キヲツケロ』……?」
突然高熱を出して寝込んだ曹操のために薬草を摘んできた孫尚香を待っていたのは、
仲間たちではなく地に刻まれた謎の書き付け、そしてちろるちょこ1個であった。ちなみにきなこ味。
「猫耳……。って、猫の耳よねぇ、やっぱり」
凶暴な山猫でもいるのかしら。でもそのくらい、呂蒙にどうにかできない訳が無い。
病を得ている曹操を動かしてまで、移動する訳も無い。
よっぽど大きな群れだったのかしら? でも猫って確かあんまり群れないし。
そもそも耳だけに注意を促している意味がわからない。
「まぁいいわ、桂陽へ向かえばいいんでしょ」
ひとり呟くと、ちろるちょこを拾い上げ地面の文字をかき消した。
その瞬間。尚香の武人としての感覚が、何者かの存在を彼女に告げる。
「誰っ!? 出てきなさい!」
彼女の勝気な性質が、逃走より闘争を選ばせる。
がさがさ、という音と共に木陰から男が姿を現した。
いや、それは男と呼べるのだろうか――
「……潘璋? その姿……」
獣のような目。膚を覆う柔らかそうな毛。おかしな形に変形した口。
そして何よりも目に付く、
「猫耳……?」
キヲツケロ。仲間の警告が脳裏を横切る。でも、あれは潘璋じゃないの。
「潘璋。私よ。孫尚香よ!」
「……」
潘璋の面影を持つソレは答えない。
「姫……戦姫…萌え、……殺ス!!」
主君の妹に飛び掛るソレ。もはやそれは潘璋でなく、気の狂った一匹の獣。
133 名前:出会いの数だけ繋がる物語 2/5 投稿日:2006/11/02(木) 16:37:07
とっさに飛び退り距離を置こうとするが、
「く、来るな、やめなさい!」
歴戦の猛将と、武芸を嗜むとはいえ戦場に出たことなどない姫君。
どちらに分があるかは一目瞭然であった。
唯一潘璋に勝る敏捷さを武器に立ち回るも、既に人間でなく獣と化し始めている男に組み伏せられるまでさほど時間はかからない。
あぁ、素直に逃げればよかったんだ――いくら悔やんでも後の祭り。
死の覚悟を固めながら、それでも弓腰姫は戦う意思を捨てない。潘璋の武器は左腰。右足はなんとか動く。
全身で圧し掛かる潘璋の涎が彼女の顔に滴り、動かそうとした足が男のそれに押さえつけられる。
――死ぬのなんて怖くないわ、そうね、悔しいのは玄ちゃんに逢えなかったことだけ……
ばりばりと服と皮膚を引き裂く音。胸元から下腹にかけて、尚香の白い裸体が晒される。
そこにくっきりと刻まれた赤い線から、小さな血の珠がころがった。
尚香の顔から血の気が引く。痛みよりも恐怖。戦場で女が慰み者にされるのは世の習い、でも私は玄ちゃんだけのものなんだから!
玄ちゃん以外の男に犯されるなんて絶対嫌、嫌、嫌よ!!
「嫌、いやぁ、離してぇ」
体術も何もない。頭の中がまっしろになって、めちゃくちゃに手足を振り回す。
「誰か、助けてっ、お願い助けて! 誰かあぁぁ!!」
男の舌が尚香の傷を舐め上げ、血をすする。おぞましい感覚に涙が溢れる。どこからか甘ったるい声が聞こえた気がした。
かぱっと潘璋が口を開ける。
「あ……」
その瞬間尚香は悟る。犯されるのではない、文字通り『食われる』のだと。
安堵と共に彼女は力を抜き、目を閉じた。それならいい。玄ちゃんへの貞操を守れるのなら諦められる。
細い首筋に、人間のものならざる牙が吸い込まれようとした、まさにその瞬間―――
134 名前:出会いの数だけ繋がる物語 3/5 投稿日:2006/11/02(木) 16:38:54
「やっかましい! ぎゃあぎゃあ騒ぐな! ヒナたちが起き出しただろうが!!」
ぶんっと風を切る音がして、圧し掛かっていた男の体温が消えた。
見上げると堂々とした偉丈夫が長い槍のようなものを持ち、仁王立ちしている。
なぜか頭の上で鳥のヒナがぴよぴよと鳴いていた。
「む、まだ居たか……」
後から現れた偉丈夫はそう呟き、頭のヒナをそっと持ち上げて地に横たわった尚香の上にぽんと置いた。
そして潘璋に向き直る。
「なんか分からんが貴様気色悪いわ! なんだその耳! ウザいにもほどがある!」
