割れても末に逢わんとぞ思う。

 空港の入国ゲートから出てきた青年は、40年前に別れた日の『彼』の姿そのままだった。
 灰色のコートも、黄色い砂で汚れた靴も、引き結ばれた口元も、手を差し出すぶっきらぼうな仕草も。
 ただ、その手を握り返す私の手だけが老いている。

「日本へ堂々と行けるようになったら、必ずあなたを訪ねるように言われました……旅費を稼ぐのに、予想以上に時間がかかりましたが」

 青年がそう言って差し出したのは、変色した一通の手紙だった。
 忘れもしない。私があの大陸で捕らえられる直前、『彼』に宛てて送った最後の手紙だ。

「祖父はよく日本語の歌を歌っていました。あなたに教わった歌です。
 父は嫌がっていましたが、歌っている時の祖父は幸せそうでした。
 いつかあなたにまた会えると、最後まで信じていました。
 時代や国に分かたれようとも、いつか再び会えるのだと」

 青年は両手で、手紙ごとしっかりと私の手を握った。あの日、『彼』がそうしたように。
 まったく同じように、希望と熱と涙を、黒い瞳に湛えて。

「私に祖父の歌の続きを教えてください」


――1972年9月29日 日中国交正常化――


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最終更新:2010年10月23日 13:18