チンコ見られた!

店の中は騒がしかった。フランチャイズの安い居酒屋には熱気がこもっている。
彼は喧騒をよそに、雨がやめばいいのにと考えた。満開の桜を散らす氷雨だった。
まだ満足なほど飲んでもいないのに、考え事をするほどヒマを持て余しているのは、
目の前ですっかり沈没している連れのためだった。

「……見られた……」

やけに飛ばすと思った。強引に飲みに行こうと誘われた時からおかしいと思っていた。
連れは早々に酩酊し、泥酔し、彼を置いて行ってしまった。彼には到底わからない世界へ。

「……見られた……チンコ見られた……」

相槌を打つのは面倒だった。寒い夜だ。酒が美味い。揚げ出し豆腐が胃に暖かい。
残りをさらえついでに、連れの皿から唐揚げを取った。安いのに美味い。面倒くさい。
慰めかなにかを待っているらしい連れが面倒くさい。

「……チンコ……」
「わかったよ」
「わかってねーし……」
「わかったよ。可哀相だな。貧相で」
「そうじゃねーよ……」

這うように顔を上げた連れの表情はちょっと見ものだった。緩めた襟元、鎖骨の上まで
真っ赤に染まっている。日頃売りにしている快活さと爽やかさはすっかり鳴りを潜め、
ぐずぐずと溶けた目には涙が満ちていた。彼は足を組み替え、体の向きをずらすと、
突っ伏していた上半身を起こす連れを横目で見ながら、それらしく眉をひそめてみせた。

「こないだも言ったろう。さっさと実家出ないからだ」
「だってぇ……」
「もう25だろ。いつまで学生なんだよ」
「だーってぇ……」

昨日はふいの雨だった。終業後、帰り道で雨に降られた連れはそのまま家に駆け込み、
風呂へ飛び込み、いつものように素っ裸で出てきたのだ。母ちゃん、パンツどこだっけと
言いながら。姪が、連れ曰く「マジ天使」な姪っ子が遊びに来ていると知らずに、だ。
粗末でガッカリしたろうよ。そう言うと、連れは泣きそうな様子でかぶりをふった。

「ひどい……おれもう、生きていけない……」
「ああ、そう。――あ、すいません、おあいそ」
「……え、もう?」

これ以上居てどうするのか。

「なあ、おれ、かわいそう?」
「可哀相。粗末で可哀相」
「お前、おれのチンコ嫌い?」
「いま、全体的にお前が嫌い」

覚束ない手つきで財布を探す連れを制し、彼は余所行きの笑顔で紙幣を出した。
悪い。ぼつりと落ちる声を無視して立ち上がる。二人分の鞄を手に、反対の肩には
骨を無くしたような連れの重みと体温が乗る。奥まった席だった。入り口までさえ
遠いのに、雨の中の道のりはどれだけ大仕事だろう。
ずり落ちそうな体を揺すり上げた拍子に、鼻先へ、彼自身とは違う整髪料の匂いが触れた。

「泊まっていけよ」

あれだけ言葉を欲しがったくせに、連れは返事をしなかった。
かすかに強張った体は、数歩のうちにまた弛緩して、やがて、うん、という答えになった。

そういえば、隣が今月空いた。
今日休みだし、ちょうどよかったな。もう見られたくないんだろ。
朝の日差しが眩しい南向きの部屋。いつものように朝食を並べた彼が上機嫌で言えば、
寝室の方から掠れた声が精一杯に抗議した。どーせお前が見るじゃねーか。


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最終更新:2010年04月18日 13:27