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花火 ---- 「たまやーっ」「かぎやーっ」 カラコロと楽しそうな足音が表を駆けていった。 がらり、戸を開けると待ちきれぬ高揚が通りを埋め尽くしている。 とろけるような夕日が、江戸の町並みを照らしていた。 「何だ、お前ぇんとこのがよく見えるってのによ」 裏から上がり込んだおれを見て、弥太郎は変な顔をした。 「親父が棟梁達と酒盛りだ。わざわざ相模から親戚まで見物に来やがってうるせぇったらねぇ」 はは、と弥太郎は眉を寄せて笑うと、つけていた帳面を閉じる。 「今日は商売になんねぇな」 早めに店仕舞ぇだ、と云って立ち上がった。 屋根に登ると日はすっかり落ちていた。 川辺の喧騒からは遠く、川から吹く風が心地良い。 隣で胡坐をかいている弥太郎は、蚊に食われたと云って脛をぼりぼりと掻き毟っている。 「どれ、貸して見ろ」 「止せ、お前ぇまた噛むんだろうよ」 伸ばした手を笑いながら蹴られる。 と、しゅるるる、という音が聞こえた。 「お、始まったな」 どぉん、という轟音と共に光が花開く。 辺りが一瞬明るく浮かび上がって消えた。 「おれはよ、この音が好きだな。腹にどんと来る」 目を閉じてまるっこい耳を傾ける弥太郎の顔を、次々上がる花火が照らす。 困った犬っころのような顔は、年なりに柔らかくなってきた。 こんなにまじまじと顔を眺めるのも随分と久し振りで、 その薄い唇をぺろりと 「っ、何しやがる」 舐めた瞬間目が合った。鼻が触れる程近い。 「親戚によ、」 どぉん。 「縁組み勧められて」 どぉん。黒目が赤く揺らめく。 その中の自分の顔は情けない位強張っている。 「おれァ、腹くくったよ」 どぉん、どぉん。 一際明るく照らされた弥太郎の表情は変わらない。 その頬を両手で挟むと、意外な程ひんやりしていた。 一息ついて、言葉を吐き出す。 「おれァお前ぇがいりゃいい」 「嫁も子供もいらねぇよ。お前ぇがいてくれりゃ満足して死ねる。だからお前ぇも腹くくれ」 「おれといてくれ、弥太郎」 どぉん。 少年の日、花火というものを初めて見た事、横にいた弥太郎と口をぽかんと開けて見とれた事、弥太郎の体温、歓声、いろんなものが一気に胸に押し寄せる。 手が、弥太郎の手がゆっくりと、顔を挟むおれの手の上に重ねられた。 その時初めて、自分の手が震えていたことに気付いた。 「しょうがねぇ野郎だな、お前ぇがくたばるまでいてやるよ」 闇に浮かぶ眩しい程のその笑顔を、おれは一生忘れるまい。 ----   [[地獄に落ちろ>17-199]] ----

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