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翼よ!あれが帝都の灯だ



 ──プレミア・マカロニ。

 D-4の街角にあるこの小さなレストランのテーブル席で、未だバブルの余韻を匂わせる恰好の男女が向かい合っていた。
 男は美男、女は美女と言って良い容貌であるのに加え、男は男に磨きをかけ、女は女に磨きをかけて高級なファッションで仕立てているのだから、全く、恐ろしい程に高い次元で釣りあいが取れているカップルだ。

 ことととととと……。
 美男は、美女のグラスにワインを注いでいく。

「客に注がせるなんて、サービスの悪い店だぜ」

 と、男は、冗談めいた悪態をつく。それもそのはず。店は全くの無人なのであった。まったくの二人きり、貸し切りだ。壁にかけられた大量の白黒写真だけが彼らを見ている。
 とはいえ、彼も邪魔者がいないのは悪くないと思っている。
 キャンドルの揺れる灯りが、二人の夜の雰囲気を醸し出していた。アロマではないが、やさしい匂いを発しているような気がした。

 丁字色のスーツを着た、どこか遊び好きな印象を思わせるこの男の名は結城凱。ちなみに、このバトルロイヤルに招かれてから、目の前の女性を口説くまでに要した時間は一分にも満たなかった。
 そうして、凱に一分で口説かれた女というのは、美神令子だ。チューブトップにミニスカートで非常に肌の露出の多い紫のボディコンを纏っている。
 艶のあるオレンジ色の髪は、立ち上がればスカートの裾よりも下に来るほどに長くのびていた。

 お互いこんな外見だが、二人とも、本気で相手を愛してしまっているわけでも──まして、そこから、愛のない邪な関係になろうというわけでもない。凱も女ならば誰でも良いわけではないし、令子も決して尻が軽い性格ではないのだ。
 まず、凱はこんな状況だからこそ、自分にとって最も理解のしやすいやり方で相手が信用に足る人間が見極めようとしたのであった。それが、「口説く」という手段である。
 愛を育むのも、信頼に足る相手かを見極めるのも同じだ。
 とにかく人を知るには手順というものがある。
 凱にとって、その段階の一つが、男女二人きりの世界に誘う事だった。

 令子は令子で、この殺し合いでいきなり、無警戒に女を口説く男というのが、果たしてどんな人間なのか、確かめようとしたのだった。悪い企みのある相手だったなら、令子は相手の悪意さえも上手に利用して自分の利益にしようとするだろう。
 だが、少なくとも、今のところ、凱には悪い印象はなかった。誘い方は、相応に紳士的であったが、反面で彼からは隠しきれない野性味が漂っている。女好きであるという点においてもある意味純粋で、それこそ、ワルさの中にも可愛げの感じられる男だった。

 最初に出会った異性をよく観察し、これからの殺し合いに臨もうとしているふたり。
 そんな二人を、店内のライトが、静かに照らし続けていた。
 ワインが二人分注がれた後、先に口を開いたのは、令子だった。彼女はテーブル上に置かれたワインボトルを手に取り、ラベルを一目見ながら言った。

「まったく、“ノストラダムス”さんも粋な事をしてくれるわね。こんな物配ってどうするのかしら。……ねえ、ロマネ・コンティの単価ってどれくらいだかわかる?」
「──おっと、俺を舐めるなよ。いくら学歴ってやつがなくても、俺は酒と煙草とギャンブルと女にだけは詳しいんだぜ。こいつは、近頃は一本二百万円だっていう最高級品さ。……まっ、本当なら普通の奴には一生縁のないワインだぜ」

 令子は、そっとボトルをテーブル上に戻して訊いた。

「……ノストラダムスに感謝する?」
「ああ……。今夜のこの特別なワインと、この夜一番の美女に会わせてくれた恐怖の大王に……乾杯」

 かたん、と。
 二人の持つグラス同士がどこか心地良い音を鳴らし合った。

 ロマネ・コンティ。高価なワインの代名詞とも言われるそれは、凱の支給品だった。
 武器ではないのだが、彼らにとっては外れではない。
 酒を愛する凱にとっては、短い人生の中で一度は口にしたいワインであった。特に、90年代初頭といえば、ロマネ・コンティの当たり年であり、百万円や二百万円を優に越す値がつく事もある。
 金を愛する令子にとっては、度々、ビール感覚で口にする機会のある酒──多くは今と同じように男に奢らせるのだが──でもあったが、やはり金目の物が手近にあると少し士気が上がる彼女である。
 グラスを口元に手繰り寄せ、最高級ワインの匂いを嗅ぐ。

「ん……?」

 と、その時。令子の鼻孔から侵入したのは、飲み慣れたロマネ・コンティの芳醇な香りではなく、嗅ぎ慣れない違和感だった。
 凱も、令子と同じように、ワインの香りには違和感を抱いたようである。
 一瞬、毒物の混入を警戒したようだが……いや、高級酒の香りにしては随分と安っぽいように感じただけで、別に飲むのを警戒するような物というわけではなかった。
 それでも、令子は口をつけずに、凱の様子をちらりと見た。

「──なんだか随分安い香りだな。高級ワインってのはこんなもんなのか?」

 流石、金がないなりに酒に詳しいと豪語する凱である。
 飲んだ事が殆どないとしても、それを嗅いだだけで看破するとは、相当飲める男らしい。
 令子が、グラスをそっとテーブルの上に置きながら言った。

「いいえ……。これ、やっぱり偽物よ。ラベルだけすり替えてあるわ」
「なんだって!?」
「中身はただの安物。……まあ、男女ふたりで飲むにはちょっとチープなワインよね。悪いけど、私はもういらないわ」

 こうして誘われながらも、酒の値段でそれを断るというのは、なんともこの令子らしいやり方であった。凱の逆鱗に触れるかもしれないが、彼女は男の性格を見て、そうした行動を平気で取れる性格でもある。
 だが、凱はやはり肝心な部分では紳士であり、令子に向かって腹を立てるという事はない。……というよりも、自分が安い酒を飲ませようとしたのだから、この反応は当たり前のように思っていた。
 仮に令子が気を使って飲もうとしたならば、それこそ、彼は取り上げて捨ててしまうだろう。
 彼にとっては、それこそが酒と女に対する愛情であった。

「あんのヤロ~! 俺をおちょくりやがったな! ちょっと期待させやがって!」

 凱はグラスを持つ手を震わせた。乱暴にテーブルの上に叩きつけるように置いて、“ノストラダムス”への怒りを叫んだ。
 バトルロイヤル。……それが始まってから、最も主催への怒りが強まったのは、もしかすると今この瞬間でもあったかもしれない。
 金属製の首輪をつけられて犬のように扱われた事よりも、こうしてからかわれた事の方が、ずっと彼にとって耐えがたい屈辱だった。デイパックから高級ワインが出て来た時のときめきを返せと言いたかった。それを嘲笑ったのだろうか。
 ふぅ、と令子は一息ついた。

「……まあ、島や船まで貸し切って随分贅沢だと思ったけど、いざって時はハリボテだらけみたいね。主催者のお財布の事情がよく伝わるわ。……こうまでしてバトルロイヤルなんかさせたいのかしら」
「ああ、まったくその通りだぜ。……だが、これじゃあ俺の腹の虫が収まらねえ! 待ってな、店の奥に行って、もっと高い酒を探してくる!」
「まあまあ……」

 苦笑いでそう言う令子であった。
 こうした凱のちょっとした暴走を、令子はまだ微笑ましく見られる。
 勿論、過信はしていないが、凱が変な算段を持ち合わせている人間でないのはよくわかった気がする。
 ……まあ、よくよく考えてみると、令子にとって仲間であったあの横島忠夫よりもずっと信頼できる人間性を持った男かもしれない。
 彼女が来た時間軸では──仲間、というには微妙な所だったが。

(……とは言ったものの、早いとこ脱出手段を考えないとね。わざわざ見栄張って支給したワインが安物って事は、他にもどこか抜け道があるはずだわ。それを見つけちゃえば後は楽な仕事になりそうね)

 令子は凱が激しく席を立った時の余韻で揺れ続ける安物ワインを見ながらそんな事を考えていた。
 勿論、彼女も殺し合いには乗らないと決めた人間の一人である。
 自分の命や金は大事だが、他人の命と引き換えにそれを得たいかというとそういうわけでもない。悪い奴ならば知った事ではないが、子供やらこんな男やらを見ていると、やはり、なるべくそれを犠牲にして生き残るのは躊躇う所である。

