戻らない
好きだと伝えてしまったら、戻れないのはわかっていた。
あの日からあいつは、俺のノートを借りにこない。
俺の飲みさしのペットボトルを奪わない。
出会い頭のヘッドロックもかましてこないし、意味もなく浮かれて体当たりもしてこない。
戸惑ったように揺らぐ目をして、奇妙に引きつった挨拶をよこし、
手が触れない細心の注意を払った位置で、うわっつらの笑みを浮かべるばかりだ。
戻れないのはわかっていた。俺はあいつの友達ではなくなった。
無邪気な友達の距離間は、俺の高校生活にささやかな幸せをくれたけれども
それがいつまでも続くものではないことに、高校時代の友人なんて繋がりのその脆さに、
気づくのをいささか遅らせた。
愉快で楽しい遊び仲間でなく、いちばんのともだちになれていたなら、もう少し違っていたろうか。
戻れないのはわかっていた。かまわないのだ、戻る気などない。
お前は東京の大学に行くっていう。幼馴染のあいつと一緒に、夢を追いかけるという。
そんなにあかるい顔をして、お前は俺のいない未来を語る。
きっと俺は、いつまでたっても、お前にとっては友人Aだ。
もう一生触れなくていい。まぶしいくらいに笑いかけてくれなくてもいい。
それでもいいからなかったことにしないでくれ。
嫌うでもいい、見下すでもいい、もう一生友達に戻れなくてもそれでいい。
お前を泣くくらい好きだったことを、単なる友達じゃあなかったことを、お願いだ、知ってくれ。
好きだといったらもうきっと、楽しい友人には戻れない。
戻らないと、決めたのだ。
ごめんな。
最終更新:2012年09月09日 23:34