ライブ当日

今度は唯が風邪を引いて学校を休んでいた。
私が超能力を使えるようになったのは、熱を出した時…多分、動悸で倒れた時からだ。
もしかしたら唯も…?

紬「唯ちゃん、来ないわね…」

律「…仕方ない、先に楽器を運んじまおう」

澪「そうだな…。よいしょ!…重いな…アンプ…」

梓「むぐぐ…バスドラムも重いです…」

律「…!そうだ!」

律「はーいみんなちゅうもーく!」

紬「え?」

梓「何ですか?もう遊んでる時間は…」

澪「律、まさか…」

律「むむむ…!」

私は額に力を込めて、アンプとドラムセットを浮かせた。
これなら楽に器材を運べるって寸法だ。

紬梓「!!」

梓「あ、アンプが…」

紬「ドラムセットが浮いた!?」

ふわふわと宙を漂うアンプとドラムセット。
確かに異様な光景だ。ムギと梓が驚くのは無理もない。
でもそのリアクションがまたたまらないんだよなー。
梓は口をパクパクさせて言葉にならないといった様子。
ムギは狼狽しながらも、目はキラキラと輝いていた。


律「へへーん!すげえだろ?」

梓「な、なななな…」

紬「こっ…これは一体…?」

澪「…実はな…かくかくしかじか…」

梓「…そんな事が…まさか…」

紬「で、でも実際にこうしてアンプもドラムも…」

ふわふわ…

澪「信じられないだろうけど、本当なんだ…」

律「へへへ…よーし!じゃあこのまま講堂まで持って行くわー」

梓「ちょ、ちょっと待って下さい!」

澪「どうした梓?」

梓「そんな…物が浮いてる状態で出歩いたら大騒ぎになりますよ!」

紬「そうね…。りっちゃんが超能力者だって事が広まったら、色々大変だろうし…」

澪「…それもそうだな」

律「じゃあどーすんのさー?重い器材持ってくなんてダルいじゃん」

梓「…うーん…」

紬「人目につかないようにこっそり持っていけば大丈夫じゃない?」

澪「そうだな…そうしよう律」

律「ラジャー!」


講堂裏

純(憂に誘われて軽音部のライブ見にきたけど…あの人達だしなあ…)

純(あんまり期待しないでおこう…)


律「ふでぺーんふっふー♪…と」

純(ん?あれは確か軽音部の…)

律「愛をー込めてースラスーラとねー♪」

ふわふわ…

純(!?)

純(あ、アンプと…ドラムが…浮いてる!?)

『ザザザ…』

律「ん?誰かの心の声が聴こえたような…」

澪「おーい律!早くしろよー」

律「ああ悪い!もう終わるよー!」



純(…な、なんなのアレ…)