 ましてや、助手(兼うらぎりもの)の横島に、おキヌちゃんまで纏めて参加しているのだ。
 彼らが死ぬのは……令子にとっても、もしかしたら……ちょっと、不快……かもしれない。

「──あの、君たち」

 と、突然、声がかかって、令子は心臓が飛び出るほど驚いて我に返った。思わず、「おそ松くん」のイヤミのようなポーズになって、血の気が引いた間抜け顔を晒している令子である。
 声の主が立っているのは、ほぼ背後だ。
 ついつい、おキヌちゃんの事を考えていて(本当は横島の事も考えていたのだが、令子はそれを認めない)、我を忘れていたらしい。
 凱以外の人間がこのレストランに来ていた事に令子が気づいたのは、その瞬間だった。
 令子を庇うように、凱は速足で令子とその男の前に立ち塞がる。黒い手袋を嵌めた両手を顔の前に出して、どこか威嚇するように、凱は訊いた。

「……おい、なんだお前?」
「いや、さっきからそこにいたんだけど……」

 二人きりの貸し切りレストランは、どうやら、いつの間にか、二人きりではなくなっていたらしい……。店の隅に(普段なら老人が眠っている所に──)、一人の男がいたようだ。声をかけるタイミングを逃して、放置していたのだろう。

 この男の変わっているのは、その髪型である。短い髪は全て逆立ち、一目でそれが相当の剛毛だと悟らせる。
 見る人が見ればハンサム──よく見れば色男だとわかる──といっていい顔立ちだが、凱にはそれがモテる男の顔には見えなかった。
 白いシャツの上から、橙色と黄色を配色したベストを羽織った彼の姿は、妙に毅然としているようでもあった。
 令子と凱が目を丸くして彼を警戒しながら見ていると、その空気を察したのか、彼は自分の素性を明かし始めた。

「えっと……そうだな、まずは俺の自己紹介からしておこう。俺は、帝国海軍中尉、大神一郎です」

 そんな自己紹介を聞いた凱は、少し眉を顰めた。

「……海軍中尉だあ? なんだか知らねえが、それにしちゃ随分頼りなさそうなツラじゃねえか。そんなんで俺たちを保護だなんて笑わせるぜ。……まっ、軍人なんて意外とそんなもんか」

 この手の男に随分と絡むのは、凱が「納豆と男が大嫌い」とする性格だからである。
 ましてや、軍人などと言われたら、そう簡単に受け入れないのも彼だ。規律などに縛られているご立派な人間を、凱のような遊び人が好くはずもない(ただ……彼にとっては、少しだけ、例外的な“親友”や“仲間”の軍人もいるのだが)。

「むっ」

 そんな凱の捻くれた態度に、眉を顰める大神であった。彼も、自分が馬鹿にされているのならまだしも、「軍」という枠組みで仲間ごと馬鹿にされて、腹を立てないはずがない。
 そして、凱に対して、不機嫌な眉のまま訊き返した。

「君は、軍人が嫌いなのか?」
「へっ、わざわざドンパチやろうなんていう奴の気持ちは俺にはさっぱりわからねえな。ひでえ時は、俺みたいな一般人も巻き込みやがる……」
「……。それについては、日頃も申し訳なく思っているよ。だが、俺はこれでも、たくさんの人たちを守りたいと思って帝国華──あ、いや、帝国海軍に入ったんだ」

 そう言う大神を見て、凱は少し意外そうな顔になった。
 大神の瞳は至極真剣なのである。演技でなければ、余程、「くそ真面目」な人間だというのがそれだけで伝わった。
 そして、そんな彼の姿は、凱の中でとある一人の男と重なる。
 くそ真面目で、実直で、「俺は戦士だ」とか、「人を守りたい」とか、そんな事を言い出すどこかのバカな友人の姿だ。
 それで少し押し黙った凱だが、慌てたように表情を変えて、また大神に捻くれた絡み方をした。男に対してそう素直に対応するわけがない凱である。
 大神という男が誰かさんに似ているのはともかくとして、凱は得意そうに言う。

「──なるほどなぁ。あんたのお気持ちはよぉくわかったぜ。……しかし、俺はあんたがどこまでやれる奴なのか、まだちゃんとはわかってねえ。口だけって事なら承知しねえぜ!」
「……君の名前は」
「結城凱だ。あんたとは全く正反対の遊び人だ。──だけどな、これでも場数は踏んだつもりだぜ。軍人さん如きに負ける俺じゃ……ないってことさ!」

 凱は少し歩きだし、自分の席の前でそっと、先ほど飲みかけていたグラスを掴むと、それを親指と人差し指で挟んで、大した力も入れた様子なしに、粉々に砕いた。
 中に入っていた安物のワインがレストランの床に零れ、その上をガラスの破片が散っていく。黒い手袋に、ワインが染みた。

「……」

 大神は、そんな彼の様子を、少し黙って見つめる。
 あのグラスも、流石に飴の細工ではない。それなりの強度が保障されているもので、そう簡単に砕け散ったりはしないはずだ。凱という男の握力が、ああ見えて人間離れしている証だろう。
 凱は、濡れた右の手袋を脱いで、手をひらひらと仰いだ。

「どうだい、こいつが乾くまで、腕相撲でもして力比べでもしてみるか、海軍中尉さん」
「……望むところだ!」

 挑発する凱に、それに乗るように腕をまくる大神。
 初対面でここまでいがみ合うというのは、令子のような性格でも滅多にない。普通は、もう少し丁寧に接してから、相手の輪郭が見えて初めて対立が起きるものではないか?
 令子のように成熟した大人では、全くその辺が理解できなかった。

(男の子ってやっぱりわけわかんないわ……こいつらもミニ四駆とか好きなわけ?)

 男同士でヒートアップしていがみ合っている中、全く置いてけぼりで、呆れたように頬杖して半目で二人を見ていた令子が、横から訊いた。

「あの……男と男の熱いバトルはいいんだけど、その前にちょっと一つだけ訊いてもいいかしら、大神さん。あなた帝国海軍だっけ? それって、なんか随分変な言い方ね」
「はい?」

 凱を睨んでいたはずの大神は、令子の突然の横槍に、きょとんとした。大神はすっかり令子の事を忘れていたようである。
 しかし、何故、今そんな事を言われるのかもわからなかったし、そもそも帝国海軍が何か気に障るような言い方だっただろうか。

「いや、帝国海軍、なんて、まるで戦前や戦中の人みたいな言い方じゃない。……あの、もしかして……右の思想の人とか?」
「……は?」

 令子の質問の意図どころか、意味すらもよくわからない大神である。
 センゼン、センチュウ……これらの言葉は、そもそも、ある一つの巨大な戦争が終わった前提でなければ殆ど使われないような物である。戦前の人間が、「戦前」などという言葉ができるはずないのだ。それゆえ、大神はその質問が暗号のようにさえ思えた。
 強いて言うならば──日露戦争か、対降魔戦争か?
 そんな大神の様子を察して、令子は一つの質問をする。

「ああ、わからないなら別にいいんだけど。──それならそれで、ちょっと一つ訊いてもいい? 今は西暦何年?」
「はあ……太正14、いや15年……西暦でいうと、1926年になったばかりですが」

 と、その瞬間にぎょっとするのは、凱である。

「なあ、大神。あんた、もしかして、頭おかしい奴なんじゃねえか? まともに相手して損したぜ。だって、今はせんきゅうひゃくきゅうじゅう──」

 相手がその手の人間なら、、真面目に張り合うのも大人げない、と凱は思った。
 やたら理路整然としているので全く気にならなかったが、もし変な奴ならば、凱ももう少し上手く大神と関わり合わないように配慮するだろう。
 大神は、凱の一言に若干不快そうな顔をしたが、何か言う前に、令子が口にした。

「──いいえ。多分、彼にとっては違うのよ。言っておくけど、彼は変人でも幽霊でもなさそうだわ。……じゃあ、タイムスリップしてきたと考えるのが、一番合理的じゃない?」

 過去にタイムスリップも経験した令子は、驚くわけでもなく、そんな結論に達した。
 頭がおかしい人間と割り切るには、やはり大神には落ち着きがあり、軍人のステレオタイプをなぞるような演技でもない。
 たとえば、自分が軍人であると思い込むような性質の人間は、凱に軍人を馬鹿にしただけで、もう少し露骨に暴力を振るったり言い返したりするのではないだろうか。
 あくまで、軍属の士官にもう少し近い横暴なイメージになりきろうとすると思う。しかし、大神はそれを演じているわけではなく、あらゆるタイプが存在する軍人の内の、多少変わった一人でしかなく──それが、大神一郎という人間の真実の個性にしか見えなかった。

