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神様の一日 - (2006/07/26 (水) 04:50:42) の最新版との変更点
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オリジナル 水神と金魚
その日、支流の川を下っていき今日の川面は人間の努力によって少しはましになったかと視察にでかけた。一応管理者としては水に棲むものらが障りなく生活していれば、仕事の名目はたつ。
「少しばかり濁ってはいるが、雨のせいであろうかの」
悠々と水底を歩きながら彼がひとりごちていると、一匹の亀が裸足の足をつついた。
「道行き邪魔であったか? あいすまぬ」
「いえいえ、水神様。ちょっと妙なものを見かけましたのでお耳に入れていただこうかと…」
水神は耳ひれー人間でいうところ耳にあたる部分に生えた、用途はないものの見栄えのするヒレであるーをひらりと揺らめかした。
「ここより少し上流から妙な魚が流れてきておりまして」
「外つ国の魚であるか?」
「どうもそうにも見えるしそうでもないようにも見えるので不思議なんであります。この流れに逆らえぬのか、岩場の影にはりついておりまして、そこを縄張りとするフナにつつかれておるのであります」
「ふぅむ、外つ国の魚は迷い込むと障りがでるものだが…聞くとなんだか…弱そうだな」
「はぁ。儂でも喰えるほど小さな奴です」
水神の足の甲ほどの亀がくわくわと口をあけてみせる。
「あいわかった。いずこの稚魚が迷い込んだかもしれぬ。見てこよう」
亀に示された岩場に水神が赴いてみると、たしかに水の中では目をひいてしょうがないものが岩場をうろうろしてはその縄張り主であるフナに追い出されていた。
「出ていってくれよ!」
フナはそれほど縄張り意識が強い魚ではないが、こうもうろつかれては迷惑千万、といった風だ。
「ほお、珍しいものが迷いこんだの」
「水神さま! …珍しくも何もいきなり上から落ちてきたんですよ、こいつ!」
流れに逆らうにはひどく長くて邪魔そうな、ひらひらとしたヒレに、どこをどういうつもりなのか、派手な朱色と黒と白が混じったまだらの体。
これは自然が産んだものではないと水神は直感した。
「難儀なことよな」
所在なさそうに水神は、人のつくりし魚…金魚を手招いた。
「名前はあるか?」
「更紗です」
あのまま下流にいては騒ぎが収まらないので、水神はゆっくりとした歩みで己の住処である上流を目指していた。両手の中で水の膜をつくってやって、金魚が流されないように囲みながら歩いている。
「更紗、そなたはどこから来た?」
「どこ…といっても、四角くて、綺麗な水の池です」
「それは桶とは違うのか」
「はぁ…ご主人様は水槽とか言ってました」
「主人?」
「はい」
更紗は自慢げに己のひれを水神に見せた。水神にとっては飼われる魚がいることに驚きだが、相手は人間である。こちらの常識など通用しない。
「僕の体が綺麗だって言ってくださって、小さい時からご主人さまのいるほうまで見える綺麗な水槽に、僕だけが住んでました…でも、何日か前から、急にあちこちで物音がしだして、僕は…」
住まい替えをしたのだろうか、更紗の飼い主とやらは。
「捨てられちゃった…みたいです」
「そうか」
「あの、僕のような魚がここにいては迷惑でしょうか…」
「迷惑であるかどうかより先に、そなたの体では生きてゆけるかどうかもわからぬよ」
「すいません…」
「謝ることではないよ」
魚と称するよりは流れに漂う水草のような更紗は、ぷくりと小さな泡を吐いた。
更紗のような魚は今まで見たことがない。川底にあわせた地味な色合いの魚たちの中で、更紗の体色は目立つ以外の何者でもないだろう。
まったく、いきてゆくには相応しくない体。
しかし、これもひとえに拾ってしまったものの、務めであろう。
いやいや、水神としては等しく水に棲むものの上に立つ立場がある。
「…私の宮に棲むか?」
「みや、って何ですか…?」
問いを問いで返されたが、さして気分を害するでもなく水神は更紗に答える。
「先ほどのフナのように、水神とて住まいがある。流れのないところゆえ、そなたも少しは楽だろう」
「い、いいんですか?」
「構わぬよ」
ぷくぷく泡を吐いては膜の中でひらひら泳ぐ。なるほど見てくれはとても優雅だ。鑑賞されるためだけの魚には生きてゆく力などまるでないのだろう。知らぬところに放りだされて食われるか死んでしまう末路より、ずっと水神にとっては後味が良い。
「あ…」
「どうした」
「僕…食べられたりしませんか?」
更紗は本気で怯えているようだったので、水神は考え込むようなふりをしてみせた。
「あ、あの、あのっどうなんですか水神さま!」
「そうさな…」
本気で怯えている様がいかにもわかりやすく、尾びれの震えで見て取れる。