そのすぐ後に唯は音楽室にやってきた。唯にも事の顛末を話してみた。

唯「いいなーりっちゃん!私も超能力使えるようになりたいなー」

どうやら唯は私とは違う風邪だったのか、超能力が使えるようになってはいなかった。


その日のライブは大成功。
私には会場中の心の声が聴こえていたが、誰もが心の底から声援を送ってくれていた事がわかった。

最高のライブだった。
大歓声に見送られながら、私達は講堂…いや、武道館の舞台袖に下がっていった。



これが私の最後のライブになった。
いや、厳密には「観衆を前に演奏する事」が最後になった。



平沢家

憂「お姉ちゃん、ご飯だよ」

唯「うん!今いくー」

タタタタタ

唯「あはっ!おいしそう!今日は豪華だね!」

憂「えへへ!ライブ成功祝いだよ!頑張っちゃった!お姉ちゃん、すっごくかっこよかったよ!」

唯「憂~…憂大好き!」ギュッ

憂「もうお姉ちゃんたら…ご飯冷めちゃうよ///」

唯「えへ…いっただきまーす」

唯「はーおいしかった…。ごちそうさまー」ゲプッ

憂「お粗末さまでした」

唯「憂~」

憂「アイスでしょお姉ちゃん?」

唯「へへへ…いつもすいやせん…」

憂「今日はハーゲンダッツだよ」

唯「おおーいたれりつくせりだー」

憂「一緒に食べよう?」

唯「うん!…りっちゃんが羨むだろうなあ」

憂「…あ、そういえばお姉ちゃん、律さんの事なんだけど…」

唯「ふも?」モグモグ

憂「今日純ちゃんから聞いたんだけど、律さんがアンプやドラムを浮かせてたって…まさかね。純ちゃんの見間違いだよね?」

唯「え?本当だよー」

憂「…?」

唯「りっちゃんね、超能力者になったんだよー!」

憂「え…あはは、そうなの?」

唯「む?信じてないでしょ?明日部室にきてよ。憂にも見せてあげるー」

憂「う、うん…」

翌日、私は憂ちゃんにも超能力を見せてあげた。
憂ちゃんは最初、目を丸くして驚いていたが、すぐに目を輝かせてはしゃいでいた。
しっかりしてはいるものの、このへんはやっぱり唯の妹だな。

憂「す、すごいですね律さん!感動しました!」

律「へへへ…まあまた見たくなったらいつでもおいでよ」

澪「ちょっと律…あんまり広まるのは良くないぞ…」

憂「あ、大丈夫です!私、誰にも言いませんから!」

梓「それなら…いいけど…」

紬「憂ちゃんもケーキ食べる?」

憂「あ、はい!いただきます」

憂ちゃんも、唯も梓もムギも、笑っていた。

ただ、澪だけは…澪の心の声だけは笑っていなかった。
澪が私を怖がっているのが、私にはよくわかった。


翌日

ガラッ

憂「おはよー」

純「本当だって!信じてよ!」

生徒「そんなわけないじゃん」

生徒「純ちゃん、どうしちゃったの?」

純「本当なの!軽音部の部長が、ドラムを浮かせてて…」

生徒「あははは!ばっかじゃないのー」

憂「ど、どうしたの?」

梓「あ、憂…」

梓「律先輩が超能力で器材運ぶところを純が見てて…」

憂「あ…私も最初純ちゃんに聞いた…」

梓「でも誰もそれを信じてくれなくて。律先輩の事が広まるのは良くないし、私も何も言えなくて…」

憂「そうなの…」

純「お願い信じてよみんな!」

生徒「まだ言ってるし」

生徒「うざー」

生徒「なんなの?いい加減にしなよこのウソツキ」

憂「で、でもこのままじゃ…」

純「信じてよ…ぐすっ…」


それから純ちゃんは狼少年のように、何を言っても信じてもらえなくなり、クラスで孤立しはじめていた。
それは徐々にエスカレートしていき、ほとんど虐めと呼べるものになっていった。

それを心配した梓と憂ちゃんは私に事情を話し、私は当事者達の前で力を見せる事にした。
ただ、その事に対して澪は頑なに反対していた。


音楽室

澪「だ、ダメだよ律!そんな事したら…」

律「…なんだよ澪?」

澪「いや…だからみんな律の事…」

律「…私を怖がるってか?」

澪「…」

律「澪、私には人の心の中がわかるんだ。」

澪「り、律…」

律「気づいてるよ私は。澪が私を怖がってる事くらい…」

唯「りっちゃん…」

澪「律、違うんだ、私は…」

律「何が違うんだよ?」


澪「だ、だから…なんていうか…」

律「…軽音部で私を怖がってるのは澪だけだ。ムギも梓も唯も怖がってないのに、親友の澪だけが私を怖がってる」

澪「律…違う…違うんだ…」

律「…でもみんながみんな、私を怖がるわけじゃない!」

澪「律…!ダメだ…みんなの前でなんて…!」

律「うるせえ!澪に何がわかるんだよ!!」

澪「うっ…」びくっ

律「ほら、怖がってる」

澪「違う…律…」

律「私のせいで誰かがイジメられてるのはいい気分じゃないからな。私は澪が何と言おうと、純ちゃんの潔白を証明してやる」

律「じゃあな澪」

澪「……律…」

なんでこうなるんだ…?なんでまた澪と喧嘩になるんだ…。
今まで喧嘩は何回もしてきた。
でもそれは、お互いを理解するための喧嘩だった。

最近の私達は…どんどん距離ができ始めている。
こんなのイヤなのに。くそっ!