機嫌の悪さを丸出しに、得物を振りかざし男は潘璋に飛び掛っていく。
男の技量は確かなものだった。風のような速さと重い斬撃を見事に両立させた身のこなし。
兄の下にもこれほどの技量のものはそうそう居なかった。
少し甘寧に似た戦い方、と武の心得を持つ尚香は思う。……潘璋より、明らかに上だ。
斬りあう事数合。不利を察した潘璋が離脱する。
男は深追いせず、ふん、と鼻を鳴らしてそれを見送った。
135 名前:出会いの数だけ繋がる物語 4/5 投稿日:2006/11/02(木) 16:44:11
「あの、ありがとう。助かったわ」
「……別に貴様を助けた訳ではない。鳥の安眠のためだ」
ぶっきらぼうに言い、尚香のほうに手を伸ばす。
一拍考えて、その大きな手にちいさなヒナを置いた。
「ねぇ、貴方の名前は?」
「教える義理が無い。とっとと消えろ、女」
言葉は冷たいが、半裸の体に打ちかけられた男の上着は暖かかった。
「ありがと。でも『女』はいただけないわね。私には孫尚香という名前があるのよ」
「……なんと。貴女が孫夫人か」
驚いた口調で、男がまじまじと尚香を見る。
「あら、私を知ってるの? なら玄ちゃんとこの武将さんかしら」
「……魏延、字は文長だ。貴女があのわがまま……いや、じゃじゃ馬……あー、と」
「いいわよ、わがまま娘でもじゃじゃ馬姫でも。本当だもの」
居心地悪そうに魏延が視線をさまよわせ、手のヒナをつついた。
近くの木の裏に鳥の巣が置いてある。その中には魏延の手にあるものと同種のヒナ。
「……飼ってるの?」
「違う! こいつらは非常食だ! 断じて飼ってなぞおらん!」
鼻息荒く言い放つが、鳥の巣を拾い上げる仕草は優しく丁寧だ。
2人並んで木陰に座る。尚香は巣の中からぐったりとした一羽をすくい上げ、手に乗せた。
「この子だけ元気無いのね」
「あぁ。バタイはエサを与えても吐き出してしまってな……」
……バタイ? この子の名前?
名前付けてるのかおい、とツッコミたい衝動をなんとかこらえる。
「すり潰した野草を与えてみたのだが、そいつだけ何も食べてくれんのだ」
尚香が優しく指先で撫でると、バタイと名づけられているらしいそのヒナはぴぃとか細く鳴いた。
136 名前:出会いの数だけ繋がる物語 5/5 投稿日:2006/11/02(木) 16:51:17
魏延の膝の上の巣から、いちばん元気な一羽がぱたぱたと這い出ようとする。
「こらバショク、おとなしくしてろ」
ぴーぴーと元気一杯に抗議するそのヒナをつまんで巣に戻す。
「……この子達、みんな名前付いてるの?」
「あぁ? まぁ、なんとなく……この生意気そうなのがヨウギ、こっちのおとなしいのがキョウイ、
この偉そうなのがコウメイだ」
どこかで聞いたことある名前のような気がした。
「そいつらはそのうち食う予定だからな、殺しに行く奴らの名を付けてみた」
「そ、そうなの……」
コウメイはやっぱり孔明だったか、と尚香は遠い目をした。
魏延と諸葛亮の仲の悪さは自分も知っている。知っているが、その嫌いな相手の名を鳥に付ける思考回路が分からない。
「オウヘイというのも居たのだが、初めてのエサを与える前に死んでしまってな……。
もちろん、食ったぞ。食ったからな」
尚香とは別方向に遠い目をする魏延。目には若干涙が滲んでいる気がしなくもない。
なんとも言えない空気が流れる。
「え、えぇとね、私、桂陽に行かなきゃならないの。良かったら一緒に来てくれない? 魏延さん」
しばし考えて魏延は答えた。
「……どちみち禁止区域は抜けねばならんからな。まぁよかろう。お供しよう、奥方」
<<どさくさまぎれに姫と騎士/2名>>
魏延【ハルバード(少々溶解)、鳥のヒナ(5羽)】
孫尚香[切り傷]【シャンプー(残り26回分)、薬草、ちろるちょこきなこ味】
※桂陽へ。禁止エリアから出るのが最優先です。
※魏延は馬謖の名をようやく思い出した模様。
@潘璋[右腕に深い傷]【備前長船】
※北へ逃げました。行き先は不明。萌えキャラに出会い次第殺すつもりです。
最終更新:2007年11月17日 20:43