「おい、本気で言ってるのか?」

 その問いに堂々と頷いて返答する令子を、もしかしたら凱は少し変人チックだと思ったかもしれない。
 しかし、タイムスリップ、か……。
 その理論を聞いて、凱もある程度は納得していた。そこらの人間を捕まえてくるよりは、ずっとありえる話だろう。彼自身が、不思議な体験を幾つか行っていたせいもある。
 たとえば、あの最初の説明でワニ人間を見て全く驚かなかったのも、凱がこれまでしてきた不思議な体験の賜物だ。

「ねえ、大神中尉さん。わかりやすく説明すると、あなたの言っている年──1926年はね、私からすれば、70年くらい前なのよ」
「は……!?」
「……まっ、簡単には信じていないかもしれないけど、服装から見ても、おそらくずっと前のものね。まさに、大正時代で士官級の軍人なら、私服がそれくらい立派でもおかしくないんじゃないかしら」

 真顔でまくしたてるように言う令子に、大神も凱もかなり驚いている。
 しかし、すぐに、大神はその意図を理解した。
 令子が嘘を言っているとは思えない。

「うっ……そうか。……俺も何か変だと思っていたが、君たちは、未来の人間なのか!」
「嫌にあっさり認めるじゃねえか。……なあ、こいつが本当に大正時代の人間だってのか? 大正時代の人間はこんなにSFじみた空想がわかるってのか? もう少し土人文化だと思ってたぜ」
「あなた、それ随分失礼よ……」

 令子は苦笑いしながら言う。
 流石に大正時代が土人という事はないだろう。……確かに、コンピュータや携帯電話といった現代の技術は殆ど存在していないかもしれないが。
 しかし、凱も納得した──いや、完全には納得していないかもしれないが、そうして話を合わせておかねばならないのだろうとは理解した──ようであった。
 大神が、言った。

「俺だって簡単に認めるわけじゃないさ。ただ、君たちがそんな嘘をつく理由はない」
「私もそう思ったから、あなたの言った年を信じたのよ。嘘言ってるようにも見えないしね」
「そうか……」

 と、そう言いながら、大神は令子の方をじっと見た。

「しかし、さっきから気になっていたが……君も、普通の人じゃなさそうだね」
「ええ。私はゴーストスイーパー……美神令子よ」

 ゴーストスイーパーなどという肩書は、先ほどから一緒にいる凱も初めて知った。
 その胡散臭い言葉は訊いた事がないのだが、凱はそのニュアンスを察する。
 昔、そんな名前の映画もあった気がする。……いや、あれは「ゴーストバスターズ」か。

「──って、そんな横文字も、大正時代じゃあまだわからないか。霊を鎮めたり、妖怪を倒したりするのが私の本職よ」

 そして、それを聞いた時、凱は──思った。
 ジェットマンやバイラムなんて単語を聞く事になった一年前の驚きが、自分の中で繰り返されているのだ、と。
 こいつは、もしかすると、本気で、またとんでもない話に巻き込まれたらしい。
 凱のように平和に暮らしてきた遊び人に、運命は──これ以上何をせよというのだろう。

「……俺だってわかんねえよ、ゴーストスイーパーなんざ」






「本来なら機密事項だが、まず俺の仕事を話そう。実は俺は、ただの海軍の人間ではないんだ。秘密裏に構成された秘密防衛組織──帝国華撃団・花組の隊長だ」

 十分前まで二人きりのムードが繰り広げられていたレストランは、今や会議の場であった。大神一郎は、簡単に経歴を述べる。
 この経歴は、彼が大正時代(大神が言っているのは「太正時代」だが口頭では伝わらない)の人間である事などよりも、遥かに驚くべき事実だ。
 秘密防衛組織……? こいつは何を言ってるんだ……? と。
 しかし、凱も凱でそう言えない立場にあるのはまた同じだ。何せ、彼も似たような物なのだから……。
 大神は続ける。

「帝都東京に現れた降魔という魔物を倒すのが俺たちの使命だ。その為に必要な高い霊力を持つ女性の集団が帝国華撃団で……俺は、男だけどその霊力を持っていて、その隊長を任された」
「確かに元々、高い霊力は女性を中心に宿るものだったみたいね。安倍晴明のような例外はいるけど……。ただ、現代では、男性のゴーストスイーパーも珍しくはないわ。この名簿にある、横島クンも一応その一人よ」
「横島忠夫、か……」

 名簿上の名前を令子が一人教えて指示する。
 なるほど、と大神は首肯した。未来になると、霊力を持つ男性がもっと見つかっているらしい。──大神の霊力の高さが着目されたのも軍属者だからこそテストされる機会があったからである。
 知られていないだけで、高い霊力を持つ男性はまだまだいるのかもしれない。
 まあ、大なり小なりあるが、全ての人間が持つ力であるのは確かだ。それが特別高いのはやはり女性という話である。
 大神は、テーブル上に置いている名簿をふと見て、もう一度指示した。

「そうだ。名簿の名前といえば、俺も知り合いもいるんだ」
「教えていただける?」
「ほら、この名前──イリス・シャトーブリアン、真宮寺さくら、李紅蘭……みんな、花組の仲間たちだ。彼女たちなら、きっと俺や君たちと一緒に殺し合いを打ち砕いてくれる……! 早く三人を探さないと……!」
「……へえ。確かに女性名ばかりね。色んな国籍の女性が集まっているみたい」

 随分と多国籍の軍隊らしい。後々の歴史を考えると、その隊も分裂してしまうのかもしれないが──今はそれを口にするのをやめておいた。

「……随分羨ましい奴だな。野郎のいない、女に囲まれた戦隊って事か」

 凱が横槍を入れた。まるで軽口を叩くようにそう言う彼は、相変わらず女好きな性質を口に出している。

「で、そいつらを語る時の大神のその慌てよう。その中の誰かとデキてたりって話か?」
「うっ、それは……」
「おっ、その反応は図星だな? いるのか、その中にお前の恋人が──見かけによらず、やるじゃねえか! まあ、俺が入っても同じ事になるけどな」
「そ、そんな話はいいから、君も知り合いがいないか教えてくれ!」

 大神が慌てて誤魔化すと、凱は、名簿をちらっと見た。
 もう一度、彼はそれを確認した。「あ」行と「か」行の間あたり、「は」行の始まりあたり、名簿の一番後ろあたり……を再確認する。
 やはり、巻き込まれた仲間は一人。その他は全員敵だ、と思い、既に確認済だった名前を二人に伝えた。

「天堂竜、ラディゲ、グレイ、それから女帝ジューザ。これでいいのか? それじゃあ、教えて見ろよ。誰がお前の恋人で、誰が一番美人だ?」

 まるでノルマを果たすように早口で話すと、そこからはいつもの凱である。
 大神は凱に詰め寄られ、両手を胸の前で開きながら押されていた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ……! 君の言った名前の中にも、いくつか気になる名前があるぞ!」
「──そうよ。さらっと言ったけど、女帝ジューザとかいう名前が気になるわ。……っていうより、はっきり言って、この名簿の中で、トップクラスに気になって気になって仕方ないんだけど!!」
「女帝ジューザとは、一体何者だい!?」
「何!? 女帝って! この名前見た時、この名簿絶対頭おかしいって思ったわよ! もしかして、あなたが一番変なんじゃない?」

 大神と令子の言葉に、凱は煩わしそうに耳を塞いだ。
 一番まともそうな凱が一番強烈な名前の知り合いを持っていたインパクトが巨大だったのだろう。

「いっぺんに話しかけるなよ! だいたい、俺が変だって? 俺は、あんたたちと違って元々ただの一般人だぜ?」
「元々、でしょ? 今は何なのよ。フツーに暮らしている一般人が女帝ジューザと知り合いになる機会はどう考えてもないわよ!?」
「──あーあ、まどろっこしい説明は面倒だな。仕方ねえ。一度しかやらねえから、よく見てろよ?」

 凱は、面倒な説明を避けるようにして、右手のブレスを左手でプッシュした。令子も、大の大人の男がつけるには随分と変わったブレスレットだと思っていたが──実はそれは、ただのブレスレットではない。
 その正体は、凱の叫びとともに露わになった。

「クロスチェンジャー!」

 すると、凱の身体は光を発し、透明なエネルギーが彼を覆っていった。
 そして、次の瞬間、結城凱は人間ではなく、黒き鳥人へと一瞬で姿を変えたのである。
 コンドルの力を持つバードニックスーツの戦士──そう、彼もまた、人々を脅かす悪魔と戦ってきた人間だったのである。
 彼の両手のブレスは、その変身の為のアイテムである。

