暗闇に目を覚ませ

ああ君、騙されちゃいけない。
もう二度と、けしてあの男への愛しみを語ってはならない。
そうやって切なく掴む胸から、君の盲目が生まれている。
何も見えやしないだろう。こんな明るい陽光のした、君の世界は彼へ彼へと翻っているのだ。
「……それは彼を皮肉っているのですか。嘲っているのですか。彼は紳士です。世間は彼を知らない……。本来ならもっともっと上の爵位を戴いて然るべき方です。あの」
だが君は知っているだろう。
「あの、生まれつきだという弱視さえなければ、彼は」
君の言葉を詰まらせた処に真実がある。君は知っている。
彼はすでに人でない。
それでもなお君は言い募るつもりか。降り注ぐ陽光。大地を染める暗緑。今また一陣の風が行過ぎて、君は何かを願うように風の道を仰いだ。
「世界は美しい。善良な瞳を灼くものなど存在しないのだ」
「ならば灼かれます」
「堕ちるぞ」
「この血潮の最後の一滴すら、彼に差し出すことを厭いはしません」
血液とは何物か。
夜な夜な啜るといわれるほどの渇きを癒すものとは。
問う間もなく、そこには遠く佇む禁城と君の後姿だけが残った。
もう見えない。
だが君は知っている。そして思い知るだろう。
暗く塞いだ目で、真実の淵に立つ。
その暗さに初めて気づく。
その深さに足がすくむ。
飛び込むか。逃げ、だすのか。
手遅れになる前に盲目の瞳を開けろ。
…ああ君、騙されちゃいけない。
…君の心が望むものは美しい背徳。あの男の隣に佇む君自身の姿。甘美な背徳。
…もう二度と、けしてあの男への愛しみを語ってはならない。
…もう二度と、彼を悲しませてはならない。


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最終更新:2013年08月15日 01:28