澪「はいはい…。具合どう?」
律「あ、信じてないなー?」
律「えへへ…じゃあ今から澪の心を読んでやるから」
澪「…はあ?」
律「えーと…」
澪(…眉間にしわよせてる…)
律「…眉間にしわよせてる…と思ってる」
澪(いや、そりゃそう思うだろ…)
律「そりゃそう思うだろ…と思ってる」
澪「な!?」
律「へへへーすごいだろ?」
澪「そ、そんなバカな」
律「こんな事もできるんだぜ!」
律「…むむむ」
澪「…?」
澪「う、うわっ!?」ふわっ
律「むむむむむむ」
澪「か、体が浮いてる?!」
澪「わ、うわわわわ…お、下ろして~!」
律「ふう…」
澪「うわ!」ドスン
律「あ、悪い悪い!まだうまくコントロールできないんだよね」
澪「いたた…」
律「他にはこんな事もできるんだぜ」
澪「?」
律「…ふーん。澪しゃん、今日はシマシマのおパンツですかー。ブラは黒…なんだ、上と下がバラバラじゃん」
澪「なっ…///」
律「へへへ!凄いだろ?」
澪「ま、まさかこんな事が現実に…」
律「いやー私も最初はビックリしたよ!なんか風邪引いてから超能力に目覚めたみたいなんだ!」
澪「…ほ、他にはどんな事ができるんだ?」
律「えーとね…むむむ…」
澪「…」
律(ジェイソン…フレディ…エイリアン……)
澪「ひいいいい!頭の中に映像が流れ込んでくる!?」
律(ゾンビ…キョンシー…稲川淳二…澪のパンツ…)
澪「ちょっ…や、やめろバカ!」
ブン
ひょい
澪「私の鉄拳を避けた!?」
律「わははは!今までのりっちゃんとは違いますわん!」
澪「…」
澪「正直まだ状況が飲み込めないけど…その様子じゃ風邪はもう大丈夫みたいだね」
律「うん!もう治っ…ヘキシッ!」
澪「…もう、ちゃんと寝てなよ?じゃ、私はそろそろ…」
律「えー!寝るまで側にいてよー!ねえ澪ぉー…」
澪「…しょうがないな…」
澪(…超能力…?なんか怖いな…)
律「……」
律「………澪…」
澪「?」
律「……」
律「私も本当は怖いんだ…こんな力…」
澪「えっ?あ、ああゴメン…私が怖いのは…えと…律じゃなくて…」
律「…あのね…この力が使えるようになってから…感じるんだよ…」
澪「感じる…って…何を?」
律「…視線…誰かにずっと見られてるような…」
澪「え…ちょ、ちょっと…冗談だろ?」
律「…今も感じるんだ」
澪「ヒイイイイ!やめてー!!」
律「…なーんつってなー!!」
澪「…」
ゴン!