「「──!?」」

 大神と令子が口をあんぐりと開けて声にならない衝撃を間抜け面で表現しているのを横目に、彼はその姿の名を叫んだ。
 かつては煩わしい称号だったのかもしれないが──それは、今の彼にとっては、友と共に戦った己の誇り。

「俺は、竜たちと一緒に……この力でその女帝ジューザやラディゲを倒す為に戦った戦士──ブラックコンドルだ!」

 ブラックコンドル。
 偶々、「バードニックウェーブ」という力を浴びてしまった為に、裏次元の怪物──バイラムたちと戦う宿命を背負った鳥人戦隊ジェットマンの熱き勇士である。
 所謂、変身ヒーローである。

「やっぱりあなたが一番変よ!!」

 令子は、目玉を大きくして凱にそう言った。






 ────で、それから。

「つまり、確実に敵対するような相手が何人もいるという事か……」

 大方の情報の交換を終えると、大神は腕を組んで眉を顰めた。
 このバトルロイヤル、というゲームにおいて、ほぼ確実に殺し合いに乗るような連中は少なくない。本当に、その手の人間が呼ばれているという事である。彼の場合、仲間しか呼ばれていなかった為、あまり激しい殺し合いにはならない可能性は少なからずあると認識していたのだ。
 しかし、やはり、殺し合いに乗るようなタイプの人間も多数招かれているらしい。

 特に危険なのは、ラディゲ、女帝ジューザ、メドーサだ。
 次に危険なのが、グレイ、ルシオラ。──こちらは、おおよそ殺し合いに乗らない可能性が高いが、念のために警戒すべし相手という事だ。

 バイラムに所属するラディゲという相手については、「ジューザを倒す為に共闘する」という提案を申し出れば直接戦闘を避けられる可能性もあるらしい。しかし、いずれ戦闘になる可能性は少なくない為、最重要危険人物には違いないだろう。
 それから、グレイという人物もジェットマンの敵対者であるが、これは凱の直感で、どういうわけかそこまで積極的に人を殺し歩くような性格でもない気がするらしい。彼の言った「黒いロボット」という特徴は嫌でも目立つ事になるだろう。
 ルシオラも敵対者だがそこまで悪意に満ちているというわけではなく、むしろ危険なのはメドーサだが──それくらいならば、令子の腕でも何とか対処できるだろうという話だ。ルシオラの方が強く、こちらが「アシュタロス」なる巨大な悪の手下であるらしいものの、横島を可愛がっている様子を見るに、横島の名前を出せば何とか対処できると令子も推察している。
 そして──これは今更だが、凱と令子の来た時代、あるいは来た世界が根本的に異なる事もすぐにわかった。
 アシュタロスやバイラムといった敵の規模がそれなりに巨大であるのに対し、お互いが全くそれを知らないというのは実に不自然な話だからである。根本的に、来た世界が違うというのも令子はすぐに理解した。
 そして、異世界の侵略を受けた凱もまた同じだ。
 大神も概ね、二人の説得で意味を解したようである。

「……こうしちゃいられない。一刻も早く、人々を守らなければ……!」
「チッ……本当にどっかの誰かみたいな奴だぜ」

 変身を解除していた凱は、足を組んだまま、大神を冷やかに見つめる。
 情報を提供する度に焦燥感に包まれる大神には、やはり──そう、「天堂竜」という男の姿が重なった。
 凱のような一般人を巻き込み、正義の戦士に仕立て上げてしまったあのくそ真面目な軍人野郎──全く、大神にはそれに近い物を感じてしまう。

(まだこんなクソ真面目な奴がいるの……流石に勘弁だわ)

 令子としては、別に彼と重ねる人間など周囲にいなかった。
 彼女も情報交換の度に、「ヤバイ」とは思い始めていたようだが、それは、決して多くの人が被害を受けるからではなく、自分の身が危険に晒される危険があるからだろう。
 そして、不機嫌そうな顔で呟いた。

「あ……そうだ、ギャラ……」
「は?」
「ねえ、これって、主催者倒したら、どっかからギャラ出るかしら……?」

 むすっとした顔のままそう言う彼女。
 余裕のあった令子を苛立たせたのは、何と言っても、バイラムの連中の話を聞いてからだ。
 特に、女帝ジューザとかいう参加者。……いくら再生怪人が弱いと言っても、凱の話を聞く限り、ジェットマンとバイラム幹部が協力して戦わねばならなかったような相手らしい。
 それが同じ殺しあいに招かれている──。
 アホか。死ぬだろ、それ。戦いたくない。金よこせ。金もないのに戦えるかバカ。

「──ははははっ! こんな時に考える事かよ」
「……報酬は、出ないんじゃないかなぁ」

 凱と大神も、どこか令子に呆れた様子である。
 凱は思い切り笑い、大神は割と真面目にリターンがなさそうな事を考えている。

「……まっ、もし、金が欲しいなら、優勝するしかないんじゃねえか」
「馬鹿言わないでよ」

 凱の冗談めいた提案には、令子は真面目につっぱねた。
 それというのも、幾つか理由がある。
 まず、人の命まで奪って金を得るのは流石の金の亡者でも不愉快な事。
 それから、そもそも優勝するのが脱出より遥かに難しそうな事。
 そして、主催者はロマネ・コンティ支給するフリして安物を支給するような人間な事。
 ──金にもならない殺し合いに乗る理由はない。

「主催者側も貧乏性みたいだし……くっ! あんな奴の言う事はいくら金の為でも絶対に聞くつもりないわよ! それでも、ヤミ金でもなんでも借りさせて、賠償金を三億はふんだくってやるしかないわね!」
「おーおー、凄い凄い」
「っていうか……女帝ジューザとかラディゲとか……あんた、私の力が通用しなさそうな余計な奴らを連れてこないでよ! 脱出が面倒じゃない!」
「別に俺が連れて来たわけじゃねえよ……!」

 令子と言う女が、命と金を大事にしている女なのは、大神にも凱にもだんだんとよくわかってきた。
 しかし、不思議と嫌いになれなかった。






 すぐに簡単な情報交換を終えると、三人は勿論、レストランの外に出た。
 そして、二百メートルほど離れた道路脇に置いてあるものが大神の支給品だ。

 930型ポルシェ911カブリオレ。
 大神も流石に運転が難しいだろうと判断し、この支給品をひとまず放置して、付近の捜索にあたったのである。

「大神さん、あなた最高よ! 随分ステキな物を支給して貰ったじゃない!」

 と、令子が喜ぶのにはワケがある。
 それというのも、ナンバープレートも含め、100パーセント確実に令子の愛車そのものだったからである。
 大神が、それを運転して動かすという判断をしなかったのも彼女にとっては最高だ。
 下手に運転されて派手に事故でも起こされていたら、大神を相手に巨額の賠償金──それこそ、安くとも実車の値段の倍の値段──を請求する所だったが、大神も運が良い。
 ただし、もし仮に、ここに放置した結果、どこかの馬鹿が「ボーナスステージ」などと称してブッ壊していたらそれこそ、「管理責任」と称して大神からふんだくったかもしれないが。

「……しっかし、よりにもよって、私のこの子を盗んで支給なんて──ノストラダムスだかなんだか知らないけど、ブッ殺してやるわよ、マジで!」
「あーあ、完全に口説く女を間違えたぜ……」

 だんだんと本性を露わにしていく令子を前に、凱は肩を竦めて言う。
 女を見る目はあったつもりだが、まったく、とんでもない女を口説いてしまったらしい。
 凱の好みは、もうちょっと純朴そうな女なのである。金が大好きな女は対象外だ。それこそ、凱がこれまで最も愛した女というのは、金持ちでありながら──それをひけらかしたりはしない女だったくらいである。
 尤も、その女は、別の男に惚れてしまっているのだが。

(ま、巻き込まれてたのが竜だけだったのは不幸中の幸いってやつか)

 鹿鳴館香。
 そう。
 それが、凱の愛した女の名前だった。──隊員と恋人関係にあるらしい大神にああして詰め寄ったのも、凱が愛する鹿鳴館香という女が、ジェットマンの一員だったからである。
 しかし、彼は、よりによって竜の事が好きときた。
 そして、その竜は、今……。