少しおもしろいものが手に入ったのかもしれない。
「努力はしよう」
「っ!」
ぴるっと硬直したひれを撫でてやりながら、水神は笑ってみせた。
とある川の水神の宮に、新たな住人がやってきた日のことである。
「更紗」は琉金の一種である、「キャリコ琉金」のことを言います。キャリコ=まだら(更紗)なんだとか。
出目金が交配に使われたので、体型はぷっくりとしたお腹をしていますが、目が出てないのが可愛い。
同じような柄では和金(金魚すくいにいる奴)の一種で「朱文金」というのがいます。どちらも優美で長い尾びれと、赤、黒、青、白、などの斑模様が綺麗な金魚です。
朱文金は綺麗な「吹き流し尾」という尾と、頭部にちょっとした瘤があるのが特徴らしいです。体型はフナっぽい普通の魚の形。
金魚!だとキャリコ、魚!だと朱文金…イメージはどちらでもいいかも。
ちなみにいらないからといって、今回の川に捨てるようなことをしたら環境の激変ですぐ死んでしまいますので、絶対しないように!熱帯魚屋さんとかでひきとってもらってください…(涙)
本音と建て前、の水神さまと、純情一直線の更紗金魚はまた追々(笑)
オリジナル 神様の一日
拍手の匿名さまへ 懐かしいのも手伝ってちょっとだけたろと山神さまのその後を書いてみました♪楽しんでいただけたら幸いです。
蒸し暑い夏の盛りでも山は涼しい木陰の恩寵をあたえる。社は特にそこに棲むものたちが不快を覚えぬように木々が配慮してくれるかのように暑さが抑えられている。
おろしたばかりの薄物を羽織って、溌剌に社の回廊を走る少年がいた。長い髪をくくりあげ、すだれのようにかかるが下品ではない。利発そうな目は黒く大きい。
社の主たる山神は暑さも寒さもさして気にならないのか汗ひとつかかない。まだ子供の柔らかさをもつ手には水筒が握られている。
「たーろ」
山神が社の裏手に回ると、そこでは俄大工と化した唯一の従者・太朗が木槌を振るっていた。
木組みの社はそう簡単には崩れないが、長年の茅葺き屋根が痛み、大風で一部に穴があいてしまったのである。太朗はそれを修理するためにいつもよりもさらに高所にいた。
「たろ、休憩にせぬか? 水をもってきてやったぞ」
「ありゃ、山神さま。すいません、俺、そんなに長いことやってましたか?」
「いや、まだ一刻程度じゃ」
身軽に下りたった太朗は少しばかり背が大きくなった山神よりももっとずっと上背があった。腕の長さ一本分ほども開きがあり、同じものを食っているはずなのに、この違いはなんだと山神が内心憤るくらいだ。神たる山神の成長は成人の姿までは人間とほぼ同じであり、最盛期と思われる姿で永い時を生きる。まだまだ、山神は子供である。
逆に太朗のほうは、出会った頃より少しだけ大きくなったようで、山神が見あげる角度はいつまでたっても変わらない。
「ありがたくいただきます」
「うむっ」
汗みずくの顔を手拭いで拭き、竹筒を傾け清水を一気に飲む太朗。ごくりごくりと上下する喉の隆起に、水が太朗の体を労っているのが伝わってくるようだ。
「美味いだろう? さっき汲んできたのだ」
「って、山神さまがわざわざ…甕にためてあったでしょ?」
「私は何も手伝えぬからな、これくらいはするのだっ」
山神は金物に触れられない。鉄を含んだ石ほどならば触れるのだが、人の作った金物…金具などには触れられない。懇々と木のものは金気が苦手なのだと言っても、太朗には少し理解ができなかった。だが、これはこの山神ひとりの不得手なのではなく、社全体が金気を避けていることから、長年そうしたしきたりなのだと太朗は思うことにしている。
「どれくらいになれば修繕は終わる?」
「そうですねぇ、ちっと造りがわかんねぇから里に行ってきて、それからもう少しかかりますかね」
もって三日くらいですか、と太朗はのんびり答える。大風のあとは快晴が続く。しばらくは雨も降らないだろうから、急ぐことでもないだろう。
「じゃあ、修繕が終わるまでたろに水を運んでやるのは私の仕事だ」
「はぁ…それはいいですけど、お勉強とやらはいいんですか?」
「う…す、少しだけなら良いではないか!」
山神には「学ぶべき時が来れば、自分で学びの書を開く」という習いがあるそうだ。太朗がここに住まって早1年と半。どうやら「その時」が訪れたらしく、時々山神は社の奥の書庫に足を向かわせるのだが、いかんせん落ちつきがないというか、おとなしく書物を読まない。すぐに太朗のもとにやってきて、新しい知識を披露したがるのだ。
里に住む小さい弟らが自力で捕まえた蛙を見せびらかしにくる姿にも似ていて、太朗は務めなんじゃ、と言う前にそれを褒めてしまう。いけないいけないと思っていても。
「じゃああと少しだけ穴を塞いだら、今日はここまでにしときますよ。里に行っている間、山神さまはお勉強」
「う…」
山神の口はへの字になったままだが、渋々頷いた。その姿を見送ってから、太朗はまた一口、甘いとすら思える清水を呑み込んだ。