律「いだっ!寝てる時に殴るなよ!」
澪「だってそうじゃないと避けるだろ」
律「…みんなは怒ってない?」
澪「…ないよ」
律「澪は…怒ってないみたいだな」
澪「当たり前だろ。…まああんまり調子に乗ってると怒るかもな」
律「へへへ…ゴメンゴメン」
澪「それにしても…超能力なんて…」
律「いいだろー?」
私は、澪にはそれ以上言わない事にした。数日前から感じる視線の事は。
澪が見舞いに来てくれただけでも、私は嬉しかった。
数日前…
田井中家
律「ただいまー」
私は帰宅するとすぐに自室に篭った。
聡が何か言ってきた気もするけど、よく覚えていない。というか聞いてなかった。
どうせゲームでもやろうとかそんな話だろう。
私は聡を無視して、部屋着に着替えるとベッドに入って今日あった事を思い返した。
律(…澪…)
律(…なんであんな態度とっちゃったんだ私は…)
律(…別に和が嫌いなわけじゃないし、澪に友達ができるのは私も嬉しいはずなのに)
律(いつからだろう…澪の気持ちがわからなくなってきたのは……)
律(ただ一緒にいたいだけなんだけどな…)
律(……みんなにも悪い事したなあ~…)
律「けほっ」
律(…風邪かな…今日はもう薬飲んで寝よう…)
翌日、目を覚ました私を強烈な喉痛が襲った。
アツいようなサムいような…身体はダルいし、ぼーっとするし…ああ、そうか…
律(最悪…熱出してんじゃん私…ライブ前なのに…)
律(はぁ…体温計どこだっけ…)
押し入れから体温計を取り出した私は、それを脇の下に挟む。
ひんやりとした体温計に触れた身体がびくっと震えた。
この感じは何歳になっても心地好いものじゃないな。
律(…はぁ…)
ピピピ
律(ん…39度2分…)
律(くっそ…早く治さないと……)
コンコン
律母「ちょっと!いつまで寝てるの?」
律「ごめーん…熱あるから今日は学校休むー…薬ってまだあるー?」
台所でお母さんに薬と水の入ったコップ、それと冷えピタを受け取ると、私はふらふらと自室に戻った。
律(…錠剤、苦手なんだよな…小学生か私は…)
冷えピタをおでこに貼って、一息つき、薬を飲もうとけだるさが残る手をテーブルに伸ばしたその時だった。
律(…)
律(…っ!?)
突然、心臓がどくんと大きく脈打った。
律(…な…なに…?)
どくどくと鳴り続ける心臓。
自由を失った私の身体は、その場にドサッと倒れ込んでしまった。その際に口の中を切ったのか、血の味が口全体に広がっていった。
手足の指の先まで痺れる感覚…それと急激に体温が上昇していくのがわかった。
律「か…はっ……」ドクンドクンドクン
金縛りにでもあったかの様に、私の身体は動かなくなった。声が出ない。息も吸えない。
動悸は止まる事なく、狂ったように鳴り続ける自分の心臓の音に私はただただ怯えるだけだった。
律(な…なんだ…これ…)ドコドコドコドコ
鼓動はプロドラマーが鳴らすツーバスのようにドコドコと鳴り続け、スピードを増していく。
律(…苦しい…苦しい!助けて…誰か助けて…!澪…澪!!)ドッドッドッドッドッドッ
このまま死んでしまうような気がして、涙と鼻水と涎を垂らしながら私は一人で床に突っ伏していた。
どくん
心臓は一際大きく鳴り、その反動が私の身体全体をびくんと動かす。
それを最後に、さっきまでキース・ムーンの様に乱暴な演奏をしていた私の心臓は、とくとくといつもの穏やかなリズムに戻り、私の身体は再び自由を得た。
律「はぁっ…はあっ…うぅ…ぐすっ…」
律(なんだ今の…死ぬかと思った…)
ザザザ…
律(ん?なんだ…?)
立ち上がった私は、気持ちを落ち着かせるために大きく息を吸い込み、ふぅーっと吐き出した。それを何度か繰り返した後、苦手な錠剤を口に含み、水で胃に流し込む。
律(うえ…気持ち悪…)
律(病院…病院に行こう…)
ザザザ…
律(…なんだこの音…?)
私はお母さんに事情を説明し、そのままお母さんの運転する車で病院に行った。あの動悸は尋常じゃない。
もしかしたら何か…命にかかわるような病気かも…
が、先生の診断ではただの風邪。動悸も不整脈という事で片付けられた。
律母「大した事なくて良かったね。今日はちゃんと部屋で寝てなさい」
律「言われなくてもそのつもりだよ…」
帰りの車の窓からは、どんよりとした曇り空の下に、登校中の桜高生達が見えた。
いつもなら私もあの中にいるはずなのに、車の中からそれを客観的に見ていると淋しくなる。
律(…早く治して部活行かなきゃ…澪に…澪に会いたい…)
ザザザザザザ…
耳鳴りとも違う、何か…頭に直接響くようなその音が私を苛立たせた。
律(うぜーなこれ…。なんなんだ…)
律(ラジオ…?いや…人の…声?)