 いや、そんな色恋の話は置いておこう。
 凱は、本心から、ジェットマンの仲間たちがバトルロイヤルに巻き込まれなくて良かったと思っている。
 元気の良い女子高生、早坂アコ。農家をやってる田舎者、大石雷太。優しく厳しく──何より強い長官、小田切綾。
 一年前の凱は、自分がこんな連中とつるんで、変な仲間意識まで芽生えて、地球の平和を守っているなどと言っても信じてくれないだろう。
 今の凱ですら半信半疑だ。
 そうして──少し仲間の事を考えていた時、大神の声が轟いた。

「おい……二人とも!! あそこに誰かいるぞ!」

 その時、令子は、運転席でエンジンをかけていた。凱は、考え込んでいた。
 それゆえに、それに気づいたのは大神一郎だった。
 しかし、大神の声で残りの二人も後方を見るに至る。

 ──遥か後方、百メートルほど後ろ。

 見れば、街灯が照らしているのは、縮れた長い髪を持つ、小柄な男性だ。
 黒を基調とした服は、そこに人間がいる事をわからせ難くしていた。

「ありゃ……チッ、女かと思ったが、男だな……」
「ああ、髪は長いが──」

 後ろの男は、こちらが自分に気づいた事を察知したらしい。
 ぶつくさと何かつぶやきながら、その怪物はゆっくり歩いて来る。
 敵か味方かはわからない。
 だから、令子は愛車のヘッドライトを灯し、すぐに逃げられる警戒体勢を作る。
 三人の顔が顰められた。──それは、敵か味方か、というには、あまりに敵らしい雰囲気を悟ったからであろう。

「くくくく……ようやくほかの連中に出会えた」

 近づいて来る彼の声は、まだ聞こえない。
 しかし、不気味に笑っている彼の様子は、よくわかった。
 令子は、そっと、すぐにでも走りだせるように準備する。

「どうやら、奴らが、オレのここに来て最初の相手らしいな。……久々に蔵馬以外の奴と殺し合いが出来ると思ってウズウズしていたところだ……このゲームがようやく始まってくれた気分だよ……」

 断片的に聞こえ始めた、彼──戸愚呂(兄)の声。
 それは、ただひたすらに不気味な笑いが混じっており、いかにも、ヤバい奴の香りがした。
 大神も、凱も、令子も強い警戒を示したが──相手の出方を伺うように、そこから張り付いて逃げようとはしなかった。
 ただの怪しいだけの人間かもしれない──仲間になりうるかもしれない──という僅かな期待ゆえだろうか。何せ、相手はまだ何もしていない。
 そして──次の瞬間、戸愚呂の高らかな叫びで、それぞれが行動を決めたのだった。

「──そう……完全再生したオレの身体で、ようやく久々に人間を切り刻める時がきた!」

 そう、殺しの宣言。
 戸愚呂は己の狂気を露わにすると同時に、その右手を巨大な刃へと変形させた。
 木の葉のような形の剣へと変形した右手を見て、三人は思わずぎょっとした。
 しかし、そんな人外の敵と何度も出会ってきた三人である。──そんな怪物がいる事そのものを納得するのは早かった。怖くて足がすくむという事はない。

「ひゃはははははははーーー!! カスども……死ねえええええ!!」

 そして、それと同時に、戸愚呂は走りだした。
 まるで殺人をするのを、ずっと待ちわびていたかのようだった。
 とにかく、彼らが最初に出会った「殺し合いに乗っている」側の人間が彼だったのだ。
 これが確かに──「超人」どもとの殺し合いであるのは、その瞬間に実感となった。
 駆け寄ってくる戸愚呂の姿に、凱と大神は少したじろいだ。

「な……なんだあいつ! 自分の腕を武器にしやがった!!」
「あ、あれが妖怪なのか……!?」

 不気味な相手に、思わず正体を探りたくなる。
 しかし、令子は二人のように相手の正体に関する疑問を議論するよりも、逃げる方が遥かに賢い手段だと理解するのが誰より早かった。
 エンジン音を再度、激しく鳴らして、二人の注意を引いた。
 凱と大神はそちらを見直す。令子が答えるように叫んだ。

「そんなの知らないわよ! わかる事は二つだけ……あいつが私たちの敵で、トンデモない化け物って事よ!」
「──そうか……。ならば、俺たちがやる事は一つだ……!」
「ええ、一つ! ──逃げるが勝ち! 早く車に乗りなさい! 一人くらいなら余分に乗れるから! 後ろに張り付いてでも乗りなさい!」

 令子は早口に叫んで言った。
 その時、大神だけは、既にデイパックから剣を取りだしていた。
 それは──大神の支給品である真魔剛竜剣である。剣士である彼のもとに剣が来ていたのは幸いか、あるいは作為か。
 そうして、大神は真面目に戦闘準備までしていたのに、令子の判断は「逃走」であった。
 少し崩れた表情で、絶叫するように指示する令子を見て、大神は慌てる。

「──いいっ!? さ、三人で倒すんじゃないのかい!?」
「金にならない妖怪退治は、お金と! 気力と! 体力の! 無駄よ!」
「ケッ、俺だって御免だぜ。あんな変態妖怪野郎!」

 凱が、クロスチェンジャーを使用しかけていたのをやめて、令子の車に乗りこんでいた。それが何より賢明な判断だと気づいたのだ。
 こうしている間にも、戸愚呂との距離は近づいている。
 ──そう、ごく間近まで。

「くっ……!」

 だから、大神も、やむを得なかった。
 座席ではなく──頭部をカバーする座席シートに左腕をかけ、文字通り張り付くようにして飛び乗る。
 それと同時に、令子はアクセルを踏み込んだ。
 一瞬で加速するポルシェ──。

「ヒャッハー! 余裕ぶっこいてグダグダ話す暇もねェぜ! 最高だ!!」

 一秒前まで大神がいた場所で、戸愚呂が右腕を振りかぶった。
 地面にまで叩きつけられた刃は、アスファルトの地面に軽い亀裂を作る。
 もし、大神が瞬時に、この判断をする事が出来なかったら──あるいは、大神が腕を滑らせて落ちてしまっていたら──そこにあったのは、真っ二つになった大神の死体だっただろう。
 戸愚呂は、そのまま右腕を小さな刃へと変えて、蔦のように伸ばした。

「ひゃはは……待ちやがれェェェーーーっ!!!!」

 何メートルか先まで蔦を伸ばすと、それを今度は地面に突き刺す。
 そして、その右腕が戸愚呂の全身を引っ張る事で──半円を描くようにして前に進んでいく。
 確かに何メートルかの距離を一瞬で飛ばしながら進んでいる為、スピードは速いものの、令子の運転からすれば、そう難しい話ではない。アクセルをフルに踏み込んでも彼女はぶつけない自信に溢れていた。

「……見てみな、大神! あいつは、相手にするだけ無駄だ! だが、こいつのスピードなら、追いつかれずに何とかなりそうだぜ!」

 凱は、煙草でも吸いたい気分になりながら、真後ろの戸愚呂を冷やかに見ていた。
 何とか戸愚呂の追跡からは逃れられそうである。
 その間にも、凱の座る席のシートに足をかけるような体勢で、大神が後部ボンネットに座り込んだ。大神の足が凱の両脇を挟んでいる。男が嫌いな凱としては結構嫌な気分だ。
 しかし、よくこんな器用な真似ができる物だ。怖くないのだろうか。
 このスピードだと、ほんの少しでも気を抜けば振り落とされると思うのだが……。

「……」

 そんな凱たちを見ている中で、大神は何とも腑に落ちない気分になっていた。
 令子の真剣な運転。凱の落ち着いた余裕。
 そして、大神の思案。
 そっと、大神は答えを見出して──口を開き、後方に身体を向き直した。

「……そうだな。確かに、美神くんと結城さんの言う通りだ。奴と戦う事は、時間や体力の無駄かもしれない……だが」

 折角、シートにかけていた足を、大神はまず片足だけ外した。余計にバランスが悪くなり、大神にとって危険な体勢になる。
 まるで降りる準備でもしているかのようだ。
 それを見た令子は、慌てて大神に言った。

「ちょっと、何する気!?」
「──俺が奴を倒す! 二人で先に逃げてくれ」

 大神は、この車から降りようとしていたのだ。
 逃げる為には重荷でしかない大神だが、降りればおそらく死ぬ。
 それを考えると、令子は大神が自ら降りるような真似をしても知った事ではないのだが、流石に狂気じみているように見えて、文句を言った。

「何言ってるの!? この手の奴らからは上手く逃げながら脱出の方法を探ればいいじゃない! 相手するだけ時間の無駄よ!?」
「一人でも多くの人を守る為に、悪を滅する! それが、俺たち帝国華撃団だ! 帝国華撃団の隊長として──あんな奴を野放しにしておくわけにはいかない……!」