憂ちゃんと梓の呼びかけで、純ちゃんを疑う人達を教室に集めて、私は力を見せる事にした。


律「さーさー!お集まりのみなさん!今からわたくし、田井中律が超能力をお見せしまーす!」

生徒「うさんくさい…」

生徒「あの人も純なんかのせいで可哀相に」

生徒「ウソツキに関わるとロクな事がないね」

純「…うぅ」

梓「純、大丈夫だから!ね?」

憂「…律さん、お願いします」

律「ほいほい!」

律「じゃまずは…椅子を浮かせてみようかな」

律「むむむ…」

私は額に力を込め、椅子を浮かせた。

生徒「!」

ざわざわ…

生徒「うそ…」

生徒「う、浮いてる…」

生徒「そ、そんな…」

律「次は机!」

ふわっ

ざわざわ…

純「ほ、ほらっ!本当でしょ!?」

梓「じ、純…」

生徒「…い、いや…でも…」

生徒「超能力なんて…そんな…」

律「どうでしょうみなさん?これで信じるだろー?わかったらもう純ちゃんをイジメるのはやめろよな」

生徒「…だ…」

生徒「…嘘だ!」

生徒「こんなの手品に決まってる!!」


憂「…ち、ちょっとみんな…」

生徒「こんなの手品よ!!」

生徒「純をかばうために嘘をついてるんだ!!」

律「はあ?違うって!これは本当に…」

生徒「イカサマよこんなの!」

生徒「そうだ!嘘つきは出ていけ!」

教室中に飛び交う、私達への罵声。
なんだよ…ここまで見せて何で誰も信じないんだよ…
群集の激しい怒りの感情が、私の頭に響いてくる。

梓「ちょっとみんな!落ち着いて!」

憂「純ちゃん、今日はもうやめて帰ろう?ね?」

純「わ、私は嘘なんかついてない…私は…」

生徒「うるさいウソツキ!学校からいなくなれ!」

律「…っ!お前ら…!」


ガラッ

和「ちょっとあなた達!何騒いでるの!」

憂「の、和さん…!」

和「憂ちゃん!?何なのよこれは…!?」

怒号は鳴り止む事はなく、梓はどうしたらいいのかわからないといった風にオロオロするだけで、純ちゃんは泣きながら耳を塞いでいる。
駆け付けた和も、騒ぎを沈静させる事ができず途方にくれ、憂ちゃんは泣いている純ちゃんをかばうように抱き抱えながら震えている。

なんだ…私のせいかよコレ…
澪と喧嘩までして…こんな…

律(ふざけんな…)

律「……けんな…」

律「…ふざけんな…」

律「お前らふざけんなっ!!!!」

バリィンッ

私が怒鳴ると同時に、教室中の窓ガラスと蛍光灯が割れた。
ガラスと蛍光灯の破片がそこら中に飛び散った。
破片が私の目尻を霞め、そこから血が流れ落ちた。
私だけじゃない。教室にいた何人かは、手や足や切ったらしく、血を流していた。

生徒「ひっ!!」

和「な…何…何が…?!」


律「お前らふざけんなよ!!!純ちゃんに謝れ!!!!」


生徒「…ひっ…」

生徒「…な…に…コレ…頭の中に…」

飛び散ったガラスの様に、行き場を失った私の感情が教室にいた人達の頭の中に飛散していった。 どいつもこいつもよってたかって…ふざけんじゃねえよ

憂「…これは…律さんの…?」

和「怒り…?な、なんなのよコレ!?」

律「お前らなあ!弱いやつイジメて何が楽しいんだよ!!最低だ!!!」

生徒「…ひぃっ…」

梓「せ、先輩…やめてください!もうやめて…危ないです!!」

律「くっ!梓……くそっ…」

私の頭の中に、その場にいた人達の心の声が響いた。

『こわい…』

『ばけもの…』

『殺される…殺される…』

『助けて…お母さん助けて』

律「…くそ…なんだよ…やめろよ…」


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最終更新:2010年01月25日 00:34