律「けほ、けほ…」
家に着くと、私は重い足どりで階段を上がり、自室に入った。
ザザザという音はまだ聴こえてくる。
ふと、私は気づいた。
律(…?)
律(…なんか…誰かに見られているような…)
律(うう…気持ちわりい!もう寝よう!)
毛布にくるまった私は、ものの数分もしないうちに眠りについた。
澪の夢を見た。
澪は音楽室で、唯、ムギ、梓、和達と楽しそうに話している。
私はその輪に加わろうとして、澪に話しかける。
でも澪は気づかない。
いくら名前を呼んでも、澪は私に気づく琴なく、みんなと笑っている。
私は大声で澪の名前を叫んだ。
律「澪っ!!!!」
律「ん…?夢か…」
目を覚ました私を、喉痛、寒さと暑さ、身体のダルさ、節々の痛みが再び襲ってきた。
時計に目をやると、すでに夕方になっていた。
律(今頃みんなはティータイムか…)
ザザザ…
律(あーもううざいな!…見られてる感じは相変わらずだし、最悪だ!!)
律(ぶるっ…)
律(エアコンつけよう。リモコンリモコン…)
律(テーブルの上か…。ベッドから出たくないなー…)
律(うぅ~…リモコンよ動けえ~!)
律(なーんちゃって……)
ふわっ
律(!?)
リモコンは一瞬宙に浮いたかと思うと、ぽとりとテーブルの上に落ちた。
律(なんだ今の!?)
律(……リモコン、動け…)
ふわっ
律(…!)
律(こっちにこい…)
ふわ…ふわ…
リモコンは浮いたままふわふわと私のほうに近づいてきた。
ふわふわ…ぽとっ
律(……は、ははは…)
律(ま…マジかよ…)
律(これって超能力!?)
律(…ま、まさか…そんな)
律(……ティッシュ、こっちにこい!むむむ~)
ふわー
律(げっ!マジで!?)
律(マジで超能力じゃんこれ!うっはー!すげえ!)
ザザザ…
律(ん、なんだよこの音はもー…)
『ザザ…』
律(ん?)
『ザ…ちゃ…』
律(声…?)
『ねえちゃ…ザザ…』
『ねえちゃん、風邪かー。これじゃスマブラやる相手いねえじゃん…まあいいや。さてと…』
律(聡の声?…そうか、これは人の心の声だったのか…)
律(物を動かす…人の心を読む…とくれば次は…透視だな!)
律(壁よ、透けろ透けろー…)
私は部屋の壁を睨んだ。壁を隔てた先には、聡の部屋がある。
スウーッ…
律(本当に透けた!)
律(ん?布団の中でもぞもぞして何やってんだあいつ…)
律(布団も透かしてみるか)
スウーッ…
聡「はぁ…はぁ…澪姉…澪姉…!」
律(…うぉ…)ジー
聡「はぁはぁはぁはぁ!ううっ…!……ふう…」フキフキ
律(…こ、これがオ、オ、オナニーってやつか…?)
律(聡もそんな年頃か…。てゆーか澪をオカズにするとは何て奴だ)
律(透視の次はテレパシーだな)
律(むむむ…おい聡!澪でオナニーするんじゃねえ!!)
聡(!?)
聡「ね、姉ちゃん!?ど、どこだよ!」
律(…本当にできた…)
律(こりゃすげえ!澪にも見せてやろう!)
視線の正体は結局わからなかった。
でも、超能力に目覚めた事による興奮のおかげで、そんなものは気にならなかった。
律「へーっくしょい!ズズ…」
数日後
田井中家
律「Zzz…みお…むにゃむにゃ…」
澪「…やれやれ」
ガチャ
唯「りっちゃーん?」
澪「しーっ!今寝かしつけたところなんだよ」
私は澪が家に来てくれた事に安心して、朝まで眠り続けた。
良かった…やっぱり澪は私の親友だった。今までも…これからも。
最終更新:2010年01月25日 00:25