 大神は、己の意志を表明する。
 そう──仮に、戸愚呂から逃れたとして、他の参加者たちが大神たち同様、徒党を組めているとは考え難い。
 こうして逃げる手段がない者たちはどうすればいいのだろう。戦う手段がない者は──。
 そうして人々が危うい目に遭うのを未然に防ぐのもまた、帝国華撃団の使命だ。

「そうだ……俺たち帝国華撃団は、悪を前に背を向ける事はない! 俺が正義だ!!」

 あのピエロやワニの男のように――犠牲者が出るのを防ぐ。
 その為に──。
 大神は、走行する車の上から飛び降りた。

「!?」

 令子は、慌ててブレーキを踏み込んだ。このままだと大神を見捨てる事になると判断し、反射的にそうしたのだ。
 大神は地面で受け身を取ったらしく、転がりながらも、全く無傷に立ち上がった。霊力によって身体を守ったのかもしれない。

「ひゃははははははは!!!」

 その間にも、戸愚呂はしつこく、先ほど同様追ってくるのが見えて来た。距離は近づいている。
 令子と凱は、大神に大声で問い詰めた。

「あんた本当に馬鹿じゃないの!? 悪いけど私たちはあんたを置いて先に行くわよ!?」
「そうだぜ! さっさと戻れ! 俺たちは死にたくないんでな、先に行くぞ!」
「構わない。──いや、それでいいんだ。戦う事は、力を持つ人間の権利だとしても、義務じゃない。……だが、それならば俺は、俺の力で、俺が信じる正義を選ぶ!!」

 大神は、真魔剛竜剣を両腕で握り込んで、向かい来る戸愚呂に立ち向かおうとしている。
 そして、高らかに叫んだ大神──。

「──花見の準備をせよ!」

 普段は帝国華撃団・花組を出動させる為の台詞であるが、今日ばかりは自分一人の為にこう叫んだのだった。
 その場がシン、となった。
 戸愚呂はごく近くまで接近してきている──。

「チッ……! あの馬鹿野郎がっ!」
「本当に馬鹿よ……何が花見よ……マジで錯乱してんじゃない!?」
「ああ、でも、だからこそ放っておけねえ! ──クロス……チェンジャー!!」

 凱は、激しく車から飛び降りると、次の瞬間──ブラックコンドルへと変身した。
 彼がそんな行動を取ったのは、ほとんど反射的であった。
 大神一人で戦えるという保証はない。ましてや、相手は化け物だ。それこそ、裏次元の化け物と戦ってきた実感のある凱の方が専門だ。

「ちょ……ちょっと、あんたもそっちなわけ!? あんたたち、本当にどうかしてるわっ! それなら一人で逃げるからね……っ!! 悪く思わないでよっ!!」
「ああ、逃げたきゃ先に行けっ!」
「そう! 本当に行くわよ……っ!」

 令子が躊躇しながら、アクセルを踏んだ。
 それから、また思い切ってもっと強くアクセルを踏むと、ポルシェは一瞬で遠ざかってしまった。
 令子がこれを後悔したのか、それとも、やはり自分こそが賢明だとしたのかは、わからないままだ。
 しかし、大神は、自分の隣に一人残った事に少しだけほっとした。

「結城さん……」
「おい大神っ! 俺は男と納豆が大嫌いだ──。あんな奴でも目障りだからな、一緒にあの納豆野郎を片づけるぞ……! それともう一つだ、結城さんなんて言われてもピンと来ねえぜ、俺の事は凱様と呼べ!」
「あ、ああ……。あれはとても納豆には見えないが……ありがとう、凱!」
「ケッ、あの髪型が納豆みたいに粘ついた性格を物語ってるんだよ! それにあの腕を見てみやがれ!」

 そんなブラックコンドルと大神の前で、戸愚呂は足を──いや、手を止めた。
 彼は、二人の目の前まで着地する。もはや逃げられないほどまで距離を縮めたのだ。
 そして、人間のような姿に戻ってから、薄ら笑いを浮かべた。

「納豆野郎とは失礼だなァ……! ま、予想通りこのオレが納豆みたいに粘っこくしつこいって事は認めるがねェ!!」

 ──戸愚呂は叫び出す。
 まるで堪えきれなかったかのように。
 久々にナマのエモノを狩れる事を、激しく喜び──祝福せずにはいられなかったのだ。
 下衆の匂いがした。

「ひっひっひっ、テメェら二人は逃がさねえぜ!! あの女もよく見りゃ良い女だったからな……あとで犯して殺してやるよ!! ひゃはははははは!!」

 そんな言葉に大神と凱は強い不快感を覚える。
 二人ともおおよそ同じような事を思っただろう。
 そして、戸愚呂は、二人の内──いずれかの声を聞いた。

「おお、感じるぜ……!! お前ら随分怒ってやがる……!! お前はゲスだ、最低野郎だ、女の敵だ、この結城凱様がブチ殺してやる!! ってな具合か──!?」

 戸愚呂の言葉に、凱はブラックコンドルのマスクの裏で眉を顰めた。
 それは、一字一句違わず、凱の思考そのままであったからだ。

「こいつ、心をまるっきり読んでいやがるのか!?」
「ひひひ……その通り……! オレはお前らの心が読める! それだけじゃない……俺は、不死身の身体で、他人の能力をオレの物に出来る! オレは無敵なのさ!!」

 ごくり、と大神たちは息を飲んだ。
 次の瞬間、再び、巨大な剣の姿へと変身した戸愚呂の右腕。
 その刃は、大神とブラックコンドルに向けられていた。

「貴様らのチンケな能力もいただいてやるぜェーーーーーー!!!」

 叫びながら向い来る戸愚呂の前に、腰の銃を抜いた。
 照準を戸愚呂の胸部に合わせ──引き金を瞬時に二度引いた。

「させるかよっ! バードブラスター!!」

 ぴひゅん、ぴひゅん。
 バードブラスターの光線射撃は、戸愚呂の刃へと命中する。彼が身体の前に翳し、盾としたのだ。刃は光線を跳ね返すわけでもなく、直接彼自身の身体に命中しているはずなのだが、それを痛みとして受け取っていなかった。

「効かねェーーー!!」
「チッ、じゃあこいつでどうだ! ブリンガーソード!! ハッ!!」

 今度は左腰の剣──ブリンガーソードを抜く。ブリンガーソードの翼が拓く。
 至近距離まで接近した戸愚呂の大剣をそれによって防ぎきり、戸愚呂の腹を蹴とばすと、ブリンガーソードでよろけた戸愚呂の身体を一閃する。
 火花が散った。

「ひひひひひ……そいつは攻撃か!? 全く効かないねっ!!」

 ──だが、戸愚呂は左腕を伸ばし、ブラックコンドルの首を思い切り掴む。
 そして、思い切り持ち上げた。ブラックコンドルは抵抗するようにブリンガーソードで何度も戸愚呂の身体を斬り裂く。

「効かないってんだよ!」
「ぐああっ……! な、何故だ……!」
「わかってないかもしれないが、オレたちの能力は大なり小なり制限があるらしい。そんだけ武器を持ってるんだ……威力が軒並み弱まってるのかもなァー! さあ、貴様の最期だぜェ……! 首を斬り裂いて殺してやるよ!!」

 そう戸愚呂が叫んでいる時、横から大神の声が聞こえた。
 ブラックコンドルの耳に入った大神の声。それは──。

「──剣だ! ……その剣を貸してくれ、凱!」
「くっ……何だ!? こいつを使うってのか!?」

 ブラックコンドルは、自分の手に握られたブリンガーソードを見下ろした。
 すると、大神が頼むように言う。

「俺の武器は二刀流……だから、もう一つ剣があれば──!」
「くそっ……なんだかわからねえが、使え! 大神!!」

 大神の戦法を全く知らない凱である。
 仕方なしに、ブラックコンドルは、抵抗手段の一つであるはずのブリンガーソードを大神に投げた。
 彼に策があるというのなら、そちらに賭けるしかない。

「よし……!」
「させるかァーーー!!」

 空中を舞うブリンガーソード。
 右腕を伸ばし、戸愚呂もそれをキャッチしようとする。
 大神が前に駆け出し、ブリンガーソードを取ろうとする。
 善悪、ふたりが同じ物を得ようとして手を伸ばす。
 そして──次の一瞬で、空中でブリンガーソードをキャッチしたのは。

「──はぁっ!」

 ──大神の方だった。
 しかし、そんな大神の目の前には、刃へと変身した戸愚呂の腕が待ち構えている。
 大神はそれを見下ろし、両腕の剣を構えたまま霊力を込めた。
 空中で、まるで時間が止まったかのように思考し──迫ってくる戸愚呂の腕に向けて、二つの剣を重ねた。

「──いまだ! 狼虎滅却ゥ……天地、一矢ッッッ!!」

 そこから繰り出される必殺技──。
 それは、二天一流を極めた大神の隠し種の一つだった。本来段差では使えないが、落下しながらならば──。

「ぐっ……」

 至近距離で、高霊力が込められているのを感じ取った戸愚呂は慌てた様子を見せたが、その次の瞬間には、二つの刀が戸愚呂の身体に向けて叩きつけられていた。
 戸愚呂の腕さえもバラバラに砕いて大神の剣が突き進んでいく。

 こいつがまさかこんなに強かったとは──。
 これは、暗黒武術会に参加しうる実力──。

「……きひっ! ……何、だとォ……!?」
「はああああーーーーッ!!」

 次の瞬間──爆裂。
 戸愚呂の身体の表面で、大神の霊力が膨れ上がり、戸愚呂の身体は見事に引き裂かれて、その斬り口からばらばらに砕け散っていた。
 首をつかまれていたブラックコンドルも地面に落ち、もげた左腕を気味悪がり、慌てて取り払った。はぁ、はぁ、と肩で息をするブラックコンドル。
 そして、爆煙の中、戸愚呂に背を向けて歩きだす大神のもとに、ブラックコンドルは駆け寄る。

「……おい、癪だが、助かったぜ、大神。しっかし……初めて見たが凄え技だな、腕相撲しなくて正解だ」
「ああ……俺もだよ。とてもじゃないけど、君には敵いそうにないからね……。これは君のお陰だ。──返すよ、凱」

 ブリンガーソードをそっとブラックコンドルに返す大神。
 少なくとも、大神が本領を発揮するにはこのブリンガーソードが要るらしい。力を使うのに二つの剣が要されるというのはなかなか限定的だ。
 とにかく、それで一人敵を倒したはずだ……。
 これで──要は、大神の要望通りというわけである。
 しかし、そんな大神の前で、ブラックコンドルは視覚上にある光景を捉えた。

「──あっ、大神……避けろッ!! 奴は生きてる!」

 それは、ニヤリと笑う戸愚呂の顔だった──。
 彼は、手足がもげるほどバラバラにされても生きているというのだ──。
 どういう身体の構造をしているのかわからないが、これが妖怪だというのか。
 そして、彼が大神たちを狙わないはずが無かった。

「なっ……!?」

 ブラックコンドルが声をかけた瞬間に、戸愚呂は右腕だけを再生し、ナイフに変形させ、それを伸ばしたのだ。
 大神が気づくのは少し遅れた。
 ゆえに、ブラックコンドルの手が慌てて大神の手を引きよせる。

「ぶはははははははっ!!!」

 大神の背中を引き裂いた。
 大神の服の背中が破れ、皮膚さえも突き破るナイフの一撃。
 辛うじて、ブラックコンドルに引き寄せられて、ぎりぎり一歩前に出たせいか、致命傷とはならなかったが、大きなダメージには違いない。

「ぐあああああッ!!!」

 背中に、左肩から右脇にかけての巨大な赤い血の線を作った大神の絶叫が轟いた。
 死んだフリをして攻撃してくるなど──本当に、納豆のようにしつこく、粘っこい敵だった。
 凱にとって最悪の敵である。
 せめてもう少し美学のある敵とやり合いたい物だが、なるほど、バトルロイヤルはそういうわけにもいかないわけか。

「くくくく……ダメージを与えたつもりか? 言っただろう、オレは不死身だってな。いつもより修復に時間がかかるみたいだが……腕一本くらいなら充分時間があってね。この刃渡りじゃ足りなかったかな!! ひゃははははははは!!!」

 だが、凱は──ブラックコンドルに変身したままである事を幸いだと思った。
 静かな怒りを秘めながら、ブリンガーソードとバードブラスターを合体させる。
 まさか、こんな機能があるなどとは戸愚呂も知らないだろう。

「──御託はどうでもいいぜ、納豆ヤロー!! こいつならどうだ……!!」

 いくら制限されているとはいえ、──大神がダメージを与えたのと同じに、自分も奥の手を使って戸愚呂にも少しはダメージを与える事くらいは出来るはずだ。

「ジェットハンドカノン!!」

 そして、ブラックコンドルの右手に握られたジェットハンドカノンは、戸愚呂の眉間に向けて引き金を引いた。
 それは、戸愚呂の顔面で大爆発を起こし、彼の視界をシャットアウトした。






 令子のポルシェは、徐々にスピードを落としていた。
 調子が悪くなったわけではなく、アクセルを踏む令子の足に惑いが残っている所為であった。戸愚呂も追って来ないし、今のところそれによる不満足はないので別に良いが。
 令子は、ぶつくさと呟きながら、のんびりドライブでもするような運転をする。

「何なのかしら、あいつら……二人して……」

 結局、追ってくる敵を迎え撃つ選択をした大神と凱の方が不満だった。
 一人で逃げるというのは、いつも不快感を人に及ぼしてくる。
 まるで背中から責められているようだ。それから「後ろ髪を引かれるような思い」というのも、よく言ったものである。
 別に自分が間違っているわけではあにとしても。

「……横島クンなら、絶対一緒に逃げてるわよ。これが一番賢いのよ。私は悪くないわよ。化けて出られたら迷わず成仏させてやるわ……!」

 既に大神と凱が死んだような前提で語っているが、それも仕方がないだろう。
 彼女はまだ、二人の実力を知らないし、こういう時は大抵、物事を悪い方に考えがちになるものでもある。──たとえ、相応に前向きな彼女でも。
 まるで、自分自身の後悔を再確認するかのような言葉しか出てこない。
 言い訳をしているみたいだった。

「それに、仕方が無いじゃない。私の武器、これなんだから……」

 令子は、片手でハンドルを握りながら、胸の間に隠した武器を手に取り見つめた。
 普段の愛用武器が没収されている代わりに、ある物が支給されている。

 試しの剣。
 霊気を吸い取り、形にする剣らしい。令子が普段使っている神通棍よりも遥かに強く、自在な攻撃が出来るのだろうが、その代わりに令子自身の霊力が消費されてしまう。
 令子の持つ高霊力は、商売道具であり、生きる道でもあるのだ。これを代替にして戦わなければならないというのは、令子にとって命を削りながら戦うのと同義だ。

「……」

 気づけば、ブレーキを踏んでいた。
 そこは信号のない交差点である。信号がないのに何故止まってしまったのだろう。
 いや、信号はないが──考えてみると、ここでは、道路の幅が大きくなるので、自動車でのある動作が少々しやすくなるのだ。
 令子はそれをするつもりはない。

 するつもりはないのだが──

「あーもう! わかったわよ! ちょっとだけなら大丈夫! 本当にちょっとだけ様子を見に戻るのよっ!!」

 ──令子は、Uターンをしていた。



【D-4 街・東京タワー付近/1日目 深夜】

【美神令子@GS美神 極楽大作戦!!】
[状態]:健康
[装備]:試しの剣@幽☆遊☆白書、930型ポルシェ911カブリオレ@GS美神 極楽大作戦!!
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考] 
基本行動方針:殺し合いから脱出する。
0:……ちょっとだけ大神と凱の様子を見る為に戻る。
1:金にならない戦いは避ける。ましてや命が危険な状況なら尚更。
[備考]
※参戦時期は、原作30巻終了あたり(横島がルシオラたちと行動を共にしている)。
※大神、凱とは来た時代や世界が違う事を知りました。
※大神の知り合い、凱の知り合いについて知りました。

【試しの剣@幽☆遊☆白書】
美神令子に支給。
見せしめで死んだ鈴木がヒル杉から作った、柄だけの剣。
持った者の気(霊力)を吸い取り生長して霊力の剣に変える事が出来るが、「吸い取る」ので、使いすぎると霊力が眠ってしまう。

【930型ポルシェ911カブリオレ@GS美神 極楽大作戦!!】
大神一郎に支給。
美神の愛車である高級オープンカー。最高速度280km/h。






「……はぁ……はぁ……危ない所だったぜ……まったく」

 ジェットハンドカノンで苦しむ戸愚呂から、無事に逃げ出した凱と大神であった。
 暗い路地裏に入りこみ、そこからジェットウイングで大神を連れたまま空を飛んで、上手く戸愚呂に見つからないようにE-4エリア側まで来る事が出来たらしい。
 大神の背中からは、まだ血が流れ続けている。結構な出血だが、止血しなくてもまだ何とか平気そうでもある。
 傷はあまりに大きく、ハンカチで拭くくらいの事しかできない。
 映画でやっているように、何かを巻いて止血するのは少々無理があった。やはり、付近にあるはずの病院でガーゼなどを調達するしかないだろうか。

「ギリギリ致命傷は回避できたみたいだな……ったく、たとえ男でも、俺の前で死なれちゃ寝覚めが悪いからな!」

 そう言いながらも、大神に肩を貸してやる凱だった。大神の背中の傷をハンカチで拭いてやったのもなんだかんだで彼である。
 別に大神の事を認めたわけではないが、こうしてやるのも「ジェットマン」とやらの義務だろう。

「すまない、ありがとう凱……」
「へっ、さっきから気になってたが、男に感謝されるのは好きじゃねえ。礼を言うのはよしてくれ。……しっかし、あんたのその性格、考えれば考えるほど、誰かさんにそっくりだ」
「もしかして……天堂竜という人の事かい?」
「おっと、そいつは言いっこなしだぜ」

 あまりその名前を出されるのは好きじゃない。特に──自分やその仲間以外が、竜の名前を口に出す事など、彼は好まなかった。
 それが、まだ大神と凱の間にある壁だった。
 そこで、彼は話題を変えた。

「しっかし、令子の奴……一人でさっさと逃げやがって」
「仕方がないさ。無理に戦う必要なんてない。……それに、俺は殺し合う意志のない者全員で生きて帰りたい。その為には、ああいう行動も必要になるさ」
「まあな。まっ、それなら俺も令子と一緒に逃げとくべきだったかもしれねえぜ……」
「はは……」

 素直じゃない凱に思わず笑みをこぼす。
 しかし、自分ひとりならば死んでいたかもしれない事を大神は感づいていた。
 彼は、今から病院に大神を連れて行くつもりだろう。

(竜……お前もこの大神とかいう奴みたいに、自分は平和を守る戦士だって言っていた時があった……なのに、今のお前はどこか違う……絶対見つけ出してやるぜ……)

 凱は、この場にいる竜の事を再び思い出した。
 竜は──そう、凱が知っているあの竜は、ラディゲによって昔の恋人を殺され、空元気を見せていた。
 凱がこの殺し合いに招かれたのは、そんな竜を見た後の事だ。
 だからこそ、大神の語った「帝国華撃団」にいる恋人の事も気にしている。彼は、その恋人が死んでしまったら、竜のようになるのだろうか。
 それは何となく不愉快だ。

(──まあ、そいつは俺が死なせねえぜ。女だけは、この俺だって喜んで守ってやる)

 それに──女が死ぬ、なんていうのは結城凱としても御免の話である。
 ヒーローである以前に、生粋の女好きなのがこの凱という男だ。



【E-4 街(D-4付近)/1日目 深夜】

【結城凱@鳥人戦隊ジェットマン】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(小)
[装備]:クロスチェンジャー@鳥人戦隊ジェットマン
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0~1
[思考] 
基本行動方針:殺し合いから脱出する。
0:大神を大凶病院まで連れて行く。
1:竜、大神の仲間、令子及び令子の仲間との合流。
2:戸愚呂兄(名前は知らない)をいずれブチのめす。
3:グレイとは、出会えば決着をつける事になる予感がする。
[備考]
※参戦時期は、第49話開始直後、竜が脱退を表明する直前です。
※大神とは来た時代が違う事を理解しましたが、「太正」と「大正」、「蒸気」と「電気」のような根本的な世界観の違いには気づいていません。
※大神の知り合い、美神の知り合いについて知りました。

【大神一郎@サクラ大戦シリーズ】
[状態]:背中に裂傷によるダメージ(大)、霊力消費
[装備]:真魔剛竜剣@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0~1
[思考]
基本行動方針:人々を守り、殺し合いから脱出する。
1:帝国華撃団のみんなや、天堂竜、令子及び令子の仲間と合流。
[備考]
※参戦時期は、「サクラ大戦2」の第10話終了後(天武に乗り換え済)。ルートは、さくら、アイリス、紅蘭のいずれかである以外不明。
※体が勝手に風呂場に動く体質は、普段に比べて多少抗いやすいように制限されています。ただし、選択肢は出ます。
※信頼した相手には、本来話してはならない機密(帝国華撃団など)についても話す事にしました。
※凱の知り合い、美神の知り合い、彼らとの世界観の違いについて知りました。


【偽ロマネ・コンティ@金田一少年の事件簿】
結城凱に支給。
「仏蘭西銀貨殺人事件」にて登場した、安物のワインにロマネ・コンティのラベルを貼っただけの偽物。

【真魔剛竜剣@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
大神一郎に支給。
ダイの父・バランが愛用していたオリハルコン製の史上最強の剣。
竜の騎士たちが代々受け継いだ武器であり、これを持つのは竜の騎士である証である。
高い攻撃力と自己修復能力を持ち合わせており、多少の刃こぼれならば自然に治っていく。
それ故か、本ロワでは竜の騎士の血を継ぐダイ以外の参加者が使用した場合、真価を発揮する事はなく、攻撃力は本来の力の半分にも満たない(ただし自己修復能力は健在)。
また、この剣を持つ者の近くにダイがいた場合、彼が呼べば光を放って彼の方に味方するかもしれないが、遠距離から呼び合う事は制限されている。






(回復速度が落ちているのか……? 制限が多いようだな……)

 顔面を思い切り吹き飛ばされた戸愚呂だが、目玉のあたりが修復されて脳と結合を始めると、どうやら視界が戻り始めたようであった。
 脳を首元に移動させていた彼は、身体をバラバラにされても、頭部を吹き飛ばされても再回復が可能であった。──しかし、見れば、頭部と胴体がくっついている以外、まだ完全には身体に馴染み合っていない。
 両腕は特に結合が甘く、普段よりも回復スピードが遅くなっているのを感じさせた。

(……訳も分からずに蔵馬と戦い続けていたオレを救ってくれたのはありがたいが、こいつは厄介だ)

 やはり、首輪──だろうか。
 これがまた厄介な代物で、戸愚呂が身体を変形させても外れない。
 いざとなれば、爆発させてしまうのが早いが、それも再生スピードがこうして遅れている以上、その賭けは危険でもある。

(まあいい。ゲームには乗ってやろう。元の身体に加えて能力までしっかり残されている以上、ノストラダムスには感謝しなきゃな。誰だか知らんがね。──あんたの流儀に則って、この首輪も外さずに取っておく)

 そして──。

(それに──これは、出来の悪い弟や蔵馬に復讐するチャンスでもあるしな……! ひゃはははははははは!!)

 名簿上にあった名前を、戸愚呂は思い出した。
 戸愚呂兄弟が揃って参加しており──弟の方もいたのである。
 それに、俺を蔵馬──南野秀一も。
 桑原がいないのは残念だが、自分にとって屈辱的な最期を彩った二人には死んでもらわなければならない。
 そう──何よりも残酷なオブジェとして。
 ついでに幻海や裏飯までいると来た。

(こいつは、もしかすると、このオレの為の殺し合いなのかもな……!)



【D-4 街/1日目 深夜】

【戸愚呂(兄)@幽☆遊☆白書】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)、欠損した手足を再び繋いで身体修復中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考] 
基本行動方針:皆殺し。
1:とにかく全員殺す。
2:何より優先的に殺すべしは蔵馬、弟、幻海、裏飯。
3:美神、凱、大神は逃げたので殺す。特に美神は犯して殺してやろうか。
[備考]
※参戦時期は、蔵馬の邪念樹で蔵馬の幻影と戦い続けている頃から。身体は完全修復されており、暗黒武術会編同様の姿で、あの時代と同じ戦法が可能。
※それと同時に、「美食家(グルメ)」と「盗聴(タッピング)」の能力を吸収して保持していますが、二つの能力には次のような制限がかかっています。
※「美食家(グルメ)」は、死体しか食えない。つまり、殺害後、もしくは、遭遇した死体の人物を食う事でしか能力を奪えない。
※「盗聴(タッピング)」は、複数の人間の思考を同時に読む事は不可能。また、その時点で考えている事しか読めない為、相手が持つ情報を得るのも少し難しい。
※再生能力も限度あり。通常より再生スピードは遅め。再生限界を超えると死亡する。首輪は離れず、首輪が爆発すると即死。また、仙水に送ったような信号も遅れない。






【共通備考】
※D-4 プレミアマカロニには偽ロマネコンティ@金田一少年の事件簿が放置されています。



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